遠賀川河口堰多自然魚道工事
~川と海をつなぎ、魚たちがのぼりやすく、生き物も人も集う魚道~
~川と海をつなぎ、魚たちがのぼりやすく、生き物も人も集う魚道~
深浦貴之
キーワード:魚がのぼりやすい川づくり、多自然魚道、自然再生
1. はじめに
河口堰建設計画当所の思想では、治水機能と利水機能を実現するため、合理的な設計となっており、環境的な配慮が全くなされていなかった。しかし、建設途中に流域内の炭坑がすべて閉山し、河川環境が徐々に改善してきたこともあり、当所の計画を変更して魚道が設置された。
遠賀川の水質が、近年かなり改善されたこともあり、鮎の遡上も河口から約20㎞の上流地点でも確認されている。
さらに、鮭の遡上も確認され、鮭をご神体とした「鮭神社」では、鮭が奉納されるお祭りもある。
また、流域内の80 近くの河川愛護団体は、「鮭が戻ってくるようなきれいな川に」と流域各所で様々な活動が行われている。
遠賀川では、平成6 年には「魚がのぼりやすい川づくりモデル河川」に指定され、流域内各所の堰において魚道の整備、改良が行われてきた。
しかし、河口堰に設置されている魚道は、延長が短いこと、勾配がきついこと等で流速が早く鮎などの限られた魚種しか遡上できず、中小魚種など遊泳力が弱い魚は、遡上することが困難な状況であり、かねてから改良が望まれていた。
以上のことより、海への唯一の出入り口である河口堰魚道改善が必要と判断し、自然再生事業として平成20 年度から環境や景観等に配慮した多自然魚道整備を地元住民や学識経験者等と検討し施工したのでその報告を行う。事業スケジュールを図ー2に示す。
2.既設魚道の課題と整備方針
2.1 既設魚道の課題
周辺環境の課題は、大きく3 つある。1 つ目は、遠賀川河口堰既設魚道(図ー3)が、遊泳力が強いアユを対象としているため、流速2m/s、縦断勾配1/20 と遊泳力が弱い小型魚や底生魚等は、遡上困難であること。2 つ目は、海水域から淡水域へと塩分濃度が急激に変化(図ー4)し、塩分濃度の緩衝域が無いこと。3 つ目は、河口堰周辺は単調な構造で、遡上する魚類の誘導や待機場所等がないことである。
2.2 整備方針検討方法
2.1 で述べた課題を改善するために、まず始めに行ったことは、遠賀川河口部における望ましい魚道整備のあり方について、学識者、住民代表など様々な立場の人々と意見交換を行うため、「河口堰魚道を考え、望ましい遠賀川を次世代へ繋ぐ懇談会」(座長:小野勇一北九州市立いのちのたび博物館長)を設立した。その懇談会で、「川と海をつなぎ、魚たちがのぼりやすく、生き物と人も集う魚道」という目標を設定した。次に、魚道整備における基本的な考え方(図ー5)及び整備の基本方針(図ー6)、望ましい遠賀川の姿( 図ー7) を3 回の懇談会を開催し決定した(写真ー 1)。
また、詳細は、後述するが、整備内容について地元住民や小学校の教諭、自治体の方々とワークショップを開催し決定した。
なお、対象魚種は、遠賀川で確認されているすべての魚種とし、魚道の設計は、洪水で流された淡水魚の復帰遡上にも配慮した内容である。
3.設計内容
3.1 多自然魚道の概要
2 で述べた課題や整備方針を基に、遡上する魚の誘導、塩分濃度の緩衝域として、汽水域の創出と干潟の整備を行った。
潮汐を活かすため緩やかな線形とし、生物の生息にも配慮し、自然石の配置により瀬・淵を形成し、多種多様な生物生息環境の創出を目指した。
また、安全に水辺に近づき、川との触れ合いを体験できるような親水空間として緩傾斜護岸を全面に整備することとした。
多自然魚道諸元は、縦断勾配1/200 程度、魚道延長300m とて、塩分濃度の緩衝域を可能な限り確保した。
河口堰建設前は、海と川が連続し、磯干潟、砂干潟など、数多くの干潟が存在し、貴重な生物の生息環境であったと思われる。そのため、河口堰下流側に整備した干潟自体が、生物休息場所や洪水時の待避所として機能することが期待される。
3.2 ワークショップの開催
懇談会検討結果を踏まえて、地域住民の方等の意見を反映できるように住民参加型ワークショップ(WS)を9 回開催した。WS では、植栽の種類や配置、アクセスや階段形状、安全対策などのご意見が出されました。
また、望ましい遠賀川を次世代へつなぐため、子供たちと一緒に既設魚道の魚類調査を実施し、子供たちにも魚道整備に関する提案を出してもらった(写真ー2)。
最終的な整備計画案は、図ー8のとおりである。
3.3 景観検討
魚道整備は、生き物だけでなく、人と場所をつなぐ空間としての役割もあるため、空間設計に配慮する必要があった。そこで、懇談会やWS の参加者にわかりやすく説明し、理解をして頂くために、懇談会メンバーでもある九州工業大学の伊東准教授(専門分野: 景観)と連携し、模型を作成(写真ー3)した。また、本事業の着手段階より130 回以上の打合せを行い、この事業の参加者と円滑な合意形成が図れた。
その結果、瀬・淵の創出、せせらぎ水路の線形、周辺景観など、計画・設計・施工に至る魚道整備の一連の過程において、各々のニュアンスも細部まで共有できたと思われる。
4.現場施工工夫内容
多自然魚道の工事は、平成22 年10 月に着工し、平成25 年5 月末に完成した。その工事で、学識者や地元住民の方々、施工業者と議論を重ね、より良い環境となるように様々な工夫を行ったので、その内容について紹介する。
4.1 材料再利用
本魚道の掘削時に、建設以前の砂浜の土砂と思われる地層が出てきたため、一時仮置きし覆土に再利用した。
また、同時期に遠賀川河口付近で環境整備工事が施工中であったため、処分予定だった巨石をすべて魚道工事で受け入れ、魚道内の置き石として再利用した(写真ー4)。
また、遠賀川らしい河岸の形成と日陰になる植物がほしいというWS での意見を反映し、タチヤナギを植栽する計画をした。
そのタチヤナギも流域内で調達したもので、遠賀川中流域工事区域から樹高5m 程度のタチヤナギを選定し、移植した(写真ー5)。
4.2 階段の工夫
WS では、人のアクセスについても提案があり、階段やスロープの設置を追加した。
下流に設置した階段(図ー9)については、法面に合わせた勾配とし施工が難しくなったが、曲線を採用し景観に配慮した。また、階段の端については、九州工業大学の伊東准教授の助言により、階段の端が法面に隠れるように施工方法を変更した(写真ー6)。
4.3 境界ブロック
通常のアスファルト舗装であれば、管理用通路の表面に、境界ブロックが表に見えて白いラインが両側に見えるが、今回の施工は、ラインが表面に見えない製品を採用し景観に配慮した。
4.4 下流干潟の杭
河口堰周辺は、潮位の変化が一日で1.5m 程度あるため、WS の地域住民の方から「子供達が、潮汐により水位変化が体験できるように、工夫をしてほしい」という提案があり、下流部に[T.P.=1.0m]、[T.P.=0.5m]、[T.P.=0.0m] と高さが異なるの3 種類の杭を設置した。満潮時は、すべての杭が水中に隠れて、干潮時には、すべての杭が水面上に現れる仕組みとした。杭の設置間隔は、黄金比(5:8)を採用した。また、土砂の
流出防止を考慮して杭を二列に設置した。
流出防止を考慮して杭を二列に設置した。
4.5 巨石配置
当初発注平面図(図ー10 上)は、多自然魚道の水路部内に規則的に落差工を設置し、川幅をワンド風に変化させている。しかし、図面の通りの施工では、水の流れが単調になり多様な生物の生息環境が形成されない恐れがあるため、現場にて、施工業者と打ち合わせを行い、実際に水を流して巨石の配置や落差工の設置位置を調整した。図ー10 下が最終施工図である。写真ー9は、左側の外側では通常、河岸が浸食されるが、澪筋が魚道中央になるように巨石でコントロールした結果である。また、落差工においては、剥離流や流水の過度な集中、白泡が発生しないように石の面(つら)等に留意し、巨石一つ一つを施工業者と一緒に現地にて配置した(写真ー10)。この作業には、何度も水を流したり止めたりし、施工業者の方の協力無しでは、実施できなかった。なお、本事業で使用したすべての巨石は、前記したとおり流域内で発生した他工事流用の巨石である。
4.6 景観のアクセント
維持管理車両用スペースのデザインについても一工夫した。一般的な施工方法であるコンクリート張りだと、芝生の中に白く浮き出てくるようになるため、伊東准教授の提案で石張りの中に緑が育成するようにした(写真ー11)。
施工方法は、伊東准教授と日程調整し、一緒に現地にて石の配置を決定し、施工した。また、看板には、「禁
止」のような強い表現は避け、公園内の説明・案内板も九州工業大学の学生と共同でデザインした(写真ー12・13)。
止」のような強い表現は避け、公園内の説明・案内板も九州工業大学の学生と共同でデザインした(写真ー12・13)。
4.7 コンクリート明度対策
多自然魚道は、全面に覆土が施してあるが、魚道上流部ゲート付近だけは、コンクリート面となり明度が上がるため、明度を下げるために発生した石を河床部に設置した。また、流量調整用のハーフコーンの表面にも、同様の目的で玉石を施した。
4.8 漏水対策
本魚道は、汽水域の範囲が全延長の約8 割あり、干潮時には潮が引いてしまうため、魚道が干上がってしまうことが懸念されたため、計画河床より約1m 生物生息層を確保し、干上がり防止対策として遮水シートを施工した。
4.9 仕上げは、地元小学校と工事
本工事は、河口堰魚道を考え、望ましい遠賀川を次世代へつなぐ懇談会やWS を開催し、多くの方々の想いや次世代につなげていくという願いを込めて、多自然魚道の最終仕上げ工事である石並べを地元の小学生と一緒に行った。
現地での施工前に、出前講座を行い、どのようにしたら魚などの生物に優しくなるのかを学習した。その学習の成果を基に子供達が、どのように石を配置したら生き物に優しい環境になるのかを考え、施工要領図を作成した。当日は、その施工要領図を確認しながら、施工した(写真ー16)。
5.完成後・・・
平成25 年6 月8 日、「遠賀川魚道公園」として開園した(写真ー17)。
当日は、完成シンポジウムを開催し、今までこの事業に携わって頂いた、たくさんの方々に来て頂き完成した喜びを分かち合うことが出来た。
また、完成後、実施したフォローアップ調査結果において、早速、多自然魚道の効果が現れた(図ー11)。トラップによる遡上調査で、既設魚道と多自然魚道の遡上個多数を比べると、多自然魚道が約7 倍の1406 匹の個多数が遡上した。また、遡上した遊泳力が弱い底生魚の種類も多自然魚道の種類が、既設魚道の2 倍であった。
今後は、河床の付着藻類や甲殻類の調査も実施する必要があると思われる。
6.反省点
多自然魚道周辺は、完成後、芦屋町の公園として占用される部分と河川管理施設として国土交通省が管理している魚道部分に分かれている。
今後は、利用者目線での管理方法の検討が必要である。本来なら供用開始前に除草時期などを決めた詳細な植栽管理計画を決定した方が、円滑な維持管理に繋がったと思われる。
また、多自然魚道工事については、設計計画等に携わった方々の想いを形にするために、施工業者との意思疎通が重要だったと思われる。
施工業者の方と一緒に現場で石の配置を決めたり、細部の仕上げを決めたり、一日一度は、現場に足を運び監督を行った。その中で、施工業者の方から「どのように施工して良いのか図面からでは分からない」と言う質問を多数受けたので、追加の資料を作成し、何度も現場事務所で説明を実施した。しかし、一番伝わったのは、この一言ではないだろうか。
「自分の子供や孫を連れて来たくなるような場所にしてください」
このことを伝えると、作業員さん達は、悩みながらも生き生きした目で工事を実施されていた。
今後の施工についても、同じことが言える。自分達の家族に自慢できる現場を作るというのが一番良い現場になると思う。
7.今後の課題と進め方
この「遠賀川魚道公園」は、住民の人たちの憩いの場や、環境学習の場として活用されることが期待されている。公園・河川管理者のみならず、住民自らの取り組みが必要である。そのためには、地域との連携を図り、流域全体として意識向上を図るなど、流域全体が一丸となって、望ましい姿の遠賀川を次世代に繋いでいくために、われわれ一人ひとりが川を守り、育む強い意志と行動が必要でる。今後は、遠賀川流域連携に取り組んでいく所存である。
8.謝辞
遠賀川には、その昔、サケがのぼっていました。しかし、近代になり、筑豊炭田で日本を支え遠賀川流域は、洗炭により黒く濁り「ぜんざい川」とまで呼ばれ、「魚が住めない」川とまで言われていました。
現在、遠賀川は、綺麗になり、流域内では、サケを呼び戻すために80 近い河川愛護団体が活動しております。この遠賀川河口堰多自然魚道は、流域全体の夢が形になった賜なのです。
遠賀川河口堰が完成して30 年、魚がのぼりやすい川づくり推進モデル河川となって20 年、川と海とを結ぶ唯一の場所である河口堰魚道改良は、重要ポイントでしたが、工事に着手できなかった。
その理由は、建設当初からさまざまな課題があり、なかなか追加工事という話が出来なかった。
そのような状況が長年続いたが、近年、環境への関心が高まり、改良事業に着手することが出来たのが平成20 年でした。
今回の事業を通じ「河口堰の魚道を考え、望ましい遠賀川を次世代に繋ぐ懇談会」及びWS において住民の方や漁協、養鰻組合、小学校の先生、地元区長、学識者など様々な立場の方々の想いを基に設計し、工事を進めることができた。
産官学民の想いが一つになり、協力の基に完成できた。これらの多くの方々に厚く謝意を表する。
最後になりましたが、九州工業大学を通じてグッドデザイン賞に応募し、受賞したのでに紹介する。
【参考文献】
1)河口堰魚道改良基本構想& 遠賀川への提言(H21.2)
2)伊東啓太郎: 都市における緑地・水辺のデザインをとおした生物多様性指標の開発に向けて: 日本緑化工学会誌36 巻3 号 387-389,(2011)
3)鬼束幸樹ら: 階段式魚道の壁面色が魚の遡上に及ぼす影響・水工学論文集、第53 巻,PP1243-1248,2009.2
4)GOOD DESIGN AWARD より
概要
九州北部を潤し、玄海灘へ流れ込む一級河川の遠賀川。その最下流には、取水のための大規模な河口堰が設け
られている。そこには魚道が併設されているが、この魚道では特定の条件を満たす魚しか遡上できず、周辺の河川敷はコンクリートで覆われているという問題があった。そこで、大学と国、地域、企業が協力し、多様な魚種に対応した魚道、干潟を併設すると同時に、海と川が接する空間の自然再生を考慮したランドスケープ設計を行った。コンクリートを取り除き、緩やかな勾配の多自然魚道の設置および在来種を用いた草地の復元を実現した。今後、さらに都市の生物多様性を高め、地域とともに育つ空間としての活用を目指す。
られている。そこには魚道が併設されているが、この魚道では特定の条件を満たす魚しか遡上できず、周辺の河川敷はコンクリートで覆われているという問題があった。そこで、大学と国、地域、企業が協力し、多様な魚種に対応した魚道、干潟を併設すると同時に、海と川が接する空間の自然再生を考慮したランドスケープ設計を行った。コンクリートを取り除き、緩やかな勾配の多自然魚道の設置および在来種を用いた草地の復元を実現した。今後、さらに都市の生物多様性を高め、地域とともに育つ空間としての活用を目指す。
【学識者等】
○いのちのたび博物館 ○九州工業大学 ○九州大学 ○流域住民団体
【関係機関等】
○芦屋町 ○嘉麻市 ○北九州市 ○国土交通省遠賀川河川事務所
【設計コンサル】
○八千代エンジニアリング ○㈱㈱建設技術研究所 ○㈱建設環境研究所
【施工業者】
○松浦・白石JV松正 ○福山JV ○株式会社三島建設