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全国初!予測水位に基づく氾濫危険情報
~令和4年7月出水対応~

国土交通省 九州地方整備局      
河川部 水災害予報センター 水防企画係長
梅 本 武 史

キーワード:洪水予報、水防法、線状降水帯、氾濫する可能性のある水位

1.はじめに
国の洪水予報河川では、市区町村長による避難情報の発令や住民が自らの行動を判断する際に参考となる、洪水に関する防災気象情報として、国土交通省の河川事務所等と気象台が共同で「洪水予報」を発表している。そして、予測水位を活用して、住民の早期避難活動の実施に向けた的確なタイミングによる避難指示の発令を支援できるよう、「氾濫する可能性のある水位」を定め、基本的に3時間先までにこの水位に到達すると予測された場合には、実況水位が氾濫危険水位到達前であっても警戒レベル4 相当の「氾濫危険情報」を発表することとなり、令和4年6月13日から本運用を開始している。それからまもなく、令和4年7月中旬には、大分県と福岡県の県境付近を流れる一級河川山国川において、線状降水帯による猛烈な雨が降る中、全国初となる予測水位に基づく「氾濫危険情報」の発表を行った。本稿では、線状降水帯の発生などで山国川の水位が急激に上昇する中、全国初となる予測水位に基づく「氾濫危険情報」を発表した山国川河川事務所及び九州の洪水予報をはじめとする水防対応業務を担当する河川部水災害予報センターの出水対応、そしてその対応から明らかとなった課題とそのふりかえりの内容について紹介する。

2.洪水予報
(1)洪水予報の法的な位置づけ
「洪水予報」は「水防法」に基づき気象庁と国土交通省または都道府県とが共同発表する法定情報である。水位等の予測が技術的に可能な流域面積が大きい河川で、洪水により国民経済上重大または相当な損害を生じるおそれがある河川については、国土交通大臣によって洪水予報河川に指定される。それ以外の河川で相当な被害が発生するおそれがあるものについては、都道府県知事によって洪水予報河川に指定される(図- 1)。
なお、流域面積が小さく洪水予報を行う時間的余裕がない河川は、「水防法」で定められた「水位周知河川」に指定され、「水位到達情報」を発表することになるが、今回は説明を省略する。

図1 洪水予報河川における洪水予報発表の流れ

(2)洪水予報の種類
「洪水予報」として発表される情報の種類には、「氾濫注意情報(警戒レベル2 相当情報)」、「氾濫警戒情報(警戒レベル3 相当情報)」、「氾濫危険情報(警戒レベル4 相当情報)」、「氾濫発生情報(警戒レベル5 相当情報)」がある(図- 2)。
「洪水予報」は市区町村長が行う避難情報発令の参考となる防災気象情報である。例えば「氾濫危険情報」は「避難指示」を発令する警戒レベル4 に相当する情報である(図- 3)。

図2 洪水予報と基準水位の関係

図3 洪水予報と避難情報の関係

(3)防災気象情報の伝え方の改善
住民の適切な避難の判断・行動に繋がるよう、防災気象情報の伝え方を改善するため「防災気象情報の伝え方に関する検討会」において検討され、その結果に基づき気象庁と水管理・国土保全局で取組みを進めている。以下の取組みを紹介する。
①線状降水帯による大雨の半日程度前からの呼びかけ
複数の県にまたがる広域を対象に、線状降水帯による大雨となる可能性を半日程度前から気象情報において呼びかける改善を実施し、令和4年6月1日から運用を開始している。

②指定河川洪水予報の「氾濫危険情報」を予測でも発表
指定河川洪水予報の「氾濫危険情報」を、実況に基づき発表していたところ、加えて予測に基づき発表できるようにする運用に変更し、令和4年6月13日から運用を開始している(図- 4)。
これにより、これまでは氾濫危険水位に到達してから「避難指示」の目安である「氾濫危険情報」を発表していたが、それでは間に合わない急激な水位上昇にもリードタイム(避難に要する時間)をもって対応できるよう、氾濫危険水位に実況水位が到達していない場合でも、水位が上昇して危険な状態に近づくことをいち早く予測した場合、具体的には、3時間以内の予測水位が「現況堤防高から越水・溢水する水位(以下、「氾濫する可能性のある水位」という。)を超過した場合に、警戒を呼びかけられるようになった。

図4 予測水位に基づく「氾濫危険情報」の発表

3.山国川における令和4年7月出水対応
(1)山国川及び山国川河川事務所の概要
①一級河川山国川の概要
山国川は、その源を大分県中津市山国町英彦山(標高1,200m)に発し、同市山国町、耶馬溪町を貫流し、途中、山移川、跡田川、友枝川、黒川等を合わせ、山国橋下流で中津川を分派して周防灘に注ぐ、幹川流路延長56km、流域面積540km2の一級河川である。なお、下郷雨量観測所及び柿坂水位観測所の位置も流域図に示す(図- 5)。
山国川の河床勾配は、上中流部で1/200以上、下流部でも1/500 ~ 1/1,000程度で、九州の一級河川の中でも屈指の急勾配河川である(図- 6、写真- 1)。そのため、山国川の洪水は下流域でも1時間に約16kも流下し、洪水の到達が早い(図- 7)。

②山国川河川事務所の概要
山国川は昭和41年に一級河川に指定され河川改修を進めるとともに、昭和60年に耶馬渓ダム、平成2年に平成大堰が完成し、治水対策の強化と併せ、北九州市の上水など新規の水資源が開発された。
山国川河川事務所は、山国川の整備と管理、耶馬渓ダムや平成大堰をはじめとする河川管理施設の維持・管理等を行っている。

図5 山国川流域図

図6 山国川の河床勾配

写真1 山国川中流(耶馬渓ダム付近)

図7 計画規模洪水時の区間平均流速の比較

(2)令和4年7月出水の特徴
①線状降水帯の発生予測・発生の発表
大分県において、気象庁・大分地方気象台が発表した線状降水帯の発生予測・発生は以下のとおり。ちなみに線状降水帯の発生予測発表は、本出水での発表が全国初である。
<線状降水帯の発生予測・発生の発表>
・7月18日16:46「全般気象情報発表」で、九州北部・南部に19日にかけて線状降水帯発生予測。
・7月18日16:57「大分県気象情報発表」で、19日午前中にかけて線状降水帯発生予測。
・7月19日3:50「顕著な大雨に関する情報」で、大分県北部・西部に線状降水帯が発生。

②時間最大雨量と急激な水位上昇
7月18日から19日にかけての前線に伴う断続的な非常に激しい雨が九州北部を中心に降ったことで、山国川流域において既往最大であった平成24年7月3日出水の時間最大雨量(下郷雨量観測所地点)及び水位上昇(柿坂水位観測所地点)を超える正に記録的な出水となった。
<時間最大雨量と水位上昇>
・時間最大雨量 75mm/h(7/19 3:00 ~ 4:00)
※平成24年7月3日出水 73mm/h
・水位上昇 4.17m/h(7/19 3:00 ~ 4:00)
※平成24年7月3日出水 3.33m/h

③雨域の動きと実水位及び予測水位の推移
下郷雨量観測所における降雨のピークは7/19 3:00 ~ 4:00 である。この前後の雨域と実水位及び予測水位の推移を整理したものを示す(図- 8)。

図8 雨域の動きと水位の推移 

(3)令和4年7月出水時の対応
主な洪水予報・気象情報の発表等をハイドロ・ハイエトグラフ上に整理したものを示す(図- 9)。

図9 令和4年7月19日の洪水予報等の発表状況

①「氾濫危険情報」の発表とりやめの判断
7/19 1:50 頃に1:40 時点の3時間以内の予測水位が「氾濫する可能性のある水位」を超過した。この時の実況水位は水防団待機水位以下であり、降雨も少なく、平常時水位とほとんど変わらない状況であったことからも、如何に急激な水位上昇の発生予測であったかが容易に想像できる。予測水位に基づく「氾濫危険情報」発表のタイミングとなったため、洪水予報発表の判断を行う山国川河川事務所に河川部水災害予報センターから電話連絡し、発表準備を行うことの確認を行った。
その後、同日2:10 頃に2:00 時点の3時間以内予測水位が「氾濫する可能性のある水位」を下回ったため、事務所に確認の連絡を行い、予測水位に基づく「氾濫危険情報」発表はとりやめとした。
ちなみに河川部の防災体制は、線状降水帯予測発表を踏まえ、7/18 の夜から事前参集を行い、九州全域における降雨・水位監視等を行っていた。

②予測水位に基づく「氾濫危険情報」の発表
7/19 3:10 頃に3:00 時点の3時間以内予測水位が「氾濫する可能性のある水位」を再び超過した。事務所では耶馬渓ダムや平成大堰などのゲート操作等の対応を行いつつ、実況水位は平常時水位とまだ大きく変わっていないため、水位監視を行いながら状況を慎重に見極めているところであった。
その後の3:30 時点の実況水位が水防団待機水位に到達し、予測水位も上昇傾向にあったため、予測水位に基づく「氾濫危険情報」の発表作業を開始した。この時も水災害予報センターから事務所に発表作業を開始することの確認を行っている。
そして、同日4:00 時点で全国初の予測水位に基づく「氾濫危険情報」を発表した(図- 10)。

図10 氾濫危険情報 洪水予報文の抜粋

同日4:00 時点の実況水位は観測所読み値で5.49mであり、3:00から4:00 までの1時間で4.17mも水位が急激に上昇した。なお、実況水位が氾濫危険水位を超過したのは、同日4:00 時点であるため、前述した2.(3)②の本年6月13日運用開始前の発表に比べて30 分程度早く「氾濫危険情報」を発表することができたと推測される。
同日4:00 以降は強雨域も抜け、実況水位も4:10にピークを迎え、氾濫危険水位は超えたものの「氾濫する可能性のある水位」までは到達せず、自治体への聞き取りの結果、被害報告も無かった。

③ホットライン
国土交通省では、市町村長等へ直接情報を伝達し、避難情報の発令判断等を支援するため、ホットラインの取組みを行っている。国が管理する河川では、河川事務所長から市町村長等へ直接、河川の状況や今後の見通し等を伝えている。ちなみに、地方気象台も気象情報等を伝えている。
今回の出水では、7/19 1:48 に大雨警報、2:15に土砂災害警戒情報を大分地方気象台が発表し、このタイミングで大分地方気象台から関係自治体へホットラインが行われている。なお、深夜での発表となったため、避難情報の発令は行わずに、水防団(消防団との兼任)が直接避難の呼びかけを行った自治体もあったと聞いている。そして事務所からは、同日4:00 に氾濫危険情報を発表し、同日4:11 に河川事務所長から流域の中津市と福岡県上毛町の市長、町長にホットラインを行った。

4.令和4年7月出水対応の振り返り
(1)令和4年7月出水対応における課題
気象庁より線状降水帯発生予測の発表が行われ、山国川において1時間に4.17m も水位上昇する状況下で、予測水位に基づく「氾濫危険情報」発表を行うとともにホットラインを行ったが、当時の対応において課題が見受けられた。
①線状降水帯発生予測や急激な水位上昇に即応できる体制のあり方
線状降水帯が発生すると、激しい雨を降らせる積乱雲が数時間同じ場所に留まるため、局地的に急激な水位上昇が発生したり、越水・溢水するような豪雨となり、これまで多くの甚大な水害の要因となってきた。そして本年6月1日から線状降水帯発生予測発表の運用が開始され、今回の7月出水でも発表されたが、山国川河川事務所の体制発令は従来どおり、河川の水位や大雨警報の発表をトリガーとしており、線状降水帯発生予測発表を考慮したものではなかった。これには、事務所の体制人員が、河川・平成大堰・耶馬渓ダムなどの多くの水防対応業務を限られた人数で行う必要があり、体制が長引けば交替要員も少ないことから、職員の負担も一層大きくなるため、慎重に体制発令を行わなければならない厳しい現状がある。これは山国川河川事務所に限らず、他の多くの事務所でも同様である。その一方で、ひとたび線状降水帯が発生すると、短時間で急激な水位上昇が発生し、警戒体制や非常体制を発令する状況にすぐに至り、職員のほとんどが参集することになるのだが、参集に時間が掛かるため、結果として「対応の遅れ」が懸念される。今回の予測水位に基づく「氾濫危険情報」発表をはじめとする事務所の出水対応においても、その傾向は見られた。

②急激な水位上昇に対応するホットライン
今回出水において事務所が行ったホットラインは予測水位に基づく「氾濫危険情報」発表(7/19 4:00)後の同日4:11 が1回目である。この発表からホットラインに至る時間的余裕の無さの大きな要因は急激な水位上昇である。同日3:00 からの1時間で既往最大の4.17mの水位上昇があり、水防団待機水位から氾濫危険水位まで一気に上昇した。一般的には「氾濫危険情報」の発表に至るまでに、「氾濫注意情報または氾濫警戒情報」が段階的に出され、徐々に危険が高まっていくケースが多い。しかし、山国川はその地形的要因に加え、線状降水帯が発生し、既往最大の1時間に75mmという強雨によって、一気に「氾濫危険情報」を発表することとなった。一方、同日1:50 には予測水位に基づく「氾濫危険情報」の発表は行わなかったものの、「氾濫する可能性のある水位」の到達予測が出ていた。線状降水帯発生予測の発表もなされていた条件下で、急激な水位上昇が起こりやすい山国川において、どのタイミングでホットラインを行うかの判断が課題となった今回の出水であった。

(2)令和4年7月出水対応の振り返り
河川部及び管内事務所では、(1)で述べた課題を踏まえて、今後の線状降水帯の発生等による出水対応に向け、早急に情報共有を図ると共に、他の河川に置き換えた時の対応について、Web会議形式で意見交換を行った。また、その後に事務所の水防担当者を集めての担当者会議を開催し、具体的な対応や事務所の対応事例について情報共有と意見交換を行った。上記会議の中で(1)で述べた課題に対する改善案に関して意見交換を行った内容の一部を紹介する。
①線状降水帯発生予測や急激な水位上昇に即応できる体制のあり方
・線状降水帯発生予測の発表が行われたということは、線状降水帯が発生しなくても大雨が降る確率は高い状況にあるということ。この点を意識して、線状降水帯発生予測の発表や水位予測の結果をトリガーにした早めの体制発令と必要な体制人員の参集を考える必要がある。
・状況に応じて体制人員を増減させ、長期戦を見越して、臨機応変に対応することも時には必要。洪水予報発表を意識した体制人員の参集も重要。
・体制発令前及び発令後の出水対応時において水位や雨域、雨量などの監視を行うにあたり、どのツールを用いてどの情報を注視すべきかを河川毎に考え、あらかじめ備えておくことが重要。例えば、ある河川で過去に起きた大きな出水実績を見て、どういった降雨状況の場合にどの程度の水位上昇が起きたかを把握しておく等。

②急激な水位上昇に対応するホットライン
・予測水位が「氾濫する可能性がある水位」を超過した時点でホットラインを行い、その後状況が変わり次第、随時ホットラインを行うなど、予測水位の結果も踏まえた対応が求められる。
・あらかじめ関係する市町村長等に説明、そして意見交換を行い、ホットラインの内容やタイミングをお互いに共有しておくことが重要。ホットライン自体が目的ではなく、その先の市町村長の行動や住民の行動が重要であり、特にどのタイミングで行えば避難が有効に機能するのかを意識してホットラインを考える必要がある。

5.おわりに
線状降水帯や急激な水位上昇に対応するためには多くの課題があり、すぐに解決できないものもあるが、九州管内の水防対応の向上そして出水時等における被害の最小化に向けて、事務所そして関係機関と連携し、引き続き取り組んでいきたい。

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