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黒川激特事業の概要報告

熊本県土木部
河川課長
奥 山 寿 徳

1 はじめに
平成2年7月2日,梅雨前線の活発な活動により発生した豪雨は,長崎県北部,佐賀県西部,福岡県南部,熊本県山鹿・阿蘇地方並びに,大分県竹田地方に死者27名の甚大な被害をもたらした。
特に,この洪水で阿蘇カルデラに位置する一級河川白川水系黒川流域では,山腹崩壊に伴う倒木が土石流と一体となって流下し,国道57号松原橋で河川を閉鎖させ,河道から溢れた濁水が下流の阿蘇郡一の宮町坂梨地区に甚大な被害をもたらした。また,阿蘇町においても,河川氾濫が各所で発生し,多大な浸水被害を引き起こした。
このため,黒川の一の宮町松原橋から阿蘇町車帰橋上流までの25km間において再度災害防止と流木対策を目的として,河川激甚災害対策特別緊急事業(激特事業)採択の申請を行った。平成2年7月に事業が採択され,河道掘削・護岸工事・橋梁架替工事並びに,遊水地の工事を計画・施工し,流下能力の増大に努めることとした。
本報告は,黒川激特事業内容および流木対策としての多目的貯木地,流水抑制施設としての内牧遊水地の建設計画について述べるものである。

2 平成2年7月2日洪水の概況
2.1 黒川の概要
本県中央部を流下する白川は,その源を阿蘇郡高森町にある阿蘇中央火口丘の一つである根子岳(標高1,408m)に発し,阿蘇カルデラの南郷谷を流れ,外輪山西の開口部である立野において阿蘇谷を流れている黒川を合流し溶岩台地の谷を西流し,河岸段丘を造りつつ熊本市の中心街を貫流し,有明海に注ぐ流域面積480㎢,流路延長74kmの一級河川である。
特に,カルデラ内を二分する支川黒川は,阿蘇谷の沖積平野を流下する流域面積208.4㎢,流路延長40.2kmで指定区間として,熊本県が管理している河川である。
流域内は山地64.6%,平地34.5%で構成され,山地部は外輪山の内側のため荒廃し,牧草地等になっている一方,平地部は農耕地として整備が進み,稲作を主体に,トマト,メロン等の高級野菜の生産が進んでいる。
外輪内壁は陥没崖で崖錐堆積及び旧火山灰の上面被覆がある。中岳・根子岳北面は高く急峻な岩峰を形勢し,節理が発達し崩壊しやすく,中腹以下は火山性扇状堆積地が広がり,森林や牧野としての土地利用が進んでいる反面,浅層崩壊しやすいという地形・地質特性が黒川地域にはある。

2.2 平成2年7月2日洪水の概況
2.2.1 気象概況
朝鮮半島に停滞していた梅雨前線は6月28日に九州北岸まで南下し,九州付近では,太平洋高気圧の周辺部から梅雨前線に向かって温かい湿った空気が流入し,梅雨前線の活動が活発になった。特に,7月2日は低気圧が前線上を東進し,9時に対馬海峡付近に達したため,梅雨前線の活動が非常に活発となり九州北部地方全域で大雨となった。
この雨域は九州西海上に現れ,九州に接近,長崎県佐世保地方で激しい雨が降り始め,その後,九州北部と中部の広い範囲に広がり,特に,佐賀県嬉野町・白石町,福岡県大牟田地方,熊本県山鹿・菊池・阿蘇地方,大分県竹田地方では,日雨量300mmを越える豪雨となった。

2.2.2 九州管内の降雨概況
この降水分布は,図ー2の7月2日降水量分布図に示すとおり,佐世保と阿蘇を結ぶ線上を幅50 kmに及び広い範囲の豪雨が記録されている。

2.3 黒川流域の被害状況
阿蘇地方では,戦後,昭和28年6月26日洪水,昭和55年8月洪水等において多大の被害を被ってきた黒川は,昭和25年に中小河川改修事業として着手し,河道法線の整正が本川,支川を合わせて完成していた。
しかし,本洪水により黒川流域では,昭和28年6月洪水を上回る規模となり,死者11名,浸水家屋1,688戸,氾濫区域約22km2の被害となった。
また,下流部の熊本市では,昭和55年,57年洪水のピーク流量を上回ると同時に,水道町,九品寺を始めとした市中心部13箇所からの越水となり,23haの浸水被害が発生した。
2.3.1 雨量分布
熊本県阿蘇地方は,活発化した梅雨前線のため平成2年6月29日より降り始めた雨が,7月1日の深夜からは,黒川流域中央の一の宮で最大時間雨量76mm(24時間雨量371mm)を記録する集中豪雨となった(図ー3の実績降雨波形図参照)。

今回の洪水の特徴は,図ー2に示す白川流域の等雨量線図に示すとおり,東西に延びた梅雨前線のため黒川流域に全体の70%以上の降雨があった事に起因している。また,降雨時間も朝6時より12時までの間に集中している。
写真ー3に,阿蘇町内牧周辺の洪水時における状況を示す。

2.3.2 水理特性
平成2年7月洪水での実績洪水流量が得られているのは,基準点(九電取水口地点)の流量であり,最大786m3/sと推定される。図ー4に示す実績流量と氾濫の無い場合の想定流量を比較すると上流の氾濫により500m3/sの貯留効果および合流時差がある事が分かる。

2.3.3 氾濫状況
黒川本川の氾濫は,国道57号松原橋による河道閉塞により被害が拡大しており,降雨量が異常に大きいため,河道流下能力以上の洪水量が発生した事および,流木が橋梁地点で河道を閉塞させた事から図ー5に示す区域で浸水していった。

2.3.4 氾濫被害額
浸水に伴う一般資産被害額および,農作物被害額を合計すると約98億円程度となっている。この他に公共土木被害,事業所の営業停止等の間接的な被害を加算すると膨大額となった。

3 黒川激特事業概要
3.1 激特計画流量配分
① 黒川中小河川計画
黒川中小河川改修計画は,確率規模1/50を対象に貯留関数法により昭和40年7月の降雨から基本高水流量を算定した。その結果,基準点(九電取水口地点)で1,010m3/sとなり,遊水地計画を基本として,本川白川工事実施基本計画と整合のとれた配置計画を定め,計画高水流量配分を決定している(図ー6)。

② 黒川の現況流下能力
激特事業開始前の河道流下能力は,図ー7に示すとおり黒川下流で500m3/s程度と推察される。

③ 黒川激特流量計画
平成2年7月洪水での発生流量は貯留関数法により再現すると下流部において1,300m3/sとなる。
流最配分は,再度災害防止区間(集落周辺部)および,氾濫許容放流量区間(田畑周辺部)を設定し決定した。
a)降雨量
黒川流域平均雨量は図ー8に示す通りであり,3~6時間の間に集中している事が分かる。そのため,確率規模も1~6時間で1/200以上となっている。

b)流出計算方法
黒川流域を支川の合流状態を考慮して,9流域9河道に分割し,流出モデルを策定した(図ー9)。貯留関数法の諸定数は平成2年7月2日洪水の実績波形(基準点)を基に検証計算を実施して定めた。
流出率は,過去の主要洪水および平成2年7月洪水の実績流量と計算流量の関係より300mmまではF=0.5,300mm以上はF=0.67とする。

以上の結果を計画波形で示すと図ー10のような流出波形となる。

c)激特の流量配分
激特事業方針に基づいて流出計算を実施すると図ー11の流量配分を得る事ができる。

3.2 激特事業の概要
激特事業全体計画は,①再度災害を防止するために必要な一定の計画とする。②上下流の均衡の取れたものとする。③必要最小限度の区域とする。④事業費は一般被害額を限度とする事を基本方針として,以下に示す整備計画を立案した。
1)再度災害防止区間は阿蘇町内牧地区(乙姫川合流点~今町川合流点)および一の宮町宮地・坂梨地区(26K000~国道57号橋間)とし,河道満流で被災流量を流下させる。
2)その他の区間は改修により生じる流出量増分を現況流下能力に加算した流下能力を確保する。
3)再度災害防止区間上下流端に中小計画で予定している遊水地を先行着手し,それぞれ下流の負担を軽減する。
4)流木被害が甚大であったという特殊性を考慮して26K000地点に河川改修事業として貯木地を建設する。

4 黒川一の宮多目的貯木地の概要
4.1 目的および施設の概況
平成2年7月洪水では,黒川上流で山腹の崩壊等により土石流および流木が発生し,下流坂梨地区の集落を襲った。この流木が松原橋(指定区間上流端)で河川を閉塞させ洪水氾濫被害を増長し,かつ,下流の橋を流失させる等の多大な被害を与えたのである。
このため,黒川松原橋上流域では砂防激特事業等により流木補足対策が実施された(図ー13)。砂防事業によりA地点から上流域の発生流木は100%捕獲できるが,改修区間上流域(A~B間)における発生流木に対応できないため,松原橋の改築を含め,貯木地および,これに至るまでの流路工整備を河川激特事業で行うものである。

流木対策の施設としては,①貯木地と,②貯木地までの流下河道断面の整備が激特計画で実施された。
① 流下河道断面は次の条件により基本計画を検討し,水理模型実験4案について比較検討し,規模を決定した。
a)河道幅は既往実験結果〔土石流に伴う流木の発生および流下機構(石川・水山・福沢)〕から閉塞を避けるため,流木長の1.3倍以上の幅をHWLの位置で確保した河道断面とする。
b)余裕高は流木のため閉塞する確率が高いため,河川等構造令の余裕高以外に流木余裕を確保する。
c)流木余裕としてはHWL以下の断面積と同等の空面積を確保する。
② 貯木地は流木の捕捉,および流入形態が複雑である事から次の基本条件を基に次節の水理模型実験により流入形状,スリット幅等全ての条件を決定した。
基本条件として定めた諸元は次の通りである。
a)計画流木量=920本 流木最大長10m
b)貯木地の必要面積=15,000m2
c)流木捕捉工(スリットタイプ)
d)間隔は流木最大長の1/2~1/3で3mとする。
e)高さは最低限高の3mとする。
f)越流堰は横流入,正面流入を基本とする。

4.2 水理模型実験の概要
水理模型実験では次の項目について実施し,諸元を決定した。
① 流木流入河道の断面形状の設定
② 流木の流入に適した流入部形状(流入部の位置・幅・高さ・その形状)
③ 貯木地に入った流木の流出防止法の検討(流木捕捉施設の規模と形状)
④ 貯木地からの河川への流水を戻す流出路の検討(流出部の位置・幅・高さ・その形状)
縮尺1/40の模型を作成し試行により各条件を満足する諸元を決定した。

a)流入部の越流形式
正面越流が横越流型より流木流出率が小さい事から,湾曲部にて正面越流を採用する。
b)下流河道の取り付け
下流部の河道を現況のままとすると背水の影響が貯木地まで及ぶことから,流入した流木が再度流出する。このため,貯木地への背水がなくなる地点まで改良する事とした。
c)スリット間隔
間隔は流木流出率におおきな差がない事から,下流河道の安全性,流木長を参考に3mとする。
d)河道沿いのスリットの範囲
流木の捕捉施設として逆V形の鋼製スリットを貯木地の下流端と低水路河道沿いに配置した。河道沿いのスリットは,流木が低水路に再流出する事を防止するもので下流スリットより60m上流とした。
e)低水路内のスリット
低水路および排水路にスリットを設置する事により流木流出率は減少するが,ゴミ等がスリットにかかり維持管理面から不都合が生じる。従って,本計画では低水路,排水路に1基のスリットを設け流出率の軽減に努めると共に,維持管理を容易にする計画とした。

5 黒川内牧多目的遊水地の概要
5.1 水理諸元
黒川中小河川改修計画においては7箇所の遊水地計画が立案されている。その内,激特事業で施工される遊水地は2箇所であり,現在工事中の内牧遊水地は,次のような水理諸元により実施されている。
また,周囲堤防の構造は堤体の安全性を考慮して1:2で途中小段幅3mを確保した。

5.2 水理模型実験の概要
内牧遊水地の越流堤位置は,図ー17に示すとおり支川西岳川の合流直後のため,流下形態が不安定になる恐れがあり,洪水調節流量が計画どおり分配されることが必要となり,その確認のため短尺1/30の水理模型実験を実施して越流堤の諸元を決定し越流量を確認した。その結果は次のとおりである。

5.3 洪水調節効果の検討
水理模型実験の結果より得られた越流堤諸元を用いて中小計画および激特計画の洪水調節結果を求めると,図ー20・21に示すとおりのカットが可能である。

5.4 遊水地施設の概要
遊水地の施設計画図は図ー22の示すとおりで,県道を中央に2つの池で構成されており,上流側は水をため池として,下流側は多目的運動公園として整備を計画している。

6 おわりに
以上,平成2年7月洪水に伴う黒川激特改修事業の概要について述べたが,平成6年度は本事業の最終年度であり,中流の内牧・小野遊水地建設に全力をあげているところであり,両遊水地完成後は,下流への流量負担が軽減され,治水安全度の向上が図れる。
また,貯木地,遊水地については治水面だけでなく,通常時における多目的な利用面についても地元の方々の御意見・御協力を得ながら,憩いの場作りとしての整備計画も進めているところである。
黒川激特事業は,黒川中小河川改修事業を促進させるための事業でもあり,今後も計画的に改修を促進し,上下流のバランスのとれた治水安全度の向上をめざしていきたい。

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