北部九州における水資源の現状と課題
建設省 九州地方建設局河川部
建設専門官
建設専門官
森 川 幹 夫
1 はじめに
水資源に関するさまざまな施策は,長期的かつ総合的な観点から計画的に推進する必要がある。
ダムや河口堰などの水資源開発施設は,原則として10年に1回程度発生する渇水の年(渇水基準年)の流況を前提に計画されているが,近年少雨などにより流況を下回るような年には,計画上の供給能力を発揮できなくなっている。
一方,河川水には各種用水としての機能はもとより,豊かな生態系を育む機能や,景観等の良好な水辺空間を通じ人間に安らぎを与える機能等,多面的機能があり,健全な水環境を保全するためには,水資源開発や水利用に伴う水環境への負荷軽減を行う必要がある。
北部九州の代表河川である筑後川では,平成12年度に「筑後川水系における水資源開発基本計画(フルプラン)」の全面改定が予定されている他,今後,河川整備基本方針の作成にあたり正常流量を決定していく必要がある等,多くの課題に直面している。
このような中,今一度,北部九州の水資源の現状を概括し,今後の水資源の方向性について考えてみたい。
2 九州の水事情
九州は,東京圏から約1000kmの距離を隔てる一方,アジア大陸との距離は相対的に近く,古くから外来文化や技術の受け入れ口として開け,近代に入ってからも大陸への窓口として重要な役割を果たしてきた。最近の九州の人口の増加を見てみると,地方中核都市等県庁所在地と,その伸びが顕著である。特に,福岡都市圏の人口増加率が目立っている。
九州各県別の昭和元年以降の人口の変動(図-1)を見ると,福岡県の人口増加が顕著である。この要因は,福岡県の人口の約半数を占める福岡都市圏の増加によるものと考えられ,この福岡都市圏(約210万人)の生活用水等に対応する水源の確保が課題となっている。
現状の水源(図-2)を見てみると北九州(福岡,佐賀,長崎,大分)は,河川水が都市用水の大半の水源であることに対し,南九州(熊本,宮崎,鹿児島)は,河川水と地下水がほぼ同量程度の依存度となっている。
一方,地域別の降水量と水資源賦存量との関係(図-3)を見ると,人口一人当たりの水資源賦存量は,北九州が南九州の約1/4程度であり,河川水に依存している北部九州にとっては厳しい状況にある。
また,近年の少雨傾向の状況下においては,北部九州地域の渇水傾向は,強まるばかりである。特に,福岡都市圏では,19時間断水を強いられた昭和53年渇水をはじめ,平成6年の大渇水等全国的にも被害の大きい渇水を経験している。
3 福岡都市圏の水事情
福岡都市圏は「大都市周辺地域振興整備措置要綱」に基づき,昭和52年に圏域の制定がなされ,現在8市13町1村で構成されている。福岡都市圏の人口は,福岡県全体の約43%を占め,内訳は福岡市6割,周辺地域4割となっている。福岡都市圏は,気候は日本海型気候に属し,年中比較的温暖であるが,降水量は年間約1,800mmであり,人口一人当たりに換算すると平水年では966m3/年・人で,全国平均の1/3程度にすぎない(図-4)。
そこで,福岡県等は福岡都市圏内での水資源開発を進めるために,都市圏内の河川に多くのダム等を建設してきたが,都市圏内での水資源開発では十分ではないことから,都市圏外の筑後川からの域外導水に頼らざるを得ない状況にある。
福岡都市圏の水源内訳(図-5)を見てみると,約1/3程度を筑後川からの導水に依存している状況にある。
このように福岡都市圏は,筑後川からの分水なしでは成立しない水供給構造となっていることから,頻発する渇水や増加する水需要に対し,①節水型水利用に関する要網の制定(福岡市),②節水機器の普及,③雑用水道の普及(福岡市役所),④雨水利用(福岡ドーム,アクロス福岡)等の実施により,限りある水資源の有効活用や節水施策の推進など「節水型都市づくり」を進めている。
さらに,不安定な取水の解消や筑後川からの分水なしでは成立しない水供給構造の課題に対応するため,①下水処理水の再利用,②海水淡水化,③既設ダム・ため池の有効活用等の自助努力がなされている。
4 筑後川流域の水事情
筑後川は,その源を熊本県阿蘇郡南小国町に発し,高峻な山岳地帯を流下して日田市にいたり,そこで右支川玖珠川をあわせて,山間盆地を通り,その後,狭隘な夜明渓谷を過ぎ,肥沃な筑後・佐賀平野を貫流して有明海に注いでいる。
流域は熊本・大分・福岡および佐賀の四県にまたがる流域面積2,860Km2,幹川流路延長143km,流域内人口は約110万人である。
気候は西九州内陸型の気候を示し,降雨量は梅雨期に多く,地域的には特に,松原・下筌ダム流域など本川上流域の山間部に集中している。
筑後川の年降水量は,1,000mmから2,500mmと変動幅が大きく,特に昭和51年以降多雨と少雨のばらつきが大きい(図-6)。
筑後川の年流出量は,平均36億立方メートルであるが,昭和53年,平成6年に代表されるような異常な渇水では流出量は大きく下回っている。
河川の利用(図-7)については,古くからの農業用水の他,工業用水,水道用水ならびに発電用水とさまざまに利用されている。現状では,農水が全利水の約9割(発電を除く)と主体をなし,残り1割を上・工水で分けている。
筑後川のダム事業(図-8)は,昭和28年の未曾有の大洪水を契機に計画された松原ダム,下筌ダムに始まった。一方,昭和30年代後半からの急激な経済進展により,水需給への対応が深刻な問題点として認識され,この難局を官民一体として取り組むため,「北部九州水資源開発協議会」が昭和38年に発足した。本協議会は,国の出先機関として九州農政局,九州通産局および九州地方建設局,地域の代表として佐賀,福岡,熊本および大分の四県ならびに民間の代表として九州・山口経済連合会により構成されており,筑後川および関連河川における水資源開発を進めるにあたっての指針となる「北部九州水資源開発構想(マスタープラン)」を策定してきた。
このマスタープランをもとに「筑後川水系における水資源開発基本計画(フルプラン)」が策定され,このフルプランに基づき,これまで筑後川水系における水資源開発は進められており,昭和50年に江川ダム,昭和53年に寺内ダム,昭和55年に山神ダム,昭和60年に筑後大堰,平成10年に筑後川下流用水事業が管理に入り,現在では,大山ダム,佐賀導水,竜門ダムが建設中,小石原川ダム,猪牟田ダム,城原川ダムが実施計画調査中である(表-1)。
このように筑後川の高度な水利用が進む中,適正な水管理や水利用を考えた場合,特に以下の点が課題となっている。
これまで,筑後川の水資源開発の基本は,流域内の治水対策や水利用等を優先して実施するという「流域優先主義」が踏襲されてきた。今後もこの立場は尊重していかなければならない。筑後川の水は,各種の利水への利用とともに,漁業ならびに筑後川河口付近におけるノリ養殖にも多大な恩恵を与えている。
流域内には,洪水被害に象徴される悪水を受け持っているのは流域であり,利水の良水はもっていかれるのは不合理という流域外導水に対する根強い不満の声もある。また,発電によるバイパスに対する河川流量の増加要望,有明海の環境保全対策の要望等の河川環境の改善についての声も大きい。
これまでダム等の水資源開発施設を建設するに当たっては,渇水時にも「川らしさ」を確保するための流量(以下,「不特定用水」という。)の確保に努力してきたが,1年間を通じて見た場合,松原・下筌ダム再開発事業で確保した冬場(10月から翌年3月まで)の2,500万立方メートルが主であり,夏場の不特定用水の確保は不十分な状況にある(図-9)。
水資源開発や水利用に伴う水環境への負荷軽減を行い,適正な水管理を行っていく上でも,夏場の不特定用水の確保が急務であると考えている。
もう一点は,筑後川の水資源開発は,現在,昭和30年から昭和39年までの10ヵ年の雨の状況を踏まえ,利水のための必要な容量を計画してきた。つまり,10年に1回起こる渇水にも対応可能な計画としているが,昭和40年代以降の雨の降り方を見ると,異常に降ったり,極端に少雨であったりしている。特に渇水年の昭和53年や平成6~7年では,非常に長期化する傾向にある。
このことは,ダムで確保された利水容量では,近年対応できないということであり,試算をすると近年の降雨状況では2年に1度程度は水不足になり,渇水への対応が必要である(図-10)。
5 今後の適正な水管理に向けた展開
適正な水管理を行い,水資源開発効果を確実にしていくためには,主な水利用である農業用水をはじめ上水・工水等の筑後川流域の水循環系の精査が重要となる。さらに,既存施設の有効利用・統合運用等の検討を進め,低下して利水の安全性の向上を図る必要がある。
ここでは,筑後川の適正な水管理に資するため,九州地建で調査中の筑後川水系ダム群連携事業を紹介する。
(1)筑後川水系ダム群連携事業について
筑後川下流の不特定用水の現況は,既述の通りであるが,現在建設中の大山ダムで470万立方メートルの不特定容量を確保しても,瀬ノ下地点での不特定用水の確保は十分ではない(図-11)。そこで,夏場の不特定用水を確保し,「良好な河川環境の維持」と「既得用水の安定的な取水」を可能とするものである。事業としては,筑後川本川の夜明地点付近にポンプ施設を設置し,本地点より既設江川ダムまでの導水路を建設する。また,途中の既設寺内ダム上流の木和田地点において両既設ダムに導水する(図-12,13)。
これにより,筑後川水系小石原川の小石原川ダム計画と相まって瀬ノ下地点において,不特定用水を確保して環境と調和した水利用が可能となるものである。
この事業は,これまでの水資源開発や水利用に伴う水環境への負荷を軽減する「流域優先の事業」である。現在,実施計画調査に着手するため関係者との調整を行っている。
(2)地域連携による取り組み
筑後川の水利用や水環境に関しては,現在,さまざまな課題を抱えている。今後,フルプランに掲げられた水資源開発施設を確実に進めていくためには,それぞれの立場を理解した上での「連携と共生」が必要である。
図-14は,筑後川流域と流域外の「水」を通した地域連携を表したものであるが,今後も継続的に,福岡都市圏(流域外)と水源地,流域内の上下流,官レベル・民レベルでの連携が必要不可欠である。