一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
多様な洪水防御と地域合意形成で進めた川内川激特事業
上江川良治

キーワード:激甚災害対策特別緊急事業、合意形成、多様な洪水防御

1. はじめに

川内川水系(図1)では、平成18年7月豪雨で発生した大水害を契機に、河道掘削、分水路等による洪水時の水位低下を主な事業の目的として、同年より河川激甚災害対策特別緊急事業(以下、激特事業)に着手した。九州では過去最大規模(採択延長62.3㎞:全国歴代2位、全体事業費375億円(鹿児島県22億円、宮崎県3億円を含む))の事業であり、被災者である地域住民との合意形成に積極的に取り組み、環境・景観にも配慮し、平成23年度末の事業完了を目指し事業促進中である。

2. 平成18年7月洪水概況と激特事業の内容
(1) 降雨と水位

平成18年7月18日から梅雨前線の南下に伴い川内川水系では記録的な大雨となった。7月18日~23日の間に、西ノ野雨量観測所1,165㎜をはじめ、4観測所で1,000㎜を超す累加雨量を記録した(図2)。

図3は、年平均雨量と西ノ野総雨量の比較を示している。全国における1年間の平均総雨量約1,700㎜の約70%の量がわずか5日間で記録された。18日~23日までの記録的な降雨の結果、流域内の雨量観測所において25観測所中20観測所で既往最大の総雨量を超えることになった。
また、水位観測所については15観測所中11箇所で既往最高水位を上回り、7観測所において計画高水位を上回った。

(2) 被害状況

記録的な豪雨による河川のはん濫や土砂災害等により、5名が亡くなられたほか、家屋被害・耕地被害・土木施設関係被害等極めて広範囲かつ甚大な被害が発生した。図4は、浸水状況と家屋浸水被害を示しており、鶴田ダムを中心に上・下流域ともに甚大な被害が発生していることが確認できる。特に、宮之城地域(さつま町)は、流域内3市2町において最大の被害を受けた地域であり、浸水写真(写真1)からも甚大な被害状況が確認できる。

(3) 激特事業の内容

被災地の被害形態や土地利用に応じて築堤、河道掘削、輪中堤、宅地嵩上げ、分水路開削等の多様な手法により、外水はん濫による家屋浸水被害を約1,500戸解消する計画として、同年10月に激特事業がスタートした(図5)。

平成18年度には、事業対象全箇所の測量・地質調査を実施、平成19年4月から開始した地域への計画説明は、約1~2年で合意を得て、順次用地買収・工事実施、事業促進を図ってきた。
現在、治水効果発現に必要な築堤、河道掘削、分水路開削が概ね完了し、橋梁架替等の事業を鋭意進めている。当該事業は流域37箇所を同時並行に進める必要があり、まず第一の難関は用地の取得であった。必要取得面積は約68haとぼう大であり、相続人を含めると約1万人が対象となった。
さらに埋蔵文化財の包蔵地が多数あったことから用地取得後は文化財調査に移行し、約13ha、約9万人の作業員の方々が従事した(表1)。

短期集中整備(約5年)という時間制約の中、この間に発注した工事は300件を越え、工事最盛期は5百台超/日のダンプトラックが行き交う現場も抱え、地域の生活・経済環境にも配慮しながらの施工となった。各工事の進捗状況等についても町報等で定期的な広報を行って頂くと共に、施工業者も細かな気配りで地域住民からの大きな苦情もほとんどなかった。現場での施工は、いきいき現場づくりを実践し、工事管理連絡会等も最大限活用して、コンサルタント・CM業者・工事業者による工程管理・品質管理・安全管理等も最大限の努力での施工となった。

3. 激特事業での取り組み及びソフト対策
(1) 環境対策

激特事業37箇所のうち、現有の動植物相の把握や自然環境に配慮した河川改修を行うために、環境への配慮事項等について確認及び助言をする目的で『川内川激特事業環境影響検討委員会』を設立し(写真2)、「環境への配慮事項」「モニタリング計画」等について継続的に助言を受けながら事業を進めてきた。事業完了後も環境保全措置の効果や環境復元状況の評価を検証するため、必要に応じモニタリングの実施を予定している。

(2) 多自然川づくり

おける多自然川づくりアドバイザー制度」を活用し、被災直後に、九州大学・国土技術政策総合研究所・自然共生研究センターからなるアドバイザーに助言(写真3)を頂いて、事業を進めてきた。
特に、大規模に川やまちの空間を改変する「虎居地区(推込分水路含)」「曽木の滝分水路地区」を『重点地区』として位置づけ、歴史、文化、景観等に配慮した。具体的には、各々の地区に「宮之城地域川づくり検討会・住民部会」「曽木の滝分水路景観検討会」を設立し、ワークショップ・模型・景観カルテ等も用い、可能な限り住民意見を取り入れ、施工にも最大限配慮を行った。

(3) ソフト対策(情報治水)

川内川では、激特事業(ハード対策)により再度災害防止を目指しているが、今後の洪水被害を最小限とするためには、防災情報提供、土地利用規制等のソフト対策を併せて実施する必要がある。そのため、自助・共助・公助の観点で「川内川水系水害に強い地域づくり委員会」より提言を頂き、流域関係機関が一体となって、水害に強い地域づくりを目指したアクションプログラムを実施している。積極的なソフト対策(情報治水)とあわせたハード対策(激特事業)実施により、その効果や効用をより住民に理解して頂くことを目指し、事業を鋭意進めている(図6)。

4. 激特事業の川づくりプロセスと合意形成
(1) 課題

公共事業は、事業計画や完成後の効果が如何に住民にわかりやすく伝わるかが事業促進の鍵であり、激特事業のように期間の限られた事業は、地域の理解が事業全体の行方を左右する。そのような中スピード感を意識し、より丁寧でわかりやすい情報をどのような形で提供していくかが重要な要素であった。

(2) 所内意志決定(Gプロジェクト会議)

川内川では、様々な懸案や課題を所内で共有し、主に若手を主体に各課・各出張所が集まって議論するGプロジェクト会議を設置している。情報共有も含めた方針決定会議でもあり、所長も加わりその場で意志決定する。激特事業では、この会議を最大限活用し現場への反映を図ってきた。

(3) 虎居地区(推込分水路)事業

宮之城地区(さつま町)においては、平成19年8月4日に「激特事業説明会」を開催し(写真4)、『外水はん濫による家屋浸水被害の解消』を達成するための事業内容(「①虎居地区築堤、②虎居地区河岸掘削、③推込分水路開削」)について説明を行った。

流域で最大の被害を受けた地域であることから、住民の方々から「水位低下効果に対して疑問の声」や「計画そのものに対しての変更を求める意見」など数多くの意見を頂いた。十分な理解を得ないまま事業を進めると事業がストップしてしまう可能性もあったため、住民の不安や不信感の払拭を目指し、どうしたら効果的に理解が得られるかを考えた結果、視覚により直感的に理解できる説明として『住民参加型の水理模型実験ワークショップ』『住民公開の水理模型実験(写真5)』を開催した。

より「わかりやすさ」を求めた公開による模型実験は、これまで計画に不信を持っていた地域住民から、180度意見が好転し早期の事業促進を唱えられる等大きな成果を上げた。全体計画への理解が得られた段階で、具体的な川づくり(ハード面)を中心に議論する『宮之城地域川づくり検討会・住民部会(写真6)』も計8回開催した。

会議は「激特事業による安全確保」と「新たな街並みの再構築に役立つ河川整備」の両立について、関係者が共通の認識に立てるように、学識経験者をコーディネーターとしたワークショップ形式とし、住民から様々な意見を頂きながら、多様なツール(イメージパース、模型(写真7,8))を使って積極的な議論を行い、その概ねの方向性を川づくり計画図(図7)として集約を図った。

具体的な川づくりについて理解が得られた段階で、具体的な利活用・維持管理(ソフト面)を中心に議論する『川まちづくり懇談会』を開催し、水辺風景の保全・アクセス・維持管理についての議論を行い、住民意見の反映を図った。宮之城地区の事業が完成した直後(写真9)、平成23年6月~7月に3度の大きな洪水(写真10)を経験したが、洪水を安全に流下することが出来た。
洪水後に住民の方から激特事業の効果について高い評価を頂いた。

(4) 曽木の滝分水路事業

曽木の滝分水路建設予定地(伊佐市)には、東洋のナイアガラとも呼ばれる「曽木の滝」が存在し、年間30万人の観光客が訪れる県内有数の観光地であったため、特に景観に配慮し計画を行った。平成18年10月6日に「県北部豪雨災害説明会」を開催し、『外水はん濫による家屋浸水被害の解消』を達成するための事業内容について説明を行い、平成19年度から『曽木の滝分水路景観検討会(写真11)』等を継続的に開催してきた。

会議は「激特事業推進による安全の確保」と「既存の観光資源の再構築に役立つ河川整備」の両立を目指し、事業者、自治体、住民が相互に共通の認識に立てるように、学識経験者をコーディネーターとして現地調査も実施しながら、住民代表から様々な意見を頂き、概ねの方向性を計画図(案)(図8)や模型(写真12)にて集約を図った。

曽木地区の事業が完成した直後(写真13)、平
成23年6月~7月に3度の大きな洪水(写真14)を経験したが、洪水を安全に流下することが出来た。

(5) 輪中堤事業(司野・久住地区等)

激特事業では、5箇所の輪中堤(薩摩川内市3箇所、さつま町2箇所)を計画した。短期間で個別箇所毎に効果を発現できる輪中堤は、川内川水系河川整備計画にも位置づけられており、上下流の治水安全度のバランスや土地利用状況を踏まえた氾濫を許容する改修方式である。また、堤防前面に災害危険区域を設定することから、関係市町とも連携して事業を進めてきた(図9)。

輪中堤方式は県内初の事業であり、住民の方々から「これまでの改修の遅れ」や「防御しない土地(田畑)への配慮」「連続堤の実施」「土地利用規制」などの意見や反発も多く即座に合意に至らなかったが、イメージパース等(図10)を用いながら、分かり易く協議を進め時間をかけて計画に対するご理解を頂いた。

輪中堤の工事実施(写真15)と並行して、「川内川水害に強い地域づくり委員会」提言に基づくアクションプログラムにより、氾濫許容区域の土地利用規制(災害危険区域)についても代表者への説明や現場説明を行った。①輪中堤とセットで実施してこそ効果が発揮されること、②災害発生時においても地域住民の安全を確保するために建築規制(建築基準法第39条)が必要であることについて関係者の理解が得られ、平成23年6~7月に、薩摩川内市・さつま町の4地区にて条例制定に至った。

(6) 宅地嵩上げ(荒瀬地区)

激特事業では、1箇所の宅地嵩上げ(さつま町)を計画した。輪中堤事業と同様に、住民の方々から「これまでの改修の遅れ」や「防御しない土地(田畑)への配慮」「連続堤の実施」「土地利用規制」などの意見や反発も多く即座に合意に至らなかったが、より住民の負担の生じないような用地買収や改修方式について協議を継続してきた結果、平成22年度末に合意が得られたため、平成23年度末の完成を目途に事業を鋭意進めている(写真16, 図11)。

5. 激特事業の評価と今後の課題
(1) 激特事業の評価(全体)

災害発生直後から現在に至るまでの間、現地視察、要望・議会説明、地元説明会等の開催は5百回以上となり、積極的な情報発信・情報公開により住民の不信・不安感の払拭に大きく寄与したと考えている。また、住民との議論を継続することで顔と顔が見えるようになり、河川管理者への評価や治水効果への期待の高まりを実感した。

(2) 治水効果の評価(虎居地区・推込分水路)

激特事業が完成した直後に、平成23年6月~7月に3度の大きな洪水(図12)を経験し、大きな治水効果を発揮する事が出来た。洪水前までは、事業効果について不安視する住民の声があったものの、今回、洪水の効果を体感する事により鶴田ダム再開発や激特事業の効果に対する国交省の説明に更に信頼を深めて頂く機会になったと実感している。

(3) 激特事業の進め方の評価及び今後の課題

激特事業の進め方の評価として、激特事業が円滑に進んだ要因の主なものを列記する。また、現在までの事業進捗において見えてきた今後の課題もいくつか列記する。

a) 事業が円滑に進んだ要因
①積極的な情報公開(情報共有)、②地域・住民との積極的な議論(ワークショップ形式等)、③多様なツールを使っての説明、④設計思想の伝達と設計・施工業者の頑張り、⑤関係機関との連携・協力、⑥中立公平なコーディネーター(学識者)の存在、⑦組織として防災ノウハウの蓄積・発揮、⑧関係職員の責任感と頑張り

b) 今後の課題
①大幅な河道改変を実施しており、技術研鑽や専門力向上を意識してデータ収集・蓄積・継承など更なる河道管理の実践を目指し、洪水を検証して事業効果を発信していく必要がある。②ソフト対策による「水系全体として水害に強い地域づくりの促進」を目指し、関係者が一体となって継続的な連携を深めていく必要がある。

6. おわりに

平成18年7月の洪水は、川内川沿川の地域に甚大な被害をもたらし、物理的・精神的苦痛を多くの住民にもたらした。激特事業の完成で河川事業に対する疑念が完全になくなったとは考えていないが、地域との合意形成を経て事業が完了した後、その効果が確実に発揮されたかどうかを更に検証し情報提供していくことが重要である。平成18年洪水対応として、現在、鶴田ダム再開発事業が本体工事に着工しているが、本激特事業と相まって、その効果が発揮できるものであり、今後も地元と一体となって事業推進を行っていきたいと考えている。これからも更なる流域の安心・安全のために、今回の激特事業で築いた流域の様々な方々との信頼関係を維持することが、最も大切なことだと考えている。

謝辞:
この報告のとりまとめは、これまで激特事業に携わった学識者、地元住民・NPO、行政関係者(国・県・市町)、コンサルタント、施工業者の方々、また、多くの地権者の方々の多大なご協力に基づいて行えたものである。これらの方々に、厚く謝意を表する。

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧