一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
大規模自然植生の復元

大分県大分土木事務所
 スポーツ公園建設部 部長
河 野 元 勝

Ⅰ はじめに
大分県では21世紀の“新しい豊の国づくり“の主要施策として,「健やかで活力を高める県民総スポーツの振興」を基本理念とした総合スポーツプラザ構想を推進している。この構想を実現化するためのプロジェクトとして,平成6年度より大分県独自の「スポーツ文化の創造」をめざした「スポーツ公園」(都市公園/広域公園/面積255ha/愛称;大分スポパーク21)を整備している。
建設地は,大分市の中心部から南東方向に直線距離約6kmの大分市松岡・横尾地区の標高40m~130mの丘陵地である。
公園の西側には大分自動車道大分米良ICが立地して,交通の便に適した場所である。

Ⅱ 事業計画
この公園は国際的なスポーツイベントや国内レベル,県民レベルの各種スポーツの場として,さらにレクリエーション,自然観察などのフィールドとして利用できるよう施設整備計画を配している。公園は広大でその整備には多額の事業費を要するため,2002年ワールドカップサッカー開催までを1期計画,2008年国民体育大会開催までを2期計画,それ以降を3期計画としたステージプランで事業計画を立てている。
このうち,1期計画では用地の取得,造成工事等の基盤整備,主要施設としてメインスタジアム(第1種公認陸上競技場.収容人員43,000人)などを中心に総事業費580億円で整備を進めている。特に,2002年ワールドカップサッカーの会場となるメインスタジアムは簡易開閉式の屋根を有しており,雨天時でも定時性を確保でき,快適なもとに利用できる多目的スタジアムとして,スポーツばかりでなく文化イベントや産業イベントなど幅広く活用できるものにしている。

Ⅲ 空間形成
公園整備にあたって特に配慮したことは,建設地がクヌギ,コナラなどの広葉樹林が大半を占めており,古来より農耕生活と密接に関わりを持ってきた雑木林であるため,空間形成のデザインを里山が持つ文化的特性に求めたことである。
一般的に空間形成のデザインは数十年,数百年と長く続くデザインが求められている。スポーツ公園では里山を21世紀に残すことにより,普遍的な景観を創出することにしている。
総面積255haのうち60haは,里山林に覆われた既存の県営高尾山自然公園である。これに新たに195haを加えて平成7年2月にスポーツ公園(広域公園)に都市計画の変更をした。
原状は表-1に示すような植生の分布割合となっている。特に谷部を中心に動植物の生息密度が高いため,拡張部195haのうち60haは動植物のすみかとして,あらかじめ保全エリアに指定して開発から除外した。

この丘陵地には環境庁のレッドデータープックで絶滅危惧Ⅱ類に指定されているオオイタサンショウウオ(両生類)も生息しているため,造成工事等開発による影響に配慮して,保護観察池を16カ所設置して産卵の手助けをしている。これまでの観察結果では,毎年冬には人工的に設置した池にも沢山産卵をしてその効果が出ている。
このような空間形成の考え方より,造成地における植生計画については,この丘陵地に存在する樹種を活用した里山の復元をベースにした考え方で進めている。

Ⅳ 里山の復元
造成地のうち平面部20ha,法面部20haの合計40haを里山樹林へ復元する手法で植生計画を進めている。
樹林復元の手法は,現在の樹林資源を利用することを原則とする。残存保全樹林は,原状のまま保全するのに対して復元は樹林資源をストックして活用する方法であり,樹林の移転でありすなわち「樹林の引越し」作戦である。この作戦には二つの方法がある。樹木を移転する方法と実生の方法(芽苗工法)である。原則として従来の購入木による植栽方法は極力採用しない。
「樹木の移転」は造成改変地の余剰地の平面部を中心に樹木の移転を行う工法である。この樹木移転は,樹木を原形のまま移植(成木移植)する方法と伐開した樹木の切株(根株)移植がある。
これまでの樹木移植は造園木を使用する山引き延長においての移転の意味合いのものが多く,樹形や形状を意識する樹木という個々に価値を有しているが,スポーツ公園の樹木移転は,個々の樹木から,群生する樹林に価値観を求めている。この考え方は生態系を根底にしており個々の樹木は従にしているためである。樹木周辺の土壌の環境を,ひいては土壌に生息する生物をも含めている。言い換えれば「樹木の移転」ではなく「樹林の移転」である。
「芽苗工法」は樹林復元の目標設定でいう造成法面の全域を樹林地に再生復元する工法である。この工法の理念は「樹林の移転」と同じ視点としており,樹林資源をストックして活用する方法である。これまでの法面の苗木植栽に類する工法である。作業効率,施工の経済性,樹林の復元力,法面の安定を考慮し,実生からの特典を最大に活用する「芽苗工法」を採用している。
それぞれの樹林復元工法の詳述は以下のとおりである。

(1)樹林の引越し
樹林の引越しは,大きく成木移植と根株移植の二つに分けられる。移植の工程上は移植先にダイレクトに移植する方法(本植移植)と一旦仮植場にストックしてからタイミングを図って移植先に移植する方法(仮植移植)の二つに分けられる。
仮植移植は,本植移植に対して余分な移植であり,経費的にはなるべく少なくしたい移植方法である。
樹林の引越し計画は資源の供給量と移植先のバランス(必要量)を計るのが第一条件である。当計画地の資源供給率は樹林形成が薪炭林をベースとする落葉広葉林を主体とするために,資源供給率は十分確保できている。樹林の引越しに該当する面積は概ね20haであり,使用移植数量は大小合わせて約10,000本である。
スポーツ公園の樹林の引越し計画の特徴と留意点は下記に示すとおりである。
① 移植の効率と活着率を考慮し重機移植工法を原則とする。
② 直接移植を多く採用し経費削減を図る。
③ 至近距離で小運搬できるように,一次造成計画と施設整備計画との工程を密に図る。
④ 移植植栽基盤を簡素化し,移植効率および活着率を向上させる工夫をする。
⑤ 生態系や樹林構成を第一義に考慮する。
⑥ 移植木の根鉢に付随する表土,落葉,低木,野草,土壌動物,微生物,菌類などは同時に移植する。
⑦ 移植木は,樹木の形態,形状,樹種等での選定は極力避ける。
⑧ 植生の林床環境や草刈りを考えたマルチング材に工夫する。
⑨ 景観的に目障りにならないように,支柱の形態・機能に工夫する。

(2)芽苗工法
芽苗工法は,造成法面(切土法面,盛土法面)の樹林復元工法である。将来の樹林形態の完成形では「樹林の引越し」に引けを取らない工法である。現地や周辺地区の実生を利用することは新たな工法といえる。また,既成の土壌改良を省略し,植生を復元することも新しい試みである。この工法の考え方は,客土や施肥などの人為的な手段によらず,自然の治癒力に依存していることにある。
これは,人為的な改良による従来の早期緑化という概念を根底から変えたことにある。育苗の考え方は,林業や農業,果樹栽培では必要と認めるとしても自然をテーマに掲げる当地区では不必要と判断したためである。
しかし,現行の緑化マニュアル等では土壌改良が一般化しているし,植栽時の定説になっている。また,植栽の技術性はともかく,もう一つの課題は経済性の問題である。旧来の法面の樹林化は,樹林化の場合,土壌改良にかかる割合が大半をしめるために決して安価とはいいがたい。1m2当りの単価が5,000~8,000円である。本格的に土壌基盤を設置するものは20,000円を超す場合がある。小面積ならある程度の調整が可能かもしれないが大規模な法面復元の場合は,経済性が大きな問題になる。スポーツ公園の場合は造成法面全域の樹林化であり,おおむね20haの大規模な面積となるため,安価な工法は必要条件となる。芽苗工法は1m2当り3,000円を標準単価としている。
この工法の特性を次に示す。
① 芽苗工法はマルチングと苗木のセットによって構成される。
② マルチングは法面全面に敷設されて始めて機能を成す。
③ マルチングは三つの機能を併用する。エロージョン,乾燥,雑草の各防止機能。
④ 自然の実生の摂理を最大限に借用する自然の治癒力の活用。
⑤ その結果として,樹木の成長率は法面の地力に委ねる。成長率は肥培管理の1/2程度(初期の3年間)。それ以降は,肥培管理と大差がない。
⑥ マルチングは暫定的に落葉層(A0層)の機能を果たす。マルチング材は天然素材の黄麻マットを使用する。マルチ機能はおおむね3年とし,その後劣化し土壌化する。
⑦ その結果として,マルチングは従来の土壌改良の機能を果たす。マルチされた法面は土中生物が生息しやすく,法面の土壌化が進捗しやすい。
⑧ 苗木は肥培管理の非自然的な材料を使用しない。材料は質素に堅実に育てた自然の実生苗を使用する。
⑨ 初期の成長,自然の摂理を考慮して先駆性の樹種を適宜混植する。

Ⅴ モニタリング
樹林復元の状況や生息環境を把握し,適切な管理方法に資するため,モニタリングを行う。
モニタリングの実施は大きく分けて二つに分類される。一つは樹木の生育状況を把握するため,樹木移植や実生苗の成長過程を測定して既存森林と比較する調査。もう一つは林床部の指標動物である土壌動物やダニ類の生息状況を調査して動植物の生息環境が既存の森へ近づく度合いを把握する調査。
モニタリング調査については,樹木の成長過程を平成11年度から,指標動物調査を平成12年度から実施している。
ここでは実生苗の生育状況調査について一部ご紹介する。
(1)実生苗植栽のモニタリング調査
(目的)
・里山林を構成する主要樹木を調べて,実生苗の樹種と植栽率の適否を診断する。
・森林化していく過程で生じる問題点を診断して適切な管理方法を検討する。
(方法)
・実生苗を植栽した法面の中から図-2に示す調査地点9カ所を観察地に選び,各箇所毎に表-2に示す実生苗50本を抽出してマーキングし,定期的に樹高を測定して成育状態を追跡する。
・調査対象の樹種は里山林を構成している優占となるような樹木の苗木を選んだ。
・実生苗の成長と森林化していく過程を量的に把握すると共に記録写真を撮影する。

(2)実生苗木の生育状況
幅2.8m×延長33mの帯状測定区を設置し測定区内に生育している苗木255個体の樹高を測定した。1年後の1999年5月27日,再び苗木の樹高を測定して,樹種毎に生存率・枯死率・平均伸長を求め,その結果を表-3に記載した。
測定地面積は2.8m×33m=92.4m2,ここに移植した19種255個体のうち1年間で46個体が枯死した枯死率は18%,生存率は82%,生育している209個体の平均伸長は12.3cmであった。他の法面植裁地に比べると枯死率が高く,平均伸長は低い。
これはシラカシ,ウバメガシの植栽数が多かったことも一因であるが,浸出水が多い土地構造も関係しているようである。植栽した19種の苗木の生存率・枯死率・平均伸長を比較すると(個体数が少ない樹種は割合),最も成育状態が良いのはアキグミであって,生存率は100%・平均伸長51.9cmであった。続いて2位・コナラ(93%・15.3cm),3位・ネズミモチ(100%・14.1cm),4位・クヌギ(100%・12.6cm),5位・ヤマザクラ(100%・12.7cm),6位・ネムノキ(78%・12.1cm)であった。枯死率が目立って高いのはシラカシで,移植した39個体のうち20本が枯死しており,枯死率は51.3%であった。そのほかではウバメガシ(50%),アカメガシワ(29%),ネムノキ(22%),アカマツ(19%)の枯死率が高い。乾燥した急崖地に生育するウバメガシや崩壊地に先駆的に生育するアカメガシワ,ネムノキ,アカマツの枯死率が高いのは予想外であって,今後の追跡調査の結果を待ちたい。

(3)実生苗木の活着状況
今回モニタリング調査地に選んだNo.1調査地における実生苗木の成育状態は表-4芽苗活着状況調査表に示すとおりである。
これは,各調査地毎におよそ100m2の測定区を設けて,調査区内の植え付け本数・活着本数・枯死本数を1999年6月17日に調査した。
実生苗木の移植年月が異なっており,No.1,No.2調査地は移植後2年~3年を経過しており活着率は85%である。
No.3~No.9調査地は移植後4ヶ月~1年を経過している。ここでは活着率92%~97%であって,枯死した苗木は非常に少ない。苗木の枯死率は季節や移植後の天候の影響もあるが,烏による引き抜きの被害も無視できない。
調査地全域の平均活着率は92.7%で良好である。なお,公園内に残存している里山林の調査による樹木の生育密度は1.05本/m2であった。苗木を移植してから3年経過すると,植被率(苗木の枝葉が地上を覆う割合)は100%に近くなり,それ以後は自然間引きが始まって個体数は次第に減少すると考えられる。数十年を経て現存する里山林と同じ組織・構造になるまでに移植した苗木の2/3は自然間引きされることになる。

(4)調査地における苗木の伸長状況
No.1・No.2・No.3調査地の移植苗木については,98年5月にマーキングして追跡調査をすすめてきた。
・移植した当時の苗木の高さは平均10cm~15cmであったが,1年経過すると平均樹高は30cm~35cmになる。
・苗木の伸長度は樹種によって大きな差異が認められた。伸長の大きい樹種はネムノキ,アキグミ,ヤマハゼ,オオシマザクラ,ヤマザクラ,イロハモミジ,アカメガシワなど先駆的植物といわれている落葉広葉樹であって,1年間の平均伸長は60cm~120cmであった。これらの樹種は3年目には平均樹高150cm~250cmに達し,大きいものは樹高が3mを超えるものもある。
・常緑広葉樹は全般的に伸長は低く,1年間の平均伸長は10cm~20cmであった,ただし,ヤマモモは1年間に50cm~80cmの伸長を見た。観察個体数が少ないので一般化できないが,菌根をもつ樹木であるので注目している。
・移植後3年間の苗木の伸長状況をみると,1年間平均伸長は約20cm,2年目の年間平均伸長は約40cmであった。苗木の平均樹高は前年度の2倍~4倍の樹高になっており,伸長状況は良好である。
・陰樹と言われている常緑広葉樹であっても,極相林の林内では暗すぎるために成長は抑制され,ギャップを生じると急成長することが明らかにされている。現況をみると苗木の成長の差が大きいために,先駆的な落葉樹が林冠群を覆って,林床の常緑広葉樹の成長を抑制する可能性が高い。今後常緑広葉樹の苗木の葉面照度と伸長度の関係を調べ,伸長の速い落葉広葉樹については一部枝打ちなどの対策を考える必要がある。

Ⅵ まとめ
スポーツ公園の里山の復元は,着手して5年が経過したばかりであり,むしろこれからが本格的に植生環境の変遷をモニタリングしながら,より的確な管理の手法を見いだしていく必要がある。
既存の森と同じように復元するには,これから15年~20年の長い時間が必要になる。そのとき,水・風・土の循環がはじまり,里山文化が継承されるよう期待している。

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧