自然環境を連動させた立野ダム観光振興の取り組み
~阿蘇ジオツーリズムと立野ダムインフラツーリズムのコラボ~
~阿蘇ジオツーリズムと立野ダムインフラツーリズムのコラボ~
国土交通省 九州地方整備局
立野ダム工事事務所 工務課長
立野ダム工事事務所 工務課長
田 脇 康 信
キーワード:立野ダム、南阿蘇村、インフラツアー、地域振興、2016年熊本地震
1.はじめに
立野ダムは、熊本県中央部に位置する白川沿川の洪水被害を防ぐことを目的としている。白川は阿蘇カルデラの南の谷を流下し、同じく阿蘇カルデラの北の谷を流れる黒川と阿蘇カルデラの唯一の切れ目である立野峡谷(立野ダム建設予定地)で合流した後、熊本平野を貫流して有明海に注ぐ一級河川である。立野峡谷は多くの観光客が訪れる熊本県南阿蘇村の西端に位置し、阿蘇への入口となっている(図- 1)。また周辺には国の天然記念物である北向谷原始林や2016 年熊本地震を引き起こした布田川断層、噴出年代が異なる溶岩、溶岩が冷却してできた柱状節理等多くの豊富な自然環境・観光資源が存在している。
先例のインフラツアーはダム見学などインフラを中心としたものであるが、立野ダムにおいては周辺の豊富な自然環境を活かして、ダムとその周囲の自然環境を連動させたこれまでにない新たな形のインフラツアーの開発が可能である。インフラツアーの開発とそのPR の仕方の工夫により、ダムに関心がない観光客の誘致を可能にし、より多くの人にダムについての理解を深めてもらうとともに南阿蘇村における地域振興につながることが期待される。
本稿では、ダム本体工事の本格化に合わせ、今年度着手した立野ダムと周辺の豊富な自然環境を連動させたインフラツアー開発について紹介する
2.現状と課題
(1)立野ダムと周辺の自然環境
立野ダムは2022 年度の完成を目指し2018 年度に本体工事に着工した(図- 2)。
ダムの特徴として、洪水時のみに貯留する日本最大級の穴あきダムであり、常時水を貯めないことがあげられる。ダム建設予定地周辺には、先述のとおり豊富な自然環境はあるが、ダム建設工事以前はアクセスが容易ではなく、観光地阿蘇への入り口に位置するものの、十分に活用されていなかった。また、立野峡谷は阿蘇ユネスコジオパークにおけるジオサイトでもあり、カルデラ湖の消失の原因となった断層が存在し、阿蘇開拓の神「健磐龍命 」の蹴破り伝説と関連づけられている場所である。さらに将来的にはダム管理用通路等を利用してダムの見学に加えてこれらの自然環境を間近で観察することができる貴重な場所となる(図- 3)。また、ダム本体工事は完成までの期間限定であり、今しか体験できない価値の高いインフラツアーを提供することができる。
(2)南阿蘇村
立野地区がある南阿蘇村は、阿蘇ユネスコジオパーク内となり、白川水源などの湧水群や火山由来の温泉地などの多数のジオサイトがあり、重要な観光資源となっているとともに、阿蘇地域は熊本県有数の観光地である。熊本県内の地域別の宿泊客数を比較しても熊本市に次いで第2 位であることがわかる(図- 4)。
しかし、2016 年熊本地震では主要な交通手段である南阿蘇鉄道の一時全線運休や南阿蘇村に通じる阿蘇大橋の崩落などの交通網の麻痺や村外への避難者も多く、南阿蘇村の主要産業の1 つである観光業にも大きな影響を与えた。熊本県の過去10 年間の地域別の宿泊客数を比較すると、地震前と地震後では阿蘇地域において前年度比約68%と過去10 年間で最大の減少であり、他地域に比べて大きく減少していることがわかる(図- 4)。
地震から2 年以上経過し、震災復興へ大きく動いてはいるが、一度離れてしまった観光客を取り戻せてはいない。このように南阿蘇村の復興のためには、南阿蘇村内に新たな観光資源の開発を行うとともに、受け入れ態勢の構築、観光客の誘致が必要である。
3.課題への対応
地元観光関係者から成る『「阿蘇・立野峡谷」ツーリズム推進協議会』(以下、協議会)の設立、産官学連携による「南阿蘇観光未来プロジェクト」(以下、プロジェクト)の発足、阿蘇ジオパーク推進協議会との連携を実施した。図- 5 に示すように、立野ダムと周囲の自然環境を活用した新たな資源開発を担う協議会と南阿蘇村全体の観光資源を活用するプロジェクトで連携してインフラツアーを開発し、同時に阿蘇ジオパーク推進協議会と連携してジオサイトを活用したり、防災学習として2016 年熊本地震からの復興の様子を活用してツアーに組み込むなどして、これまでにない新しい形のインフラツアーを開発する。
(1)「阿蘇・立野峡谷」ツーリズム推進協議会の設立
立野ダム工事事務所、南阿蘇村役場及び南阿蘇村内の観光関係者と一丸となり中長期的な視点で取り組むために、『「阿蘇・立野峡谷」ツーリズム推進協議会』を2018 年4 月25 日に設立した。日々変化する立野ダムの工事現場だからこそ体験できる、訪れた人のためのインフラツアーを開発するために、「いまだけ・ここだけ・あなただけ」をテーマに観光商品の具体化やインフラツアーの商品化を目的としている。
具体の検討を進めるために、協議会の内部組織として企画部会を設置した。協議会、企画部会の委員を表- 1 に、2018 年10 月時点での活動内容を以下に示す。
a)マイダムカードフォトフレームの設置及びダムカード配布
立野ダムと南阿蘇鉄道の立野橋梁、北向谷原始林を一望できる「立野ダム展望所」に写真撮影用のフレームであるマイダムカードフォトフレーム(以下、PF)を設置し、併せてダムカードの配布を開始した(図- 6)。PF は、建設中の立野ダムや立野橋梁、北向谷原始林を背景に撮影し、自分だけのダムカードを作成できる。なお、ダムカードは地域住民から親しまれている立野ダム展望所付近の「ニコニコ屋」にて店主の協力のもと配布をしている。
PF の利用状況として、ゴールデンウィーク期やお盆に調査を実施し、晴天日には100 人/ 日が利用していることがわかった。また、ダムカードの配布数については7 ヶ月間(11 月末時点)で約3,500 枚と好調で全国各地からの来訪されている。
b)立野ダムカレーの検討・開発
2009 年ごろから全国的に増え始め注目度も高い、ダムをモチーフにした「ダムカレー」を立野ダムにおいても開発した。村内の飲食店に提案し、第一弾として立野ダムに最も近い2 店舗にて、2018 年7 月に販売が開始された。南阿蘇村内の野菜を使用して柱状節理や北向谷原始林を表現するなど、地産地消のダムカレーとなっている。
(2)南阿蘇観光未来プロジェクトの発足
群馬県八ッ場ダムにおいて「ダム工事現場を活用」したインフラツアーを開発し、当初年間約5千人だったダム見学者を10 倍の約5 万人に増加させた実績を持つ東京都文京区の「跡見学園女子大学観光コミュニティ学部篠原ゼミ」と、開発したインフラツアーの商品販売を担う株式会社ジャルパックとの産官学連携による「南阿蘇観光未来プロジェクト」を発足した。南阿蘇村役場、立野ダム工事事務所が素材提供を、跡見学園女子大学が商品監修・提案を、株式会社ジャルパックが商品販売を行い、商品の具体の運営やサービス提供についてはDMO が担う(図- 8)。
中長期的な視点で検討を進める協議会に対して、プロジェクトでは一過性のイベントで終わることがないように留意しつつ、立野ダム以外の南阿蘇村の観光資源を併せて活用し、2019 年4 月以降のインフラツアーの商品販売開始を目標に検討を進め、綿密な現地調査や地元の観光関係者との意見交換を実施しながら2018 年11 月にはモニターツアーを販売・実施した。
現地調査を踏まえて、跡見学園女子大学篠原ゼミの学生が下記2 つのツアーコンセプトを考案した。一つ目は「本物の阿蘇大自然紀行」で、日本有数の火山である阿蘇山の生い立ち想像を絶する大自然の物語を体感できるツアー。二つ目は「はじける青春 阿蘇物語」で、阿蘇の大自然を活用したアクティビティを楽しめるツアーである。これらのツアーに組み込む観光資源として、「阿蘇山噴火の歴史、そこから形成された文化や歴史を体験、理解する(ジオツーリズム)」、「新たな観光資源「立野ダム」のインフラ体験(インフラツーリズム)」、「熊本地震防災・復興ツーリズム・復興支援」など考案した。
インフラツーリズムでは立野ダム工事事務所長から、ジオツーリズムでは阿蘇ジオパークガイド協会長から、防災・復興ツーリズムでは熊本地震の被災者からそれぞれについて学ぶ機会を設けた。また、復興支援として、南阿蘇鉄道でのレストラントレインや地獄温泉でのウォーキングツアーなどこれまでにない観光素材を開発した。特に立野ダムに関して、その役割を理解するためには、阿蘇カルデラなどのジオに関する知識も必要となるため、立野ダムとジオをつなげて説明するシナリオを新たに作成した。
なお、当初からよそ者の目線でツアーを開発するという視点が珍しく、検討段階から多くの報道で取り上げられた。2018 年9 月に開催された世界最大級の旅の祭典である「ツーリズムEXPOジャパン2018」でも今回のプロジェクトを発表し、ツアーそのものだけでなく、南阿蘇村をより広く発信できた。
(3)阿蘇ジオパーク推進協議会との連携
2016 年熊本地震を引き起こした布田川断層を確認できる旧村道に阿蘇ジオパーク推進協議会と連携して説明看板を設置した。2018 年6 月に阿蘇ジオパーク推進協議会を交えて看板(図- 15)の除幕式を実施した。立野峡谷の成り立ちや被災状況を知ることが出来る場所として防災学習やツアーに組み込むこととしている。
4.おわりに
今後、更なる新しい観光資源を掘り起こすとともに、プロジェクトで開発したツアーの改善及び継続的に実施できる体制を構築する必要がある。インフラツアーの受け入れでは、本格化するダム工事現場における安全性の確保や日々変化する状況への柔軟な対応等の課題もある。また、ダム完成後にもつながるように観光客の受け入れ側である地元の盛り上がりと体制構築、ジオやインフラについて説明するためのシナリオをよりわかりやすくすることやガイドの養成を行う必要がある。
今回、インフラツアーを検討する中で、立野ダム周辺以外の南阿蘇村の豊富な観光資源の存在を再認識することができたこと、及び地元観光関係者の方々と新たな関係を構築できたことなどの収穫を得た。熊本地震により大きく落ち込んだ南阿蘇村の観光振興に資するとともにダム完成後も地元に根付いた観光資源につなげ、地域から「立野ダムが出来てよかった!」と言っていただけることを目指していく。
謝辞:インフラツアー開発にあたって、ご協力いただいている協議会関係者の皆様やプロジェクトメンバーの皆様に深謝する。
参考文献:
1)平成28 年熊本県観光統計表