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赤谷川流域における効果的な土砂・流木捕捉施設の検討
~水理模型実験を活用した砂防施設の検討事例~

国土交通省 九州地方整備局
 筑後川河川事務所
 九州北部豪雨復興出張所 技術第三係長
梅 本 武 史

キーワード:九州北部豪雨、砂防事業、遊砂地、水理模型実験、屈折河道、導流堤

1.はじめに
「平成29年7月九州北部豪雨」(以下「九州北部豪雨」という。)では、赤谷川流域など筑後川右岸流域で同時多発的に斜面崩壊等(写真-1)が発生した。その結果、大量の土砂や流木が流出し、多数の人的被害や家屋被害が生じた。

写真1 赤谷川流域で発生した斜面崩壊 平成29年7月

特に赤谷川流域は斜面崩壊が多く発生し、渓流や河道に大量の不安定土砂や流木が堆積した。これら土砂等の再移動による災害発生を防止するため、福岡県知事からの要望を受け国土交通省九州地方整備局において直轄特定緊急砂防事業を実施している。
また、赤谷川、乙石川及び大山川については、福岡県知事からの要請を受け、改正河川法に基づく「権限代行」制度を全国で初めて適用し、砂防事業と連携して応急復旧工事及び本復旧工事を実施している。
九州北部豪雨復興出張所(以下「出張所」という。)では、九州北部豪雨による被害が甚大であったことから、先駆けて応急的な対策を行ってきた。九州北部豪雨から3年が経過した現在は、本復旧に向けた整備を推進しているところである。
赤谷川流域の中でも未だ河床・渓流内に大量の不安定土砂や流木が堆積し、その流出対策が急務である支川乙石川流域では、赤谷川への膨大な土砂・流木の流出を抑制するため、砂防堰堤の整備に加えて、河道内に貯留施設(遊砂地)の整備を計画している。遊砂地内の土砂・流木流出の挙動は複雑であり、遊砂地の形状に依存するところが大きいことから、水理模型実験を活用して施設構造と効果の検討を行っている。本稿はその内容について報告するものである。

2.乙石川遊砂地の必要性
(1)乙石川流域における砂防事業
乙石川は延長4.0㎞、流域面積6.0km2、河床勾配1/4~1/30の急流河川であり、赤谷川流域面積(約19km2)の約3割を占める。地質は花崗閃緑岩が主体で、それが風化した粒径が小さく流動性の高い真砂土で構成されている。九州北部豪雨での流出土砂量を見てみると、赤谷川流域全体で350万m3に対し、乙石川流域は150万m3と支川の中で最も多い。現在も乙石川流域内の河道や渓流には未だ残存土砂が多く存在(写真-2)し、土石流及び土砂・洪水氾濫による多大な被害が発生する可能性が高いことからその対策が急務である。
そのため、乙石川流域では土石流対策と土砂・洪水氾濫対策の両方を目的として選定した17渓流、土砂・洪水氾濫対策のみを目的として追加した2渓流の計19渓流において砂防堰堤等の整備を行う計画である。

写真2 大規模崩壊地直下の土砂流木堆積状況 平成29年7月

(2)乙石川遊砂地の必要性
乙石川遊砂地はその施設規模が大きいことにより掘削にかかる費用等が高かったため、経済性を主な理由として当初計画には含まれていなかった。しかし、その後の河川事業における河道計画の見直しにより当初計画よりも掘削単価が大幅に減少し、さらに関連工事との連携(掘削土砂の再利用)を行うことで、当初計画であった19渓流全てに砂防堰堤の整備を行う計画よりも、土砂・洪水氾濫対策のみを目的とした砂防堰堤を整備する渓流を極力減らし、代わりに乙石川本川下流に遊砂地を整備する計画の方が経済的に優位となった。また、経済性以外でも下記の点においてメリットが期待できたことから、総合的に判断した結果、下流域の土砂・洪水氾濫を防止する目的で、乙石川遊砂地にて土砂・流木の整備を図ることとした(写真-3)。

写真3 乙石川遊砂地整備予定箇所(赤谷川・乙石川合流点)

<乙石川本川0.5k付近で遊砂地を整備する利点>
a)地形的な条件を生かして、遊砂地の堰堤を河道狭窄部に計画し、左岸側上流で土砂捕捉空間を大きく確保することで、効果量が大きくかつ効率的である。
b)砂防堰堤の整備対象外の渓流から突発的に土砂・流木が流出した場合でも、それらを捕捉することが可能。
c)除石・除木作業を行う際の距離も短く、アクセスも容易になることから維持管理面で優れる。

(3)乙石川遊砂地(応急対策施設)の効果
九州北部豪雨災害を受け、流域内に堆積した不安定土砂等の再移動による二次災害を防止するために、乙石川流域では応急対策施設としてブロック積の遊砂地を先駆けて整備している。乙石川と赤谷川の合流点より上流0k500付近に位置し、地形的には直上流の左岸側が土砂捕捉空間として広く確保できるなど好条件が整っていることもあり、九州北部豪雨後の2度にわたる出水(平成30年、令和元年)では、それぞれ約1万5千m3の土砂を捕捉し、下流域における河床上昇を低減、土砂・洪水氾濫被害を防いだ(写真-4)。これらの効果実績が乙石川遊砂地を恒久対策施設として整備する要因にもなっている。

写真4 乙石川遊砂地(応急対策施設) 土砂捕捉状況( 平成30年:左上下、令和元年:右上下)

3.水理模型実験(当初案)
(1)水理模型実験の必要性
遊砂地を整備する場合、その土砂捕捉空間が広大であり、施設構造・流量・河道幅・河床幅・時間経過による粒径の変化等の条件が複雑に作用するため、これらの条件の違いによる影響を正確に分析する必要がある。また、様々な現象に対して効果を検証し、最大限効果を発揮することのできる施設構造の検討を行う必要があることから、水理模型実験を行うこととした。

(2)乙石川遊砂地の基本的な設計の考え方
a)計画規模
砂防計画上の施設規模は、1/100計画規模における各流域からの超過土砂・立木量を想定し、それに対応可能な土砂捕捉空間を確保することを目標として乙石川遊砂地計画地点での計画規模を以下の通り設定した。立木量は九州北部豪雨後に乙石川流域内に残存している立木量を調査しその値を用いた(表-1)。
ただし、乙石川における河道計画は1/30計画規模で設定されていることから、1/30計画規模における出水現象を想定し、これに対しても対応が可能となる施設構造を検討することとした。

表1 計画規模

b)堰堤形式
乙石川遊砂地の堰堤形式は透過型(堰上げ型)を採用した。乙石川遊砂地は乙石川本川に整備する計画であり、その上下流で行われている河川事業では、多自然川づくりに配慮しながら河道改修を進めており、河道の連続性を確保する必要があることから、堰堤形式は透過型を採用することとした。
透過型砂防堰堤は、一般に土砂移動の形態(図-1)により土石流区間は「閉塞型」、掃流区間は「堰上げ型」に分類される。遊砂地計画区間及び上下流河道の計画縦断勾配はi=1/30~1/35であり、掃流形態での土砂移動の形態が想定されることや維持管理の容易さを考慮し、土砂捕捉形式は堰上げ型とした。また、堰上げ型の土砂捕捉効果を発揮する形式としては、コンクリートスリット形式と大暗渠形式がある。後述する水理模型実験にて比較検討を行った結果、若干ではあるが大暗渠形式の方が土砂捕捉率が高い結果となったこと及び周辺との景観性等を理由に、大暗渠形式を採用した(図-2)。本稿では大暗渠形式に着目して水理模型実験の報告を行う。

図1 土砂移動形態の河床勾配による目安

図2 大暗渠砂防堰堤のイメージ

c)施設配置計画
遊砂地内の計画縦断勾配は、上下流の河道計画と整合を図り、計画縦断勾配i=1/30~1/35で設定した。また、河道の連続性を確保するため、斜路構造で有効落差を低く抑えた落差工を設置し、常時及び小規模出水時における流水をスムーズに流下させるため、法線を河道計画と一致させた計画規模1/10の低水路を設置した。さらに、河床及び河岸の流出防止を目的に帯工・床固工を設置した。側方は左岸側を通る市道に影響が及ばない範囲で可能な限り広げることで堆砂空間を大きく確保した。

d)堰堤規模(高さ)
左岸側を通る市道の道路高、遊砂地上流の農地高及び道路高を考慮して、堰堤高は9.0mを上限とした。

(3)計画諸元及び平面・縦断形状(当初案)
河川砂防技術基準(案)等の設計基準に基づき設計を行った結果、乙石川遊砂地の計画堰堤諸元及び平面図・正面図を(図-3)に示す。
大暗渠形式における透過部の構造は半円のオリフィス公式を用いて検討を行い、砂防基本計画の計画規模1/100の洪水時でも水通し部を越流させず、乙石川の河道計画の計画規模1/30の洪水時に一定の堰上げ高を確保できるよう設定し、暗渠径は石礫により閉塞しない幅により設定する。
この条件下で検討した結果、直径5.5mの半円暗渠が2門必要となる計算となった。堰上げ高、施設効果の詳細については水理模型実験により確認する。

図3 乙石川遊砂地 計画平面図(左上)、堰堤諸元(右上)、正面図(下)

(4)水理模型実験の概要
a)目的
計画規模1/100の出水現象において最大限の効果を発揮し、透過型砂防堰堤の「堰上げ」土砂・流木を捕捉すること、計画規模1/30において計画値以上の土砂量を捕捉し、一定量の流木量を捕捉すること、出水時に左岸側道路で氾濫しないこと等を確認し、遊砂地の最適な形状の立案を目的とした。

b)水理模型実験で確認する現象
実験で確認する現象は、下記の計画規模洪水時における土砂流木の流出状況とする。
①計画規模 1/100(計画流量 154m3 /s)
  ※砂防事業の計画規模
②計画規模 1/30( 計画流量 132m3 /s)
  ※河川事業の乙石川流域の計画規模

c)実験模型の諸元
①模型縮尺
模型縮尺を1/20以上にすると流量が大きくなり供給土砂の多くが浮遊して流下する可能性が高いため、模型縮尺は1/25とした。また、模型の取り入れ範囲は上下流の河道計画を考慮し450m区間とした(写真-5)。

写真5 大暗渠形式 模型全景

②実験砂
粒度分布は、九州北部豪雨直後に調査された粒径分布の平均値(粒径小)及び令和元年6月に河床材料調査を実施した結果(粒径大)の2種類とした。

③実験ハイドログラフ
ハイドログラフは、計画規模1/100及び1/30の2種類とし、これを用いて実験用のハイドログラフを作成した。計画規模1/100のハイドログラフを示す(図-4)。

図4 計画規模 1/100 のハイドログラフ

④供給土砂量及び流木量
供給土砂量及び流木量は 3.(2)a)表-1 のとおり。

d)実験ケース
実験ケースとして、堰堤形式や流量などパターンを様々に組変えた合計 23 ケースを行った。

(4)水理模型実験結果(当初案)
計画規模1/100で実験砂が九州北部豪雨直後(粒径小)、供給土砂量44,700m3の条件での結果を考察する。土砂捕捉空間に洪水流を導流し、透過型砂防堰堤の「堰上げ効果」により流速を低減させ土砂捕捉空間全体で土砂を捕捉する計画としていたが、堆砂は低水路付近に集中(写真-6)し、左右岸のスペースを十分に活用できていなかった(写真-7)。これは、低水路区間の流速が想定よりも速く、計画規模1/100の流量において土砂捕捉空間内で「堰上げ効果」による流速の低減が図りきれず、直線的な流れが発生し粒径の細かい土砂が水の流れに沿って堆積したものと想定される。遊砂地内で捕捉した土砂量は30,200m3、給砂土砂量の67.6%に留まった。

写真6 洪水ピーク時における土砂堆積状況

写真7 洪水末期における土砂堆積状況

4.水理模型実験(改良案)
(1)課題及び改良方針
実験結果を踏まえた課題としては、現在の水路形状では射流で流入しており、流速が速すぎることが土砂捕捉空間を十分に活用できていない原因であることから、遊砂地に流入する流速の低減を図ることを改良方針とした。

(2)改良案の検討
改良案検討にあたり、武田信玄が行った山梨県の御勅使(みだい)川治水事業のうち「将棋頭」、福岡県うきは市吉井町にある「山曾谷(やまそだに)川の屈折河道」の2つの河川構造物がヒントとなった。
「将棋頭」は将棋の駒の頭部に似た石積みの堤防であり、川の流れを将棋頭にぶつけて流れを二分し水勢を弱める仕組みである。「山曾谷川の屈折河道」は、洪水時の流心線が屈折しており、外側護岸前で渦を巻いて減衰、内側に土砂が堆積する仕組みである。これらの構造は、流路で導きたい方向へ導流したり、水の流れを正面から受け止めるといった一般的な発想ではなく、洪水流に対して斜めに構造物をあえてぶつけて分流したり、洪水流の方向を敢えて逸らして受け流すという考えである(写真-8)。
この考えを踏まえ、低水路の湾曲部に導流堤を設置し、洪水流を堰堤正面ではなく左岸側へ導流させ、右岸側へ滞留する流れを作ることで左右岸の空いたスペースへ堆砂が促進されるよう改良を行った。さらに、洪水流の流速を低減させるため、低水路の湾曲部外湾側(左岸側)を全体的に緩勾配化(傾斜地化)を図った。

写真-8 山曾谷川の屈折河道( 福岡県うきは市吉井町)

(3)乙石川遊砂地の設計見直し(改良案)
流速低減と左右岸の堆砂空間の有効活用を目的に、以下の2点について設計見直しを行った(図-5、写真-9)。
・導流堤を設置する。
・低水路の左岸側を緩勾配とする。

図5 乙石川遊砂地 計画平面図(改良案)

写真9 遊砂地模型(改良案)

(4)水理模型実験結果(改良案)
計画規模1/100で実験砂が九州北部豪雨直後(粒径小)、供給土砂量が44,700m3、供給流木量345m3の条件で行った実験結果を考察する。
導流堤の効果により洪水初期より左岸側への導流が促進され、洪水末期まで右岸側へ滞留する流れを導いたことにより、堆積土砂の局所的な侵食を減らし、土砂捕捉率の向上に寄与した(写真-10)。
低水路の左岸側を緩勾配とすることで水面が広がり流速が低下したことと、堰堤のせき上げ効果による流速低減により、跳水位置が上流側に出現し、そこから放射状に堆砂が促進することが確認できた。
これら効果により、土砂捕捉空間に土砂を十分堆積させることができた(写真-11)。結果として、土砂捕捉量37,100m3、土砂捕捉率は83%となり、洪水ピーク時では98.9%と十分な施設効果が確認できた。流木捕捉率は55.3%と半数以上となり、一定の効果が確認できた。
なお、別の実験ケースで計画規模1/30において計画値以上の土砂量を捕捉し、一定量の流木量を捕捉すること、出水時に左岸側道路で氾濫しないことも確認できた。
以上より、堰堤形状は大暗渠、低水路には緩勾配を設け、導流堤を設置する計画で決定した。

 写真- 10 洪水末期における土砂流木堆積状況

写真11 洪水初期における土砂流木堆積状況

(5)実験から得られた課題
土砂の捕捉率は十分な結果が得られたが、流木の捕捉率はおよそ半分程度と決して高くない。また、改良案では流木捕捉工は副堰堤に設置していたが、除木管理のことも考慮すると、上流側に設置した方が良いとの見方もできることから、流木捕捉工は改良の余地がある。

5.今後の予定
水理模型実験より乙石川遊砂地の基本設計が固まったことから、今後はより詳細な構造物の設計や施工計画、維持管理計画等の検討を進めていく。さらには遊砂地の広い土砂捕捉空間を使った利活用計画の立案などを関係機関や地元住民と協議しながら行っていく予定である。

6.おわりに
平成29年7月九州北部豪雨発生から3年を経過した。九州北部豪雨復興出張所では平成30年4月1日の開所より地域に寄り添いながら、関係機関とも一体となって復旧・復興に全力で取り組んでいる。引き続き、地域の皆様のご協力を頂きながら事業を進めるとともに、本復旧の更なる推進を図っていく所存である。

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