ICT技術による山岳トンネル工事における切羽監視の省力化
国土交通省 九州地方整備局
大分河川国道事務所 建設監督官
大分河川国道事務所 建設監督官
今 村 剛
キーワード:切羽作業、安全確保、画像認識
1.はじめに
中津日田道路は、活力のある中津日田地域の地域づくりを支援するため、中津港から日田市に至る、延長約50㎞の区間を「地域高規格道路」として整備されており、九州横断自動車道や東九州自動車道と連結し、福岡市や北九州市などの循環型ネットワーク形成を期待されている。今回事例を紹介する大分212号跡田トンネル(延長2,355m)新設工事(東工区)(以下、本工事)は、中津日田道路の内、三光本耶馬渓道路事業(延長12.8㎞)の一環として東西2工区に分割して発注された工事の東工区(延長1,093m)である。
本工事は、中津市本耶馬渓町跡田地先を坑口とし、安山岩および凝灰角礫岩を主体とした地山に道路幅員12.0mのトンネルを発破掘削および機械掘削により施工するものである。
なお本工事は、建設現場におけるイノベーションを推進するため、発注時に研究開発段階にある新技術の現場実証等を技術提案として求める新技術導入促進(Ⅱ)型工事であり、「山岳トンネル工事の安全管理向上を目指したICT技術の開発と実証」を行った。
本報は、新技術導入促進(Ⅱ)型工事における技術の現場実証の概要と結果を記したものである。
2.工事概要
工事名:大分212号跡田トンネル(東工区)新設工事
施工場所:大分県中津市本耶馬渓町跡田
工期:令和1年10月30日~令和4年12月20日
施工者:大成・森本特定建設工事共同企業体
トンネル延長:1,093m(掘削延長:1,085m)
幅員:12.0m
工法:山岳トンネル工法(発破掘削・機械掘削)
3.山岳トンネルの特徴
山岳トンネル工事では、トンネル掘削の最先端部(切羽)周辺において、掘削(削孔、装薬)、ズリ出し、支保部材の設置など、施工の段階に応じた様々な作業を行う。掘削・ズリ出しの後、切羽周辺の掘削面を吹付けコンクリートで覆い(鏡吹付、1次吹付)、地山の安定性を確保するとともに、切羽周辺作業における作業員の安全を確保する。
しかし、掘削面から岩塊が抜け落ち(肌落ち)、直下で作業する作業員に岩塊等が激突する重篤な災害事例が過去多数報告されている1)。
昨今、肌落ち災害防止を目的として、遠隔施工や機械化による無人化施工などの技術開発が進められてはいるものの、現状では現場に適用できる技術レベルには至っておらず、肌落ちリスクの高い切羽近傍に作業員が立ち入って作業せざるを得ない。このため、切羽監視員の配置や作業員の頭上に防護マットを配置するなどの対策を図り切羽作業が行われている。しかし、切羽監視員による監視は、肌落ちの予兆を捉えるために継続して緊張を強いられるなど強いストレスに晒される他、集中力の持続には限界があり、見落としがあることは否めない。このため、切羽監視の確実性向上による安全性確保と省力化が喫緊の課題である。本報で紹介する新技術は、切羽監視にICT技術を活用し、切羽から岩塊などの抜け落ちが発生してから0.1秒以内に、光と音で作業員に警報を発する装置(落石検知警報装置)に関するものであり、本工事で行った実証実験について以下に記す。
4.落石検知警報装置の概要
写真-2・図-2に落石検知警報装置(以下、当装置)の概観と構成を示す。当装置は、画像を取得するマシンビジョンカメラ、画像処理により落石を検出する高性能PC、警報装置で構成されており、切羽の後方(5~10m)で作業の妨げにならない位置に設置する(図-3)。本工事では左右に各1台当装置を設置して切羽全面の監視を行う。当装置は、カメラで撮影した映像から肌落ち等の落下物(1㎝程度以上)を0.1秒以内に検知し、サイレン音とフラッシュ光による警報を発する設計となっているが、これはマシンビジョンカメラで高速度(1秒間に50枚程度)に撮影した画像において、0.02秒前の画像と今の画像を比べ(差分画像)移動体を検知する方法(フレーム差分法)を用いている。詳細について5章に示す。
また、監視範囲の照度を確保するため、近赤外線のLED照明を使用している他、カメラは近赤外光のみを通過させる光学フィルタをレンズに設置している。これは、建設機械の照明光(可視光)や作業員が使用するレーザーポインターによる誤作動を防ぐ工夫の一つである。加えて、トンネル坑内での長時間連続使用に耐えられる防滴・防塵使用となっており、照明とパソコンは全てファンレス空冷仕様で充分な放熱処理が行われ、防振対策が施されている。
5.画像解析技術
(1)落下物の認識方法
フレーム差分法による落下物の認識方法について、図-4を用いて説明する。図-4上部が、落石を連続撮影した各フレーム画像のイメージであり、落石は小さな白丸として表現されている。図の下部は上部の画像の差分画像である。この図では、左から右に時間が進行している。
図-4下部の差分画像においては、0.02秒前に撮影されたフレーム画像と変化がない部分(範囲)については、黒で表示される。撮影した画像の中に、落石のような下方へ移動する物体があれば、引き算する画像の双方に写し込まれた落石が差分画像において浮かび上がる。ここでは白でしめしている。図-4下部の差分画像では、それぞれ2か所ずつ落石(移動物体)が確認できる。
次に、それぞれの差分画像において2つの移動物体の重心の中間点(以下、中間点)を求める。移動物体は自由落下すると仮定し、次の差分画像上における中間点の位置を、ある幅をもって計算する(図中、水色の領域)。この処理を連続かつリアルタイムで行い、推定した領域に中間点が含まれた場合、落石と判定する。
写真-3は、「落石検知」として判定された現場検証時のモニター画像である。
(2)落石以外の動体の認識
落石以外の動体を誤って落石と検知して警報を鳴らすと、警報の信頼性が低下し、危険時において適切な退避がなされなくなる可能性がある。これまでの経験上、誤作動の原因としては、作業員の手や体の動きが最も大きな要因であり、当装置においては、真の落石とそれ以外の動きを区別できる仕組みとなっており、作業員や機械のブームは、作業中は常にわずかながら動いている事から、前述のフレーム差分法により、これを検出することができる。このことを利用し、図-5に示すように連続して微動する箇所や物体については、落石検知除外領域と定め、その領域では落石検知を行わない。
写真-4は実証実験中の当装置モニター画像であるが青枠で囲われた、画面中央と右側の作業員については、落石検知除外領域として設定できていることが確認できる。
なお、検知する落石のサイズはプログラム上設定できるため、トンネル壁面からの湧水に起因した落水を誤検知しないために、1㎝以上とした。
(3)落石検知に要する時間
実証実験に先立ち、落石の発生から落石検知までの時間を確認する室内試験を行った(写真-5)。室内試験では、物体を自由落下させた様子を当装置モニター画面で録画し、当装置が落石判定を下すまでに物体が落下した距離から、式(1)を用いて当装置が落石判定を下すまでに要した時間を算出した2)。
式(1)において、tは落下開始からの時間、yは落下距離、gは重力加速度である。
当装置が落石判定を下すまでに物体が移動した距離は5㎝であった。これを(1)式に代入し、当装置が落石判定を下すまでに要する時間(以下、警報時間)は、0.1秒であることを確認した。なお、人間の反応速度は約0.2秒と言われており3)、当装置の警報時間0.1秒を加えれば0.3秒となる。つまり、落石発生から退避動作開始までは0.3秒必要となる。
また式(2)より、落石は0.3秒で約44㎝落下する。よって切羽で作業する作業員の頭上44㎝以上から落下してくる岩塊や小石に対しては、当装置による警報により肌落ち災害リスクを回避(低減・軽減)できる可能性があることが示されたものと考える。
6.実証実験
(1)方法
令和2年5月22日~6月26日の期間中、延べ51回実証実験を行った。なお本工事では、発破掘削と機械掘削を行っているが、当該期間は機械掘削のみを採用しており、吹付コンクリート・支保工建込み・ロックボルト打設作業中に当装置を切羽後方5~10mの左右に各1台設置し、2台の装置で切羽監視を行った(写真-6)。
装置設置による切羽監視の手順は、電源入力後、まずカメラの角度を装置付属のモニター映像を確認して決定し、切羽監視を開始する。次に当装置が正常に稼働していることを確認するために、カメラ前方に小石を投げて検知装置の作動確認を行った(写真-7)。
また、実証実験開始前には、切羽作業員に対して当装置の概要を説明するとともに、警報と同時に退避行動がとれるよう、訓練と教育を行った(写真-8、9)。訓練では、切羽で作業している作業員に切羽近傍で待機してもらい、通常の作業環境下で警報を鳴らし、警報発令の確認と共に切羽後方への退避を行った。
(2)実証結果
実証実験結果を以下に示す。
①切羽作業における人や機械の動作と切羽面からの落石を画像処理で判別して、落石のみを検知することができた。
②警報時間を0.1秒とすることができた。
③作業員の頭上44㎝以上からの落石や岩塊の抜け落ちに対してシステム上有効であることを確認した。
④警報は発令方法(音と光)について、通常の切羽作業環境下でも一定の有効性を確認した。
⑤切羽監視員による監視と当装置を併用すれば、切羽監視員のストレス軽減や見落としなどに対するダブルセーフティーとなることが確認できた。
以上の結果から、当装置は切羽作業の安全監視に貢献するものであることが確認できた。特に、当装置の落石発生後0.1秒以内に警報を発する仕組みは、山岳トンネル工事に携わる作業員の安全確保に大きく貢献するだけでなく、切羽監視員の負写真-8安全教育状況 担の軽減に寄与する有意義な装置であると考える。
(3)課題
実証実験中の担当職員による運用時の記録、および作業員のヒアリングから、明らかになった課題を示す。
a)装置の軽量化・設置方法等
①装置の軽量化
現在、機器の全体重量は20㎏である。これを現場で運搬、設置、片付けを行う切羽監視員(または、作業員)にとっては、負担と感じるようであり、軽量化が必要である。
現在はカメラとPC間において、大量のデータを遅延なく伝送するためにLANケーブルを使用しているが、切羽周辺は大型重機が稼働することから、運搬設置を簡易にするためのケーブルレス化等が必要である。また、展開が進んでいる5Gの無線技術採用などによる装置の性能向上にも期待したい。
②装置設置方法
現在のカメラ部は三脚を用いて設置し、PC部は収納箱に収め、作業毎に設置と片付けを行っているため、手間の省力化が必要である。併せてトンネル壁面や建設機械(ジャンボ・コンクリート吹付ロボット)等への固定設置による毎作業ごとの運搬・設置作業を行わない方法を期待したい(図-6)。
b)装置パラメータ設定方法の自動化
現在は稼働前に周囲の明るさに応じて装置の数値パラメータ設定を行う必要がある。作業環境の変化に伴う再設定が頻繁に生じており,また、現状では設定に5~20分程度要するため、設置後すぐに稼働を開始できるように自動設定機能等の追加が望まれる。
c)誤検知対策
当装置には、落石以外の移動体やノイズによる誤検知を防ぐ機能が搭載されている(5章(2))。しかし,反射チョッキやヘルメットの反射といった強い光による誤検知が見られ、特に、カメラ近傍で誤検知しやすいことが分かった。その為、光量が急激に増加した場合などに対応したプログラム上の改良が必要である。
d)検知範囲の拡張
実証を行った区間のトンネル掘削幅は約15mであるが、カメラから最も遠い切羽中央付近で検知をしないことが複数回確認された。そのため、実証期間中に、設置個所の自由度を高めるために、ズーム式カメラの採用と、ファームウェアの改良を行ったが、今後は照度を増強する改良も必要である。
7.おわりに
本工事では、令和2年9月より、発破掘削が開始された。装薬や結線といった発破掘削特有の切羽作業が日々行われており、機械掘削に比べて作業員が切羽直下に滞在する時間が長く、肌落ち災害リスクが高くなる。発破掘削においても当装置による切羽監視を行い、課題を抽出するとともに機械掘削・発破掘削双方で使用可能な装置の改良が推進されることを期待する。
本装置の本格運用が可能となれば、切羽監視業務の省力化が可能となる。また、今後担い手不足が懸念されるトンネル建設工事での有効なi-construction手法となることに期待する。
参考文献
1)独立行政法人労働安全衛生総合研究所編:トンネル切羽からの肌落ちによる労働災害の調査分析と防止対策の提案、JNIOSH-TD-No.2、pp.5-6、2012
2)落石を予知・警報する切羽監視システム「T-iAlert®Tunnel」の開発:大成建設技術センター報、No.51、2018
3)Brebner JT, Welford AT. Introduction:an historical background sketch. Pages1- 23, in Reaction times (A. T.Welford,Editor). Academic Press, New York,ISBN0127428801, 1980, 418.