筑後川水系巨瀬川 流域の強靱な地域づくりに向けて
~令和5年7月出水への対応~
~令和5年7月出水への対応~
国土交通省 九州地方整備局
筑後川河川事務所
流域治水課 流域調整係長
筑後川河川事務所
流域治水課 流域調整係長
石 田 博 揮
国土交通省 九州地方整備局
筑後川河川事務所
専門調査官
筑後川河川事務所
専門調査官
江 上 綾 子
キーワード:筑後川水系巨瀬川、流域治水、治水事業
1.はじめに
令和5年7月9日(日)から10日(月)にかけての記録的な大雨により、筑後川流域では各地で被害が発生し、特に久留米市・うきは市を流れる巨瀬川流域(図-1)において甚大な被害となった。
上記の被害を受け、国(筑後川河川事務所)・福岡県・久留米市・うきは市等で「巨瀬川流域治水推進会議」を設置し、巨瀬川流域全体の水害・土砂災害等に対して再度災害を防止し、強靱な地域づくりに向けた方策を議論し、概ね5 ヶ年で緊急的・集中的に対策する「筑後川水系巨瀬川流域 緊急治水対策プロジェクト(令和5年11月15日)」を策定した。更に、気象変動に伴う災害の頻発化、激甚化を踏まえ将来を見据えた中長期の対策「筑後川水系巨瀬川流域治水プロジェクト(令和6年2月8日)」を策定した。
本稿では、プロジェクト策定までの経緯や、巨瀬川流域の強靱な地域づくりに向けた取り組みについて紹介する。
2.令和5年7月出水
令和5年7月9日(日)から10日(月)にかけて、梅雨前線の影響により九州北部において広い範囲で強い雨が継続した。10日には福岡県、大分県、佐賀県に「顕著な大雨に関する気象情報」が8 回発表され福岡県、大分県に大雨特別警報が発表された。
特に、久留米市・うきは市を流れる巨瀬川流域の耳納山雨量観測所において3、6、12、24時間雨量で観測史上最大を記録、また巨瀬川の中央橋水位観測所で観測史上最高水位3.49m を記録(図-2)し、複数地点で巨瀬川から越水及び内水で、床上浸水1,050戸、床下浸水2,131戸もの甚大な浸水被害が発生した(写真-1、2)。
また、耳納山地では多くの土砂災害が発生し、人命が失われる被害を受けた(写真-3)。今回の大雨により耳納山観測所では、6時間300.5mmの雨量を記録しており(図-3)、平成29年7月九州北部豪雨でも朝倉市や日田市で6時間約300mmの降雨により大規模な土砂災害が発生したことから、今回の出水も短時間で高強度の降雨が集中し被害につながったと推定される。
3.巨瀬川流域治水推進会議
令和5年7月出水に対して巨瀬川流域のあらゆる関係者が協働し、流域全体の水害・土砂災害等に対して再度災害を防止し、強靱な地域づくりに向けた方策(ハード対策、ソフト対策)を議論し、流域治水対策を計画、推進するため、令和5年8月28日に国(筑後川河川事務所)・福岡県・久留米市・うきは市・学識経験者等からなる「巨瀬川流域治水推進会議(以下会議)」を設置した。
会議では「気象変動に伴う災害の頻発化、激甚化を踏まえ、将来を見据えた対策に取り組むこと」、「水害や土砂災害を受けても強くしなやかに生活を再開できる地域づくりを目指すこと」の2つを重要な視点として議論した(図-4)。
巨瀬川の流域治水対策の考え方は、流域の土地利用や地形等を考慮し、以下を基本とした。
・(川)巨瀬川の水を安全に流す、氾濫水を減らす。(様々な所で貯留、浸透、流出緩和)
・(山)耳納山麓の災害対応と将来の土砂流出被害を見据えた調査と計画、防災計画。
・(人里)浸水被害を増やさないための土地利用、減災につながる生活の工夫、命を守る行動に向けた行動。
上記の考え方に基づき、令和5年7月出水の巨瀬川流域の被災状況の共有、今出水の災害形態の分析及び巨瀬川の流域治水対策の議論、緊急5ヵ年の治水対策の検討を経て、令和5年11月15日に「筑後川水系巨瀬川流域 緊急治水対策プロジェクト(以下、緊プロ)」を報告した(写真-4)。更に、中長期の治水対策の検討を行い、令和6年2月8日に「筑後川水系巨瀬川流域治水プロジェクト(以下、流プロ)」を筑後川・矢部川水系流域治水協議会において報告した。
4.筑後川水系巨瀬川流域 緊急治水対策プロジェクト
緊プロは、令和5年7月出水に対して、家屋など流域における浸水被害の軽減を図るとともに、土砂・流木災害を軽減し、強靱な地域づくりを目指すことを目標とし、国(筑後川河川事務所)・県・市がそれぞれ短期的に(概ね5年間)実施する対策を取りまとめたものである(図-6)。
令和5年11月15日の会議において各組織の代表者に対策内容を報告し、その後令和5年12月15日に事業費及び事業期間を含めた実施計画を公表した。「氾濫をできるだけ防ぐ・減らすための対策」「被害対象を減少させるための対策」「被害の軽減、早期復旧・復興のための対策」を柱とした。
(1)氾濫をできるだけ防ぐ・減らすための対策
1)巨瀬川河川改修
巨瀬川の全川的な越水被害(写真-5)に対して流下能力を向上させるため、福岡県区間、国区間合わせて約8kmの河道拡幅等の河川改修(図-5)及び河道拡幅に伴い必要となる橋梁8 橋、樋門樋管17基の改築を今後5年間で行う。また、福岡県は調節池の整備も行う。
2)巨瀬川及び支川の堆積土砂・流木等対策
巨瀬川及び支川では土砂堆積の進行や土砂や流木等による被害が発生した(写真-6)。国(筑後川河川事務所)、県、久留米市、うきは市により堆積土砂等の対策を緊急的に実施した。
3)支川の内水対策
巨瀬川の水位が高く背後の河川や水路から排水できないことや水路等の断面不足により排水が追い付かないことによる内水被害が発生したことから、久留米市、うきは市では小河川や水路の断面拡大、逆流防止対策(フラップゲート)、貯留施設の検討等を行う。
4)耳納山地の土砂災害対応
耳納山地の土砂災害に対して砂防堰堤等の整備を行う。併せて、地形改変が確認された区域の土砂災害警戒区域の見直しを行う。
福岡県の砂防堰堤整備にあたっては、一定の粒径以上の石や流木等が確認された箇所で、巨石や流木の捕捉を目的とした、土石流を止める「透過型の砂防堰堤」を採用する予定である(写真-7)。
(2)被害対象を減少させるための対策
福岡県は、過去の出水により数回浸水被害を受けた浮羽工業高校の浸水対策(受変電設備の嵩上げや職員室の上階移設等)を実施する(写真-8)。
久留米市及びうきは市は、浸水被害を増やさない土地利用の取組として、貯留機能を持つ土地の保全(農地保持)を推進する(写真-9)。
(3)被害の軽減、早期復旧・復興のための対策
福岡県は、避難判断に資する水位情報の充実を図るための危機管理型水位計等を設置する。また久留米市は今出水での避難所の孤立事例を踏まえ、地域が独自に開設・運営する避難所の設置支援(図-7)を行い、うきは市は今回の被害を踏まえ、さらに共助に力を入れるため避難ルートの確認支援や自主防災組織等への講習会や訓練に取り組んでいる(写真-10)。
5.筑後川水系巨瀬川流域治水プロジェクト
前述の緊プロに加え、近年の降雨量増加に伴う今後の豪雨災害の頻発化、激甚化(図-8)を踏まえ、流プロを令和6年2月8日に策定した。
緊プロは概ね5ヵ年で被害軽減に向けて緊急的に取り組む対策に対し、流プロは巨瀬川流域の治水対策の全体像であり、中長期に取り組む対策を取りまとめたものである。
中長期にわたり必要な対策として「筑後川からの背水対策、洪水調節施設の検討」、「住まい方の工夫の検討」、「特定都市河川浸水被害対策法の活用検討」、「グリーンインフラ」等を加え、巨瀬川流域住民を含めた全体で流域治水を更に推進する。
(1)筑後川からの背水対策・洪水調節施設の検討
令和5年7月出水では、筑後川の水位も高かったことから巨瀬川の越水は約10時間を超えた。巨瀬川の堤防は筑後川の堤防より低いことにより、筑後川の水位が高くなると背水の影響で越水することが想定される(写真-11)ため、背水対策や洪水調節施設の検討を行う。
(2)住まい方の工夫の検討
減災につながる生活の工夫として、水害に強い地域に向かうための以下の取組を推進する。
実績浸水深等の現地明示(写真-12)をすることで、災害時の誘導を促す。また、住宅等の宅地嵩上げの開発基準の緩和(図-9)を行うことで、安全な居住地の確保につながることが期待される。
また、合わせて止水板設置による浸水防止や電気機器等の高所化(写真-13)等、自らが取り組むことができる対策について情報提供を行うことにより水害に強いまちづくりを推進する。
(3)特定都市河川浸水被害対策法の活用検討
特定都市河川に指定された流域において一定規模以上の土地開発を行う場合、貯留・浸透対策を義務付けることにより、雨水流出量を増やさないことが可能となる。
また流域水害対策計画を策定し浸水被害防止区域(図-10)や貯留機能保全区域(図-11)の指定により、まちづくりと一体となった一層の流域治水対策につなげることが期待される。
(4)グリーンインフラ
巨瀬川の治水対策では、耳納山麓の森林や流域の農地の保全及び河川環境の保全等に取り組むとともに、巨瀬川流域の自然環境を健全に保ち、治山対策や森林整備等を進めることで、災害に強い地域づくりを目指す(写真-14、15)。
6.おわりに
巨瀬川流域では、令和5年7月出水により甚大な被害を受けて、同規模における浸水・土砂災害を軽減するため、同年11月に国(筑後川河川事務所)・県・市が協力し緊プロを策定し、強靱な地域づくりのために鋭意事業を実施し、今後の豪雨被害の激甚化に備えているところである。しかし、近年の頻発化・激甚化する豪雨災害に対応するためには更なる対策が早期に必要であると考えている。
現在、国(筑後川河川事務所)、県、久留米市、うきは市等では流域治水の更なる推進を目指し、特定都市河川指定制度を強靱な地域づくりのための有効なツールと捉え、これからの「水害に強いまちづくりのための方策」について検討を行っている(写真-16)。また、特定都市河川流域において、早期かつ効率的に家屋の浸水被害の防止・軽減を図ることが可能となる様々な制度もあり、新たな方策も視野に入れながら検討を実施していく。