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広渡ダム緊急水位低下工事について

宮崎県瓜田ダム建設工事
事務所長
(前 宮崎県土木部河川課
課長補佐)
渡 辺 孝 明

1 まえがき
広渡ダムは,宮崎県南部の広渡川水系広渡川の河口より約30km上流地点の北郷町大字北河内に位置し,河口近くで合流している右支川酒谷川上流に昭和59年度に築造された日南ダムと相まって,広渡川水系の治水効果を高めるために建設された治水ダムである。
ダム流域一覧および諸元を図ー1,表ー1に示す。

本ダムは,昭和44年度に実施計画調査に入り,昭和56年度建設事業採択,昭和60年12月20日に本体工事に着手した。その後,平成2年7月末に最終打設を終え,翌年11月7日から試験湛水を開始していたところで,平成4年5月下旬には試験湛水を完了し,同年度ダム完成の予定であった。
しかし,試験湛水中の貯水位が常時満水位を僅かに超えたEL259.34mに達した平成4年1月9日に,貯水池内の左岸ダムサイト500m上流(L-3地点)の付替県道切取法面にクラックが入り,地すべりの兆候が認められたので,直ちに水位上昇を中止し,そのまま約1ヶ月の間貯水位を保持し続けた。この間に,観測・調査を継続して実施しながら状況把握に努めたが,動きは一向に収束せず,さらには,左岸ダムサイト直上流(L-1地点)にも歪計に変位が観測されたため,すべりの性状確認と今後の調査方針の指導を仰ぐべく土木研究所に現地調査を依頼した。その結果,貯水位の上昇とすべりの変位量の増大に関連性が認められ,湛水の影響で地すべりが挙動し始めたことが明らかとなったので,早急に貯水位を低下させ,対策工として押さえ盛土を実施することになった。特に,L-3については,地盤変動が顕著であり緊急性を要したので,平成4年3月末に水中投棄による暫定押さえ盛土工に着手した。

2 工事の必要性・工法
当ダムは,図ー2のとおり,非常用放流管が設置されておらず,水位低下は利水放流設備の最下段放流口(3孔目)のEL247.2mが限界であった。このため,暫定押さえ盛土の大部分は水中投棄を余儀なくされたが,濁水の発生並びに施工性の問題,さらには,洪水期の水位上昇による変位量の増大等が考えられ,これらを回避すべく緊急に水位低下させる必要を生じた。
本工事は,EL226.0mの利水放流設備竪坑上流側の本体部(L=5.0m)を開削し,水位低下させるもので,工法は種々検討されたが,工事期間中の放水中断はできないこと,無振動工法であることおよび放流量の管理ができること等の工事条件を踏まえ,ドライチャンバー工法による外周コア抜きが最良の工法と考えられた。
ドライチャンバーは,海底油田基地鉄塔の海中部分の補修等で採用されてきた工法で,原理は,水中におわんを伏せておき,そこに空気を送り込むことにより室内をドライにし,安全に作業を行うものである。
今回,この原理を応用して,当ダムの本体開削工事を行い,水位低下を図るもので,国内では初めてのケースであると思われる。

3 工事の概要
ドライチャンバーの構造は,図ー3に示すとおり,鋼製の六面体の箱のうち,本体接着面と底面を解放し,四方面を鉄板で囲った高さ2.6m,幅2.8m,奥行2.0mの箱である。本体接着面は,エアー漏れ防止のため,φ30mmの膨潤ゴムをフランジ部分にセットし,本体への取付は,φ19mmのケミカルアンカー48本で締め付けた。また,落下防止対策として上部本体より2箇所ワイヤーで吊り下げ,浮き上がり防止として7.7tコンクリート塊4個を河床に据えつけワイヤーで固定した。
工事は水中作業となるため,ドライチャンバーと一体となった作業基地を湖面上に設置して台船とし,この上に潜水作業に必要な潜水機材,作業機材,その他休憩所等を配置した。作業員のドライチャンバー内への出入りは底面開口部から行い,作業状況はモニターTVにより台船上のコントロール室で監視し,作業指示および連絡は水中通話機を使用して行った。
ドライチャンバー内部の空気圧は,おのずとチャンバー外壁にかかる水圧と異なり,チャンバー下端の水深に相当する水圧を受けるので,作業員は潜水服を着用したまま作業を行い,潜水深度に応じて作業時間を選定する。所定の作業時間を終えたら下がり綱を伝って浮上し,途中台船より6m,3m下に設置してある減圧ステージで水中減圧を行った後台船に上がる。作業員の呼吸用空気は,台船上の潜水用コンプレッサーから供給を受けるので,チャンバー内の換気,水位保持用の空気を送る作業用は一切使用しない。
本体開削の基本寸法は,連結する低水放流管がφ800mmであり,チャンバー内で人間が立って作業しやすい断面を確保するため,縦2.0m×横1.0mとした。ただし,施工延長5.0mのうち,最後の0.5m部分は中心部を縦1.0m×横1.0mで開削することにした。これは,最後の開削は,チャンバー内に空気圧がかかっていると貰通時の空気管理が困難であり,作業員が下流側に引き込まれる可能性が高く非常に危険を伴う作業となるため,一時利水放流管の主・副ゲートを閉めて竪坑に貯水位まで水を張った後,チャンバー内の空気圧を徐々に減じながら完全に河川水を充填した水中状態で作業しなければならず,加えて,濁水と相まって非常に作業が困難になると予想されたので,φ800mmを満足する最低限の内径とした。

4 施工の状況
(1)施工方法
開削作業は,基本寸法2.0m×1.0m区間の施工延長L=4.5mを0.6m×1,1.0m×3,0.9m×1の5ブロックに分けて開削していくことにした。図ー4に示すとおり,まず,①の0.6m区間の外周を水中でも使用できるφ150mmのコアドリルを使用して44箇所削孔縁切りし,その断面も同じドリルで上中下に3分割した後に,最上段にワイヤーを仕込み20tジャッキをセットしてコンクリートを折り,チャンバーからアンカーを取ってチェーンブロックで引き出し水中投棄した。中段,下段も同様の施工である。②の最初の1.0m区間は①同様の施工後表面をピックで2次破砕した。①・②区間1.6mが完了した時点でコアドリルを切羽にセットしようとしたが,表面に凹凸がありドリルのセットが不可能であったため,③に示すとおり,残りのブロック全ての外周を今までどおりチャンバーに取り付けていた架台から一気に削孔し,ズリ処理だけは計画どおりのブロック長で3分割してジャッキで折り引き出すことにした。⑤の5回目のズリ処理の時はジャッキで折れなかったので,3分割された表面に各々2箇所ずつ計6本の静的破砕剤を装填して1次破砕を行い,その後ピックで2次破砕した。

最終貫通部の基本寸法1.0m×1.0m区間の施工延長L=0.5mの開削については,主・副ゲートを閉じて貯水池との水位バランスをとった後に,チャンバー内を減圧して完全な水中状態にし,外周縁切りを行い貫通させる予定であった。しかし,濁りで透視が悪く水中での外周縁切りは困難であると判断されたので,ドライ作業で奥行45cmまで外周を縁切りして5cmの壁を残し,水中作業でその断面上部を一気にジャッキングして最終壁も同時に破壊させる計画に変更した。結果は,5cmの壁は完全に残ってしまい,そのまま水中作業にてハツリ処理することになった。
(2)作業工程
潜水士は2人1組を原則として10班20名で構成され,拘束時間はAM7時からPM9時までの14時間であった。潜水深度は,本格的な工事が梅雨明け後の洪水期にかかり一時水位低下したこともあったが,平均的に30m前後あり作業が制約された。この平均水深での潜水パターンは,1日2回潜水班が4班,1回班が6班の14回潜水となり,1班当たりの作業は準備待機から潜水作業,水中減圧,体内ガス圧減少に至る約3時間の工程で,準備待機が40分,潜水作業時間が40分,水中減圧時間が30分,体内ガス圧減少時間が60分程度であった。
工事期間中の潜水作業時間はトータルで71,862分,そのうち縁切り開削に要した時間は51,461分の約72%で,その他はチャンバーの取付・撤去,ズリ出し,水中測量,スクリーンの取付等の時間であった。また,縁切開削工のうち,実際,外周縁切り等の削孔に要した時間は約25%の13,081分で,残り75%はコアドリルのセットやトラブルなどの段取り時間であった。この削孔時間を1m当たりに換算すると平均62分となり,削孔長が短いほど効率が悪くなっている。特に,最初の1ブロック目の0.6m区間の外周削孔に当たってはドリルセット時の架台の加工や補強等に,貫通部の0.5m区間についてはチューブが長くなり中間の振れ止めや段取りに必要以上の時間を費やした。

5 施工上の問題点
今回のドライチャンバー工法による本体コンクリート開削工事は,特殊技能を有した潜水士による水中作業となり,県内には該当者がおらず,その確保に大変苦労した。また,高気圧作業安全衛生規則を遵守すべく,潜水作業時間等に制約があり,早期に工事を終わらせるにはできるだけ多くの班編成を組まなければならなかった。そのほか,下記のような反省すべき問題点があった。
① 監督員および現場代理人が直接現場に行けず,作業状況は台船上のモニターTVでしか確認できないため,的確な作業指示,安全指示ができなかった。また,出来形寸法,写真撮影は潜水作業員まかせとなり,満足のいく出来形管理・写真管理ができなかった。
② モニターTVは,チャンバー内の比較的近い部分は十分監視できたが,3~4m坑内に入ると見えにくく,ズーム機能付カメラを使用した方が良かった。
③ 照明は,チャンバー内部は問題なかったが,3m以上坑内に入ると暗く,もう少し設備の検討をしておくべきであった。
④ 排気設備は,チャンバー内部に1箇所しか設置されておらず,最終貫通部の水中作業時にエアーを抜くのに時間を要した。
⑤ 給気設備でチャンバー内の換気も兼ねることができると考えていたが,内部は削孔やハツリ時に出るくり粉,ほこり等で汚れ,実際には作業進行並びにビデオ撮影等にも支障があった。
⑥ ドリルセット部分から3m程度を超える削孔長になると,チューブが噛んだり曲がったりすることが多く,作業効率が極度に低下した。

6 本工事施工による効果
本緊急水位低下工事の完了後は,L-3地点の暫定押さえ盛土工の一部を除き,大部分の盛土がドライ作業で施工可能となり,迅速。確実かつ効率的な工事の進捗が図られた。
その他,下記事項について効果が認められた。
① 水中投棄部分がほとんど無くなり安定計算を見直した結果,貯水池の低標高部から法勾配2割5分で仕上げが可能となったので,最終的に盛土量は555千m3から513千m3に減じることができた。
② 大部分の盛土がドライ作業となったので,転圧が十分にでき,密度も設計値(γ=1.9t/m3)以上の値が得られ施工性に優れた。
③ 盛土の仕上法面についても,本体掘削ズリを利用して,低標高部からきれいにリップラップすることができたので安定が図られた。
④ 暫定盛土の一部の水中投棄に際しては,濁水が発生し,下流域に影響を及ぼしたが,水位低下後は濁水の発生はほとんどなかった。
⑤ 本工事に141.5百万円を要したが,盛土量減でその分カバーできたので施工性は十分あった。

7 あとがき
当初計画では,本工事の施工により出水期前までに完全に貯水位を低下させ,地すべりの進行を防止する予定であったが,工法の検討およびその決定,その他諸般の事情により工事発注が遅延し,結果的に最も避けるべきであると考えていた洪水期間中に施工することになった。加えて,ダム放流しながらでの潜水作業であったので非常に危険性を伴い,気象情報の把握,ダム諸量の監視等,工事の安全面に万全を期した。
本工事が完了した平成4年10月下旬からは地すべりの押さえ盛土が急ピッチで進められ,平成5年5月末までに全てを終えることができた。そして,同年11月1日に再度試験湛水に入り,諸観測を実施しながら堤体並びに地すべりの安全性の確認を行い,平成6年1月4日本試験を終了した。その後は,再び開削部まで貯水位を低下させ,緊急放流設備として,内部に開閉可能な薔付きSUS鋼管(φ600mm)を配して閉塞を行った。

終わりに,昭和44年度ダム事業に着手して以来,実に25年の歳月と145億円の巨額を投じて建設された本ダムも,平成6年5月24日に竣工式が執り行われ,事業に終止符が打たれた。

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