社会資本整備における施工の高度化に向けて
国土交通省 国土技術政策総合研究所
社会資本マネジメント研究センター
社会資本施工高度化研究室 室長
社会資本マネジメント研究センター
社会資本施工高度化研究室 室長
杉 谷 康 弘
キーワード:生産性向上、ICT施工、建設DX実験フィールド
1.はじめに
少子高齢化は止まらず、建設業への時間外労働規制も適用が開始された。今後は、人材の業種間での奪い合いも想定される。減少する労働力で現在と同等の社会資本整備を継続するには、生産性の向上が必須である。また、人材確保のためには、建設業を魅力的な職業とする新3K・4K の実現は急務である。
国土交通省国土技術政策総合研究所(以下「国総研」という。)社会資本施工高度化研究室では、ICT施工による生産性向上のため、3次元での出来形管理や監督・検査を行うための基準類を作成してきており、適用できる工種や技術の拡充を行ってきた。ICT施工の更なる拡大・普及のため、民間で開発されたICT施工技術・計測技術を迅速に適用可能とするための仕組みも活用している。また、ICT施工Stage Ⅱ(データ分析による現場全体の施工管理の高度化)や、ICT施工Stage Ⅲ(施工の自動化)のための研究も行っている。
今後5~10年後の中期的な視点で見れば、「設計から施工、監督・検査まで、一貫して3次元モデルが適用されている。」、「メーカやシステム等の違いを意識せずに、現場のあらゆるデータが施工管理に活用されている。」、「遠隔臨場が一般化し、現場での立会を伴う確認・検査は特殊な場合に限定されている。」というような姿が想像される。また、数十年単位の長期的な視点で見れば、現場に人が存在しないこと(現場の無人化)を前提とした施工機械、施工方法、施工管理による今とは違った施工の姿が想像される。
本稿では、当研究室で取り組んでいるICT施工に関する研究(民間提案技術の公募制度、生産管理や自動施工に資するデータを定義した工程進捗データ標準、工程進捗データの流通環境である施工データプラットフォーム等)、研究開発のために整備した建設DX実験フィールド(概要や活用例)、4脚4輪走行装置を持つ特殊な建設機械(通称スパイダー)を中心に紹介する。
2.ICT施工に関する研究
(1)国土交通省の施策
国土交通省では、建設施工の生産性向上のため、2016年からi-Constructionを開始し、ICT施工を拡大してきた。ICT施工が可能な直轄土木工事では87% の現場で適用され、これにより、約20% の作業時間の短縮が図られている。2023年3月のICT導入協議会1)では、これまでの取り組みをStage Ⅰとし、ICT施工の次の段階として、データ分析で工事全体を効率化するStage Ⅱ(図- 1)の構想が示された。Stage Ⅱでは、IoTやデジタルツイン等を活用し、建設機械や人、材料、進捗状況等のデータを収集、見える化し、建設現場のリアルタイムな工程改善、リソースの有効活用、協議・調整・監督検査の効率化等を図ることを目指している。なお、今後Stage Ⅱに関する試行を行う場合の要領等(「データ活用による現場マネジメントに関する実施要領(案)2)」、「データ活用による現場マネジメント」に係る機器等技術に関する参考例示資料ver1.0」3))が公表されており、具体的な実施内容が記載されている。更に、2024年4月には、i-Constructionの取組を加速するため、「i-Construction2.0」4)が打ち出されている。2.0では、「施工のオートメーション化」、「データ連携のオートメーション化」、「施工管理のオートメーション化」(図- 2)を3本の柱とし、3 の省人化(生産性を1.5倍以上向上)や魅力ある産業の実現を目指すこととしている。
(2)国土技術政策総合研究所における研究
①ICT施工に関する民間等の提案を踏まえた基準類の策定・改定
公共工事には多種の工種があるとともに、ICT技術の進展が早いことから、新技術(シーズ)を迅速に現場導入するため、民間企業等から技術や改善案を募集している。原則として年度内で募集から基準類作成までを完結することとしている。2019年度から開始し、毎年20件程度の応募があり、技術的完成度、経済性、安全性、作業性、計測精度等の観点で審査し、応募件数の5割程度が現場で適用できるようになっている。2023年度の事例として、「TLSを用いた落石雪害防止工の出来形管理」を図- 3 に示す。高所作業を伴うテープによるアナログ的な計測を、地上(例えば道路上)からTLSによって計測した点群データから計測することができるようにしたものである。生産性の向上とともに、安全性の向上も期待され、他の高所作業を伴う工種への拡大も検討したいと考えている。その他、「自走式スタビライザの施工履歴データを用いた出来形管理」では、施工履歴データ(ICT建設機械により施工しながら計測されるICT建設機械の作業装置の3次元座標、取得時刻、その時の建設機械の状態等の記録をいう。)による出来形管理ができるようにした。MG(マシンガイダンス)による施工効率化とともに、面的管理(全数管理)を可能とし、帳票作成の自動化も期待できる。ICT建設機械による施工履歴データの取得は、ICT施工Stage Ⅱにも繋がるものであり、あらゆる工種への適用が理想的であると考えている。一方で、次々に開発される技術を一つずつ検証し、基準類を作成することには非効率な面や、基準類の肥大化・複雑化の懸念がある。そのため、今後は、より簡便な手続きで作成することや、柔軟で包括的な対応が可能な基準類にすることなどを考えている。
②工程進捗データ流通環境の構築
自動・自律施工技術を確立する要素の一つとして、施工段取りの作成を支援するAI の開発が期待されている。この開発を促進するためには、多くの学習用データと、それをオープンにする仕組みが必要と考えている。学習用データとしては、どの施工現場、施工機械等のデータであっても共通的に扱える(蓄積できる)ように、「施工の作業順序情報」、「施工の作業内容情報」、「施工結果の形状情報」等の情報に関して、データ項目やデータ形式、計測間隔、取得方法を定めた「工程進捗データ標準」を作成し、公表することを検討している。なお、こうして収集されるデータは、ICT施工Stage Ⅱで想定される現場マネジメントにも活用されるものであり、共通的に扱えることでデータ活用の促進が期待される。また、AIの開発や現場マネジメントにおける様々なユースケースに応じたアプリケーションの開発を、異分野からの参入も含め活性化させるためには、一元的に情報を蓄積し、共通ルールの上で配信を行うクラウド上のプラットフォームの構築が有効であると考えており、その検討も行っている(図- 4)。プラットフォームの構築においては、民間においても、API によるデータ連携の取組が行われており5)、実現に向けた合意形成が円滑に進むように、当研究室もオブザーバとして参画している。
3.建設DX実験フィールドの整備・運用
(1)土工フィールド
茨城県つくば市にある国総研及び国立研究開発法人土木研究所において、インフラ分野のDXの取組を推進するため、2021年3月に建設DX実験フィールド6)(以下「DXフィールド」という。)を開設している。DXフィールドは、5G 等を活用した無人化施工や自動・自律化施工に関する技術開発を行う「土工フィールド」と、3次元計測技術等を活用した構造物の施工管理や検査、点検に関する技術開発を行う「出来形計測模型」の2区画で構成されている(図- 5)。ここでは、主に、土工フィールドについて紹介する。
土工フィールドは面積が約26,000m2(土木研究所の約6,000m2を含む。)あり、大規模な実験が可能である。また、土工フィールド全体でローカル5G が使用可能であり、遠隔操縦用映像伝送試験、自動・自律施工試験等に利用することができる。ストックヤードには約1,500m3の実験用土砂を用意しており、自由に盛土・法面を構築、配置することができ、地盤下1m 程度(それ以下では地下水が染み出る。)までは自由に掘削も可能である。その他機器や出来形計測模型を図- 6 に示す。
DXフィールドは民間等における技術開発の促進も目的の一つとしており、民間等への貸出し7)も行っている。そのため、実際の工事現場や実験施設を持たない開発者(教育・学術機関やスタートアップ企業、異分野企業等)においても、実現場に近い環境での実験が可能である。また、時間的制約を受けない(現場工程の制約を受けない)、第3者災害リスクが少ない、周辺環境(騒音・振動等)による制約が少ない等の利点があるため、工事会社や建設機械メーカからの貸出し依頼もある。国土交通省が自動・遠隔施工の安全ルールの策定等を目的に2023年度に実施した「建設機械施工の自動化・遠隔化技術に係る現場検証8)」や、「宇宙建設革新プロジェクト」の一環として開催した「遠隔施工実演会(施工チャレンジ2023)」の会場(写真- 1)としても使用されている。なお、DXフィールドは多くの方に利用して頂きたいとは考えているが、国の施設であり、一定の制限があることはご了承頂きたい。
(2)4脚4輪走行装置を持つ特殊な建設機械(通称スパイダー)
国総研では、通常の履帯式油圧ショベルでは走行・進入できないような地形条件でも対応可能な4脚4輪走行式の油圧ショベル(以下、「脚式油圧ショベル」という(写真- 2)。)を保有し、災害現場での活用の研究を行っている。脚式油圧ショベルは、独立に上下左右方向に可動する4脚4輪の走行装置とテレスコピック機構を持つアーム、滑り止めアウトリガーを用い、最大45度の傾斜面登坂、高さ2m程度の段差の乗り越え、水深2m程度での半水中走行が可能である。活用の場面としては、土砂等による堆積や崩壊により、急傾斜や段差が生じた道路の先(向こう側)や、河道閉塞等により水深が生じた先(更に奥の方)へ重機が緊急に進入しなければならない場面等を想定している。履帯式油圧ショベルでは、まず走行・進入できる状態(地形)にする作業に時間を要するが、脚式油圧ショベルであればその作業時間を短縮できる可能性がある。
令和6年能登半島地震においては、多くの箇所で道路が寸断された。そのため、土砂の撤去や崩壊した家屋からの救助に重機が要請された場合であっても、孤立集落まで直ぐには重機が到達できない場面が想定された。また、河道閉塞も数カ所で確認がされていた。こうした状況においては、脚式油圧ショベルが有効な手段となると考え、北陸地方整備局対策本部の職員や、現地調査を行っている国総研職員等へ資料を提供した。また、オペレータ(操作方法が特殊なため、通常の油圧ショベルの熟練オペレータであっても、脚式油圧ショベルの性能をフルに発揮することは困難である。脚式油圧ショベルの操作にはテクニックを要し、災害現場で活動できる人数は、現時点においては全国でも限定されている。)や運搬用トレーラの手配のため、関係各所と調整を行った。
結果としては、執筆時点において脚式油圧ショベルに対する派遣要請は入っていない。多くの現場では、既存の重機で対応が可能であったと考えられる。一方で、要請が無かった要因として、脚式油圧ショベルの認知不足も大きかったのではないかと考えている。国内に存在する機体数が少ないため、脚式油圧ショベルの存在そのものを知らない人が多い。仮に存在は知っていたとしても、どのような災害現場(現場条件)で使えるのか、災害現場でどのような使い方ができるのか、どこに要請(相談)すればよいのかなどを知っていないと、実際に脚式油圧ショベルを要請するという発想・行動には至らなかったのだと思われる。また、次から次に支援要請が入る慌ただしい中で、迅速に多くのことを処理しなければならない現場担当者にとっては、得体の知れない新しい機械が現場に持ち込まれることに対して、リスクを感じる、抵抗がある、検討する余裕がないということも現実問題として存在する。
今後は、脚式油圧ショベルの認知度向上のため、どのような場面でどのような活用が可能かを、映像等も使ってわかりやすく説明した資料を作成する予定である。また、実演等も行い、より実感を持って災害担当者に脚式油圧ショベルの有効性の確認を行ってもらうことを予定している。加えて、実際に災害が発生した場合に、現地に臨場し、脚式油圧ショベルの活動の可否を直接指導できる体制も必要であると考えており、今後検討したいと思っている。
一方で、オペレータの育成も重要である。国総研では、研究所内のDXフィールドに障害物を設置した練習場を作り、操作練習(写真- 3)を実施している。より実践的な練習となるように、今後も、実際の災害現場で必要な操作の調査を行い、障害物の改良を行っていく予定である。また、災害時にオペレータを確保しようとした場合には、普段から操作に習熟しているオペレータであることが望ましいため、通常業務(工事や林業等)で脚式油圧ショベルを活用している民間企業の情報収集を行い、いつどこで災害が起こったとしても対応出来る協力関係を構築していきたいと考えている。
また、災害用途としての検討だけでなく、本機には、チルトローテータを装備しているため、この機能を活用した施工の効率化についての検討も行いたいと考えている。チルトローテータでは、バケット等のアタッチメントの角度を左右に変えたり、360 度回転させることで、作業の自由度が大きく高まっている。また、ICT施工や、オペレータが車体に搭乗したまま、オペレータ自身でアタッチメントを交換できる装置と組み合わせることで、オペレータの作業性や作業効率が格段に向上する可能性がある。この可能性については、2024年3月のICT導入協議会1)において、建山委員からも話題提供9)がされているところである。最近の建設関係の展示会においても、多くの建設機械メーカがアタッチメントとしてチルトローテータを装着して展示を行っていたことから、今後普及が進む可能性がある。国総研においても、図- 6(5)の操作シミュレータに、チルトローテータの操作モードも装備していることから、現実とバーチャルの両方をうまく使って検討ができればと考えている。
4.おわりに
国総研は、「住宅・社会資本分野における唯一の国の研究機関として、技術を原動力に、現在そして将来にわたって安全・安心で活力と魅力ある国土と社会の実現を目指す」ことを使命としている。2024年度のパンフレットの表紙には、キャッチフレーズとして、「社会の「これから」をつくる研究所」とも書かれてある。施工の高度化は、まさに「将来(これから)」に向けての必須の技術的課題であり、責任感を持って研究を進めていきたいと考えている。引き続き、皆様のご理解、ご協力をお願いしたい。
余談であるが、令和6年能登半島地震の際に、能登半島の地形を直感的に把握したいとの要請があり、当研究室で3Dプリンタを使って立体地形模型(写真- 4)を作成した。当研究室は、ICT施工や3次元出来形計測の研究を行っており、3次元データの扱いには慣れていたこともあり、依頼の翌日に完成させ、要請元へ届けることができた。高さ方向については、地形を強調するため、10倍に拡大して作成した。要請元からは、地形が非常にわかりやすいと高評価をいただいた。2次元ディスプレイ上での3次元モデルによる表現も便利であり否定するものでは全くないが、実際に3次元のモノがあることによるリアルさを改めて感じた出来事であった。
参考情報
1)ICT導入協議会
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/sosei_constplan_tk_000052.html
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/sosei_constplan_tk_000052.html
2)データ活用による現場マネジメントに関する実施要領(案)
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001733267.pdf
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001733267.pdf
3)「データ活用による現場マネジメント」 に係る機器等技術に関する参考例示資料ver1.0
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001733270.pdf
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001733270.pdf
4)i-Construction2.0
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001738240.pdf
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001738240.pdf
5)施工データのAPI 連携に関する協議会
https://jcmanet.or.jp/api-renkei-kyogikai/
https://jcmanet.or.jp/api-renkei-kyogikai/
6)建設DX実験フィールド
https://www.nilim.go.jp/lab/pfg/dx/downloads/field_katalog.pdf
https://www.nilim.go.jp/lab/pfg/dx/downloads/field_katalog.pdf
7)国総研における実験施設の貸出し
https://www.nilim.go.jp/lab/bbg/rental/rental.html
https://www.nilim.go.jp/lab/bbg/rental/rental.html
8)自動化・遠隔化に係る現場検証概要
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001730021.pdf
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001730021.pdf
9)小規模工事における生産性向上の取り組み
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001733575.pdf
https://www.mlit.go.jp/tec/constplan/content/001733575.pdf