一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
犬鳴ダムの試験湛水について

福岡県土木部河川開発課
技術主査
後 藤 俊 一

1 はじめに
犬鳴ダムは,福岡市の北東約20km,主要地方道福岡・直方線の犬嗚峠の北東約2kmに位置し,一級河川遠賀川水系犬鳴川に建設する多目的ダムである。
当ダムは本体打設を平成3年11月に完了し,平成4年12月から試験湛水を開始した。そして平成9年5月に無事試験湛水を終了し,平成9年8月をもって竣工となった。
当ダムの大きな特徴の一つに貯水池直下約110m地点に,山陽新幹線の福岡トンネルが通過していることがあげられ,同トンネルヘの貯水池からの漏水が懸念されていたが,漏水防止のための対策工により大きな問題もなく試験湛水を終了できた。
本報告は,これら試験湛水結果について,その概要を述べるものである。

2 犬鳴ダムの概要
(1)ダムおよび貯水池の諸元

(2)ダムの目的
① 洪水調節
犬鳴ダム地点での計画高水流量100m3/sのうち70m3/s の洪水調節を行い,下流宮田基準点での最大流量690m3/s を650m3/s 以下に低減させる。
② 流水の正常な機能の維持
犬鳴川沿岸の既得用水の補給等流水の正常な機能の維持と増進を図る。
③ 都市用水
下流の若宮町・宮田町に対し,芳賀地点において水道用水として5,000m3/日(0.058m3/s )を,地域振興整備公団等に対し,芳賀地点において工業用水として16,130m3/日(0.187m3/s )の取水を可能ならしめる。
(3)貯水池周辺の地質
ダムサイトを含む貯水池周辺には、基盤岩として三郡変成岩類と呼ばれる結晶片岩類と、これに貫入するひん岩および花崗閃緑岩が、さらに被覆層として未固結な段丘堆積層、崖錐堆積層および現河床堆積層が分布している。

3 貯水池対策工の概要
(1)対策工範囲の設定
貯水池対策工の範囲については,湛水を行った場合にその影響の出る範囲,すなわち新幹線トンネルによる地下水の吸い込みの影響を受ける範囲について施工するものとして,以下のように設定した。
① 河川縦断方向
犬鳴川周辺の地下水位観測資料をもとに,遮水処理範囲を計画した。
新幹線トンネルより下流側は,地下水面が新幹線トンネル下流250m付近より徐々に上昇し,トンネル下流約450m地点で川床付近に確認されるが,既往調査孔での経年的な観測結果でも近年10年間程度の地下水動向は最低ラインが上昇傾向にある。
しかし,地表面に近い部分では湛水による水頭増加で岩盤内の目詰り成分が一時的に流出する可能性もあるため,対策工下流端にはカーテングラウトを施工し,下流貯水池からの水平方向流を抑制することを考える。
以上からトンネル上流250m,下流350m計600mを施工範囲とした。
② 河川横断方向
近年20年における雨量データによる洪水調節計算結果を行うと,洪水期間(常時満水位に復するまでの時間)が2~75時間程度であり,新幹線トンネルヘの浸透時間(約11日)に比較して非常に短く,常時満水位以高の未処理部分からの漏水量の増加も少量と考えられる事等から遮水処理範囲は,常時満水位+余裕高で設定すれば大きな危険は防止されるものと判断した。
ダム地点における風波浪高がhw=0.95mであることから,余裕高はh=1.0mとした。したがって遮水処理範囲は,常時満水位+1.0mとなり,EL218.20mまでと設定した。
(2)対策工施工後の漏水量
湛水前の新幹線トンネルの坑口流量は6~8m3/min程度であるが,湛水により漏水量が増加することが考えられる。そこで,新幹線トンネルヘの漏水は,湛水前のトンネルに向かう飽和地下水流の浸潤面以高のゾーンをNon Darcy flow(図中のB),また浸潤面以下のゾーンをDarcy flow(図中のA)で近似し,それぞれの浸透流を求め,その合計量をトンネルヘの漏水量と仮定する。
その結果,対策工を行わない場合の湛水による漏水量の増加量はサーチャージ水位において13.6m3/min程度となるが,対策工を行うことにより漏水最は6.4m3/minまで低減されるものと推定される。

(3)対策工法の選定
貯水池内の遮水工法は次のような案が考えられた。
 ・割れ目の目詰りを促進する案
 ・貯水池底面で表面遮水する案
このうち,目詰りを促進する案は目詰りを起こすまでに時間を要し,現実的ではないと考えられたため,貯水池底面で表面遮水する案を採用し,緩斜面部はジオメンブレンあるいは上質材を用いた工法とし,急斜面部は法枠工あるいはコンクリー卜吹付工を用いた工法を選定した。

4 試験湛水計画
(1)湛水計画の基本方針
試験湛水計画の湛水要領は表ー2に示すとおりであるが,その基本方針は以下のとおりである。
① 洪水調節について
試験湛水の目的は,ダムの挙動を監視することである。したがって,洪水調節はコンジット全開による自然調節として対応する。
② 利水の取扱いについて
 a. 流水の正常な機能の維持
  工事中であることから,自然の範囲内で放流し,補給しないものとする。
 b. 都市用水(水道用水,工業用水)
  補給しないものとする。
③ ダム挙動の監視について
工事中においてのダム挙動は計測および監視で実施する。
④ 洪水期間中の洪水処理
湛水期間中に洪水期を経過しても湛水が終了しないことが明らかとなったため,「洪水期に経験水位を上回らないこと」を原則に洪水期保持水位を設定し,水位保持を行うこととした。
⑤ 湛水開始時期
犬嗚ダムの試験湛水は工事工程,近傍ダムの洪水期間,超過確率検討より12月1日を湛水開始日と決定した。
⑥ 試験湛水の完了
下降時の常時満水位EL217.2mでの2日間の定水位試験終了時点をもって,試験湛水完了とした。

(2)計測項目
試験湛水に伴う計測項目および頻度は「ダム構造物管理基準」に従って行うものとし,また当ダムでは貯水地下約110m付近に「新幹線福岡トンネル」が通過しているため,合わせて計測するものとする。
計測項目は以下のとおりである。
① ダム本体

②貯水池

③新幹線トンネル

(3)監視管理基準
前述のように当ダムではダム堤体,貯水池および新幹線トンネルに各々計器を設置している。
よって,各々の監視管理基準を以下に示す。
① ダム堤体
ダム堤体および基礎岩盤の異常の有無の判定は,主として,漏水量,変形量,揚圧力の3つの計測データと貯水池との関係により判定する。
(a) 漏水量
正常:各孔別(ドレーン孔)の漏水量がほぼ直線的関係にある場合。また,全漏水量については,貯水位の1次または2次式に近似されている場合。
異常:漏水量が貯水位の変化に対して急激に変化する場合。または,1孔当たり100ℓ/min程度以上の漏水が観測される場合。または漏水中に濁りが認められた場合。
(b) 変形量
正常:変形量と貯水位の2次の関数形に近似される場合。
異常:変形量が貯水位の変化に対し,急激に変化する場合。
(c) 揚圧力
正常:揚圧力が貯水位の変化に対してほぼ直線的関係にある場合。揚圧力が大きくても,その位置での漏水量が小さく,かつ漏水量の変化がほとんどない場合。
異常:揚圧力が貯水位の変化に対して急激に変化する場合。

② 新幹線トンネル
新幹線福岡トンネルに対する異常の有無の判断は,JR側測定値(水圧計)と坑口測定(漏水量)の計測データに基づいて行う。
漏水量の異常の有無の判定は,貯水位と漏水量の関係により判断する。
正常:坑口漏水量が貯水位の1次または2次式に近似されている場合。
異常:坑口漏水量が貯水位の変化に対して急激に変化する。または,20m3/min程度以上の漏水が観測される場合。または漏水中に濁りが認められる場合。
なお管理目標値を次表のように設定している。

5 試験湛水結果
(1)水文気象状況
試験湛水開始から平成6年5月にかけては平年並の降雨があり,計画どおりの試験湛水を行うことができたが,平成6年から7年,平成7年から8年にかけての非洪水期には2年続きの渇水のためサーチャージ水位を経験できず,試験湛水は長期に及んだ。
しかし,平成8年から平成9年の非洪水期に平年並の降雨があったため,サーチャージ水位に達したが,試験湛水に要した期間は54ヶ月(計画比1.9倍)となった。

(2)ダム本体
① 漏水量
当ダムの総漏水量は,最大で41.4ℓ/minと少なく,ドレーン漏水量,ジョイント漏水量ともに1孔当たり最大で12ℓ/min程度と低い値を示している。また,貯水位の変動に追随して漏水最も変動していること,経年的に同貯水位における漏水量も漸減していることから,ダムの漏水については問題ないと判断した。(図ー9,10参照)

② 揚圧力
当ダムの揚圧力は,湛水当初から右岸側において設計揚圧力よりも大きな値を示す傾向にあるが,貯水位との関係は安定していること,安定計算上も安定が保たれている結果となったため,揚圧力については問題ないと判断した。(図ー8)

③ 変位
当ダムのノーマルプラムラインによる上下流方向の変位は,+7.1mm~-3.1mmの範囲で,貯水位の変動に対応した挙動を示しているが,夏期には堤体下流面が緩められて膨脹するため上流側への変位が認められる。(図ー11)

(3)新幹線トンネル
新幹線トンネルの漏水量は最大で12.25m3/minと、当初の漏水予測量12.4~14.4m3/minを下回る結果となっている。
また漏水量の増減は貯水位の変動によく追随していること,経年的に同貯水位においての漏水量は減少していること,トンネル坑壁には変状は認められないことから新幹線トンネルヘの漏水については問題ないと判断した。(図ー12)
また,貯水池対策工についても変状は認められず,周辺地下水位も貯水位によく追随し,大きな変動はないこと等からトンネルの安全性については問題ないと判断した。

6 おわりに
犬鳴ダムでは,貯水池直下に新幹線トンネルが通過していることから,湛水に伴うトンネルへの漏水が当初から懸念されていた。このためトンネルヘの漏水を極力抑えるべく貯水池対策工が種々検討され,施工された。
この対策工により湛水によるトンネルヘの漏水量は当初の予想値以下となり,その有効性が実証されたところである。
またダム本体の安全性も実証され,今後の犬鳴ダムが地域住民に貢献していくことを期待するばかりである。最後に,犬鳴ダム建設にあたり,建設省河川局開発課,建設省土木研究所,財団法人ダム技術センター並びに㈱建設技術研究所の方々より多大なご尽力を得た。ここに記して誠意を表する次第です。

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧