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ダム基礎岩盤における低角度割れ目の調査と安全性の評価

国土交通省 九州地方整備局
 嘉瀬川ダム工事事務所 副所長
辰 本  卓

基礎岩盤内の低角度割れ目は、重力式コンクリートダムの安定性に大きな影響を与える。そのため、調査・設計に当たっては、低角度割れ目の性状、分布(連続性)に関する調査が重要になる。現在建設中の重力式コンクリートダムである嘉瀬川ダムでは、調査・設計段階から掘削面の岩盤調査に至る各過程で、低角度割れ目の調査およびそれ沿いの安定性の検討を行ってきた。本文では、嘉瀬川ダムで実施した低角度割れ目の性状、分布状況等を把握するための調査手順ならびに低角度割れ目と堤体の安定性との関係について報告する。

Key Words: granite, low-dip crack, concrete gravity dams, rock foundation

1 はじめに
重力式コンクリートダムでは、ダムの滑動に対する安定性が確保される岩盤強度が必要であり、そのためには十分な地質調査を行って岩盤のせん断強度を把握しておく必要がある。岩盤のせん断強度に対しては、岩石自体の強度もさることながら、岩盤内に存在する不連続面が大きな影響を与える。特にこの不連続面が水平に近い場合には、力学的安定性上充分な検討が必要となる。
現在、国土交通省九州地方整備局が建設中の嘉瀬川ダムでは、調査の初期段階から特に河床部において低角度の割れ目が分布していることが分かっていたため、それに対する露頭調査やボーリング等の地質調査が行われた。その結果、重力式コンクリートダムにとって懸念される連続した低角度割れ目は分布しないと判断していた。
その後、基礎掘削段階となり河床部の掘削面の観察を始めたところ、調査段階では捉えられていなかった低角度割れ目沿いに劣化した箇所が確認された。この劣化した低角度割れ目は劣化していないものに比べて連続性があり、重力式コンクリートダムにとって力学的安定性上懸念される。
そのため、低角度割れ目の伏在が確認された河床部において、系統的なボーリングによる調査を行い、低角度割れ目の分布や性状を考慮した安定計算を行った。最終的には、これらの調査結果に基づき適切な安全性を確保できる標高まで基礎掘削を実施した。
今回の報告では、これらの低角度割れ目に対する調査・検討の過程を示し、そこで得られた成果をまとめる。

2 嘉瀬川ダムの概要
嘉瀬川ダムは、一級河川嘉瀬川の河口より上流約30kmの佐賀県佐賀市富士町に位置し、洪水調節・流水の正常な機能の維持・灌漑用水及び都市用水の供給と発電を目的とする堤高約97m、堤頂長約460mの重力式コンクリートダムであり、平成23年度完成を目指している。その受益地は佐賀市をはじめ3市に及ぶ。また、水源地域の佐賀市富士町は、過疎化・高齢化が進む一方で、福岡都市圏と有明海を結ぶ交通路に位置しており、恵まれた自然や温泉資源に加わる新たな地域活性化資源としての期待も大きい。
本体工事は、基礎掘削を平成17年9月に開始し、平成19年10月に初打設式を行い、24時間体制でコンクリート打設中である(写真-1)。平成20年4月1日時点において、全体打設量923千m3に対し234千m3を施工している。

写真-1 嘉瀬川ダムの現況(H20.4.1時点)

嘉瀬川ダムサイト周辺の岩盤は花崗岩類によって構成されている。ダムサイトの花崗岩類は広く熱水変質の影響を受けており、変質脈はスメクタイトを主とするものとローモンタイトを主とするものに分類される。特に左岸側中腹部はF-5,F-10の二つの断層に挟まれた範囲にスメクタイトを主とする変質脈が密集し、幅50~70mに及ぶ断層変質帯を形成している。一方、河床部から右岸側にかけてはスメクタイトを主とする変質脈は少なく、ローモンタイトを主とする変質脈の密集部が普遍的に分布し、一部岩盤状況が劣化している(図-1)。また、本報告に示す低角度割れ目は特に河床部付近において顕著に分布している。

図-1 変質帯(脈)の分布状況

3 嘉瀬川ダムにおける低角度割れ目の性状
3. 1 調査・設計段階のまとめ
調査・設計時の露頭調査(写真-2)、ボーリング調査(ルジオンテスト,グラウチング等を含む)、横坑調査の結果を整理すると以下のとおりである。
① 低角度割れ目はローモンタイトを主とする高角度の変質脈によって連続性が途切れるかせん滅しており、連続性が乏しい。
② 割れ目の酸化程度やルジオン値,ボアホールスキャナによる開口量などを指標に検討した結果、低角度割れ目は浅部において連続性が良く、開口している。
③ 低角割れ目が密集して連続性があると判断されるもの(最大13m程度)は、露頭においてのみ確認されており、侵食や弛みの影響を受けたためと考えられ、基礎岩盤中における低角度割れ目の延長は6m未満と推定される。

写真-2 現地踏査時の低角度割れ目

その結果、基礎岩盤において低角度割れ目は特別な対処の必要はないと判断される。表-1には上述した調査結果を種目毎に示す。

表-1 調査結果一覧

3. 2 基礎掘削段階のまとめ
上述の調査結果を踏まえて最深河床部の基礎掘削線をEL.209~207mに設定したが、その掘削面の特にEL.209mからEL.207mに降りる傾斜部(J15沿い)において、連続性があり割れ目沿いの劣化が著しい低角度割れ目の存在が確認された(写真-3)。

写真-3 掘削面(傾斜部)に分布する低角度割れ目

掘削面の具体的な状況は以下のとおりである。
① 調査・設計段階で想定した”最大でも6m以下”より連続性のある低角度割れ目が確認される。
② 低角度割れ目沿いには劣化部が挟在している、あるいは開口しているものが確認される。
③ ただし、掘削面のより低標高側では良好な岩盤が出現し始めている。
そのため次章に示す追加調査を行った。

4 追加調査の概要
4. 1 追加調査の内容(特にボーリングの配置)
追加調査は掘削面における詳細な確認のほか、掘削面が水平となる河床部のBL.13~BL.20の範囲において図-2に示す全孔ボアホールスキャナ観測を含むボーリング調査を実施した。

図-2 調査ボーリング位置図

調査孔は対象が広範囲であるため、まず規定孔(2段階)を設定し、その結果を受けて追加孔(2段階)を実施するというように中央内挿法的に順次施工した。各孔の配置等は次のとおりである。
掘削面の具体的な状況は以下のとおりである。
・規定孔⇒堤体コンクリートのブロック(15m間隔)を考慮して各ブロックの中央を通る測線(J ○+7.5、15m間隔)を決め、上下流方向にもダム軸と平行に下流側へ向けて15m間隔の測線を設定し、2方向の測線の交点を原則として規定孔を配置した。このうち30m間隔を第1段階として実施し、その結果を踏まえて第2段階をそれらの間に配置した。
・追加孔⇒規定孔の深部(概ね5mよりも深い範囲)において劣化が確認された場合は、その規定孔の上下流側(距離は後述する安定計算を考慮)に追加孔を配置した。また、以上の追加調査の結果において、調査孔の配置が比較的粗である地点(低角度割れ目の伏在が否定できない範囲)が存在したため、その箇所にも追加孔を施工した。

4. 2 低角度割れ目の判定基準
(1) 低角度割れ目の性状区分
この追加調査の過程において、掘削面(J15沿い傾斜部),ボーリングコア,ボアホールスキャナ画像における性状の整合性確認を行い、低角度割れ目の性状を表-2のように区分した。

表-2 低角度割れ目性状区分基準

(2) 掘削除去すべき低角度割れ目の基準
また、表-2に示した各性状における掘削面における連続性や頻度を精査し、掘削除去の対象とすべきか否かの対応方針を表-3のとおりに設定した。

表-3 対応方針

(3) 表-2,3を設定する過程で把握した内容
1)低角度割れ目の連続性について
・性状1や2の割れ目は比較的連続性がある
(最長10m以上)。
・延長を追跡すると性状1の割れ目は岩片挟在部(性状2)へ、さらに密着割れ目(性状3)に変化する。
・1つの割れ目全延長における性状1および2の長さとその割合は表-4のとおりである(写真-4参照)。
・その結果、性状1と性状2の低角度割れ目全体に対する割合は平均すると85.6%となり、ボーリングによって劣化部と岩片挟在部に着目すれば、性状1,2の連続性の良い低角度割れ目は概ね把握できる。

表-4 全延長における性状1,2の長さとその割合

写真-4 J15沿い(掘削面傾斜部)の調査範囲の状況(部分)

2) 低角度割れ目の頻度について
・これまでに示したとおり詳しい調査を行っているJ15の掘削面傾斜部では、性状1や2として判定される低角度割れ目の分布密度や連続性から捉えると節理群としては連続していると判断されるため、重力式コンクリートダムの基礎岩盤としてはこの範囲は掘削除去すべき状態であると判断した。
・そこで当該箇所において水平方向に1m間隔で、深度方向に存在する性状1,2の割れ目の本数を調査・整理した(表-5)。
・その結果、性状1および2の割れ目は平均すると深度1mあたり2.2本存在することが分かった。

表-5 深度方向に存在する性状1,2の割れ目の本数

3) 1)や2)に示した低角度割れ目の連続性について
・連続性のある、あるいは節理群としての性状1や2の割れ目も、ローモンタイトを主とする高角度の変質脈に遭遇すると、ほぼ切断されており連続しない。(写真―5)。

写真-5 低角度割れ目の分断状況

5 追加調査結果
5. 1 調査結果の整理
調査結果を整理すると以下のとおりである。
① 堤体敷の範囲内では上流側ほど低角度割れ目の頻度が高く、割れ目の劣化も著しい(図-3)。
② 全体的に割れ目の劣化は浅部で著しく頻度も高い(図-3)。
③ 傾向を整理すると、EL.206~205m以浅に劣化部を伴い連続性のある低角度割れ目が分布している(図-3中の緑色で示した標高)。
④ 深部にも劣化部を伴う低角度割れ目は分布しているが、その延長は最大でも10mである(掘削面における調査結果、ならびに深部において劣化部を確認した4孔の追跡調査の結果より、図-2参照)。

図-3 低角度割れ目の分布断面図の例

5. 2 安定性の確認について
これらの調査結果を表-3の方針に当てはめ、さらに必要に応じて堤体の安定計算を実施した結果、以下に示す対応を決定した。
① 劣化部を伴う、あるいは連続性を有すると判断される低角度割れ目はEL.206~205m以浅に分布しており、分布頻度からも掘削の対象となるため、それまでを掘削除去する。
② 深部において劣化部を確認した4孔(箇所)については、分布と性状を設定したモデルによる安定計算の結果、何れも掘削除去を行う必要性がないことを確認した。
③ さらにボーリング孔間隔が長く、その間に低角度割れ目の存在が未確認の箇所について、伏在していると仮定した安定計算を行ったが、何れのブロックも安定性を確保していることを確認した。

6 まとめ
嘉瀬川ダムでは調査時点では確認出来なかった連続性の良い風化した低角度割れ目が基礎掘削時に観察された。そこで、掘削面傾斜部の詳細観察を行うと共に系統的なボーリング調査(4.1参照)を実施した。その結果は次のとおりである。

1) 低角度割れ目は、2~3cm以上の幅を有し劣化部を挟在する:性状1、開口幅1cm程度で風化の程度が弱い、または2~3cmの幅で割れ目が密集あるいは岩片を挟在している:性状2、密着している:性状3、に区分できる。
2) 性状1や、性状1と2による節理群は10m以上の連続性があり、掘削除去の対象となる。
3) また、J15沿いの掘削面傾斜部の性状から、性状1,2の割れ目が2本/mの場合、掘削の対象となる。
4) 調査ボーリングの結果、2),3)の性状を示す低角度割れ目はEL.206~205m以浅に分布していることが分かった。
5) 最終的には4)に示す深度まで掘削除去を行うと共に、深部の劣化部や未調査箇所に低角度割れ目が伏在していると仮定した計算においても、安定性を確保していることを確認した。
嘉瀬川ダムにおける低角度割れ目の調査・検討事例は今後同様な地質条件の後発ダムにおける調査・検討方針を設定する際に役立つことを期待したい。

謝辞:本稿をまとめるに際し、調査資料の整理に関して独立行政法人土木研究所にご協力いただいた。ここに記して感謝の意を表します。

The low-dip cracks in rock foundations have large effect on the stability of concrete gravity dams.
Therefore, in the designing stage of concrete gravity dams, it is very important to investigate the properties and distribution of the low-dip cracks in their rock foundations. The foundation for the Kasegawa Dam, which is concrete gravity dam and is now under construction, is composed of granite and has low-dip cracks. At the dam, systematic investigation on the properties and distribution of the low-dip cracks in its rock foundation has been made through the stages of survey, design and execution. This paper introduces the investigation on the low-dip cracks in the rock foundation and stability analysis of the dam body along the low-dip cracks.

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