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地方における公共事業評価のあり方について

国土交通省 九地方整備局
 地方事業評価管理官
大 竹  亮

はじめに
公共事業の評価制度が発足して4年目になり,省庁再編等を機に制度の一層の充実が図られている。事業評価には,新規採択時評価,再評価,事後評価(試行中)があるが,本稿では,国土交通省所管の再評価制度を中心に,そのあり方を論じる。
事業評価の中心は費用対効果の分析であるが,現在の手法では,費用便益分析を定量化・金銭換算して示す必要があるため,事業効果の算定範囲が一部にとどまっており,地域活性化への波及効果などは十分に考慮されていない。しかも,全国一律の算定方法であるため,地域性が考慮されず,人口の多い大都市部ほど効果が高くなる傾向にある。そこで,地方における公共事業の評価にあたって,その地域ニーズに応じた事業効果を的確に評価できる方法を確立することが望まれる。
ここでは,九州地方整備局での再評価の実績,事業評価監視委員会での議論等を踏まえつつ,検討すべき課題を整理する。

1 事業評価の意義と経緯
公共事業は,言うまでもなく,地域の発展や市民生活の基盤として大きく役立ってきたが,近年の財政事情や少子高齢化の進展などを考えると,将来に向けての投資余力は限られており,公共事業を「効率的に実施」することが強く求められている。また,社会経済が急速に変化する中で,公共事業の「透明性を確保」し,広く各方面から多種のご意見をいただくことは,つねに社会の期待に応える事業をめざす上で必要不可欠である。
このため,国の公共事業では,1998(平成10)年度から,公共事業の効率性,その実施過程の透明性の一層の向上を図るため,新規採択時評価と再評価を実施している。また,1999(平成11)年度から,事後評価についても試行的に実施している。
ちなみに,「新規採択時評価」は,新規事業の着手前にその事業の効果を予測し,採否の判断材料とするものである。「再評価」は,着手後,長期間を要している事業(5年経過して未着工,10年経過して継続中など)について,継続することが妥当かどうかを判断し,必要に応じて見直すほか,効果が認められない場合には中止するものである。「事後評価」は,事業完了後(おおむね5年)に,事業の効果,環境への影響等を確認し,必要に応じて改善措置を検討するものである。
このうち,地方整備局の直轄事業の再評価については,地方整備局が事業ごとに対応方針の原案を作成し,外部の有識者から構成される事業評価監視委員会の審議を経て,案を国土交通本省に提出し,本省が最終的に決定・公表する手続きとなっている。九州地方整備局(旧九州地方建設局,旧第四港湾建設局)管内の直轄事業では,2000(平成12)年度までに,計131事業(河川63,道路45,港湾22,公園1)を実施しており,うち6事業が中止となっている。(表ー1参照)

2 事業評価制度の変更点
先般の省庁再編と政策評価制度の発足を機に,2001(平成13)年7月から,事業評価制度の一層の充実が図られた。再評価についての主な変更点は次のとおりである。
〇評価の視点として,事業の必要性のほか,「事業の進捗見込み」を追加(進捗の見込めない事業は,中止か見直し)。
〇対応方針から「休止」を除外し,「継続」「中止」の2区分に明確化(あいまいな休止をなくし,中止に伴う事後措置も明記)。
〇事業評価監視委員会では,評価対象となる「全事業」について審議(従来のような抽出審議は行わない)。
〇事業評価監視委員会の審議の「透明性」を確保(審議の公開,議事録の公表等)。
〇本省に,学識経験者等により評価手法を検討する「公共事業システム研究会」を設置。
(以上,詳しくは表ー2を参照)

これを受けて,九州においても,本年度から,九州地方建設局事業評価監視委員会と第四港湾建設局港湾・海岸関係評価検討委員会とが一本化され,新たに「九州地方整備局事業評価監視委員会」が12名の委員(委員長:樗木武九州大学大学院教授)により発足した。また,審議の透明性については,従来からの議事要旨の即日公表に加え,マスコミを通じての公開を進めることとし,「報道関係者に対して審議を公開」し,傍聴取材,委員会資料提供を行っている。なお,今年度は12月までに5回の委員会を開催して,17事業(河川1,道路11,港湾4,公園1)の再評価を審議しており,いずれも事業継続となっている(一部事業には付帯事項が付されている)。

3 事業評価手法の課顆
事業再評価を行う視点は,国土交通省所管公共事業の再評価実施要領第5の規定に基づき,(1)事業の必要性(①事業を巡る社会経済情勢等の変化,②事業の投資効果,③事業の進捗状況),(2)事業の進捗の見込み,(3)コスト縮減や代替案立案等の可能性,となっている。このうち,評価の中心となる「事業の投資効果」では,「費用対効果分析」を行うこととしている。
この費用対効果分析については,事業の効果を定量的指標や定性的指標から総合的に分析しているが,定量的指標の中でも,特に費用便益分析(B/C)を主たる指標にしている。この 費用便益分析は,事業の効果(便益)を定量的に数値化し,金銭換算することによって,事業に要する費用(事業費と維持管理費)の何倍にあたるかを算出するものである。これによって,客観的な効果測定ができ,その算定方法は事業ごとの分析マニュアルによって客観的に規定されている。例えば道路事業の場合には,「走行時間短縮の効果」,「走行費用減少の効果」,「交通事故減少の効果」の3点が採り上げられており,これによって事業の投資効果が定量的に測定される。
一方,事業の効果(便益)は,当然ながら,定量化,金銭換算される事項に限らない。例えば,同じく道路事業においては,上記3点の効果以外に,防災安全性の確保,沿道環境の改善,産業の振興,地域の活性化,生活利便性の向上,救急医療等の支援,沿道景観の形成,バリアフリーの推進など,社会的に重要な効果が数多く存在する。これらは,定量化,金銭換算が困難である(測定方法がない,手法が確立していない)などの理由によって,この算定に含まれていない。しかしながら,これら定最化・金銭換算されていない効果も,公共の福祉の向上を図る公共事業の役割として非常に重要なのである。
(注:もちろん,これらの費用対便益分析に含める事業効果の範囲については,事業種別ごとに異なっている。例えば,防災効果については,河川事業では算定に含めており,道路事業では含めていない。これは,事業目的の違いなどによるものである)
以下に,今年度の再評価実施結果から,その主な事例を紹介する。

(1)一般国道10号野津改良事業
この事業は,大分県野津町における国道10号線の2.1㎞区間において,岩石崩落の危険がある防災区間の解消を図るとともに,歩道整備や交通監路区間の解消を行うものであり,現道拡幅(0.9㎞)とバイパス(1.2㎞)を組み合わせて実施している。
事業の主たる目的は防災機能の向上である。高さ20mもの急崖に浮石状となった岩塊もみられるなど危険な区間であり,過去に台風により2度の法面崩壊に見舞われ,落石防護網等を設置しているものの開口亀裂が進行している箇所もあることから,バイパス化によって抜本的対策を施すものである。
しかしながら,現時点では,道路事業に関して,防災による便益の価値化算出手法が確立していないため,本事業の費用便益分析にはそれを反映させることができず,先に述べた3点のみから算定し,B/C=1.2という値にとどまっている。なお,道路事業における防災対策による便益の価値化算出手法については,現在,検討が進められているところである。

(2)西九州自動車道唐津伊万里道路
この事業は,九州北西部地域の活性化,高速定時性の確保等を目的とする高規格の自動車専用道路であり,西九州自動車道(福岡市~武雄市)の一環として,佐賀県唐津市から伊万里市までの18.1㎞区間を整備している。
伊万里市は伊万里北松地方生活圏の中心都市であり,周辺町村と合わせて多自然居住地域における地方中小都市圏を構成している。旧国土庁地方振典局の調査(1994年)によれば,県庁所在都市等から1時間以上離れた独立性の高い地方中小都市圏は,圏域内で全ての機能を自足できないことから,産業振興や人口定住のためには,他に引けをとらない特色ある地域づくりと同時に,高速交通へのアクセス確保が必要であると指摘されている。すなわち,日常的な生活機能は伊万里都市圏内で確保しつつ,高次都市機能については地方中枢都市である福岡都市圏にある程度依存したり,隣接する唐津都市圏と分担すること,その一方で,地域独自の個性を伸ばし,福岡都市圏等を消費人口とした産業や観光振興を図ること,すなわち重層的な地域間連携が必要であり,高速交通ネットワークはその基盤となるものである。
具体的には,西九州自動車道の供用によって,福岡市~伊万里市の所要時間は,従来の国道202号利用の約120分から約50分となり,約70分短縮されると見込まれる。そのうち,約20分の短縮が,唐津伊万里道路の効果である。これによって,伊万里都市圏や唐津都市圏においては,①県境を越えた後背圏を持つ伊万里港,唐津港の貨物輸送を効率化すること,②呼子のイカ,伊万里の梨等の迅速で安定した搬送によって地域ブランドの確立に寄与すること,③海洋や歴史,陶磁器文化を活かした観光リゾート資源に人を呼ぶこと,④並行する国道202号の防災対策箇所を迂回する安全な交通網(リダンダンシー)を確保すること,⑤伊万里・唐津両都市圏での二次救急医療の分担を促し,福岡市への三次救急医療施設への搬送時間を大幅に短縮すること,⑥この地域に多数展開している工業団地への企業誘致にプラスになること,など地域活性化に多くの効果を期待できる。
しかしながら,先の事例と同様に,本事業の費用便益分析における事業効果(便益)は,「走行時間短縮の効果」,「走行費用減少の効果」,「交通事故減少の効果」の3点の直接効果のみから算定されており,B/C=2.3という結果となっている。多自然居住地域における「地域産業の振興」,「救急医療への支援」,「活力ある地域づくり」などの波及効果は,この数値に反映されていない。

(3)国営吉野ケ里歴史公園事業
この事業は,わが国固有の優れた文化的資産である吉野ヶ里遺跡(佐賀県神埼郡)の保存・活用を図るため,政府の閣議決定を受けて設置する国営公園であり,周囲の県営公園と合わせて,約117haのエリアを一体的に整備している(2001年4月に第一期開園)。吉野ケ里遺跡は,弥生時代の遺跡として国の特別史跡に指定された全国3箇所の一つであり,その知名度,文化的価値ともに極めて高いことは周知の通りである。
この事業の効果は,第一に非利用価値であり,これは遺贈価値と存在価値(具体的には,遺跡の適切な保存や弥生時代の復元空間の確保と今後の発掘場所の確保)からなり,国民共有のかけがえのない文化資産としての価値を表している。第二は,直接利用価値(公園利用による歴史文化の休験等)であり,こちらは実際の利用者が受ける使益を示しており,一般の公園事業と同じ考え方である。現時点では,データの制約から非利用価値のみを仮想市場法(CVM:全国から抽出した世帯へのアンケート調査で,この価値に対する支払い意思額を推計)によって算定したが,その結果,費用便益分祈(B/C)は,2.1となった。
(注:本来は,これに直接利用価値を加算することになる)
しかしながら,本事業の主眼は,この上なく貴重な遣跡の文化的価値を保存・提示することにあり,ひいては北部九州地域の歴史的重要性の表象でもある。こうした効果は,以上のような費用便益分析のみで十分に判断できる性格のものではなく,正当に評価する方法が課題として指摘されよう。

4 今後の検討課題
以上で紹介したような効果は,地域特性によって異なるもの,概して大都市圏よりも地方圏で便益の高いものが多い。特に九州は,ご承知のように気候や地形条件から災害が多発する地域であり,防災対策は非常に重要である。また,山間部や半島部等に広大な過疎地域からなる中小都市圏を抱えており,これら多自然居住地域の活性化や救急医療への支援が求められる。さらに,大陸に近い立地条件から,歴史的に重要な文化財・遣構等も多く,これらは国民共有の財産であるとともに,地域づくりの有効な資源でもある。
ところが,現行の費用便益分析の算定方法では,こうした効果が含まれないケースが多いため,他の条件が同一であれば,道路交通量や公園利用者数が多くなればなるほど,費用便益分析の結果が大きくなり,大都市圏の事業ほど有利な結果となる傾向にあると考えられる。したがって,今後,九州において公共事業の効果を適切に評価する際に,主として大都市圏を念頭に置いた全国一律の現行指標に加えて,上述のような効果を定量的指標に積極的に取り入れることが望まれる。
九州地方整備局事業評価監視委員会においては,再評価の審議にあたり,今までにたびたび以上のような観点からの指摘がなされている。そうした効果は,次のようにまとめることができよう。
(1)ナショナルミニマムの確保:防災性,救急医療等の適正な生活水準の保障
(2)地域活性化への支援:産業振興,観光開発,人口回復等の地域の自立促進
(3)かけがえのない価値の保存:国土保全,文化財等の国民的資産の保護
このような指摘事項を受けて,国土交通本省の担当部局に報告・提案するとともに,九州における事業評価にあたっては,これら効果をB/Cの計算自体に含めることはできないまでも,極力,効果を定量的に算定して明示することを試みているところである。
(注:このうち,救急医療については,藤本昭「地方部における道路整備の便益計測について~救急医療改善の面から~」九州技報29号(2001.7)に詳しい。)
ちなみに,本省に設けられた公共事業評価システム研究会では,今後の検討点として,次のような課題が挙げられている。
●外部経済・不経済の計測について
●事業遅延による社会的損失額の計測及び事業評価への導入について
●将来の不確実性,リスクに対応できる評価手法について
●再評価における既投資額や中止に伴う追加コストの取扱いについて
●類似の事業種別間における評価手法,効果の計測手法等の整合性の確保について
●評価の結果得られた知見の活用について

九州における議論・検討の成果を踏まえ,事業評価の手法がより向上し,全国の各地域における事業の効果を一層適切に評価できるようになることを願うものである。

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