雲仙普賢岳火砕流特性の検討
建設省九州地方建設局河川部
河川工事課長
河川工事課長
村 上 隆 弘
建設省九州地方建設局河川部
河川工事課長補佐
河川工事課長補佐
大 串 好 春
建設省九州地方建設局河川部
河川工事課砂防係長
河川工事課砂防係長
田 上 敏 博
八千代エンジニヤリング㈱
水工部 副部長
水工部 副部長
下 田 義 文
1 はじめに
雲仙普賢岳は平成3年5月20日に第1溶岩ドームが山頂部に出現して以来,火砕流の流下を主体とした活発な火山活動を継続して,約2年半近くを経過している。活発な火山活動に伴い,水無川,中尾川および湯江川ではたびたび土石流が発生し,島原市および深江町に甚大な被害を与えている。
この間,長崎県および建設省により,第1~3号遊砂地の建設および水無川堆積土砂の除石等の土石流対策が実施されているが,これらは土石流対策として十分なものではない。このような状況下で,第4号遊砂地,鋼製スリットダム,第3,4号遊砂地左右岸側の工事用道路の建設および遊砂地内の除石を緊急に実施することが計画されている。これらの施設は,いずれも火砕流の到達可能な範囲に位置するので,施工中の安全対策が重要となる。
本報告は,上記の火砕流到達区域での工事の安全対策を検討するために設立された雲仙普賢岳復興工事実施に関する安全対策技術検討会において,普賢岳火砕流の特性に関して検討したものである。
2 火山活動の概要
普賢岳山頂部には,平成3年5月20日に第1溶岩ドームが出現以来,次々と新しいドームが現れ,平成5年10月現在,第11ドームが発達を続けている。溶岩ドームは成長し安定が保てなくなると崩落し,典型的なメラピ型の火砕流となって谷を流下する。普賢岳の火砕流は表ー1に示すように,新しい溶岩ドームの形成に伴って,たびたび流下方向を変えているのが特徴的である。
大規模な火砕流(2合目半:標高200m以下に達したもの)は,表ー1に示すように,これまで8回発生しており,この中でH3.6.3,H3.6.8,H5.6.23,H5.6.24の火砕流は大きな被害を与えている。
平成3年6月19日~平成5年5月31日の2年間の火砕流発生の月別回数を図ー1に示す。平成3年9月の第9ドームが発達している時が最も多い。一方,平成4年12月~平成5年2月は,月発生回数は10回~30回に極端に減少したが,3月以降は100回以上に回復している。
到達距離別の中大規模火砕流の発生回数を図一2に示す。ここで,中大規模とは,5合目以下まで達したものを基本として,陸上自衛隊によって観察されたものである。図ー2によると,3合目(谷の出口,標高300m)を越えて達するものは極めて少なく,全体の約2%となっている。
3 火砕流の規模
普賢岳で,今後発生すると考えられる火砕流の最大規模を考えるうえで参考とするため表ー2には,堆積量が計測または推定されている火砕流の発生事例を示している。同表では火砕流をタイプ区分しているが,スフリエール型は爆発的噴火により火砕物が火口壁を越えて流下するものであり,プレー型は火口から連続的に火砕流が放出され流下するものであり,最後のメラピ型は成長した溶岩ドームの崩落によって発生するものである。表一2から,スフリエール型およびプレー型火砕流の堆積量が107~108m3であるのに対し,メラピ型火砕流は約10分の1(数100万m3)と少ないのが明らかである。このように,メラピ型火砕流の1回に発生する量が少ないのは,急勾配の山頂付近では溶岩ドームがある程度大きく発達すると,安定性を欠き崩落するためと考えられる。
メラピ型火砕流の最大規模は,1984.6.15にメラピ火山で発生した6,500,000m3であり,その限度は数100万m3と推定される。普賢岳火砕流最大規模はH3.9.15に発生した4,000,000m3である。メラピ火山の例からしても,これは普賢岳で発生する火砕流の最大規模に近いものと推測される。
4 火砕流の構造と被害の特徴
火砕流は巨礫を含む粒状体の重力流れである底部の本体部および微細な粒子と気体が一体となった流れである上部の熱風部から構成される。9)
平成3年6月3日と8日に普賢岳で発生した火砕流の被害は石川等の調査10)によると,被害家屋の90%,被害面積の70%が熱風部によって占められている。また,6月3日の火砕流による犠牲者43名は,いずれも熱風による火傷によるものである。従って,火砕流到達区域の工事においては,熱風の特性を把握し,その対策を行うことが重要となる。
5 火砕流本体の流下特性
前途のように火砕流被害は,熱風部の被害が大きいが,熱風部は本体から運動エネルギーを得て流れるものであるから,その対策を検討するためには,本体部の到達範囲および速度を把握する必要がある。
(1)到達距離
普賢岳の火砕流本体の到達距離と堆積土砂量には,図ー3に示すような直線関係があるとされている。12)この池谷等の調査結果に,平成5年6月23日(中尾川),6月26日(水無川),7月19日(水無川)の火砕流本体部の堆積量を推算し加筆し図ー3に示す。
上記3火砕流の推算は,6月24日,6月27日および7月20日に撮影された空中写真より堆積範囲を判読,計測し,堆積深を仮定して求めた。中尾川の火砕流では,高さ10mの治山ダムが埋没している状況等から,平均堆積深は数mに達するものと推定し,3~5mと仮定した。水無川の火砕流では,6月3日,8日の平均堆積深を既存の調査結果10)12)から算出すると,それぞれ2.5m,3.8mとなるので,2.5~3.8mとして求めた。堆積土砂量の計算は表ー3に示す。
平成5年に発生した大規模な火砕流に関しては,堆積深の調査が実施されていないので,正確な堆積土砂量の算出はできないが,既往火砕流の平均堆積深等を参考に堆積深を仮定して堆積量を算出すると,池谷等12)の示した到達距離が堆積量に比例する関係は成立する。
(2)流下速度
高橋は火砕流本体を高速の粒子流と仮定して,その流速を地形勾配,流動厚,粗度高さ,乱流の混合に関する定数等の関数として数式化している。13)一方,山田等は実際に発生した火砕流のビデオ画像等から,本体部の流速を地形勾配だけの関数とした簡単な経験式を求めている。11)山田等の経験式は,対象とする火砕流毎に定数が変わっているが,これは高橋の半理論式に基づけば,流動厚が火砕流毎に異なるのが原因と思われる。流動厚が火砕流の規模(堆積土砂量)に比例すると仮定すれば,規模が同程度であれば,同一の式を用いて流速を推定することができる。山田等の提案する式で,1984.6.15にメラピ火山で発生した火砕流の速続写真から求めた式(1)は,普賢岳の数100万m3規模に適用できると考えられる。
式(1)が普賢岳で発生する大規模な火砕流速度と一致するかどうかを,火砕流の到達距離と地震計の波形継続時間の計測データから確認する。図一4は,平成3年6月19日~平成5年5月31日の2ケ年にわたり,陸上自衛隊が観察した中,大規模火砕流の到達距離と山頂部地震計の波形の継続時間の関係を示している。図ー4のバラツキが大きいのは,溶岩ドームの崩落が連続的に発生する場合があるためと考えられる。しかし,図ー4の継続時間には明確な下限値が存在し,これは,単発の崩落による火砕流の到達時間を表わしていると考えられる。
式(1)から,各合目までの到達時間を計算し,図一4にプロットし比較すると,振動波形の方が短く,両者の差は上流ほど小さくなっている。火砕流が遠方まで達すると,地震計が反応しなくなると考えられ,陸上自衛隊によると,火砕流停止は地震計波形停止後数10秒~1分後と言われている。従って火砕流の到達時間は波形継続時間の下限値より大きく,(1)式の値に近くなる。
一方,平成5年7月19日に水無川へ流下した火砕流は,NHKビデオカメラで発生から停止まで撮影されている。これによると,2合目(国道57号線)まで流下するのに5分間を要している。これを図ー4にプロットすると,式(1)で求めた速度と丁度一致する。
上記のように,火砕流の規模,地震計の継続時間から求めた到達時間および平成5年7月19日に水無川へ流下火砕流の実測値に基づいて検討した結果,山田等がメラピ火山の火砕流に対して提案した流速式は,普賢岳で発生する数100万m3の火砕流に適用できると判断される。
6 熱風部の特性
(1)到達範囲
熱風部は本体より遠方まで達する特性を持っている。石川等の調査によると,10)本体からの到達距離は,本体が屈曲した前方で約700m,流下方向直角方向では10~100m程度となっている。
(2)熱風の温度
熱風部の温度は,平成3年6月3日,8日の火砕流時,車両のタイヤ,合成樹脂による内装材が焼失している事実から,300℃~450℃と推定されている。10)この温度は,人間を一瞬のうちに焼死させるだけでなく,ゴム類,石油製品,紙,および木材が引火または自然発火する危険な温度である。
(3)熱風の速度
熱風の速度も,平成3年6月3日,8日火砕流における電柱,立木の倒壊から推定されている。10)この調査によると,本体から80m~150m離れた位置の風速が50~70m/s,120m~320m離れた位置で20~34m/sと推定されている。
(4)熱風の継続時間
熱風の継続時間については,平成3年6月3日の火砕流熱風の中に巻込まれ,生還した人の証言から推測することができる。農業の堀川氏,眉山焼の芝田氏夫婦は火砕流の熱風による暗やみは,「しばらくの間」14)と言っている。平原橋で取材中の朝日放送カメラマン野下洋氏のタクシー運転手の大久保裕隆氏は石垣の側でザブトンを頭にかぶって熱風をやり過ごした時間を「2~3分間」と思うと伝えている。これらの人々が経験したのは熱風部の末端付近であるので,本体に近いところでは,さらに継続時間は長いと考えられるので,一度の火砕流による熱風の継続時間は数分間と推定できる。
7 火砕流の発生特性
火砕流に対して工事中の安全を確保するために,最も必要とされる情報は大規模な火砕流の発生に関する情報である。すなわち,大規模な火砕流の発生誘因,前兆現象,規模を予測できる初期現象を知ることにより,安全に避難を行うことが可能と考えられる。
(1)発生誘因としての雨の評価
現地の人々の間で,雨の日に大規模な火砕流が発生すると言われているので,雨量と火砕流の日発生回数,および火砕流規模の相関を調べたが明確な関係は得られなかった。図ー5参照。
(2)前兆現象
平成3年6月3日,8日,9月15日および平成4年8月8日の火砕流等では,大規模な火砕流発生の直前に,中小規模の火砕流が多発していたと言われている。大規模な火砕流発生の前兆として中小規模火砕流発生回数が多いかどうかを調査した。
火砕流の規模(到達距離)と,それの発生した当日を含む前数日間の火砕流発生回数の相関を整理した。火砕流発生前1日,2日,5日,10日間の発生回数を調べたが,10日間の発生回数が最も明確な傾向が現れた。図ー6に示すように,大規模な火砕流が発生する場合数回~数10回の火砕流が事前10日間に必ず発生する傾向がある。しかし,逆に数回~数10回の事前火砕流が発生しても,中小規模の火砕流が発生している場合がほとんどであるので,大規模火砕流予知の指標としては有効でない。
(3)初期現象による火砕流規模の予測
前述のように大規模火砕流発生の予知は困難であるので,発生直後の現象の特徴により規模が予測できないかを調査した。初期現象として地震計波形を取り上げ,九大島原地震火山観測所によって設置されている地震計の振切れ時間(強振時間)と火砕流到達距離の相関を図ー7に示す。
図ー7から,データのバラツキは大きいが,強振時間と到達距離には比例関係がある。特に,3合目以下に達する火砕流59ケースのうち,強振時間が60秒を越えるものが89%となる。従って,強振時間が60秒以上継続するものに着目すると約90%の確率で3合目下流へ達する火砕流を予測できる。3合目を越える火砕流については,同じ条件で12例中100%予測できることになるが,サンプル数が少ない。
以上のように,地震計の強振時間により大規模な火砕流を発生直後に判断することは,かなりの確率で可能となる。
8 まとめ
火砕流到達域における工事の安全対策を検討するために,普賢岳火砕流の特性に関して検討した結果,下記の成果が得られた。
(1)火砕流の流下方向がたびたび変化している。
(2)メラピ型火砕流であり,その最大規模は既往の災害例から判断して数100万m3と推定される。
(3)火砕流は本体部と熱風部に分けられるが,熱風の影響範囲が極めて広く,安全対策上は熱風対策が重要となる。
(4)火砕流の到達距離は,堆積量(=流下量)に比例する。
(5)数100万m3の堆積量をもつ火砕流の流速は,地形勾配だけの関数とした山田等の提案するメラピ火砕流の式で推定できる。
(6)火砕流の熱風は,本体部が屈曲した場合はその前方約700~800mまで達し,流下側方へは約100m到達する。
(7)熱風部の温度は300℃~450℃と推定される。風速は本体部付近で90~150m/s,本体から約100m離れた位置でも,50~70m/sと推定される。熱風の継続時間は数分と短いものと推定される。
(8)火砕流発生の予知の指標となる現象は,雨,事前中小火砕流発生回数等について検討したが,有効なものは得られなかった。
(9)火砕流発生直後の地震計の強振時間と到達距離には相関があり,強振時間60秒とすれば,約90%の確率で,3合目以下へ達する火砕流を予測できる。しかし,この方法も有効ではあるが,10%の失敗率があり,警戒避難の基準としての採用には問題がある。
参考文献
1)勝井義雄,篠沢達也,知本康男,山田裕丈;北海道駒ケ岳の歴史時代の火砕流,火山噴火に伴う乾燥粉体流(火砕流等)の特質と災害,文部省科学研究費自然災害特別研究成果報告書,1986年3月,PP.91~113
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14)例えば読売新聞 平成3年6月7日(夕刊)