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小規模ダムの洪水調節容量拡大に向けた取り組み
~佐賀県管理ダム独自の事前放流について~

佐賀県 県土整備部道路課
地方道担当
片江 志帆美

キーワード:水害の激甚化、既存ダムの有効活用、事前放流、流域治水

1.はじめに
近年、記録的な豪雨により各地で甚大な被害が発生している。令和元年台風19 号では、全国の多くのダムで洪水調節が実施され、一部のダムでは、洪水調節容量を使い切ることが予測されたため、流入量と等しくなるまで放流量を増加させる「異常洪水時防災操作」(いわゆる緊急放流)へ移行した。この台風19 号を契機として、全国で既存ダムの洪水調節機能強化に向けた取組が実施されることとなった。
ダムによる洪水調節は、下流河川の水位を低下させ、堤防の越水や決壊リスクを軽減することに加え、洪水のピークを遅らせることで沿川住民の避難に要する時間の確保につながることから、有効な治水対策として位置づけられている。
しかし、新規のダム建設や、ダム再生には時間やコストがかかる。このため、既存のダムにおいて利水容量の一部を一時的に洪水調節容量として活用する事前放流は効果的な対策である。
このような経緯と背景により、政府主導で全国的に事前放流の取組が実施されることとなった。
佐賀県においても、実施に向けて様々な課題(予測精度や、放流能力及び管理体制など)に対応する方法として、令和2 年出水期より洪水調節機能強化に向けた取組として、『期別の貯水位低下運用』及び『事前放流』を開始した事例について紹介する。

2.佐賀県管理ダムについて
佐賀県では、洪水調節にゲートを用いるゲートダム4 基、ゲートを用いず自然調節するゲートレスダム9 基の計13 基を管理している(図- 1)。
ほとんどが小規模なダムで、最も大きいものでも総貯水容量6,800 千m3、集水面積13.5km2、小さいものでは総貯水容量27 千m3、集水面積1.23km2となっている。

図1 佐賀県管理ダム位置図

○佐賀県管理ダムと近年の洪水
佐賀県が管理するダムでは、これまでにゲートダムにおける異常洪水時防災操作や、ゲートレスダムにおける非常用洪水吐からの越流の実績はなく、例年1 洪水につき多い場合でも5 ~ 6 ダムで洪水調節を実施している状況であった。
しかし、近年の異常豪雨により、全13 ダムで同時に洪水調節を行う状況となっている。とくに令和元年8月の佐賀豪雨では、サーチャージ水位まであと28㎝に迫り、下流住民に避難勧告を発令するに至ったダムもあった(写真- 1)。
このような状況から、佐賀県でも異常豪雨の頻発化と激甚化への対応として、洪水調節機能強化の必要性を実感した。

写真 1 サーチャージ水位まで28㎝となった狩立(ルビかりたて)・日ノ峯ダム(佐賀県武雄市)

3.小規模ダムの事前放流に向けた課題
(1)予測精度の課題
①降雨予測
近年、佐賀県で洪水を発生させた豪雨を示す。
・平成30年7月豪雨
 梅雨前線に伴う線状降水帯による豪雨
・令和元年8月佐賀豪雨(写真- 2)
 秋雨前線に伴う線状降水帯による豪雨
・令和2年7月豪雨
 梅雨前線に伴う線状降水帯による豪雨

写真2 佐賀豪雨の被害状況(佐賀県武雄市)

このように近年、佐賀県に大きな被害をもたらしている豪雨は、そのほとんどが予測が難しいとされる「線状降水帯」によるものである。

②流入予測
『事前放流』は、降雨予測に基づき、ダムへの流入量を算出し、洪水調節容量が不足すると予測された場合に行う操作である。
大規模なダムにおいては、集水面積が広く、降雨開始から流入までに時差があることから、降雨実績を見ながらの流入予測が可能である。一方、集水面積の小さいダムにおいては、降雨開始直後からダムへの流入が始まるため、流入予測が難しい。
下のグラフは、令和元年8月佐賀豪雨時の竜門ダム(集水面積3.2km2、洪水調節容量1,250 千m3)での洪水調節実績である。竜門ダムは集水面積が小さいため、降雨のピークと流入のピークがほぼ同時刻となっている(図- 2)。

図2 竜門ダム洪水調節実績図

流域が小さいダムでは、降雨予測がほんのわずかにずれただけで流入予測が大きく変化する。さらに降雨から流入への時差もないことから流入予測の精度確保にも課題がある。

(2)放流能力の課題
ゲートレスダムでは、放流能力が小さいものも多く、事前放流の必要性を判断してから放流を開始しても流入量が上回る場合には、ほとんど水位が下げられないこととなる。
例えば、本部ダムでは、利水放流バルブしかないため、0.546m3/秒しか放流できず、1m 貯水位を低下させるのに31 時間かかってしまう。

(3)管理体制の課題
佐賀県では、ダムの操作を担っていた現業職が廃止され、さらに人員削減も進むなか、ダムの操作は最低限の人員で実施している。
佐賀県が管理するゲートレスダムの洪水対応は、担当職員2 名に、状況に応じて応援職員1~ 2 名を加えた体制で実施しているが、交代要員が不足するなどの課題がある。
また、事前放流操作は、早くて3 日前から行う操作となるため、職員への負担が重く、洪水発生前に職員が疲弊してしまうことも懸念される。
天候が悪化する前に放流量を増加させる操作もあることから、下流の状況確認や情報伝達、警報操作、下流の巡視など大雨時よりも慎重に行う必要もある。

(4)課題解決へ向けた検討
①予測精度の課題への対応
予測精度の課題については、十分に精度の高い流入予測システムを導入しても、降雨予測の精度が向上しない限りは解決しない。流入予測が外れ雨が降らなかった場合、事前放流による渇水が発生する。この場合には、『損失補填制度』を活用するなどして解決を図る必要がある。
逆に流入予測が外れ大雨となり、異常洪水時防災操作となってしまうような事態となれば、人命にかかわることとなる。
佐賀県では近年、予測が難しい線状降水帯が発生していることから、予測によらず、出水期を通して洪水調節機能強化を図る方策が必要である。

②放流能力、人員不足の課題への対応
佐賀県が管理するダムは総じて放流能力が小さく、予測してから放流していたのでは水位が十分に低下しない可能性がある。また、緊急に事前放流を実施し、洪水対応を行う人員体制への不安もある。
この二つの課題については、時間的な余裕があればある程度の解決が図られる。

③解決する手法について
予測困難な降雨にも対応でき、時間的な余裕も確保できる運用方法について検討する中、「あらかじめ貯水位を少しでも下げておけないか?」ということで『期別の貯水位低下運用』を考案した。

4.『期別の貯水位低下運用』について
(1)運用方法
出水期である6月~ 9月の間、予め通常よりも貯水位を低下させておく『期別の貯水位低下運用』。さらに、大規模な洪水をもたらすような大雨が予測される場合に、早ければ3 日前から貯水位を低下させる『事前放流』を実施する。この2 段構えの運用を開始した(図- 3)。
あらかじめ低下させる貯水位については、利水者と協議を実施し、理解・協力が得られる範囲とした。利水者との調整状況等により、ダムごとに異なるが、令和2 年度には0.5 ~ 1.0m の貯水位低下を実施した。

図3 独自の事前放流運用によるダム水位イメージ

(2)期待される効果
①予測困難な降雨への効果
近年多発する予測困難な『線状降水帯』による降雨では、事前放流が間に合わない可能性も高い。しかし、『期別の貯水位低下運用』により、常に貯水位を低下させておくことで、一定の事前放流を実施した場合と同等の洪水調節能力向上の効果が期待できる。

②ダムの空き容量の余裕確保
『期別の貯水位低下運用』では、あらかじめ貯水位を低下させておくことにより、通常水位で管理していた場合に必要となる事前放流操作を回避できる可能性がある。
また、事前放流操作を行う場合にも、水位を低下させていれば、事前放流量を少なく抑えることができる(図- 4)。

図4 期別貯水位低下実施後の事前放流イメージ

③事前放流実施時の時間的余裕確保
降雨予測に基づき、事前放流を実施する場合の手順を以下に示す。
 1.降雨予測の監視
 2.降雨予測に基づく流入予測を実施
 3.流入予測に基づく事前放流実施判断
 4.情報伝達
 5.放流に伴う警報操作
 6.下流巡視
 7.放流操作
『期別の貯水位低下運用』により、予め一定の容量が確保されていれば、この手順における「3.流入予測に基づく事前放流判断」に至るまでの時間的な余裕が確保される。

5.運用に向けた利水者協議
『事前放流』とは、利水者の理解・協力のもと、原則として、対価なしで利水容量の一部を放流し、一時的に治水容量に振り替える運用である。
『期別の貯水位低下運用』については、降雨が予測される場合に実施する一時的な容量振替ではなく、出水期を通じて利水容量を治水容量として活用するものであるため、降雨による回復を前提としている事前放流操作よりも渇水リスクが高い運用となる。
現在、地球温暖化に伴う気候変動の影響で、洪水リスクだけではなく、渇水リスクも増大している。『期別の貯水位低下運用』を実施するためには利水者の理解と協力が不可欠であるため、利水者に対しては、丁寧な説明を行った。

(1)利水者協議の流れ
・令和元年11月26日
 国において、「第一回既存ダムの洪水調節機能強化に向けた検討会」が開催され、道府県管理ダムを含む全ての既存ダムで令和2年6 月より新たな運用を開始することが示された。
・令和元年12月12日
 「第二回既存ダムの洪水調節機能強化に向けた検討会」が開催され、既存ダムの洪水調節機能強化に向けた基本方針が定められた。
・令和2年2月17~ 25日
 県管理ダムの利水関係者に対し、治水協定締結へ向けた説明を実施。
・令和2 年4月22日
 事前放流による貯水位低下量の算定方法等が示された、『事前放流ガイドライン』が国土交通省より示された。
・令和2年5月29日
 一級水系において治水協定を締結。
・令和2年6月1日~
 県管理全13 ダムにおいて『期別の貯水位低下運用』を開始。

(2)協議中の課題
①対面協議の制約
令和2年3月頃より、新型コロナウイルス感染症が広がりをみせ、4月には佐賀県でも緊急事態宣言が出された。これにより、利水者との対面協議が行えなくなったうえ、出勤率削減に伴い庁内での協議もなかなか行えない状況となった。
2月に行った利水者説明では、事前放流量の決定に必要となる検討が進んでいなかったため、令和2年度は『期別の貯水位低下運用』のみを実施すると説明していた。
しかし、『事前放流ガイドライン』が示されたことにより、計算式による事前放流量の算出が可能となった。このため、佐賀県管理ダムでも『期別の貯水位低下運用』と併せて、更なる豪雨が予測される場合には早くて3日前からの事前放流も実施するという2段階運用を実施する方針となった。
この方針変更についての説明は、電話やメールで理解していただくことが難しかったため、緊急事態宣言が解除された5月中旬より再度利水者への説明を行うこととした。6月1 日の運用開始に向けてはかなりタイトなスケジュールでの協議となった。

②渇水リスクへの不安
省庁を横断する取組であったこともあり、利水者からの理解は得られやすかったものの、平成6年渇水を経験した一部の利水者からはなかなか理解を得ることが難しかった。

図5 平成6年渇水のパンフレット(ダムの貯水率が0となるなどし、伊万里市、有田町で289日の給水制限が行われた。)

水道用水を2 ダムで補っている利水者からは、両方とも落とすのか、片方だけではだめなのかといった声もあった。代替水源のない利水者からは、他の自治体へ水の供給をお願いするような事態は避けたいといった声もあった。
また、理解を得られた利水者からも直轄管理ダムや利水ダムには適応されていた『損失補填制度』がないことについて、不安の声が出された。

③小水力発電への影響
全国的なエネルギー需要増に対応するため、ダムの維持放流に従属した小水力発電が進められており、佐賀県でも一部のダムで小水力発電を実施している。
『期別の貯水位低下運用』による水位低下は、一定期間水位が低下したままとなり、発電量に影響を与える水頭差が小さい状況が続いてしまう。
発電事業者からは、治水のためということで最終的に理解いただけたが、発電量に直結する課題であることから、貯水位低下については慎重に水位を検討する必要がある。

(3)利水者の不安に対する説明
①過去の貯水率による説明

図6 過去の貯水率グラフ

『期別の貯水位低下運用』における低下水位については、利水者からの理解・協力が得られる範囲での実施とした。
渇水リスクへの不安に対しては、過去の貯水率と、低下水位の目安をグラフ化し、説明した。

②かんがい利水者への個別説明
一部のダムでは、不特定用水に含まれるかんがい用水利水者へ個別の説明を求められた。
集合での説明会は、新型コロナウイルス感染症の影響で実施できなかったこと、また期限が限られていたことから、配布用のチラシを作成し説明することとした(図- 7)。

図7 配布チラシ

(4)理解を得られた要因
最終的には、佐賀県が管理する全ダムで『期別の貯水位低下運用』を開始することができた。
理解をいただけた要因としては、個別に丁寧な説明を実施したこと、令和元年8 月佐賀豪雨による被害で防災意識の高まりがあったこと、内閣府からの号令による省庁を横断する取組であったことがあげられる。

6.運用実績について
(1)令和2年の運用について
・令和2 年6月1 日より『期別の貯水位低下運用』を開始
・令和2 年7月6 ~ 7日、全13 ダムで洪水調節を実施

幸い、事前放流の判断に至るような事態は発生しなかった。
事前放流の実施検討を行うこととなる基準降雨量を超える予測が何度かあったが、予め貯水位を低下させていたため、余裕を持った対応が可能であった。
課題として、小規模な降雨でも貯水位が上昇するため、ゲートレスダムでは維持放流バルブをこまめに操作し、水位の調節を行う必要があった。

(2)令和3 年の運用について
令和3年は、1951年の統計開始以降2 番目に早い、5月12日に梅雨入りとなった。このため、利水者への事前説明を行ったうえで昨年より2週間程度早い、5月17日より『期別の貯水位低下運用』を開始した。
かんがい用水が必要となる時期を控えていたものの、取組の趣旨を理解頂き、利水者の協力を得ることができた。
5 月20日には、梅雨前線に伴う大雨により2ダムで洪水調節を実施している。

7.今後の運用について
予測困難な降雨に対しても、一定の効果が期待できることから、今後も継続するべき取組だと考える。
事前放流や期別の貯水位低下運用の効果については、ダムごとに効果の大小があると思われることから、運用実績を重ねながら、貯水位低下量などについて利水者とさらに調整を行い、安全な暮らしにつなげていきたい。
また、DX(デジタルトランスフォーメーション)等を活用し、期別低下水位に自動で水位を合わせるようなシステムの導入などによる、職員の負担軽減についての検討や、利水者への『損失補填制度』について国の制度が拡充されたことから、県でも検討を行うこととしている。
最後に、渇水への不安もあるなかご協力いただいた利水者の皆様へ感謝の意を表する。

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