2つの災害からのすまいの再建
~能登半島地震でも活用された「熊本モデル」~
~能登半島地震でも活用された「熊本モデル」~
熊本県 土木部
建築住宅局
住宅課長
建築住宅局
住宅課長
上野 美恵子
キーワード:応急仮設住宅、熊本モデル、みんなの家、くまもとアートポリス
1.はじめに
2024年1月1日の夕刻、最大震度7を記録する能登半島地震が発生しました。同年9月には、同地で、記録的豪雨による浸水被害が発生。短期間のうちに2度も自然災害に見舞われ、被災された皆様はもちろん、復旧・復興に取り組む方々にとっても深い悲しみと絶望感に襲われたことと思います。皆様には心よりお見舞い申し上げますとともに、一日も早い復興と皆様のご健康をお祈りしております。
本県の建築住宅局では、能登半島地震への復興支援として、建設型応急住宅の建設、特に木造の仮設住宅建設のノウハウをお伝えするため、局内に仮設住宅建設支援チームを編成し、初動期の約1ヶ月間、技術職員を派遣しました。また、地震による仮設住宅が完成する12月には再度職員を派遣しています。これらは、内閣府及び国土交通省からの要請によるものでしたが、本県ではご承知のとおり2016年4月に熊本地震が、2020年7月には線状降水帯の発生による豪雨災害が発生しています。この二つの災害からのすまいの再建の取組みは「熊本モデル」と呼ばれ、被災された方々が平穏な暮らしを取り戻し、将来の希望へとつなげる取組みとして、内閣府、国土交通省にも後押ししていただきました。
今、自然災害は、日本各地で発生し、激甚化・頻発化しています。行政職員である私たちの使命として、災害への備えを確実に、との思いで業務に取り組んでいるところです。そこで、これまでの災害を通して学んだこと、本県のすまいの再建の取組みについて、ご紹介します。
2.熊本県の応急仮設住宅の特徴
熊本県の木造の応急仮設住宅は、2012年(平成24年)に発生した熊本広域大水害が始まりです。
当時の蒲島郁夫熊本県知事は、災害発生後、いち早く「復旧・復興の3原則」を示されました。私たちは、この「被災された方の痛みを最小化する」、「単に元あった姿に戻すだけでなく、創造的な復興を目指す」、「復旧・復興を熊本の更なる発展につなげる」という3つの考えのもと、復旧・復興に取り組みました。
応急仮設住宅の建設では、前年度に木造の応急仮設住宅整備に関する災害協定を締結したばかりの一般社団法人熊本県優良住宅協会に、仮設住宅を造っていただくことになりました。木造の仮設住宅は温かみがあり、住み心地もよいと大変好評で、この時の住宅プランはその後の木造仮設住宅の原型となりました。と同時に、再利用できるのではないか、という意見が早くからあり、竣工後まもなくから利活用の可能性を検討したことを覚えています。
なお、この時に造った木造仮設住宅48戸のうち15戸は、木杭をRC 基礎に改修し、今も建設地である阿蘇市の単独住宅として利活用されています(写真- 1)。

そして、4年後の2016年、熊本地震が発生します。仮設住宅の建設では、まず住宅の仕様の検討を行いますが、この時は大きな余震が続いていることを理由に、木造仮設住宅については木杭ではなく、RC基礎を採用しました。これには、阿蘇市での経験を踏まえ、被害の甚大さから仮設住宅の供与期間が長期化する可能性があること、その後の利活用が必要となった場合でも容易に対応できるように、といった考えがありました。
そして、仮設住宅の配置計画では、入居される方が孤立しないように、また、入居者間のコミュニティが形成できるように、どのような配慮ができるかの検討が必要でした。
本県には、1988年にスタートした本県独自の建築文化事業である「くまもとアートポリス(以下、「アートポリス」という。)」があります。アートポリスは、本県の自然や歴史、風土を活かし、後世に残り得る文化的資産としての建造物を造り、豊かな生活空間の創造を目指すというものです。
アートポリスを代表するコミッショナーには、世界的な建築家である伊東豊雄氏をお迎えしておりますが、伊東コミッショナーは、余震が続く本県に出張先の海外からいち早く駆けつけてくださり、地元在住のアートポリスアドバイザーの桂英昭氏とともに、仮設住宅団地の配置計画に助言をいただきました(図- 1)。

まず、隣棟間隔は従来の仮設住宅団地より広くし、ゆったりとした空間を創出しています。1 住棟の戸数は3 ~ 4戸程度とし、間には小路を設けて、見守りとコミュニティの空間を確保しています。小路は集会施設へと導く役目も持っています。
こうして、コミュニティ形成を重視した「あたたかさ」、「ゆとり」、「ふれあい」のある応急仮設住宅として、熊本県が建設する仮設住宅団地の姿がつくられていきました。
3.仮設住宅の憩いの場「みんなの家」
本県の仮設住宅団地を語るとき、決して忘れてはならないものがあります。それが、「みんなの家」です。
「みんなの家」は、伊東コミッショナーが東日本大震災の被災地を訪れた際に、その状況を憂い、被災された方々が我が家の居間のようにくつろぎ、語り合う憩いの場をつくろうと提案されて始まったものです。
みんなの家の第1号は、本県の木や畳を使って、宮城県仙台市に建てられました(写真- 2)。伊東コミッショナーは、みんなの家の設計にあたり、自ら団地に入居されている方々の意見を丁寧に聞かれました。このことをきっかけとして、住民の方々の会話が増え、笑顔が戻り、徐々に元気を取り戻されたと伺っています。

先に述べた熊本広域大水害は、東日本大震災の翌年に発生しましたが、この時の仮設団地にも2棟のみんなの家を建設しています。これらのみんなの家は、1棟は隣接する市営住宅の集会所として、もう1棟は被災された集落の公民館として移設され、今も活用されています。
熊本地震では、110 団地4,303戸の仮設住宅を建設しましたが、団地にある84棟の談話室・集会所は、すべてみんなの家として整備しています。このうち、80戸以上の大規模な団地に建設したみんなの家8棟は、アートポリスのプロジェクトとして、伊東コミッショナーが設計者を選定し、仮設住宅の入居者とワークショップを行いながら設計を進めました。私たちは、これらを「本格型みんなの家」と呼んでいますが、利用される方々の意見を聞き、それぞれの思いを形にしており、建設過程では上棟式や完成披露会などを開催したり、完成後はお茶会や健康体操をされたりするなど、皆で喜びを分かち合い、語り合う場として、その役割を存分に果たしたのではないかと思います(写真- 3)。

なお、これらのハードの取組みと並行し、ソフト対策として、九州・山口の大学・高専生が主体となって活動する九州建築学生仮設住宅環境改善プロジェクト(KASEI プロジェクト)(写真- 4)や地元高校生によるみんなの家の表札の揮毫など、コミュニティづくりにつながる取組みも行いました。

さらに、日本財団からは公的な支援が届かない被災地での「みんなの家」の整備にご支援をいただきました。
熊本地震から4年後、令和2年7月豪雨が発生しましたが、この時には仮設住宅を24 団地808戸、みんなの家を20棟、全て木造で整備しました。この時の仮設住宅は、雨音に対する不安感を和らげるとともに、地域の景観に配慮するため、瓦屋根を採用しました(写真- 5)。住戸内のバリアフリー化を向上させるなど、住戸仕様にも改良を加えています。

これらの仮設住宅とみんなの家は、国をはじめ、全国の自治体、関係機関、協定団体など、多くの方々の理解と協力によって実現しました。この時の経験は、その後の復興にも大きな役割を果たすこととなりました。自宅再建を支援するための「くまもと型復興住宅」や不調不落対策としての「買取型災害公営住宅」への展開です。様々な立場の関係者が、それぞれ復旧・復興のために何ができるかを考え、実現に向けて尽力する。そのような関係性が構築できたのではないかと思います。
4.仮設住宅・みんなの家の利活用
仮設住宅整備の完了により被災された方々のとりあえずの暮らしの場が確保されますが、その後本格的な「すまいの再建」が始まります。
住まいの再建は、自宅を修理される方、再建・購入される方、公営住宅や民間賃貸住宅を選択される方など様々です。最初に述べたように、木造の仮設住宅は温かみがあり、居心地がよいと好評でしたので、被災者の方々の住まいの選択肢を増やす観点から、市町村の公的賃貸住宅として、木造仮設住宅を利活用してはどうかと積極的に提案しました。一口に“ 仮設住宅” とは言っても、構造強度や断熱性能は新築住宅と同水準であり、建設された協定団体の方々が「仮設と思って造ってない」と言われるほど、心を込めたものとなっています。利活用は仮設住宅の早期解消と解体経費の抑制につながるとともに、被災者にとっては、移転や家賃等負担の軽減になります。脱炭素社会の実現に向けても重要な意味があります。
この結果、熊本地震で整備した木造の仮設住宅は、移設合築も含め約8割の住宅が利活用されました。既存の公営住宅、新しく造る災害公営住宅、自治体の裁量が大きい木造仮設利活用住宅という、多様な住宅の選択肢があることは、生活の立て直しを迫られる被災者にとっても有益で、心強く感じられたのではないでしょうか(図- 2)。

現在、令和2年7月豪雨で整備した仮設住宅でも利活用を進めており、約6割の住宅が活用される見込みとなっています。住宅に限らず、移築合築して交流施設として利活用されるケースもあり、市町村の創意工夫により様々な活用の道が開けることも利活用のメリットではないかと思います。
5.仮設住宅のこれから
これまでの災害を経て、本県の木造仮設住宅は「熊本モデル」と呼ばれるまでになりました。建設過程や利活用段階で、暮らしやすいように繰り返し設計を見直し、部分的な改修も行いながら、木造仮設住宅を創り上げてきました。本県の仮設住宅をめぐるあれこれについては、「熊本地震仮設住宅はじめて物語」、「くまもと・住まいの復興デザイン」という2 冊の記録誌(発行:一般財団法人熊本県建築住宅センター)にまとめられていますので、ご興味のある方はご覧いただければ幸いです。
熊本地震以降、災害が発生した愛媛県、長野市、石川県に職員を派遣し、仮設住宅の建設支援を行ってきましたが、その間にも仮設住宅を巡る状況は大きく変化してきているように感じています。ご承知のとおり仮設住宅は木造だけでなく、プレハブ、ムービングハウスなど様々な型式があり、それぞれに利点があります。被災地の状況、被災者の属性等に応じて、借上型仮設住宅なども組み合わせながら整備を行っていくこと、被災者を第一に考え、柔軟な対応を行うことが最も重要であると考えます。加えて、現在は人手不足、資材高騰などの社会的情勢もあります。仮設住宅の利活用によって、災害公営住宅の建設を削減することなども検討の余地があるのではないでしょうか。
本県では、今年1月に一般社団法人日本ムービングハウス協会と仮設住宅整備に係る災害協定を締結しました。これで、同様の協定を締結した団体は7 団体となります。ムービングハウスは、移送経路の確保は必要ですが、製作時間の短縮が期待でき、被災者の早期入居が可能です。このように、各協定団体から提供いただく仮設住宅の、それぞれの特質を生かし、被災者に寄り添った住まいを早期に提供できるよう、継続して検討していきたいと思います。
6.終わりに
本県では、現在、木造仮設住宅整備の効率化と省力化を図るため、産学官連携によるDX を取り入れた配置計画の検討を行っており、災害への備えを強化できればと考えています。
最後に、本県の度重なる災害からの復旧・復興に多大なる御支援をいただいております国土交通省をはじめ、自治体、関係機関、関係団体の皆様に改めて感謝申し上げます。