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平成5年度技術士試験をかえりみて
(建設部門出題傾向と解答例)

日本技術士会九州地方技術士センター
育成委員会 専門委員
総     括     矢 野 友 厚
土質および基礎     野 林 輝 生
鋼構造およびコンクリート   是 石 俊 文
河川砂防および海岸   後 藤 雅 之
道     路     久保田 信 一

平成5年度技術士第2次試験の筆記試験は,昨年8月25日および26日に福岡市ほか7カ所の試験場で実施され,筆記試験合格者に対する面接口頭試験は同年11月27日から12月13日までの間に東京で実施された。技術士試験の指定試験機関である㈳日本技術士会の発表では,5年度の技術士第2次試験の受験申込者総数は18,187名で,前年度に比し670名(+3.8%)の増で,2万人の大台に近づいたほか,10年前の昭和58年度の8,012人に対して2.3倍弱,合格者総数もまた,昨年度にほぼ近い1,609名に達したと報じている(なお,平成6年度の受験申込者総数は21,308名に達し,うち福岡試験場での受験申込者数は1,646名である)。
また,建設部門の受験申込者総数は,全部門申込者総数の63.3%に当る11,511名で,このうち筆記試験受験者数は6,302名,最終合格者数は981名で,合格率は筆記試験受験者数に対して15.6%,受験者申込者総数に対して8.5%で,国家資格として評価が高まるなか,これまでどおり試験合格は相当に厳しく狭き門であることを示している。
我が国の社会資本の一層の充実と,海外への技術援助が国の内外から強く要請されているなか,多くの合格者が生まれるよう期待したい。
一方,本年より技術士試験制度の改善が実施される運びとなったが,改正の概要のうち,特に建設部門と関係の深い事項は次のとおりである。
1 環境部門の新設
「環境基本法」の成立により,環境保全に対する基本的な枠組みが定められたが,一方で,大学における環境関係の学科,研究所講座の設置,該学会の設立,産業界における環境保全に対する積極的取組み,行政機関における該組織の整備等を背景として,技術の資格の面からも新設を必要とする段階に達し,これにより技術者の一層の育成を図りその資質を向上させ,処遇を改善していこうとする観点からの強い要望に応えたものである。
なお,現在建設部門のなかに選択科目として「建設環境」があり,試験科目の内容が心配されるが今回新設の環境部門では“環境関連技術の体系が完全に固まっていないことおよび他の技術部門では対応できない技術を要求すること等”から,他の単一の技術部門のみに対応する出題を除外する趣旨である。換言すれば,多数の他部門にまたがる環境に関連する広範な知識を要求する試験となる。
2 選択科目
「施工計画および施工設備」を「施工計画,施工設備および積算」に名称を変更する。
その理由は,近年建設市場において国際化の進展と公正な競争の確保の要請が強まっていることから業者による施工方法の提案等施工業者における工事原価管理技術が重要となってきた。このため近年の著しい施工形態の変化を踏まえ,積算および工事原価管理に関する高度の知識,実務経験を有する技術者を育成するため名称変更が行われたものである。
本論に戻ると,平成5年度の筆記試験ならびに面接口頭試験の試験科目と設問傾向には殆ど変化はなく,具体例をあげてその概要を記述すると次のとおりである。
まず,筆記試験選択科目Ⅰ-1(午前9時~12時の3時間で解答記述)の問題は,受験者がこれまで体験してきた技術士に相応しい業務をいくつか具体的に示させ,その業務における技術的問題点と,それに対して受験者が採った技術的解決策を具体的に記述させ,その業務の技術的特色を明らかにさせる仕組としている。このⅠ-1の問題は,建設部門の11種類の専門科目の全てにおいてこの10年間余問題設問文章の文言に多少の変化はあるものの本質的には内容として同性質の設問形式をとっている。ここに一例として河川砂防および海岸Ⅰ-1の問題全文を示して受験における考え方を説明する。

選択科目(9-4) 河川砂防および海岸 9~12時
Ⅰ-1 次の問題について解答せよ(答案用紙5枚以内にまとめよ)。
あなたが受験申込書に記入した「専門とする事項」について,技術的専任者として実際に行った仕事のうちから一例を挙げ技術的に説明し,現時点で評価して満足する点および反省すべき点について説明するとともに今後の技術的課題について述べよ。

1 テーマ選定の基本
テーマ選定の基本を全く誤解している人が以外と多い。例えば①大規模な事業に従事したこと,②有名なプロジェクトに関与したこと,③目新しい仕事をなしたこと等,全く必要ではない。どこにでも見受けるような平凡な仕事であっても,「自分の頭で考えて創意工夫を生み出した」という中味である自分自身の体験業務を選定することのみが試験官の要求している内容で,必ず理解せねばならない不可欠事項である
なお,体験論文を仮に他人に書いて貰っても絶対に筆記試験をパスできず,口頭試験の際の厳しい設問において必ず化けの皮がはがれる運命をたどるので絶対に自己の体験業務であること。
2 テーマ表現の良否の事例
業務の背景をうたい込み,業務の中に施した自分の働きを表現した特色を出すこと。
  悪い事例  △△橋の設計,道路の計画
  良い事例  路線選定を伴う山岳道路橋の調査・計画と評価
3 体験論文作成上の具体的配慮
 ① 受験申込書に記入した「専門とする事項」に整合していること。
 ② 専門的応用能力を発揮した内容であること。
 ③ 社会性・経済性・地域性に富む内容であること。
 ④ 施工性に対する検討がなされていること。
4 論文の流れの基本
一般に「起.承・転・結」換言すれば「序論・本論・結論」という文章構成が必要である。
論文構成の概要は,①はじめに ②問題 ③技術的対応 ④現時点からの批判 ⑤おわりにのようにまとめれば書きやすい。
ここに,文章構成の全体の流れを有する形態を紹介する。
“この事象の原因を○○○の方法で調査した。特に留意した項目は△△△であり,得られたデータを□□□の方法で分析したところ○○○であることが分かった。したがって原因は△△△であると判断し,対策の検討を行った。設計にあたっては,□□□のような点に留意し,いろいろなことを比較検討して,このような計画を立てた。結果も非常に良好であった。”
論文をドラマチックに盛り上げるよい方法であると思われる。
5 体験論文合格が全試験の第一ハードル
筆記試験は,午前の部として体験論文,午後の部には選択科目の必須問題と専門問題の解答を要求されるが,結果的に,午後の部がいくら良くできても午前の部の判定結果が合格ラインに達していなければ全体での合格ラインに達し得ない。
なぜか,午後の部の問題は知識を問う傾向が強く,技術士合格の補完的役割を演じているためである。したがってまず体験論文作成に全力を傾倒されたい。
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次に,筆記試験選択科目Ⅰ-2(午後1時~5時の間に,Ⅱの問題と一緒に出題)の問題は各選択専門科目ごとに,各専門技術分野における最近の技術動向をふまえ,専門的事項について解答論述させるもので,設問内容は本稿の次頁以降に土質および基礎,鋼構造およびコンクリート,河川砂防および海岸,道路の4科目についてそれぞれ一例を示したように,比較的各技術分野の基礎的技術にかかわるものが主体となっている。
Ⅰ-2の問題と一緒に出題させる筆記試験必須科目,Ⅱの問題は建設部門全体に共通する事項で例年2題出題し,いずれか1題を解答させる方式で,平成5年度の問題は次のとおりである。
必須科目(9)建設一般 1時~5時
Ⅱ 次の2問題のうち1問題を選んで建設部門全体の問題として解答せよ。(茶色の答案用紙を使用し,解答問題番号を明記して4枚以内にまとめよ。)
Ⅱ-1 地球環境問題が重視されている現状を踏まえ,建設部門における技術開発としてどのような技術が期待されているか,あなたの意見を述べよ。
Ⅱ-2 建設部門の国際化に伴い,諸外国から提起されている課題を挙げ,それについてあなたの意見を述べよ。

以上のⅠ-1,Ⅰ-2,Ⅱの3科目の問題のうち,Ⅰ-1は前述のとおり問題設問文章が本質的に固定化に近い状況のため,予定答案をあらかじめ作成し,完全に丸暗記して試験にのぞむことが可能であり,3時間の解答時間で制限文字数一杯の解答を書くのが普通である。しかし,Ⅰ-2およびⅡの午後からの科目問題に対しては,受験者自身の筆記速度を考慮し,各問題に対しバランスのとれた時間配分を行うことが肝要で,以降頁の解答例に付記しているような留意が必要である。
筆記試験合格者に対して行われる面接口頭試験における設問事項にも,これまでと異なった傾向は殆ど認められず,平成5年度試験においても設問項目は次の3項目に分類要約できるようである。
① 受験者の技術的体験を主眼とする経歴の内容と応用能力を問う。
② 必須科目および選択科目に関する,技術士として必要な専門知識と見識を問う。
③ 技術士としての適格性および一般的知識を問う。
以上が平成5年度技術士試験の概要と出題傾向であるが,以下に同年度筆記試験選択科目の4問題を選定し,当育成委員会の技術士に解答の執筆を求め,模範解答例として参考のため例示する。
当技術士センター育成委員会は,例年,技術士試験受験者のための総合受験対策講座を継続的に実施し,九州地域受験者の受験対策に役立ってきており,技術士資格取得を目ざす技術者は気軽に当センターに相談されるようお奨めする。

土質および基礎 平成5年度Ⅰ-2-10-(C)
下図に示すような地盤上に,高含水比火山灰質粘性土(自然含水比Wn=120%,液性限界WL=100%,塑性限界Wp=70%,コーン指数qc=2~4kgf/cm2)を用いた道路盛土を建設する計画がある。以下の設問に答えよ。
(1)盛土建設にかかわる設計・施工上の間題点を述べよ。
(2)(1)で挙げた問題点に対する対策と計測管理上の留意点を述べよ。

1 盛土建設にかかわる設計・施工上の問題点
(1)当該基礎地盤は,図ー1に示すように,表層部が崩積土(N=3~10)で構成されているが,これは斜面上部の地滑りや斜面崩壊により崩壊土砂が斜面末端部に押し出されてきた地滑り崩土の可能性があり,典型的な地滑り地形といえる。

一般的に,このような基礎地盤は斜面そのものの安定性が低く,地下水が広範囲に分散しがちであり,かつ基盤岩との境目に地下水が滞留しやすい。更に,崩積土中に含まれる礫も基礎岩の礫よりも脆くなっていると考えられる。このような不安定な急斜面上に比較的高い盛土を実施する場合,次のような問題点が指摘される。
① 地下水や浸透水が崩積土層を通して盛土内に侵入することにより,盛土中の間隙水圧を上昇させて盛土自身の安定性を阻害し,法面崩壊や盛土面の段差などの変状を生じる等の盛土安定上の問題を生じさせる可能性がある。
② 地下水を胚胎した崩積土層が滑り層となって,盛土施工中および完了後降雨や地震等による地滑りを生じさせる可能性がある。
(2)高含水比火山灰質粘性土(自然含水比120%,液性限界100%,塑性限界70%,コーン指数2~4kgf/cm2)を用いて道路盛土を実施する場合,施工中および施工後を通じて盛土内に過剰間隙水圧が発生して盛土の安定性が低下し,傾斜地盤上盛土であることと相侯って法面のはらみ出しや円弧滑り等の斜面崩壊を生じさせる可能性がある。
2 問題点に対する対策と計測管理上の留意点
(1)当該基礎地盤において盛土を計画する場合,調査の段階で,①基盤岩の傾斜および角度,②崩積土の礫および礫間充填物の性状,③地下水の状況,④近隣地域における法面崩壊の事例,等を詳細に調査して盛土の設計に反映させることが不可欠である。盛土施工においては,施工に先立ち崩積土層の強度増加を促進するとともに,盛土完成後崩積土層への地下水侵入を防止するために,斜面上部に止水壁,止水注入等を検討することも有効な対策といえる。
更に積土層の強度不足から盛土安定上問題があると考えられる場合,崩積土層の地盤改良等についても検討する必要がある。
(2)盛土材料として粘性土を活用する場合,施工中に発生する過剰間隙水圧を消散させ,圧密による粘性土の強度増加を促進しながら盛土を実施することが極めて重要である。この対策として盛土中の水平方向にジオテキスタイル等の水平排水材を配置することが有効である。このような目的で活用されるジオテキスタイルは主として排水効果を期待したものであるが,近年ジオテキスタイルの質的向上により,引張り補強効果を併せ持つものも活用される傾向にある。
施工にあたっては,盛土速度の制御が極めて重要であり現場における計測管理は不可欠な手段となる。計測管理上の留意点を列挙すると次の通りである。
① 観測結果は即時整理すると共に,刻々変化する挙動を常に把握して工事に反映させ,変状が予測される場合は速やかに設計にフィードバックする体制の確立が不可欠である。
② 計測機器の選定は工事規模・観測目的・対策工法等を考慮して適切に行い,工事に支障がなく破損を受けにくい場所を選定する必要がある。
③ 計測頻度は,変状が予測される場合には密にし,安定している場合には粗にするなど,適宜実情に合わせた計測体制を整える必要がある。
鋼構造およびコンクリート Ⅰ-2-9-(C)
コンクリートポンプを用いてコンクリートを圧送する際の材料,配合(調合)および施工における留意点について,あなたの意見を述べよ。

1 材料に関する留意点
(1)粗骨材の最大寸法は,一般的には25mm,人工軽量骨材では15mmが多く,土木では40mmを使用する場合もある。
(2)細骨材の粒度分布に留意せねばならない。0.3mmふるい通過率の最小値を15%とするのが良い。ただし過大となると単位水量が大となり,ひびわれの発生の危険も大となるので,最大値を35%以下とする。
(3)骨材のプレウェッチングが十分でないと圧送中にコンクリート中の練り混ぜ水を骨材が吸水し,コンクリートは流動性を失い,品質が変化したり圧送不能となる。
特に人工軽量骨材を使用する場合は,プレウェッチングの量を18%以上とすることが極めて重要である。
(4)混和材料として良質なフライアッシュは粒子が球状であって,セメント量の代替えとしても,細骨材の微粒分の補足としても使用することができ,ポンパビリチー(圧送性)の改善に役立つ。
2 配(調)合に関する留意点
(1)スランプは作業に適する範囲でできるだけ小さいものでなければならない。土木構造物ではプレストレスコンクリートの場合10cm以下,無筋および鉄筋コンクリートの場合12cm以下を標準値とする。建築構造物の場合のスランプの最大値は,高級コンクリートで18cm,常用コンクリートで21cmとすべきである。
圧送前後ではスランプに変化が生じる。圧送後のスランプ低下の平均値は,一般的には普通コンクリートで0.5cm,軽最およびスラグコンクリートでは1cm程度である。練り混ぜ直後のスランプは,練り混ぜから打込みまでの変化を考慮して定めなければならない。
単位水量やスランプが制限されていたり,暑中コンクリートなどで運搬・打込みにより著しいスランプ低下が予測され,ポンプ圧送や締固めが困難な場合には流動化コンクリートとすることを原則とすべきである。
(2)細骨材率は粗骨材の最大寸法,単位セメン卜量,スランプなどの平衡をよく考慮し,適切な圧送性をもち単位水量が最小となるように定めなければならない。
(3)圧送距離が150m以上の場合には,圧送中に空気量が0.5~1.0%程度減少することが多い。さらに打込み後の振動締固めによる減少量も考慮して適切な空気量を定める必要がある。
3 施工における留意点
(1)輸送管の水平換算距離による機種の選定
垂直管・テーパ管・ベント管・フレキシブルホースなどについて既知の水平換算長さからそれぞれ水平換算距離を求め,それらと水平管の長さとを合計した配管全体の水平換算距離に対して,これを上回る最大水平圧送可能距離を有する機種を選ぶ。この方法は一般的な圧送計画に適用すればよい。
(2)圧送負荷の算定による機種の選定
コンクリートの種類・スランプおよび単位容積重量・輸送管の径・単位時間当りの圧送量に応じて,輸送管の1m当りの管内圧力損失を求める。
次に配管実長,まだ固まらないコンクリートの単位容積重量,圧送高さ,ベンド管の長さ等を考慮してポンプに加わる圧送負荷を算定して,その1.25倍を上回る理論吐出圧力を有する機種を選定する。この方法は圧送距離の長い場合や圧送高さの高い場合に適用するとよい。
(3)ポンプの台数は,必要な1時間当りの打込み量と,予定機種のポンプの最大吐出量の85%程度の値を照合して決める。
(4)流動化剤を現場添加する場合は,添加後,コンクリート排出前の攪拌が特に重要である。運搬車の騒音が特に問題となるようなときは,アジテータの回転を中速にして攪拌時間を2分間以上とするなどして均ーな流動化を図らなければならない。

河川砂防および海岸 Ⅰ-2-9-(B)
津波の発生,伝播の特性および津波災害とその対策工法について述べよ。

1 はじめに
我が国においては,侵食対策,高潮対策と並んで津波対策は国土保全上重要な位置づけにある。
一般的に,津波は,海岸で急激に発達し,海岸域の地形にもよるが,海岸背後地に甚大な被害を及ぼす。最近では,北海道南西沖地震による奥尻島の津波災害は記憶に新しく,その被害の甚大さをみても津波の特性を充分把握して対策をたてる必要がある。
2 津波の発生
津波は,さまざまな要因によって発生する。主な原因を挙げると,地震,噴火,地滑り,崖崩れ等が考えられ,一般的には地震によるものが最も多い。
最も代表的な地震による津波の発生は,地殻の隆起や沈降により,水塊が持ち上げられ,或いは引きこまれることによって発生するが,いずれも衝撃的な外力により一時的に大量の水塊が移動し,津波が発生,そのエネルギーは波となって伝播する。
3 津波の伝播
津波は,伝播に際して長波の特性を帯び,一般的に位相速度は以下の速度(C)で表される。

すなわち水深の関数となり,深海域では高速で伝播し,浅海域の影響や,屈折や共振によりさらに波高が増大する。また,V字型の地形に侵入するとグリーンの定理で示されるようにエネルギーが集中し,強大な破壊力を持つにいたる。
このように外洋に面した我が国の地形特性上,津波は極めて危険な特性を持っている。
4 津波災害
津波の伝播特性でわかるように,海岸域に達した津波は,極めて危険な外力となって海岸域に来襲する。
具体的には,外洋に面したV字型の湾においては,高波高,高エネルギーの水塊となって湾奥に集中し,また,そうでない平坦な海岸線においても津波の遡上,遡上後の戻しによる高速流が大きな被害を与える。
本来,このような危険な状況は充分認識されているのであるが,それにもかかわらず,人的並びに物的被害を大きくする要因は,そのエネルギーの強大さ,影響域の大きさにあるといえる。
現在においては,地震の予知,それに伴う津波発生の予知等の研究は進み,過去の教訓と併せて人的被害を最小限に抑える努力がなされているが,発生頻度の低さ,生起の任意性等によって,一度津波が来襲するとその被害の大きさははかり知れないものとなる。
5 津波対策
津波の対策として,ハードな対策(沖合津波堤防,集落移転,防潮林,防潮建物等)と,ソフトな対策(情報伝達,津波・地震予知,避難計画等)に大きく分けることができる。津波のように生起頻度は低いが生起した時の被害の甚大さを勘案すると万全の体制をとるべきであるが,特にハード的な対策の規模の大きさ,時間的な制約・事業費を考えるとソフト的な対策に重点が移らざるを得ない。今後は津波常襲地帯を中心としてハード的な整備を進めるとともに,併せてソフト的な対応を強力に推し進める必要がある。
6 おわりに
高潮,津波等の発生を人為的に制御することは現在のところ不可能であり,これらの外力に力で対応することは非常な困難を伴うものである。最も有効な方策は,危うきに近寄らずという基本的なスタンスに加えて情報という現代の武器を駆使して,不断の対策を今後も進めていくべきであると再認識する必要がある。

道路 Ⅰ-2-1
交通渋滞について論じ,その対策についてあなたの意見を述べよ。

人の移動や物資の輸送に欠かせない最も普遍的な公共交通施設である道路は,自動車交通の急増を背景として渋滞・事故や交通公害が社会問題に進展している。過密と過疎化が進む国土利用の面では,都市部での地価高騰を抑える土地基本法の成立をみるまでに至っている。
1 道路整備の基本的視点
我が国の道路整備は戦後の国土復興下での交通機能重視の内容で本格的に始まった。高度成長期には産業基盤形成の土地利用誘導機能を重んじて進められたが,交通問題を生ずるに至った安定成長期に入っては沿道環境保全へ力点を置かれて来た。しかし,その整備水準はいまだに他先進諸国と比べれば極めて低いものである。
陸上交通施設の一端である道路を整備する目的は,国民生活の最大利益を求めて展開されることにある。機動性・多様性・戸口性や確実性を有した自動車交通に代表される道路交通は陸上交通の中心的役割を担っており,それに供用される道路の整備を進めていく場合には多様化増大する交通需要を安全・効率的に処理するように,また,国土全体の長期的基盤と豊かで創造的な地域社会の形成,および安全快適な生活基盤の充実を図るため,交通問題の解消へ基本的な視点が注がれねばならない。
2 交通渋滞についての考察
自動車交通の需要量が道路の交通容量を越えた場合に遅れを伴う低速車列が生まれる現象のことをいう交通渋滞は,予見が可能な自然渋滞と不可能な突発渋滞との2つに区別できる。前者は道路構造上相対的に交通容量の小さくなる区間が発生するが,他方の後者は交通事故や車両故障といった突発事象に起因するものである。
かような観点から我が国の交通渋滞の実態を考察すれば,その原因の第一は自動車保有台数の急増へ道路整備が追いつかないことに尽きる。経済社会の成熟化するのに伴って需要者ニーズヘ応えた国民生活の自動車大衆化が加速的にみられるのに対し,これに供用される交通施設である道路の整備については長期間が必要なことと膨大な費用を要するために,進行速度が著しく遅れをとる一方である。このような現状から自然渋滞を主体とする交通渋滞が都市部を中心に慢性化へ至り,次のような都市環境への悪影響を招いている。
① 道路のトラフィック交通の容量不足で恒常的な事故多発による交通安全性の低下。
② 自動車交通の円滑さを欠いてアクセス機能を低めることによる沿道の生活環境の破壊
③ 駐車場不足で日常的な違法駐車から道路空間機能を侵されることによる都市活動の障害
これらの帰結作用によって沿道における商業の業務機能を麻痺させ,商業活動の郊外移転に至って中心市街地の活力低下や衰退を招いた地方都市も存在している。
交通渋滞原因の第2は,国土利用の不均衡から生ずる過密と過疎の現象である。高度成長期に投資効果を上げる方針で都市部中心へ傾いた道路の整備は過密を進めて自動車の都市流入も促し,その相乗作用で過度集中を招くような悪循環に陥っている。このために,都市の近郊における通勤時間帯と中心市街地における産業活動時間帯との自然渋滞を主体に生ずる一方で,この自動車集中を遠因とする交通事故や違法駐車の発生から突発渋滞が間接的に出現している。交通渋滞の種類と原因は以上のように各々2つに分けて分析できるものの,本質的には独立・別個のものではなく,種々の要素が複雑に絡んで交通公害や事故と一体的に生じているのが実態である。
今後の道路整備は,かような観点から渋滞の解消と向後の発生懸念に対する回避との両面から検討されねばならないが,その具体的な方策を2つに分けて考察する。
第1は交通運用上の対策である。解消と回避の両面に資する流通の合理化が筆頭で,将来の産業構造の拡大と高度化に対応すべく,他交通手段との調和にも配慮した地域圏の機能的結合による土地利用の拡散を図る施策が不可欠である。次に解消を対象とする交通需要量の調整では,公共輸送機関のサービス改善や建ぺい率の見直しの他,時差出勤の奨励とバスレーンの設置等が有効な手段と思われる。また,駐車禁止・中央線変移・一方通行等の交通管理と,信号調整・経路誘導・情報案内整備等の交通制御とは速効の渋滞解消策であろうと考えられる。
第2は道路整備上の対応である。まず,解消と回避を目的に,各種道路が有機的・機械的に結合するような網的体系化を充実させて,都市圏と地方圏との安定的な形成を図る必要がある。通過交流の排除に資するバイパス・環状道路や都市高速道の整備はこの一端を担う片方で,上記の交通需要量調整にも寄与することになろう。
次いで道路空間の確保と有効利用が挙げられ,駐車場整備の促進や地下利用技術の開発の他,沿道との一体的整備の一層の推進を含めた荷卸場・駐車場の完備等が特に解消策へ効果的と思われる。更に道路改修・地下埋設物の路面工事については,その時期の調整と工期短縮の技術的対応,および回数減少を図る共同溝設置推進等の施策対応が渋滞解消と共に安全対策等にも重要で,交通の円滑に供する道路構造面の改良も加味した整備が求められる。
最後に,以上の如き諸対策の内の解消策は,抜本的な交通施設の整備・拡充を財政的・社会的等の理由や事情から少なくとも短期的には不可能に近い。したがって,解消不十分でも軽減効果を期待できる実施可能な方策から優先した,長期的で計画的な対応が肝要と考えられる。
道路技術者に対する課題は,かような観点から益々膨らみ,その責務が一層重要度を増していかねばならない。

付 記

解答用紙はB-5版の横書き・左綴じで,1行当り25字を表面に14行,裏面に18行を配した800字詰めの原稿用紙である。答案の作成に当っては,次の諸点に留意する必要がある。
① 筆記速度を養成し,Ⅰ-1以外の全問題答案へ指定枚数の80%以上が埋められること。
② 設問文の意図内容を充分に把握したうえ,なるべく多くの事柄が盛り込まれること。
③ 報告文ではない論文となるためには,自分の意見・見解が述べられること。
④ 記載順序を体系づけて,論述の展開へ配慮し,主張内容に一本の筋が通されること。
⑤ 多義的に読める曖昧な表現を避け,一義的にしか読まれない文章が書かれていること。

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