軟弱地盤改良用セメント系固化材について
新日鐵化学㈱高炉セメント技術センター
部長代理
部長代理
近 田 孝 夫
新日鐵化学㈱高炉セメント技術センター
課長代理
課長代理
永 浜 一 孝
1 はじめに
地盤の改良とは,土構造物の構築において不良土あるいは工事目的に適合しない土の力学的性質および水理学的性質としての強さ・変形に対する抵抗性および耐水性などを改善し,その工事目的に適合するようにすることである。
わが国においては,火山灰土をはじめとする不良土が広く分布しており,これらに対処すべく数多くの地盤改良工法が開発され施工が行われている。これらの工法を大別すると置換え工法やサンドドレーン工法に代表される物理的改良工法とセメント系固化材や石灰系固化材を用いての化学反応を利用した化学的改良工法の2種類に分けることができる。
最近では建設事業に対する社会的制約としての自然破壊の防止などの環境保全問題や建設工事側からの要請としての工期の短縮やその後の維持,補修の省力化などの観点から化学的改良工法が採用される機会が多くなってきているようである。
また,改良地盤の取り扱いにおいても不良土を単に改良した地盤としての評価から,土を材料とした基礎構造物の一部としての評価に変ってきており,今後も改良地盤に対する期待は更に大きくなってくるものと考えられる。
ここでは,セメント系固化材の特徴,長期材令での強度性状およびその用途について述べることにする。
2 セメント系固化材の背景
化学的改良工法の歴史は,古くは古代ローマ時代の石灰改良土によるローマンロードに始まる。わが国でのセメント系固化材の始まりは,昭和30年代に実施された土とセメントとの混合物によるソイルセメントと考えられる。当時のソイルセメントは路盤工の一部として各地の国道で使用されたものであるが,ソイルセメントの収縮に伴うリフレクションクラックの発生を最大の理由としてその後の普及は低調であった。
昭和50年代になって,セメントメーカー各社からセメント中の特定の成分を増強したり,混和材を加えるなどの方法によるセメント系固化材と呼ばれる特殊セメントが開発された。
これとあいまって,良質土の枯渇,軟弱地盤地域の開発,工事に伴う沿線道路のダンプ公害に対する社会的情勢などから,現地材料を高品位化して再利用する必要性を背景にセメント系固化材による工法が注目を浴びるようになってきたようである。
3 セメント系固化材の特長
3-1 改良の原理
セメント系固化材による土の改良原理は,一口で言うとセメントバチルスによる土の安定化と言えよう。
従来より,アロファン質粘土や加水ハロイサイ卜質粘土などのアルミナ含有土に対して石灰・石膏を添加すると3CaO•Al2O3•3CaSO4•32H2Oの構成式で表示されるセメントバチルス(鉱物名:エトリンガイト)が生成することが知られている。
このセメントバチルスを生成する反応は急速に起り,しかも構成式からも解るように多量の水を結晶水として固定することから,この反応の利用は高含水の土の処理に対して有効な手段になりうるものと考えられる。
また,このセメントバチルスの生成には添加成分の外に活性アルミナ源を必要とするが,アロファン質粘土,加水ハロイサイト質粘土では含有されるAl2O3と他の成分との結合の度合いが弱い,あるいは化学成分としてのAl2O3量が多いなどの理由から,土中のアルミナ源との反応が期待できセメントバチルスの生成が可能となる。
現在市販されているセメント系固化材は,その材料組成中にセメントバチルスを生成するに必要な化学成分が具備されており,多種多様な土に対して改良効果が期待出来るのはこのためと言えよう。
3-2 水和機構
一般に,セメント系固化材の水和機構は含有される成分の質と量によって若干異なるものと考えられるが,本質的にはセメントの水和機構と変わることはなく,セメント系固化材と高含水の土とを混合することにより,次の様な反応が起こる。
上記の反応による水和生成物の主なものは,けい酸カルシウム(写真ー1),水酸化カルシウム(写真ー2),エトリンガイト(セメントバチルス)(写真ー3)である。
エトリンガイトは重量で100のCaSO4に対して141のH2Oと66のCaO•Al2O3が化合している。
このエトリンガイトは,先にも述べた様に多量の水を結合した針状の結晶で,エトリンガイトが生成する際に結合する水量はエトリンガイト生成重量の46%程度と言われている。
3-3 強度増進機構
セメント系固化材は高含水の土と混合することで水和反応を開始するが,その際に生成する水和生成物による土の改良強度の発現機構は,次の様に考えられる。
(1) セメントの主要鉱物であるC3SやC3Aなどから溶出するCa++イオンは微細な土粒子を凝集し団粒化させ砂状にする。
(2) 多量のエトリンガイトを生成し,多量の水を結合水として固定するため,土の含水比を低下させるとともに,土粒子の移動を拘束する。
(3) けい酸カルシウム系の水和物により,土粒子相互を結合(セメンチング効果)し,強度を発現する。
(4) 長期的には,土中に含有されるポゾラン物質(コロイドシリカ,コロイドアルミナ)とCa(OH)2とでポゾラン反応を起こし,強度を増進する。
以上のセメント系固化材による改良強度の増進機構を模式図で示すと図ー1の様に表すことができ,セメント系固化材による改良強度の増進作用はセメントの水和反応に依存するところ大であると言える。したがって,土に対するセメント系固化材の混合量の多少により,その改良強度をコントロールすることが可能となる。
4 セメント系固化材による長期の強度性状
一般に,地盤改良工事で要求される改良目標強度は工期などの関係から,短期材令での強度指定が大半を占める状況にある。
一方,各種の構造物の下部層にあたる在来地盤の耐用年数は,ほぼ半永久的なものとしてとらえられており,改良地盤も土として考えるならば,その長期材令における強度も安定的なものである必要がある。
以下に,セメント系固化材による室内試験および実施工現場での長期材令強度の調査例を示す。
4-1 室内試験における長期材令強度
軟弱なシルト質土(湿潤密度=1.569g/cm3,乾燥密度=0.9819 g/cm3,含水比=60%)とセメント系固化材(混合量=100kg/m3)による湿空養生と水中養生における材令の経過と改良強度の関係を図ー2に示した。
セメント系固化材による改良土は,その養生条件に係わらず材令の経過に伴い,一軸圧縮強度で示される改良効果は大きくなる。
改良直後より経過材令1年までの改良強度の伸びは大きく,その後,調査材令4年までの強度の伸びは小さいものの,強度の低下傾向などは見られず,材令4年以降においても微増ながら強度増進の傾向が伺える状況にあった。
4-2 実施工現場における長期材令強度
本調査結果は,セメント系固化材による改良路床地盤の供用開始13年後の改良土の性状を調査したものである。
(1)施工条件
改良対象土:火山灰粘性土(含水比=54~56%)
固化材添加量:12.4%(対乾燥土量比)
改良目標強度:施工1日後のCBR=10%以上
(2)舗装断面
道路の舗装断面図を図ー3に示した。
(3)調査項目
1)改良路床土のCBR値
2)改良路床土の密度
3)改良土のX線回折
4)改良土の電子顕微鏡観察
(4)結 果
1)CBR値
施工後の経過材令と現場CBR値との関係を図ー4に示した。
表層および路盤を取り除き,測定した改良路床4ケ所のCBR値は91~149%,平均値で122%であった。
測定されたCBR値のバラッキは大きなものであったが,目標強度もさることながら材令14日のCBR値に比べても強度の低下は認められず,むしろ微増ながら強度増進の傾向が見られ,改良路床地盤は13年間の供用に対しても十分安定した強度状態を示していた。
2)地盤密度
未改良土の締固め試験結果に,地盤密度の測定結果をプロットしたものを図ー5に示した。
改良路床4ケ所の密度測定結果は1.365~1.385 g/cm3,平均値で1.379 g/cm3であった。改良路床地盤の状態を未改良土の締固め試験による最大乾燥密度に対する締固め度で見ると施工時の締固め度94~100%に対して,調査時の締固め度は94~97%で施工時と大きな差は見られず良好な地盤状態を示していた。
3)X線回折
改良土の粉末X線回折チャートを図ー6に示した。
回折チャートからは,粘土鉱物としてハロイサイト,温度履歴の見られる鉱物としてクリストバライト,その他の鉱物として石英,長石が認められ,改良対象土が火山灰質土であることが分かる。また,セメント系固化材による水和反応物質としてエトリンガイトが確認された。
4)電子顕微鏡観察
改良土の電子顕微鏡観察結果を写真ー4に示した。
土粒子間の空隙中に架橋構造をなして生成する針状のエトリンガイトとエトリンガイト空間を埋めるように,カルシウムシリケイト系の水和物と思われるものが認められ,施工後13年を経過してもセメント系固化材の特性は維持されていることが確認された。
以上の室内および現場におけるセメント系固化材の長期材令強度の調査結果から判断して,土構造物として土中に埋設された基礎地盤などのように環境条件として湿潤状態に置かれたセメント系固化材による改良強度は,改良後1年程度までは大きな伸びが見られ,以後の材令の経過についても伸びは小さくなるものの相当の期間,強度は増加するものと考えられるが,上載構造物に対しての耐用年数30年あるいは50年のほぼ半永久的年数として考えられる経過材令での改良地盤の性状については,今後も追跡調査を行い確認する必要があると考える。
5 セメント系固化材の用途
軟弱地盤の改良工法は,その改良深度によって浅層改良工法(深度3m程度まで)と深層改良工法(深度3m以上)に区別され,固化材の使用形体によって粉体混合方式とスラリー混合方式に分けられる。
一般に,浅層改良では粉体混合が,深層改良ではスラリー混合が用いられることが多いようである。
以下に,工法別に用途とその目的を示すが,改良地盤の良否は土と固化材の混合の程度によって決まると言っても過言ではなく,改良対象土の土質に対する固化材の使用形体ならびに施工機種の選定には注意を払う必要がある。
6 おわりに
以上,セメント系固化材の一般的な事柄について述べてきたが,セメント系固化材が今日の状況にあるのは,セメントメーカー各社の品質改善の努力とともに,設計,施工,施工機械など多岐に亘る分野の力の結集によるものと考えられる。セメント系固化材の今後の更なる発展に対して,各分野一層の協力をお願いするものである。
参考文献
社団法人セメント協会:セメント系固化材による地盤改良マニュアル