一般国道3号鹿児島バイパス武岡トンネルの工事報告
—土被りの浅いシラス地山の変形挙動について―
—土被りの浅いシラス地山の変形挙動について―
建設省鹿児島国道工事事務所長
瀬戸口 忠 臣
大成・丸福建設共同企業体
武岡トンネル作業所長
武岡トンネル作業所長
永 倉 彰 夫
応用地質株式会社九州支社
吉 田 信 一
1 まえがき
鹿児島3号バイパスの武岡トンネルは,延長1,506m,幅員12.5mのトンネルである。起点側坑口から225mについては,土被りが17~0.5mと非常に浅く,その上には人家が並んでいる。地質は,南九州特有のシラス(軽石流堆積物)及び沖積層からなっている(図ー1,図ー2参照)。このためトンネル掘削時の安全性及び地表沈下に関し,問題の発生しやすい箇所である。
本区間の掘削工法は,地表面沈下を最小限に抑えることを目的として,中壁式NATMをシラス地山で初めて採用した。トンネル断面形状は,図ー3に示すとおりである。
2 地質状況
本施行区間の地質状況は,大半がN値30~50の一次シラスであるが,測点104~107の区間には,N値1~15の二次シラス,沖積層が局部的に分布する(図ー2参照)。地下水位は,施行基面より僅かに低位であったが,前述の測点104~107の区間では,施工基面より高い位置にあった。シラスは,自然状態では,急峻な崖を形成するが,流水により浸食され易く,含水比が大きくなると崩壊する。
一次シラス地山区間については,特別な補助工法を施さなかった。しかし,地下水位が高く,軟質な地盤である二次シラス,沖積層地山区間(測点104~107)については,薬液注入による地盤改良を掘削に先立って実施した。
3 施工方法決定の経緯
本区間は,土被りが浅く,地表面沈下が許されないことから,①3段ベンチNATM,②中壁式2段ベンチNATM,⑧中壁式3段ベンチNATMの3つの工法の比較を行ない,下記の理由により,中壁式3段ベンチNATMを採用した。
(1) FEM解析によれば,中壁の支保効果が期待され,他の工法に比べて地表沈下が小さいことが予測される。
(2) 中壁式NATMは,トンネル断面を小分割するため,加背が小さくなる。その結果,切羽の安定性が高まるとともに,地山の変形を抑制する。
(3) 加背が小さい程,変状が発生した場合,速やかな対応が可能である。
4 施工
加背割は,中壁により左右に分け,それぞれ上段,中段,下段の3段に分割した。加背の高さは,作業性を考えて,上段3m,中段3m,下段3.6mとし,ベンチ長については,断面の早期閉合のため,各ベンチ長は極力短くした。上段掘削を中段に設置した小旋回式のバックフォー(0.25m3)で行なうことから,その作業能力と縫地ボルトを含む各支保作業の最短スペースから,3mとした。中段ベンチ長は,バックフォー自身が多少移動できるスペースを確保する意味から,7mとした。これで右側は10m(約1週間)で閉合した。右下段と左上段は15m離した(当初日進長と吹付コンクリートの材令強度を考慮し,5m程度としていたが,途中より夜間工事中止となり,左右同時掘削としたため,効率を考え長くした)。
各加背の掘削順序は,右上段→右中段→右下段→左上段→左中段→左下段とした。作業順序は,掘削→支保工建込み→金網取付→縫地ボルト(上段のみ)→吹付コンクリート→ロックボルト打込み,となり左右6段で何らかの作業を行ない得るようにした。例えば,上段をロックボルト打込み,中段を吹付コンクリート,下段を掘削,支保工建込みというパターンであり,これらを順次移動させて行った。掘削状況を図ー4に示す。
1)掘削
掘削機械の配置は,左右中段にそれぞれ小旋回のバックフォーを,下段には左右共用のミニバックフォーとタイヤショベルとした。バケットの作業能力からアーチ部とコーナーは人力掘削とした。
湧水は,NATM区間1/2にあり,全体で50ℓ/分程度であった。下半の湧水は,ポンプ排水と吹付コンクリートの施行で対処し,施工上問題はなかった。しかし,中段の湧水は,底盤が泥状になり,機械が身動き出来ない状態となる。この場合,中段底盤にコンクリートを吹付け,さらに鉄板を敷いて対処した。
2)鋼製支保工
部材は,アーチ・側壁・中壁には150Hを,インバートには100Hを使用した。この11ピースのH型支保工を,それぞれ違う作業工程の中で順次建込み,一つのリングに仕上げて完成する。最初の右上段の支保工組立てから,最後の左下半インバー卜材組立て完了まで約1ヶ月を要する。
この工法で困難な事は,地質,計測等の状況から,上げ越し,広げ越しを容易に変更出来ないことである。
3)吹付コンクリート
吹付機を中壁の15m後方にセットし,配管は左右両側に行い,右上段までの圧送距離は80mであった。付着,余吹,はね返り等は,岩盤トンネルと比較しても差はなかった。
4)ロックボルト工
ロックボルトは,縫地ボルトを含めて,全面接着型のモルタルタイプを使用した。穿孔は人力で行い,2mの縫地ボルトはハンドオーガー,3mのFRPはレッグオーガー,4mのロックボルトはダブルオーガーを使用した。オーガーによる穿孔時の振動は夜間作業中止の大きな原因となった。
5)中壁撤去
着工当初は,中壁撤去時の挙動を予測できなかったので,可能な限り撤去せず,最短でも20基は立てておいた。計測データーの解析の結果,全断面閉合(6断面掘削完了)した時点で,中壁の支保としての役目が終了していることが判明した。また,試験的に6m撤去して変形挙動を観測した結果,変形は特に認められなかった。
よって,以降の中壁撤去は,側面吹付コンクリートの材令強度のみを考慮し,最適な作業工程に合わせて撤去した。撤去作業は,掘削作業と並行して出来ないので,他作業を1日中止して行った。
6)二次覆工
当初変形の収束時期が予測出来なかったので,変形を抑える目的も兼ねて,中壁撤去後できるだけ早い時期に二次覆工を行った。中壁撤去による変形挙動がほとんどないことが判明した後は,中壁撤去の工程に左右されることなく二次覆工を行った。
なお,一次覆工と二次覆工の間には,クラック防止と防水の意味から,アイソレーションを施工した。また,坑口と土被り7m以下の区間は,鉄筋で補強した。
7)インバート
インバートコンクリートのあるNATMでは,一般に,掘削→インバート覆工→アーチ覆工の順に施工する。本トンネルは,一次覆工でインバートも施工し完全併合しているので,二次覆工は,アーチ,側壁の巻立を先行させ,インバートコンクリートは全ての作業が完了してから施工した。
8)地盤改良
沖積層については,地下水位も高いことから,切羽の自立が難しいと判断し,薬液注入による地盤改良を行った。事前に同位置において,試験注入を実施し,改良範囲,注入率,薬液を決定した。改良前にはN値1~3と軟弱で,切羽の自立は不可能であり,地表の陥没の危惧をいだいたが,試験注入の結果,改良成果は良好であった。沖積層で土被り0.5mの水路下も無事掘削作業を終了した。なお,薬夜は水ガラス系懸濁型(エヌタイトSG-1)と水ガラス系溶液型(クリーンロック2号)を使用し,1:2の割合で複合注入した。
改良範囲を図ー5に示す。
5 地中変位測定
中壁式NATMで施工した区間では,坑内から実施する「計測A」・「計測B」に加え,地表から地中変位観測孔を設置し,切羽到達前から地中変位を観測した。坑内,坑外から実施した計測位置を図ー6に示し,計器の配置断面図を図ー7に示す。
地表から設置した変位計の測定結果によると,地表沈下量が最も大きい箇所は,沖積層・ニ次シラスが最も厚く堆積しているD測線であった。
今回最も地表沈下が懸念された,団地・市道部の地表沈下量は,1cm程度で収束し,地上構造物への影響は,ほとんどみられなかった。図ー8に最終地表沈下量の分布を示す。
ここでは,団地部(A測線),幹線市道部(B測線)での計測結果を中心に述べるものとする。
A測線,B測線において,トンネル直上部に設置した観測孔での地表沈下量と,天端上方2m地点での沈下量を選び,切羽距離との経日変化を図ー9に示す。この図より,A測線,B測線とも,地山内の変位(伸長方向の変位)は,左上段,左中段切羽通過後に最も増大していることが判明した。しかし,全体の変位量は,2cm以下に抑えることが出来た。これは,切羽掘削後迅速に吹付コンクリートを打設し,インバートストラットを一区間掘削毎に施工する等,一次併合が迅速に行われた結果が反映されたものと考えられる。
中壁撤去時において,顕著な変位増加がみられなかったことは,断面閉合後には中壁に大きな荷重が作用していないことによるものと考えられる。
次に切羽距離と,地表沈下の関係について述べる。
切羽距離と地表沈下量の関係の一例として,A測線トンネル直上部での測定結果を,図ー10に示す。
一般にトンネル周辺の地山変形は,切羽手前1D(Dはトンネル直径)より始まり,切羽通過後2Dで収速するものといわれている。武岡トンネルにおいては,切羽を6分割にしており,各切羽位置が近接しているため,各切羽毎の先行変位,収速変位量を定量的に表わすことは,困難である。しかし,各切羽とも通過時の変位状況は,概ね次の様である。
◦切羽到達前に生じる先行変位は,切羽手前2~3mで始まる。
◦切羽通過後2~3mで変位は,収束にむかうものと判断される。
先行変位が,切羽到達直前まで発生しないのはシラス地山特有な現象とも考えられるが,各切羽断面積を小さくしたことも,その要因のひとつと考えられる。
また,切羽通過後,変位が早期に収束にむかったのは,各切羽の断面積が小さいことの他に,掘削後速やかに吹付けコンクリートを打設したことと早期に断面閉合を行ったことによるものと考えられる。
次に,トンネル周辺地山の変位分布状況について述べる。
今回使用した変位計は,A測線及びB測線の一部では,1mごとに高精度で線上結合観測が可能な,スライディングミクロメーターを採用した。スライディングミクロメーターでの測定結果を図ー11に示す。A測線で測定した3ケ所の観測孔について,深度0,5,10,15mの変位量を図ー12に示す。これによると,トンネル天端付近の変形が,そのまま地表部までおよんでいる傾向を示す「ともさがり」現象を呈している。この「ともさがり」現象は,一般に土被りの浅い砂地山でみられる現象で,シラス地山も砂地山的変形挙動を示すものと考えられる。
6 地山の変形解析
住宅地の入口であるA測線で,左側上段切羽掘削の影響で地山変形が急増した。このため,トンネルの安全性評価と,地表沈下予測の必要が生じた。
6-1 安定性評価
解析は,左中段切羽通過後の測定データーを基に逆解析を行い,地山物性値を再評価するとともに,順解析でトンネル周辺地山の最大せん断ひずみ分布を求め,現状の掘削に対する安全性を検討した。
また,土被りが7m程度となるB測線では,右下段切羽通過時の測定データーを基に逆解析を行った。結果を図ー13に示す。
この解析の結果,シラス地山で中壁式NATMを採用した武岡トンネルにおける,地山変形挙動の特長は次のとおりである。
(1) トンネル周辺の最大せん断ひずみは,A測線にあっては,左側壁下半部に最大0.48%と予測され,B測線では,中壁踏前部に最大0.68%と予測された。これは,シラスの限界ひずみ(0.5~0.7%)に近い値であり,なお一層慎重な施工を行った。
(2) トンネル直上部に弾性変形を越えた,緩み領域がみられた。A測線左中段切羽通過後の逆解析では.トンネル直上部に緩み領域を設定しなければ,計算値と実測値が一致しないことが判明した。しかし,右下段切羽通過後での逆解析(B測線)では,弾性変形内の変位で,計算値と実測値は一致していた。
(3) 中壁に生じるひずみは,右側掘削閉合後,左側掘削が進行する際,減少する事が判明した。右下段切羽通過後での解析結果によれば,中壁の天端,踏前付近にひずみが集中していることが判明した。その後,左側掘削が進んだ左中段切羽通過後の解析によれば,中壁のひずみは,極めて小さく,トンネル壁面の吹付コンクリート部に大きなひずみが発生している結果を得た。
これらから,武岡トンネルでの地山変形挙動は次の様なメカニズムをもつものと考えられる。
(1) 右側掘削中は,中壁の支保効果が発揮され,トンネル周辺地山の変形は,弾性変形内で収まっている。
(2) 左側の掘削が進行するにつれ,中壁に作用していた応力が,トンネル壁面の吹付コンクリートに再配分される。
(3) 応力がトンネル壁面に再配分され,中壁の効果が減少するに伴って,トンネル直上部に緩み領域が発生し,地山の変形が急増する。
(4) 左側の掘削が終了し,断面が一次閉合されると,トンネル壁面の吹付コンクリートが効果を発揮し,地山の変形は速やかに収束する。
6-2 地表沈下予測
逆解析より求めた等価弾性係数,中壁の支保効果を考慮して,中壁撤去時の変位予測を行った。この計算によれば,中壁撤去により地山に大きな変形が生じないことが予測された。事実,現場計測においても地山の変形は認められなかった。これらの数値を掘削段階毎に図示したものを図ー14に示す。
7 あとがき
武岡トンネルは,中壁式NATMを土被りの浅いシラス地山に初めて適用したものであった。実施にあたっては,現場計測を密かに行い,常にデーターをチェックし,慎重にかつ丁寧に施行した。
これにより,住宅部,市道部の地表以下を極力抑えることが出来たものと考える。
また,計測データーを基に逆解析を行い,土被りの浅いシラス地山での変形挙動及び中壁の効果を,ある程度把握することが出来たものと考える。
参考文献
桜井春輔:トンネル工事における変位計測結果の評価法,土木学会論文報告集317号,1977年