低潮線保全法施行に伴う新たな取組みについて
坂 元 武 信
キーワード:低潮線保全区域、排他的経済水域、EEZ
1.はじめに
平成22年5月26日、排他的経済水域等の保全及び利用の促進に関する取り組みの一層の推進を図るため、「排他的経済水域及び大陸棚の保全及び利用の促進のための低潮線の保全及び拠点施設の整備等に関する法律」(以下、低潮線保全法。)が成立、平成22年6月2日公布、同6月24日施行された。
この法律は、「排他的経済水域と大陸棚を保全」し、「利用することを促進」するため、「排他的経済水域と大陸棚を定める基礎となる低潮線の保全」を行うために定められたものである。
低潮線は、海面が最も低くなった時の水際線で、領海や排他的経済水域等を決定する際の基準となっている。この低潮線の中でも我が国の管轄権の根拠となる低潮線の安定的な保全・管理を行うため、特に重要な区域を低潮線保全法施行令において低潮線保全区域として、全国で185区域が指定されており、このうち31区域が九州地方整備局管内に位置している(表-1)。
この低潮線保全法の施行に伴い、九州地方整備局においても、防災ヘリコプターを活用した低潮線保全区域の巡視や行為規制に伴う許認可審査、看板設置等を行うこととなったので、その取り組みについて報告する。
2.低潮線保全法成立の背景
(1)海洋基本法の概要
我が国の国土面積は約38万㎢と世界の第61位であるが、領海と排他的経済水域を合わせると約447万㎢となり、一挙に世界第6位の管轄区域を有する海洋国家となる(図-1)。
海に囲まれ、国土の面積も狭隘な我が国にとって、古くから、食料、資源・エネルギーの確保の場や、物資の輸送、地球環境の維持等、海から多大な恩恵を受けてきた。
今日においても、海洋資源の需要はますます増大しており、海が果たす役割はさらに高まる傾向にある。
一方、海洋環境の汚染、水産資源の減少、海岸浸食の進行、重大海難事故の発生、海賊事件の頻発、海洋権益の確保に影響を及ぼしかねない事案の発生等、様々な海の問題も顕在化してきたことから、これらに対処するため海洋政策の新たな制度的枠組みの構築が必要となり、平成19年4月20日に海洋基本法が成立し、同7月20日施行された。
海洋基本法には離島の保全などを含む12項目の国が行う基本的施策が定められている。
(2)海洋基本計画の概要
海洋基本計画は海洋に関する施策を総合的かつ計画的に推進するために政府が策定するものであり、海洋基本法第16 条の規定に基づき平成20年3月に策定された。
この計画には、海洋基本法に基づく3つの目標と、第1部に「海洋に関する施策についての基本的な方針」(6項目)、第2部に「海洋に関する施策に関し、政府が総合的かつ計画的に講ずべき施策」(12項目)等が定められ、計画期間をおおむね5ヶ年間としている。
このうち第2部の「離島の保全等」では、離島の保全・管理に関する基本的方針の策定等が定められている。
(3)海洋管理のための離島の保全・管理のあり方に関する基本方針
我が国が管轄する海域において、適切な権利の行使及び義務の履行等を行うためには、離島が重要な地位を占めることから、これら離島の役割を明確化するとともに、関係府省連携の下、離島の保全及び管理を的確に行うため、海洋基本計画に基づき、「海洋管理のための離島の保全・管理のあり方に関する基本方針」が定められ、離島及び周辺海域における監視の強化、低潮線保全を変更させるような行為の規制の推進等が明記された。
このような状況を踏まえ、政府として排他的経済水域等の保全及び利用の促進に関する取組みの一層の推進を図ることを目的として、「低潮線保全法(案)」を第174回国会に提出し、平成22年5月26日、全会一致で可決・成立させた。
3.低潮線保全法の概要
我が国は、国土面積の約11 倍にあたる世界有数の排他的経済水域を設定しているほか、現在大陸棚(約74万㎢)の設定を申請中※である。
この大陸棚を含む排他的経済水域等には、コバルトリッチクラスト、レアメタル、メタンハイドレート、石油・天然ガス等の海底資源エネルギーが多数賦存している。
排他的経済水域等は、貴重な海洋エネルギー・鉱物資源の開発及び水産資源の利用を排他的に行うことが認められている重要な場であり、これらの水域から得られる海洋エネルギー等は我が国の経済活動や国民生活を支えるものであり、これらが安定的に供給されることは、我が国の経済社会の健全な発展及び国民生活の安定向上に大いに寄与するものである。
また、持続的な水産資源の利用や多様な生態系の保全のため、良好な海洋環境を維持していくことも重要である。
さらには、我が国の本土から遠隔地にある排他的経済水域等において、人為的影響が少ない環境で地球環境の調査や生態系の調査を行うことで科学的知見を高め、国際社会に貢献することも期待できる。
このように、排他的経済水域等は、我が国にとって天然資源及び海洋における再生可能エネルギーの開発及び利用、海洋環境の保全、科学的知見の取得等の場としてきわめて重要である。このため、排他的経済水域等の基礎となる低潮線を保全することが非常に重要であるため低潮線保全法が平成22年5月26日に可決・成立、同6月2日公布、6月24日に施行された。
なお、低潮線保全区域の設定と行為規制等に関する規定については、平成23年6月1日に施行されている。
低潮線保全法は、次の3つが基本的な柱となっ
ている。
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(1)基本計画の策定と推進
排他的経済水域等の保全及び利用の促進のために低潮線の保全並びに拠点施設の整備等、計画的な推進を図るため次の事項について基本計画を策定する。
1)低潮線及びその周辺の状況の調査と、低潮線保全区域における行為の規制等
2)特定離島を拠点とする排他的経済水域等の保全及び利用に関する活動の目標等
3)拠点施設の整備等
(2)低潮線保全区域の設定と行為規制
1)低潮線保全区域の設定
排他的経済水域等は、国連海洋法条約において、海に記載されている海岸の低潮線からなる基線を基礎として定められることが規定されており、低潮線が何らかの事由により後退することがあれば、その面積が大幅に減少するおそれがある(図.2、写真.1)。
したがって、排他的経済水域等の安定的な保持のためには、排他的経済水域等の基礎となる低潮線を保全する意義は非常に大きい。
先に述べたように、このような低潮線の周辺の水域で保全を図る必要があるものを政令で低潮線保全区域として定めており、その範囲を緯度・経度で指定している。(図-3、表-1、写真-2)
2)低潮線保全区域における行為規制
低潮線の後退は、排他的経済水域等の大幅な減少となることから、現在の形状を保持する必要がある。
このため、これを損なう恐れがある次のような行為については国土交通大臣の許可が必要となっている。
①海底の掘削又は切土
②土砂の採取
③施設又は工作物の新設又は改築
④その他、低潮線保全区域における海底の形質に影響を及ぼすおそれがある政令で定める行為
(3)特定離島の指定と特定離島港湾施設の整備
1)特定離島の指定
本土から遠隔地に位置する離島で、天然資源など海洋権益保護のための活動拠点として重要であり、なおかつ当該離島及びその周辺に港湾法に規定する港湾区域等が存在しないこと、その他公共施設の整備状況に照らして活動の拠点となる施設の整備を図ることが特に必要な離島を特定離島として政令で指定している。
具体的には、南鳥島、沖ノ鳥島が定められ
ている。
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2)特定離島港湾施設の整備等
特定離島港湾施設は、基本計画に定める国の事務又は事業の用に供する港湾施設であって、国土交通大臣が建設、改良及び管理を行う。
その他、特定離島港湾施設の存する港湾における水域の占用の許可等が定められている。
4.低潮線保全法に基づく新たな事務
平成23年6月1日、低潮線保全区域の設定と
行為規制に関する規定が施行されたことに伴い、九州地方整備局においては、次の4つの新たな事務を行うこととなった。
行為規制に関する規定が施行されたことに伴い、九州地方整備局においては、次の4つの新たな事務を行うこととなった。
(1)低潮線及びその周辺の巡視・調査
九州地方整備局管内(福岡県、長崎県、鹿児島県)にある低潮線保全区域を防災ヘリコプター「はるかぜ」により巡視を行い、制限行為の有無や自然浸食による地形変化等を確認する。
また、衛星画像や空中写真により、低潮線保全区域内における人為的な損壊行為や自然浸食による地形変化の有無について調査している。
巡視・調査の結果、自然浸食の進行等により低潮線保全の大幅な後退が認められるなど、保全措置が必要となった場合には、必要な対策の実施等について検討を行う(写真-3)。
(2)低潮線保全区域内の許認可審査
低潮線保全区域内において低潮線保全法に規定する海底掘削等の行為について許認可審査を実施し、履行状況等について、巡視等により確認を行う。
(3)低潮線保全法違反者の監督処分
低潮線保全区域において、①許可を受けないで海底の掘削、施設の新設等、低潮線保全法第5条1項に規定する制限行為を行った者、②許可を受けても許可条件に示された必要な予防措置を講じない者、③氏名・住所・使用目的を偽る等、許可を不正な手段で受けた者等については監督処分を行う。
監督処分は、違反行為の中止命令、施設等の移動又は撤去、原状回復等を命ずることができる。
(4)看板設置等による低潮線保全区域の周知
我が国にとって排他的経済水域等の保全が重要であることから、低潮線の保全について国民への普及及び啓発、また低潮線保全区域における制限行為の規制等を周知する必要があるため、容易に接近可能な低潮線保全区域近辺に看板を設置する。(平成23年度は長崎県対馬市に4箇所設置)
なお、九州地方整備局においては、低潮線保全区域の普及・啓発のため低潮線の説明や保全の必要性を看板の表示内容に取り入れた(図-4、5、写真-4)。
また、平成23 年度は長崎県五島市において出前講座を行った。
今後、ホームページや地方公共団体、漁業者等の民間事業者等の関係者等、国民へ普及及び啓発に取り組む予定である。
(5)関係機関の連携等
九州地方の領海や排他的経済水域の基点となる低潮線保全区域に関係する行政機関が連携し、各機関が保有する情報や対応状況など総合的な情報共有を行うことを目的として、低潮線保全九州地方ブロック連絡会を平成24年3月に設置した。この連絡会では、九州地方の低潮線保全区域に係る巡視や許可行為等の情報共有、低潮線形状変化時の連携・協力体制等、各関係機関の連携・調整を行う(写真-5)。
構成機関は次のとおり。
1)海上保安庁 第七管区海上保安本部
2)海上保安庁 第十管区海上保安本部
3)国土地理院 九州地方測量部
4)福岡県
5)長崎県
6)鹿児島県
7)国土交通省 九州地方整備局
5.おわりに
外国船籍の排他的経済水域内への不法侵入や領海内での不法操業、日本固有の領土問題等、排他的経済水域をめぐる問題は今日も絶えない。しかし、これまで述べてきたように、排他的経済水域等は、豊富な海洋資源、再生可能エネルギー等、我が国の経済活動を支えるうえで重要な場である。その排他的経済水域等の限界を画する基礎となる低潮線を保全することは非常に重要である。
低潮線保全にかかる政策は始まったばかりであるが、引き続き、各関係機関と連携しつつ、低潮線保全区域の許認可審査、巡視・調査、国民への普及及び啓発に努めていきたい。
※平成24年4月27日、大陸棚限界委員会より大
陸棚の拡大を申請していた約74万.のうち、
その一部を認める勧告が出された。
陸棚の拡大を申請していた約74万.のうち、
その一部を認める勧告が出された。