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朝霧が立ちこめる早朝の三隈川。 1日の始まりの静寂に包まれている。

取材・文  丸山 砂和
撮  影  中野 正景

江戸時代、天領として栄えた大分県日田市。市内を東西に流れる一級河川・筑後川はこの地域ではなぜか三隈川と呼ばれている。その名前は…日田盆地はもともと大きな湖で、ある日湖上を飛んでいた一羽の鷹が急降下して羽搏きをしたのが湖の神の怒りに触れて湖の水がたちまち流れ出てしまい、底には日の隈、月の隈、星の隈という3つの丘が残った…という伝説からきているらしい。三隈川は市の中心部で庄手川、隈川、そして本川の3方向に分かれ、西側で再び本流へと重なるという複雑なつくりを見せている。そのせいか、日田市内は川を中心に町が形成され、場所によって実にさまざまな川の表情を楽しむことができた。

生活の中の流れ、観光地を彩る流れ、生きものたちの棲みかを守る流れ。そのどれもが、目に耳に心地よく響く3つの川を巡った、冬の一日。

日田の観光スポットのひとつ 鮎やな。
「やな」で採れた鮎をその場で焼いていただく。

豆田町は2月から3月にかけて、毎年「おひなまつり」が開催される。

夏場になると子どもたちが川で元気よく遊ぶ姿が見られる台霧の瀬(三隈堰のすぐ下流域)
平成17年度「手作り郷土賞」を受賞!!

 

 

花月川を横切り、湯布院へと向かうJRゆふいんの森号。

草野本家
1688年より200年間に渡って生ろう業を営んでいた草野本家は、県内最古の商家として、県の有形文化財に指定。

観光客が途絶えない豆田町。

市山亭懐古館
天領として栄えた日田で唯一の料亭として江戸時代に栄えた市山亭。現在は書画、器、当時の美術品などを展示。

ポカポカ暖かい日差しのせいか、平日の朝だというのに豆田町にはたくさんの人がぶらりぶらりと歩いている。お土産の袋を抱えて、店のショーウインドウを眺めて、写真を撮って。観光地と言ってしまえばそれはそうなのだけれど、この界隈は他のどの場所とも違う、ある種不思議な空気感がある。これだけ多くの人が訪れているにもかかわらず、町はちっとも浮き足立ったところがなく、集客だけに振り回された挙げ句にできた観光地、みたいな違和感もない。それどころか、町全体が“九州の小京都”などといわれていることで少々おもはゆい思いをしているような、シャイな一面さえ感じてしまう。

日田市豆田町は、江戸時代には徳川幕府の直轄地、いわゆる天領として栄えていたところだ。国はこの一帯を「重要伝統的建造物群保存地区」に指定して貴重な遺産を守っているが、それはそうだろう。イラストマップを見てみると、安政2年だとか寛文9年だとか、文久3年だとか、もはや見当もつかないくらいの古い家屋がズラリとある。江戸時代の建築物には、随所に日本人ならではの細やかな感性で施した工夫がなされているが、豆田町も例外ではない。土蔵などの修理の際に足場に使う「折れ釘」や、防火のために2階の左右に設置された壁である「うだつ」、門や塀の上に泥棒の侵入を防ぐためにそそり立つ「しのび返し」などといった歴史の欠片たちが、当時の暮らしぶりをしっかりととどめている。

薫長酒造
昭和7年創業のクンチョウ酒造。豆田町にあり、希望をすれば酒蔵の見学もできる。

鉄橋や石橋など、三隈川には個性的な橋が多い。

水に備えてか、流域の家は石垣で高さを保っている。

冬場は屋形船もシーズンオフ。温泉街の周囲にゆらゆらと揺れる。

豆田町内には小さな川がいくつも流れている。

豆田という町の持つ心地よさや、親しみのある雰囲気は、何よりもまず水の力にあるのではないかと思う。水郷・日田といわれるように、この一帯は川が非常に多い。この地域では三隈川と呼ばれている筑後川は、日田市街地で庄手川、隈川、三隈川の3つに分かれ、日田市街の西の端あたりで1本の流れになり、再び一級河川・筑後川として文字通り筑後へと流れていく。これらの川の小さな小さな支流や水路が豆田町にはいくつもあって、それが何ともいえない風情を醸し出しているのだ。観光客がにぎわう通りを一歩入れば、昔ながらの民家が静かに連なり、思い思いの畑や庭が作られ、その前や横を小川がゆるゆると太陽の光を反射させている。そしてところどころに架かる、犬や猫ともすれ違うことができないほどの狭い橋。石造りの太鼓橋だったり、古めかしいペンキが塗られていたり、たもとに鉢植えが並べられていたりと、いろんな橋に出会うたびに胸がときめいた。

そんなふうにして、しばらく橋めぐりを楽しみながら町の端っこまで来ると、びゅうと空にのびる薫長酒造の煙突が目に飛び込んできた。時代を感じさせる造り酒屋の堂々とした建物の向こう側には、花月川の流れが見える。

豆田町内を流れる小さな川には、生活感あふれるいくつもの橋が。

御幸橋のたもとに建つクンチョウ酒造は、そびえる煙突が目印。

川岸はところどころ整備され、人びとが水に親しめるようになっている。

浅瀬で釣りを楽しむ人びと。 魚も鳥も緑も豊かに存在する川だ。

冬になると川のあちこちに鴨の姿も見られる。

緑の美しい川岸は、市民のいこいの場でもある。

花月川は、日田市の中心部を流れる3つの川の中で、最も北側を流れている。川幅は広いが、水量はそう多くはない。川面は少しずつ移動していく雲をゆらゆらと映し、越冬のためにやってきたのか、数羽の鴨がその流れに浮かぶ。川岸では、思い思いに羽を休める鴨たちにパンを投げる親子の姿。このあたりもまた、豆田のにぎわいが嘘のように静かだ。 「花月川にはコイとかフナとかいっぱいいるんです。地元の人たちはよくコイを釣りに来ますけど、これがなかなか釣れなくてね。天然ものだからおいしいんだけど(笑)」

もう何時間も同じ場所で粘っているという二人の釣り人が、川に沈めた網を引き上げて中を見せてくれた。直径30cmぐらいはあるだろうか、巨大なフナが数匹。 「日田の川は魚が多いから、釣りは楽しいですよ」

確かに、花月川とほぼ並行してその南側を流れる三隈川では、胸のあたりまで水に浸かって魚を捕る人の姿をよく見かけた。大宮橋という沈下橋から三隈川を見下ろすと、大小の魚が群れているのがよく分かる。

ところで、日田の川には大きな特徴がひとつある。どこも川岸がとても広く、道路のいたる所から岸の方に降りられるよう施されているのだ。公園や広場や、散歩コースのような小径が続いていて、川を巡るほどに気に入った岸辺ポイントが増えていく。なめらかに、そして力強く流れる水をほんの近くで感じることができるおかげで、ひんやりと吹く風や、葉を落とす木々の香りや、ざわざわと揺れる草の音も共有できる気がして、川との関係はより親密になる。

大宮橋から川を覗くと、たくさんの魚が群れているのがわかる。

聖陵岩里病院の『水環境委員会』委員長の後藤美和さん。

「川の近くで、川の恵みを受けて私たちは暮らしているんです。だから少しでもきれいな流れを保ちたいと思って」

三隈川沿いには、温泉や病院、福祉施設などが点在しているが、聖陵岩里病院もそのひとつ。この病院では職員によって『水環境委員会』が組織され、後藤美和さんはその委員長を務める。

「定期的に水質調査やマイナスイオンの調査、清掃活動などを行っています。正直なところ、この委員会に入るまでは、川にも、環境保全にもさほど関心はなかったのですが、今では一人でも多くの方に日田の川を大切にする気持ちを広められればと思って」

病院では職員一人ひとりの川に対する意識を高めようと、環境にやさしい石けんを使ったり、職員総出で河川清掃を行ったり、川のイベントに参加したりと積極的に活動を続けている。

病院の裏側に出てみた。ちょうど三隈川が庄手川、隈川と支流をのばすその手前の地点で、川幅は広く開放され、向こう岸に日田温泉の旅館が建ち並ぶ様子が見える。手前の岸には、夏の風物詩である屋形船が、冬の訪れに身を震わせるように、波に小さく揺れていた。日田にしかない、日田だから見ることのできる、本当に美しい川の眺めは、患者の心をどれほど癒やしてくれるだろう。

紅葉に彩られる花月川。コイも釣れるらしい。

三隈堰の向こう側に日田温泉の宿が建ち並ぶ。

三隈川公園から川を望む。夜になると旅館のライトアップが美しい。

太陽が傾いた頃、日田の川を眺めるならまず欠かせない、とある場所へとやってきた。国道212号のバイパスから日田インターチェンジを背にしてしばらく走ると左手に見えてくる、三隈川公園。ここからは、そう、ちょうど聖陵岩里病院の裏から見える三隈川を違った角度から眺めることができる。多くの観光客は豆田や久住方面に向かってバイパスをするりと通り過ぎてしまうため、この公園の存在は外部の人びとには意外と知られていない。けれども、地元の人たちにとっては紛れもなくいこいの場で、散歩やジョギング、読書と皆、思い思いに夕暮れのひとときを過ごしていた。隈川方向へと支流が始まる地点には島内可動堰、三隈川方向には三隈堰。二つの堰のそばには釣り人も多い。

まるで湖のようにおおらかで広々とした三隈川は、私たちのささやかな日常とはまったく別の時間を刻みながら、ゆったりとした流れを披露していた。真っ白いスマートな体で岸に立つサギはぴくりとも動かず、川とひとつになってその時間の中に身を浸す。

川の反対側にゆっくりと日が沈むと、あたりは静かに幕を閉じるように今日を終えた。夕闇で川の輪郭がすこしずつ曖昧になり始める頃には、川を囲むように並ぶ旅館のライトアップが始まる。キラキラと輝く明かり。道路を照らす街灯。川面に星のように浮かぶ光。漆黒の空に、まん丸い月。

ひんやりとした透明な空気に包まれながら、三隈川のクライマックスに静かに拍手を送る。

三隈川を広く見渡せる三隈川公園。

三隈川公園内にある国土交通省の学習施設『朝霧の館』。

早朝、霧に包まれる三隈川公園。

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