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球磨川水系万江川の土砂・洪水氾濫対策について
~都道府県として初の砂防・河川・治山事業が
連携した土砂・洪水氾濫対策~

熊本県 土木部 河川港湾局
砂防課 主任技師
木 山 和 彦

キーワード:土砂・洪水氾濫、河床変動計算、緑の流域治水

1.はじめに
熊本県は県土の約8割が山地・丘陵地であり、九州山地の西側に位置するため、東シナ海から暖かく湿った空気が入りやすく、大雨が発生しやすい地域である。特に令和2年7月に発生した記録的な豪雨は、県南部の八代、芦北及び球磨地域を中心に甚大な被害をもたらした。本県では、被災した地域の創造的復興に向け、球磨川流域において自然環境との共生を図りながら、流域全体で安全・安心を実現するためにあらゆる関係者が協働し、「緑の流域治水」に取り組んでいる。
本稿では、このうち球磨川の支川の万江川流域において「砂防・河川・治山事業が連携して取り組む土砂・洪水氾濫対策」について紹介する。本稿で紹介する主な内容は以下の3 点である。・都道府県として初の砂防・河川・治山事業が連携した土砂・洪水氾濫対策を策定し、河川事業の計画にもフィードバック
・大規模降雨を対象とした対策に加え、流域内の豪雨後の不安定な残存土砂を考慮した中小規模降雨に伴う土砂流出対策の追加
・橋梁の流木災害に対するリスク評価を実施した流木対策の追加

2.土砂・洪水氾濫対策の取り組み
(1)万江川の概要及び被害状況
万江川は球磨郡山江村の烏帽子岳( 標高1,301.7m)に源を発し、南方向に流下して、人吉市街地の西側2.8km付近で球磨川に合流する支川である。流域面積は90.3km2であり、上流側の大部分が森林、下流側には人吉市街地や国道、九州自動車道等が位置している(図- 1)。
令和2年7月3日~ 4日の48時間雨量468.5mm、最大時間雨量71mm(アメダス山江観測所より)を観測した万江川上流域では、多数の山腹崩壊が起こり、流出した土砂が谷出口より下流の河道で堆積することにより、河床上昇・河道閉塞が引き起こされ土砂と泥水の氾濫が発生する土砂・洪水氾濫が起こった。その結果、約8万m2の浸水、床上浸水7戸、床下浸水17戸、の被害が発生した。
万江川流域において、豪雨により発生した崩壊土砂量と河道内に堆積した不安定な土砂量を災害前(H21)と災害後(R2)航空レーザ計測データの標高差分を基に算出した結果、生産土砂量は約210万m3であり、流域内に堆積した不安定な土砂量は約98万m3であった。

図1 令和2年7月豪雨 万江川における被災状況

(2)土砂・洪水氾濫対策の検討経緯
豪雨後に行った現地の詳細な調査の結果、万江川流域内では、今後の出水で再び土砂・洪水氾濫が発生する可能性が高いことが判明した。そこで、流出する土砂による河道閉塞等が周辺地域の生活や経済に与える影響を抑制するために、砂防・河川・治山事業が連携した土砂・洪水氾濫対策を行うこととし、砂防事業については大規模特定砂防事業に採択いただき、令和4年度に着手した。

(3)全体計画の作成
万江川流域において、まず一般的な砂防計画と同様、雨量の確率規模を1/100 とし、大規模降雨時の土砂流出対策の施設配置計画を策定した。計画検討の流れを図- 2のフロー図に示す。

図2 施設配置計画検討フロー

①基本事項の検討
令和2年7月豪雨で生産された崩壊土砂量(豪雨後にLP測量を行い、差分で算出)と雨量から回帰式を作成し、計画雨量降雨時に山腹等で発生する「計画崩壊等生産土砂量」と谷次数ごとの想定浸食断面積から「計画河道生産土砂量」を算出し、これらの和を計画生産土砂量として設定した。

②再現計算
施設配置計画を検討するにあたって、使用する一次元河床変動計算モデルが令和2年7月豪雨による災害を再現できているかの確認を行った。具体的には7ケースのモデルで堆積・水位痕跡と河床変動計算結果を5 地点において比較し、土砂・洪水氾濫が原因で家屋の全壊被害が発生した土砂堆積傾向を最も再現できた計算モデルを採用した。

③施設配置の検討
計算モデルを用いて、現況施設時の河床変動計算を実施し、人家等へ被害を及ぼす氾濫想定箇所を5箇所抽出した。抽出した各箇所で氾濫を解消するために施設の配置案を複数策定し、各案について河床変動計算で効果を検証した結果、透過型砂防堰堤4基、渓流保全工を1,500m 配置する計画とした。

3.全体計画策定後における検討
大規模降雨時の土砂流出対策の全体計画を策定後、令和2年7月豪雨で生産され万江川流域内に不安定な状態で残存する土砂が中小規模の降雨で流出・堆積しやすいという特性を反映し、砂防・河川・治山事業などが連携して流域治水に取り組むことを目的に、学識者や関係者による検討委員会を設置した。
対策の検討にあたり、既存の全体計画よりも確率規模の小さい降雨を対象とした対策を追加するため、図- 3 に大規模土砂生産後の中小規模降雨による土砂流出の概念図を示す。委員会では中小規模降雨時の対策検討を行っており、その内容を以下に記述する。図- 4 には大規模降雨時の対策検討範囲と中小規模降雨時の対策検討範囲を示す。

図3 大規模土砂生産後の中小規模降雨による土砂流出概念図

図4 大規模降雨を対象とした計画と追加して実施する中小規模降雨を対象とした計画の対策内容

(1)中小規模降雨に伴う中期土砂流出対策の必要性
万江川の河道掘削は、令和2年7月豪雨以前までの約10年間で累計約6万m3実施したのに対し、令和2年7月豪雨後の半年間で約29万m3実施した。その後も、令和3年4月から令和4年3月までの1年間で約9.4万m3実施している。
令和4年9月には、台風14号(気象庁の解析雨量で万江川流域全体の平均雨量を算出すると24時間雨量で317.3mm、雨量確率規模:1/5~ 1/10)によってさらなる土砂流出が発生した。これを受けて、台風通過後に航空レーザ計測を実施したところ、令和2年7月豪雨後から令和4年台風14号直後の間に万江川流域全体で約93万m3の土砂が生産されたのに対し、球磨川に流出したのはわずか約5万m3であり、大部分が流域内にとどまっていることが明らかとなった。さらに、この令和4年台風14号による土砂移動を①新たな拡大崩壊等、②令和2年豪雨による崩壊地内部の再浸食、③令和2年豪雨による堆積土砂の二次浸食、④堆積土砂のまま移動しないものに細区分した結果、令和2年7月豪雨後から令和4年台風14号直後の間に生産された土砂約93万m3のうち①新たな拡大崩壊等は約2万m3であったのに対し、③堆積土砂の二次浸食は約55万m3であることが明らかとなった。このことから、令和2年豪雨による堆積土砂が流域内にとどまっていることによって、その後の降雨時に新たな崩壊発生は少なかったが、多くの土砂移動が発生していることがわかった。
このようなことから、令和2年7月豪雨後に発生した流域内に不安定な状態で残存する土砂は、今後も、中小規模の降雨で下流に流出・堆積し、被害を拡大する恐れがあると予測されるが、既に策定している全体計画では、大規模降雨(雨量の計画規模:1/100)を対象とした施設計画としており、中小規模降雨に伴う土砂流出抑制が期待できないことから、既存の全体計画に中小規模降雨に伴う土砂流出対策を追加することとした。
また、流木についても、令和4年台風14号後も上流域には、多く残存していることが、航空レーザ計測の結果から明らかとなったため、土砂と同様、流木流出対策を検討することとした。
なお、中小規模降雨の雨量の計画規模としては、令和2年7月豪雨後に策定された球磨川水系河川整備計画と整合を図り、1/30とすることとした。

(2)土砂流出対策
①基本事項の検討
令和2年7月豪雨で生産され流域内に残存している大量の土砂が、今後の中小規模降雨によっても流出し、下流で河道上昇による氾濫等の悪影響を及ぼす可能性があるため、砂防事業を中心とし、河川・治山事業とも連携した対策の検討を行うこととした。「2.(3)全体計画の作成」と同様、図- 2 のフロー図の流れで河床変動計算を用い、越流予測や対策施設効果の評価を行った。なお、全体計画作成から今回の対策追加までの間に球磨川水系河川整備計画が策定されたことから、河川整備計画による河道改修等は実施済みであるという条件の下、河床変動計算を実施した。

②再現計算
令和4年台風14号時の降雨実績を用いて中小規模降雨による一次元河床変動計算モデルを作成し、現況施設時(河川整備計画以外の施設を整備しない場合)の越流予測を行ったところ、21箇所で越流が予測され、そのうち屋形地区、向鶴地区、柚木川内地区、柳野地区の4地区で人家等へ最大で0.9m の越流が予測される結果となった。

③施設配置の検討
人家等への越流が予測される4地区の対策として、まずは砂防事業による施設の配置(既設堰堤の除石、不透過型砂防堰堤等)を検討し、それでも越流が解消されない場合は、河川事業による施設の配置(複断面化、築堤等)を検討した。
中小規模降雨に伴う土砂流出対策として、図-5 に示す10箇所において対策を検討した結果、その内4箇所に施設を配置する計画とした(図- 5 中の赤枠の対策)。
屋形地区の越流に対しては、既存計画の大規模降雨を対象とした透過型砂防堰堤で効果があることが確認された。柚木川内地区については、万江川本川上流にある既設砂防堰堤1 及び2 の除石と近傍の支川に施設を配置し流出する土砂量を0にする対策を検討した結果、経済性等を考慮し、既設の万江川砂防堰堤1 の除石を採用することとした。柳野地区については、近傍の3 支川から流出する土砂量を0 にする対策を検討した結果、越流が解消できる流域No.148 の支川に施設を設置することとした。向鶴地区については、近傍の支川から流出する土砂量を0 にする対策を検討したが、いずれも越流解消には至らず、砂防事業では越流解消が見込めないことから、河川事業で堤防嵩上げを行うこととした。

図5 中小規模降雨に伴う土砂流出対策の施設配置計画案

(3)流木流出対策
①基本事項の検討
令和4年台風14号通過後の航空レーザ計測の結果、流域内には令和2年7月豪雨により発生した流木が残存し、土砂と同様、今後の流出が懸念されることが明らかとなった。委員会からは流木による橋梁閉塞の対策が重要であると助言をいただき、中小規模降雨時に流出する流木が、橋梁に到達しないよう、既設砂防堰堤や治山ダムに流木止めの設置を検討することとした。上流域からの流出流木に対しては、万江川本川の既設砂防堰堤2基に流木止めを設置し全てを捕捉する計画とし、それより下流域においては流木災害発生リスクが高い橋梁の上流にあり、且つ流出流木量が比較的大きい支川にある既設砂防堰堤や治山ダムに優先的に流木止めを設置するよう対策の検討を行った。

②橋梁の流木災害リスクの評価
上流域からの流木対策を検討する万江川本川の既設堰堤よりも下流側には球磨川合流点までの間に、19の橋梁が渡河しており、これらの橋梁について、3つの観点から相対的に対策優先度が高い順に点数付けを行った。3つの観点は、以下に示す通りである。
・流木長を桁下余裕高で除し、値が大きいほど閉塞しやすいと評価1)
・修正流木リチャードソン数(流速と流木密度等から算出される指標値)を用いて、河道全面閉塞のしやすさを評価2)
(今回は相対的な差が生じなかったため点数なし)
・流木長を最小径間長で除し、値が大きいほど閉塞しやすいと評価3)
これらの観点で評価した結果、足算瀬橋、神園橋、高橋の3 橋が流木災害発生のリスクが高いという結果となった。

③流木対策工の配置検討
中小規模降雨に伴う流出流木対策について、検討の結果を図- 6に示す。なお、既存施設に設置する流木捕捉工の一部は、治山事業と連携し、対策箇所を分担して設置するよう検討を行った。
上流からの計画流出流木に対しては、万江川砂防堰堤1、2 に流木捕捉工を設置することで、全量を捕捉可能となった。流木災害発生のリスクが高い足算瀬橋、神園橋の2橋については、近傍の流出流木量が比較的多い支川の既往施設に流木捕捉工を設置することで、対象橋梁をはじめ、当該支川より下流の橋梁への流木流出の危険を低減することが可能となった。また、高橋について、直上流の支川は谷出口に平野を伴っており、万江川に直接流木を流出させる可能性が比較的小さいため、流域への施設配置は行わないこととした。

図6 中小規模降雨に伴う流木流出対策の施設配置計画案

(4)河川事業・治山事業との連携
大規模降雨時の土砂流出対策については砂防事業のみで施設配置計画を策定したが、中小規模降雨時の土砂・流木流出対策については前述(3(. 2)、(3))のとおり、砂防・河川・治山事業で連携して取り組むこととした。
中小規模降雨に伴い発生するおそれのある土砂・洪水氾濫への対策として、中小規模降雨で越流が予測される4箇所と流木災害発生のリスクが高い橋梁3 橋について、砂防・河川・治山事業が連携した土砂・流木流出対策として11 対策(砂防:9 対策、河川:1 対策、治山:2 対策(一部砂防と分担))の施設配置計画を委員会で確認していただいた(図- 7)。なお、万江川砂防堰堤2の除石について、3.(2)では採用しなかったが、流木捕捉工の設置に合わせ、除石することとした。
今後は各事業主体が、委員会で取りまとめた対策の施設配置計画案に基づき、具体的な施設の位置や規模、構造等について検討進めていく。

図7 砂防・河川・治山事業が連携した中小規模降雨に伴う土砂・洪水氾濫対策の施設配置計画案

4.おわりに
令和2年7月豪雨により土砂・洪水氾濫による被害が発生した万江川流域において、本県で取り組む土砂・洪水氾濫対策は、河川や治山事業が連携して進める先進的な取り組みと考えている。今後、万江川での取り組みを基にガイドラインを策定し、あらゆる関係者が連携した土砂・洪水氾濫対策を県全域へ拡大していきたいと考えている。
結びに計画策定にあたり多大なるご協力をいただいた、学識者(椋木熊本大学教授、執印九州大学教授、矢野九州大学教授)、国土交通省九州地方整備局河川部、林野庁九州森林管理局、山江村や設計会社であるオリエンタルコンサルタンツ等の関係者に深く感謝申し上げます。

[参考文献]
1)中谷加奈・長谷川祐治・里深好文(2018):山地河川を対象としたワンスパン橋梁への流木閉塞に関する検討/土木学会論文集B1(水工学)Vol.74, No.5, I_1081 - I_1086
2)岡本隆明・染谷智紘・松本智将・山上路生・田中健太(2021):橋梁部での流木沈下過程と全面閉塞の限界条件に関する実験的研究/自然災害科学J.JSNDS,39 - 4,423 - 437
3)矢野真一郎・土橋将太・笠間清伸・竹村大・富田浩平・楊東・津末明義(2018):気候変動による降水量変化が河川流域の流木災害リスクへ与える影響に関する評価/土木学会論文集B1(水工学)Vol.74, No.4, I_1327 -I_1332

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