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西之谷ダムの設計における合理化について
~シラス地帯に建設した重力式コンクリートダム~
日髙正明

キーワード:流水型ダム、地質、マット形式、造成アバットメント工法、環境整備

1.はじめに
西之谷ダムは、鹿児島市内を流下する二級河川新川上流の鹿児島市西別府町西之谷地先に建設した重力式コンクリートダムで、治水のみを目的とした洪水調節専用ダムとして建設したものであり、新川治水計画の一環をなすものである。
二級河川新川の沿川は、道路等の公共施設や住家などが密集し街並みが形成されていることから、河川改修のみで治水安全度を確保するには、多くの用地取得や橋・道路の付替え等が生じることから困難であり、河川改修とダム建設により、必要な治水安全度を確保することとした(図-1)。

2.西之谷ダムの概要
ダムの規模は、堤高21.5m、堤頂長135.8mであり、洪水調節は、総貯水容量793,0003を年間通して利用し、ダム地点における計画高水流量95m3/s のうち65m3 /s を調節する計画である。
ダムの建設は、昭和47 年度から実施計画調査を開始し、平成4年度に河川総合開発事業として建設採択され、平成24 年度に竣工している。ダム及び貯水池諸元を表-1、図-2~3に示す。

3.ダムサイトの地質概要
ダムサイトの地質は、表-2に示す新生代第四紀(258.8 万年前~現在)の地層で構成されており、これらの地層はダム軸断面では見かけ上、左右岸方向に概ね水平に分布していることが確認されている(図-4)。

なお、ダムサイト掘削面に出現する地質は、河床部では城山層(中部凝灰角礫岩層(Smb)、中部凝灰岩層(Smt):火砕流堆積物、上部砂岩層(Sus):水成堆積物、上部凝灰岩層(Sut):降下火山灰)であり、両岸アバット部では、入戸火砕流堆積物(Itb):火砕流堆積物が分布している。
城山層は堆積軟岩であることから、基礎掘削においては基礎岩盤を弛めないよう、仕上げ掘削は人力で慎重且つ丁寧に行うとともに、基礎岩盤の劣化を防ぐため岩盤検査のエリアを細分化し32回におよぶ岩盤検査を実施した。
基礎掘削後、詳細調査を行った結果を以下に示す。
①分  布:各地層はダム軸断面では見かけ上、左右岸方向に概ね水平に分布している。
②岩盤特性:城山層は、一定の強度を有するものの、高いせん断強度を有しているとは言い難い(CLH 級岩盤)。入戸火砕流堆積物(シラス)は、せん断強度が期待できない非常に軟質な岩盤である(CLL 級岩盤)。
③透 水 性:城山層及び入戸火砕流堆積物(シラス)の新鮮部は、いずれも非亀裂性の均質な岩盤であり、難透水性である。ただし、入戸火砕流堆積物は、浸透破壊に対する抵抗性が小さい。

4.岩級評価
ダムサイトの基礎岩盤は、表-2の地質区分に示すように地層毎でも多様な岩層を示すが、各種の原位置試験や室内試験を行うことで、岩層による物理特性や力学特性のばらつきがないことを確認している。その上で、①割れ目の存在しない非亀裂性岩盤であること、②断層や変質等による岩盤劣化が認められないこと、という特徴に着目し硬さのみを指標とした岩級区分を行った(表-3、図-5)。

5.透水性評価

ダムの基礎岩盤は、深部に分布する加久藤火砕流堆積物の溶結凝灰岩高溶結部以外は、非亀裂性岩盤であり密実で均質な岩相であることから、ダルシー則が適用できると判断し、透水係数による透水性の評価を行った(表-4、図-6)。

6.基礎岩盤の強度特性を考慮した合理化
(1)堤体基本形状の合理化
河床部に分布する堆積軟岩である城山層のせん断強度は、τ0 = 0.15 N /m㎡程度で決して高いせん断強度を有しているとは言い難い。これに起因して、せん断抵抗長を確保するために堤敷幅が広くなることにより、基礎岩盤の変形に伴う堤体底面部の引張応力の発生や打設設備の規模の増大が課題となったため、新たな視点で城山層に対する堤体基本形状の検討を行った。
従来の考え方に基づくフィレット形式と軟岩基礎に採用されるマット形式に対する比較検討を行った結果、①必要せん断抵抗長を確保するとともに堤体積の軽減が図れる。②マット部に施工継目(スロットジョイント:一体化)を設けることにより、堤体底面部の引張応力に対する課題を解決できる。③ブロック分割することで、打設設備の規模縮小が図れ、経済性を大幅に改善できる、などの理由から、マット形式を採用した。

堤体基本形状の設計の手順を示す。
①越流部断面(最大断面)において、ミドルサードの条件により下流面勾配を設定。
②非越流部断面において、せん断に対する安全性を満たす上流面形状(フィレット勾配、始端標高)を設定。
③越流部において、せん断に対する安全性を満たすマット形状(せん断抵抗長)を設定。

マット形式の配置要件を以下に示す。
①マットの厚さは、基本三角形及びマット部の
応力性状を考慮して、堤高の20%以上の厚さを確保する。
②マットの長さは、基本三角形からのマット部への応力伝達を考慮して、基本三角形の底幅と同程度を上限として所要の安全率を確保する。

(2)アバット処理の合理化( 傾斜型造成アバットメント)
ダム本体は堅固な基礎岩盤に着岩させることが基本であるが、両岸アバット部には水平に分布する入戸火砕流堆積物(シラス)の軟質層(CLL 級、D 級)が存在し、せん断強度等が期待できないため、堤体を直接乗座させることが困難であったことから、この軟質層のシラスへの対応は当初からダム建設上の課題の一つであった。
アバット処理工の検討にあたっては、従来工法である箱形地中連続壁工と人口岩盤を造成する傾斜型造成アバットメント工の比較検討を行い、コスト縮減、工期短縮及び改変面積の縮小の観点から傾斜型造成アバットメント工を採用した。
傾斜型造成アバットメント工の設計は、施工時(堤体打設前)にはもたれ擁壁として所要の安定性(ダム軸方向二次元断面)を確保し、ダム完成後は堤体と一体のブロックとして上下流方向の滑動に対して所要の安定性を確保するように、その形状及び規模を設定した。その際、基礎岩盤を含むダム軸方向二次元断面モデルによる弾性解析(FEM 解析)を実施し、入戸火砕流堆積物(CLL級岩盤)の変形に伴う発生応力を照査し、ダム基礎として応力変形に対して適正な断面規模であることを確認した。
【配置要件】
①造成アバットメント背面に着岩させるべき地山が上下流方向に十分な厚みで分布する。
②底面基礎に十分なせん断強度を有した岩盤が分布する。(CLH 級岩盤の城山層)
③背面基礎に十分な耐変形性を有した岩盤が分布する。

施工においては、粗掘削後、速やかにモルタル吹付を行い、雨水等に対する浸食防止対策を施した。コンクリート打設等は、堤体打設より数ヶ月先行して行い、仕上げ掘削、岩盤スケッチ、コンクリート打設のサイクルで打設リフト毎に施工した。堤体を乗座させる段階では、堤体コンクリートの付着力を高めるため、造成アバットメント表面の堤体乗座範囲のチッピングを行った。

(3)基礎処理の省略( 水理地質構造を踏まえた止水計画)
本ダムの止水計画については、ダム基礎岩盤である河床部の城山層及び両岸アバット部の入戸火砕流堆積物の新鮮部は、いずれも非亀裂性岩盤の密実で均質な岩盤であり、不透水性~難透水性(k=1 × 10-4~ 1 × 10-5㎝ /s)であることから、以下に示す理由により、コンソリデーショングラウチング及びカーテングラウチング等の基礎処理は省略することとした。ただし、両岸アバット部に分布する入戸火砕流堆積物は、浸透破壊に対する抵抗性が小さい地質であることから、浸透破壊に対する安全性を確認する必要があった。
①城山層は、非亀裂性岩盤の密実で均質な岩盤であり、透水係数k=1 × 10-5㎝ /s 以下の難透水性であるため、基本的に浸透水量の問題がないこと。
②造成アバットメント背面の基礎岩盤である入戸火砕流堆積物(新鮮部)は、亀裂のない密実で均質な岩盤であるため、基本的に浸透水量の問題がないこと。
③右岸の地下水位は、サーチャージ水位まで上昇しており大きな変化がないこと。
④左岸の透水性は、山体斜面に沿って透水係数区分①ゾーン(k=1 × 10-5㎝ /s 以下)が高まりを示していること。

次に、浸透破壊の対象となる両岸アバット部に分布する入戸火砕流堆積物の安定性検討についてであるが、基本的な性状を整理すると、複数の異なる透水ゾーンが存在するため、それぞれのゾーン内の浸透流の動水勾配に緩急の差が生じる。一方、それぞれの透水ゾーンでは、ゾーンの透水性に対応した限界動水勾配を有している。更に、岩級区分が透水性区分及び限界動水勾配区分のいずれとも対応することから、結果的に透水性区分と限界動水勾配区分を関連付けることも可能であった。
したがって、検討に当たっては、まずは地質性状等を考慮した地質、岩級区分毎に詳細な透水性及び限界動水勾配の区分を行い、次に、透水性区分を考慮した動水勾配が最大となる浸透経路を設定し、透水ゾーン毎に整理した動水勾配と限界動水勾配区分との関係から浸透破壊に対する安全性を確認することとした。

検討の結果、両アバット部に分布する入戸火砕流堆積物は、浸透破壊に対しては十分な安全性を有していると判断し、基礎処理を省略した。
施工時においては、各地層に対して現場透水試験を実施し、調査時の透水性の評価に問題ないことを確認するとともに、試験湛水においても、基礎岩盤からの浸透量は少なく白濁等も認められなかったことから、本ダムにおける止水計画の妥当性が検証できた。

7.貯水池内の自然環境対策
(1)自然環境対策の必要性
本ダムは、所要の洪水調節容量を確保するため、約45 万m3の貯水池内掘削を行っている。このため、貯水池内掘削に伴う人為的な改変により、当該集落に従来からあった田園風景が失われるとともに、景観や自然環境に影響を及ぼす可能性が生じた。
このようなことから、流水型ダムである特徴を活かし、貯水池全体を湿地として再生し、自然環境に対して与える影響を極力回避するための貯水池内整備を行った。
整備にあたっては、過去の環境状況に対する地域住民ヒヤリングを行うとともに、模型を使った地域住民とのワークショップを3 回開催し、地元意見の反映にも努めた。

(2)貯水池内整備の方針
地域の景観に配慮し、自然の営みを視野に入れ、河川が本来有している動植物の生息、生育、繁殖環境及び多様な景観を保全・創出することを目標とした。
①多様な種の生息、生育、繁殖環境を創出すること。
②里山風景を再生すること。
③人と生物のふれあいの場を創出すること。

(3)貯水池内整備の内容
貯水池内底面には、現河川や沢水、湧水等から僅かな流水を導水した素堀りの湿地、クリーク及び棚田等を整備した。また、貯水池内の現河川の蛇行したままの法線形を維持し、既設の護岸を撤去し、自然の川に近い姿に復元するとともに、湿地が長期的に維持されるよう、小規模洪水でも度々貯水池底面に氾濫するよう河床を底上げした。河床底上げの際には、本来の元河床にある河床砂礫を採取・保存し、底上げ後、河床面に敷均し、本来の元河床の再生に努めた。

(4)整備の効果
流水型ダムの貯水池内全面を利用した大規模な湿地再生は事例がなく、また、出水の規模により縦断的な湛水区域が異なることによる多様な湿地環境が創出されている。
現在、貯水池内の水生昆虫調査において、コガタノゲンゴロウ(絶滅危惧Ⅱ種:環境相)やセスジダルマガムシ(分布特性上重要種:鹿児島県)など31 種のほか、止水性甲虫種も確認されている。
また、鳥類においては、ハヤブサ、サシバなどのほか、新たに貯水池内を流れる川の水辺付近に営巣するカワセミなども確認されるようになった。魚介類ではミナミメダカなどが確認されている。
このように、湿地等の整備により水生生物や植物などの生息、生育、繁殖環境の基盤となっており、徐々にではあるが多種多様な環境が創出されつつあり、環境の保全・創出に対する貢献度は高いものと考えている。
今後は、湿地等における水生生物や植物などの経年的変化や、大規模出水時における土砂の移動や堆積等による影響など、自然環境の長期的モニタリングを行っていく必要がある。

8.基礎掘削時における配慮事項
基礎掘削時には、掘削面で確認した基礎岩盤状況が、当初想定(調査時)と同様であることを検証するため、ハンマーの打診による定性的な評価に併せて、簡易試験(針貫入試験)による掘削面の強度を確認し、定量的な硬さ指標から相対評価を行い、掘削面の地質や岩級等を判定している。
また、ダム基礎岩盤となる城山層に対する基礎掘削の段階では、粗掘削後に弛み範囲を簡易試験(針貫入試験)により確認するとともに、この弛み範囲を仕上げ掘削深さに反映させ、仕上げ掘削は人力により丁寧に行った。
更に、岩盤面を長期間放置させないよう、岩盤検査については延べ32 回実施し、打設ブロックを細かく分割することで、より新鮮な状態の岩盤面の確保に努めた。
以下に、粗掘削からコンクリート打設までの施工手順を示す。

9.おわりに
本報では、ダムサイトにおける地質上の課題から、堤体設計、両岸アバット処理及び止水処理等に対する合理的な対応技術や、常時貯水のない流水型ダムの特徴を活かした自然環境等に配慮した貯水池内整備について報告させていただいたが、これらの設計・施工技術がダム技術のみならず、一般土木技術に活かされることを期待している。
最後に、西之谷ダムの設計から建設にあたり、多大な御指導、御協力を賜りました一般財団法人ダム技術センターや㈱建設技術研究所九州支社の皆様に対して、本稿をお借りして深く感謝申し上げます。

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