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筑後川堤防におけるモグラ孔対策について(第2報)

通商産業省資源エネルギー庁
開発課電源立地対策室課長補佐
(前筑後川工事事務所調査課長)
入 江  靖

建設省大隅工事事務所
高山出張所長
(前筑後川工事事務所
調査課調査第一係長)
渡 邊 英 敏

1 はじめに
筑後川工事事務所では,筑後川堤防を対象としてモグラ孔の分布の実態や,それに関連した植生分布等の調査を行っている。
今回,既往調査結果を踏まえ,筑後川堤防の植生状況とモグラ孔の関係,およびモグラ孔対策等について検討を行ったので紹介する。

2 調査の概要
2.1 筑後川堤防植生調査(平成2年度九州技術事務所による調査)
筑後川堤防上の河川植生の根系分布状況,土壌動物の餌の分布状況,およびモグラの餌となるミミズ,昆虫類の生息状況を14k850地点(六五郎橋)から52k000地点(恵蘇宿)までの区間のうち8箇所について調査を行った。ただし,モグラ孔の調査については,断面開削ではなく,突き棒による調査であるため必ずしも正確な調査とは言えない。
(1)モグラ孔の分布と植物の関連性
① 春季の深根性植物の群落で見られるモグラ孔の深さは,浅根性植物のモグラ孔よりも深い。この傾向はアブラナ科の植物に限らず,イネ科等の植物にも見られる。
② 秋季には,セイタカアワダチソウ,セイバンモロコシ,チガヤ等の深根性植物にモグラ孔の分布が多いという傾向は見られない。
③ モグラ孔は,菜の花,大根を含め,いずれの植物にも分布する。また,ミミズはどのような植物の根も餌とするため,モグラ孔もすべての植物の所に分布すると考えられる。更にモグラは春になると繁殖期に入るため,必然的に行動が活発になるためモグラ孔も深くなると推測される(図ー1)。

(2)モグラ孔の分布と堤体土の特性との関係
モグラ孔の分布と堤体土の特性との関連性を述べると次の通りとなる。
① 表層が乾燥している所ではモグラ孔の分布は比較的少ない。
② モグラ孔の分布の多い表層付近は,柔らかい土壌である。
ミミズは,ある程度湿った所で,粘性土等のかたい所より,ある程度砂分の混入した土質で,植物の根による腐殖された軟らかい土壌を好む。このためミミズを餌とするモグラ孔の分布も①,②に示されるような結果になると考えられる。
2.3 筑後川堤防の現地調査について
植生の種類,地形,地理的条件(周辺の土地利用等)等によるモグラ孔の分布状況を調査するため,平成4年4月下旬より5月上旬にかけて筑後川左右岸(河口から日田(60k000)まで)の堤防について現地踏査を実施した(図ー2)。
① 左右岸ほぼ全域にわたって菜の花,ダイコンの花の分布がみられる。
② モグラ塚,モグラ孔は,菜の花,ダイコンの花にかかわらず雑草地帯にも多く見られる。ただし,芝の箇所はこれらの箇所に比べ少ない。
③ 周辺の土地利用にはあまり関係なく平均的にモグラ孔は見られる。
④ 日の当たる乾燥しやすい箇所は,湿潤箇所に比べてモグラ孔は比較的少ない(堤防法尻付近の湿った所にモグラ孔が集中していた)。
以上のことから,筑後川の堤防には,いたる所菜の花・ダイコンの花・雑草等が殖生し,モグラ孔も全体にくまなく存在することがわかった。ミミズの生息に適した湿潤した土壌が柔らかい所にモグラ塚も多く,九州技術事務所の調査結果と一致した。

2.4 東櫛原地区調査
本川左岸28k850~29k350付近の500mの旧堤における春季の植物の分布およびモグラ孔の分布状況を把握し,開削調査の位置を選定するために調査を行った(図ー3)。踏査は川表側,川裏側で行い,500mの区間を10工区に分け詳細に観察した。
① 川表,川裏とではモグラ孔の分布に偏りがない(図ー4)。
② いずれの植物にもモグラ孔の分布がみられるが,芝の区間では分布は少ない。
③ 植物は10工区(500m区間)の範囲内には一様には分布しておらず,変化がみられる。
④ 第1工区には,久留米大橋(国道3号線,調査当時は架け替え工事中),第8,第9工区は西鉄鉄道橋がある。一般に車や電車が通り,振動,騒音が多い所はモグラは生息し難いと言われているが,今回の調査では数多くのモグラ孔が確認された。

(1)ポータブルコーン貫入試験
旧堤を対象として,比較的浅層の貫入抵抗(地盤強度)を求めるために実施した。
① 各工区とも表層から深くなるにしたがい,qc値は大きく,表層より50㎝以内は1.5kg/cm2である。
② 菜の花工区は,表層より10㎝迄は0.3~0.4kg/cm2とqc値は低いが,以深,下方の法面では1kg/cm2前後と高くなる。
③ 雑草工区は,表層より10㎝~30㎝の浅部で0.5kg/cm2前後,深部になると1.0~1.5kg/cm2と値は高くなる。
④ 芝工区の上方の法面,小段では,表層より20㎝以深は貫入不能であった。10㎝のqc値は0.7kg/cm2と他の工区よりやや高い。
以上のことから,モグラ孔は堤体の表層近傍に多く存在することが確認されているが堤体浅部で小さな強度が得られている。
(2)室内土質試験結果
開削調査箇所の表層付近において,植生と堤体土の関係を調べるため,室内土質試験を行った。採取深度は表層より約10㎝付近である。
① 自然含水比は20~50%の範囲にある。芝工区で全体的に含水比はやや低い傾向がみられる。これは砂分をやや多く含むためである。菜の花,芝(新堤)工区は下方の法面で含水比が高く,雑草工区では位置による含水比の変化は見られない。
② 粒度組成については,いずれの試料でも粘土分を60%程度含有しており,砂分より優勢である。
③ コンシステンシー特性では,塑性限界は20~35%,液性限界は40~70%と各地点でバラツキが大きい。
④ 土粒子の密度は全体的に,2.0~2.8g/cm3の範囲にあり,芝工区ではやや大きめの値を示す。
2.5 東櫛原地区開削調査
開削調査は,筑後川左岸29km付近の旧堤において植物の分布とモグラの分布との関係を把握し,堤防に与える影響等を検討するために実施した。
位置は図ー5に示す。調査方法は平成3年3月に実施したのと同様の手順で作業を行った。

(1)開削前の平面観察結果
図ー6a~cに示すモグラ孔は,目視または突棒で確認し,大部分は地表面より約10㎝までのものである。
① 表土について
菜の花,雑草工区の表土は柔らかく,特に菜の花工区では足で踏むと沈むほどである。芝工区の上方の法面や小段は硬く,下方の法面は雑草が茂っているため多湿で柔らかい。
② モグラ孔の分布状況
菜の花,雑草工区では,上方の法,小段,下方の法に広く分布しており,連続性は比較的良好である。芝工区は下方の法面(雑草が茂る部分)に多く見られる。

③ モグラ孔の延長
モグラ孔の延長を読み取ると表ー1のとおりである。これにより,モグラ孔の表層における平面的な分布は菜の花,雑草の順であった。

(2)石膏水注入結果
注入量は菜の花工区で最も多く,雑草,芝の順であった。
(3)表土はぎとり後の平面観察
①  モグラ孔の分布状況
菜の花工区では,上方の法面にかけて全体的にモグラ孔の分布が見られる。雑草,芝工区では下方の法面に比較的多く見られる。
②モグラ孔の延長
図ー7a~cより,モグラ孔の延長を読み取ると表ー2のとおりである。これにより,地表面より約50㎝までのモグラ孔の平面的な分布は菜の花,雑草,芝工区の順に多いことがわかる。表層における平面観察および石膏水注入量の結果と同様である。

③ 石膏水の注入状況
石膏水の注入状況は十分に行われており,トンネル径の8割以上は充填されていた。菜の花,雑草工区では,トンネルの真横や真下に注入後,2~7日間の内に新しく掘られたと思われるトンネルが確認されたが芝工区にはなかった。

(4)開削後の断面観察結果
開削後の断面観察スケッチを図ー8a~cに示す。

① モグラ孔の分布状況
菜の花工区:最も深いモグラ孔は80㎝,それ以浅に多く確認された。直径は5.0~8.0㎝であった。
雑草工区:最も深いモグラ孔は85㎝で,それ以浅に多く確認された。直径は5.0~7.0㎝であった。
芝工区:最も深いモグラ孔は80㎝であった。断面上に分布するモグラ孔は他の工区と比較すると少ない。直径は5.0~6.0㎝であった。
② 植物,昆虫の分布状況
菜の花,雑草工区:植物根,昆虫の穴とともに地表面より1.5m付近までに多く見られた。
芝工区:植物根は0.5m付近まで,昆虫の穴は1.0m付近までに多く見られた。
③ 堤体土の状況
菜の花工区:砂質シルト~シルト質粘土で構成されている。含水比は比較的高い。
雑草工区:天端~上法の表層付近はレキ混じり砂,他の部分はシルト質砂~粘土質シルトで構成されている。表層部分の含水比は低めである。
芝工区:表層付近はレキ混じり砂である。含水比は他の工区と比較すればやや低いようである。

2.6 数値解析
モグラ孔の深度が堤防に及ぼす影響について解析を行った。
モグラ孔が引き起こす問題については,はっきり解明されていない。このため,モグラ孔の分布と堤防の安全性との関係を求めるために,浸透流解析等を実施した。
(1)モグラ孔の深度と浸潤線の関係について
図ー9のように堤防の表層部のモデルを3タイプ作成し,飽和,不飽和断面二次元浸透流解析を行った。
以上の解析の結果,1つでも深い孔がある場合,その影響を大きく受けて深い孔が多数存在する場合と同様の浸潤線を示すことがわかった。
すなわち,深い孔が1つでもあれば堤防にとって非常に危険であると考えられる。

(2)浸透流解析および安定解析
モグラ孔の有無による堤防の安全性を評価するために,二次元浸透流解析および有効応力法による安定解析を行った。
① 浸透流解析
ア)モグラ孔有りの場合は,全体に浸潤線は高くなる。浸透水の堤体内部への浸透速度は早まり,裏法尻に到達する時間が早くなる。
イ)モグラ孔付近で流速が増大する。このことは,モグラ孔から外水が浸透しパイピングが発生する可能性が高くなることを示す。
② 安定解析
ア)モグラ孔有りの場合は,裏法尻の安定性は低くなり,不安定な状態への変化が早まる。
降雨10時間後で小規模なすべりが発生するが,このような破壊が進行すると最終的には大規模な破壊につながることが予想される。堤防の裏法尻部では浸透速度が早いほど,堤体漏水の起こる時期が早まり,堤体内部では,浸潤線が高いほど危険な状態になる。すなわち,洪水外力を伴う際,モグラによって孔のあいた堤防はモグラ孔のない堤防に比べて危険度が増加することが確認された。
2.7 調査結果のまとめ
2.1から2.6までの調査結果をまとめると以下のようになる。
① 河口から60kmまでの現地踏査の結果,菜の花,ダイコンの花,芝,雑草等植生が存在している所にはモグラ塚が確認された。このことからモグラ孔は植物の生殖した所には,どこでも存在すると考えられる。
② モグラ孔がいたる所で確認されたことは,堤防の背後地の地理的条件に関係なく,餌となるミミズが生息する場所にはモグラも存在すると言える。
③ 深根性植物である菜の花が生殖する箇所は,モグラの餌となるミミズが深い箇所に存在しうるため,当然モグラ孔も深くなると考えられる。
④ 堤防に1つでも深い孔があれば,多数の深い孔が存在するのと同様の浸潤線が生じ,堤防にとっては非常に危険な状態であることが言える。
⑤ 以上のことから,堤防に深い孔を発生させる要因を有する菜の花は,堤防にとって非常に好ましくないと考えられる。

3 対策工について
これまでの調査,検討結果を踏まえ,堤防の安全性,経済性,施工性,景観,環境問題および対策工の確実性を考慮し,対策工の提案を行った。
3.1 菜の花を堤防に咲かせない方法
① 堤防上の菜の花の伐採を行う。
② モグラ,ミミズ等の小動物が嫌う毒性植物の植栽に変える(彼岸花等)。
③ 菜の花が咲かない農薬の散布を行う。
④ 構造物で堤防を守る。
以上のことが考えられるが,①については実施中である(後述)。②については検討を行っている。③については水質に問題が発生し不適と考えられる。④については環境上好ましくないと言える。
3.2 菜の花の生息を容認した対策工
① モグラが嫌うと思われる振動(風車等),音,臭い等を与え退散させる。
② モグラが嫌う薬品の散布を行う。
③ 頻繁にモグラを捕獲する。
④ 堤防表土を粘土,砂利,石灰処理等で置換,改良を行う。
⑤ モグラの生息を容認するため,堤防断面を拡幅する。
と言うことになるが,①については検討中であり,②については水質に問題が発生し,不適当と考えられる。③については効果が期待できない。④⑤については検討中である(⑤については後述)。

4 当面の対策について
対策としては,前述したように多種多様考えられるものの,現地で施工となると様々な条件で制約を受ける。そこで,早急に対応できる方法として,当事務所では,堤防上の菜の花の伐採を実施している。
4.1 菜の花の伐採
菜の花を結実前に伐採することにより,以下に述べる効果が期待できる。
① 菜の花の枯死で,根の腐殖によるミミズの発生を防ぐことにより,それを餌とするモグラの生息を防ぎ,堤防に孔が発生するのを防止できる。
② 菜の花は深根性であるため,腐殖したあと,透水性の大きな軟質層が堤防に形成され,堤防弱体化の原因となるのを防止する。
③ 堤防法面保護のための芝の育成が菜の花の陰で疎外されるのを防ぐ。
伐採するのは堤防法面のみで高水敷の菜の花についてはこれまで通り咲き乱れる。
4.2 菜の花伐採についてのPRについて
筑後川流域住民の生命財産を守るために当面の対策として菜の花を伐採することにしたが,菜の花が咲く筑後川は住民の憩いの場であり,また春の風物詩でもあることから,実施にあたっては,筑後川沿川住民に理解を求めるために,記者発表を行った。
4.3 菜の花の伐採に対する反響について
昨今,これだけ環境問題がマスコミ等で大きく叫ばれている中にあって,菜の花を伐採することにはマスコミや地域住民から反対の声が上がるものと懸念されたが,意に反し反対意見は1つも出なかった。これには我々も驚いたが,最も特筆すべき反響と言える。これを手本に,今後建設省が行う事業についてはPRを上手にやれば,住民の賛同が得られることがわかった。

5 菜の花・モグラ対策堤防のモデル的実施について
できることなら菜の花は残し,堤防が守られる方法が最も望ましいと言える。そこで今年度,筑後川工事事務所では,筑後川中流域の中鶴地区(本川56k740~57k100)において「菜の花・モグラ対策堤防」をモデル的に実施する。実施箇所の位置図を図ー10,平面図を図ー11,横断図を図ー12に示す。
この対策堤防は,図ー12に示すように堤防定規断面の表裏両面に余盛をすると言うもので,たとえモグラが孔を掘ったとしても,必要最小限の断面は確保されるという構造である。菜の花,モグラ対策堤防の特徴について述べる。

5.1 利 点
① 堤防上に菜の花が咲いても,その深根性の根が堤防定規断面まで達成せず,このため必要最小限の堤防定規断面は確保される。
② 堤防自体も,定規断面に余盛りをしているため断面が大きくなり,強く安全な堤防となる。
③ 堤防の法勾配は緩やかになるため,環境上も望ましい。
5.2 欠 点
① 従来の堤防より多くの用地を必要とするため施工箇所に制約を受ける。
② 施工断面が大きくなるため,その分工事費が割高となる。
なお,これについてはあくまでも試験施工であるため,菜の花の根の深さと余盛りの関係,モグラ孔と余盛りの関係等は,未知の部分であり,これらの検討については今後の課題であると言える。

6 今後必要と考えられる調査について
当事務所では,さらに以下のような調査を実施し,堤防の植生とモグラの関係の把握や,対策工等の詳細な検討を実施したいと考えている。
① 今年度より予定している大杜地区(29k600~32k100)のドレーン工の現地実験箇所の副堤において,表層土質改良,毒性植物等によるモグラ孔の分布について現地実験を行う。
② 菜の花・モグラ対策堤防の施工箇所において,余盛りの妥当性を調査する。

7 まとめ
今回の調査である程度,植生とモグラ孔との関係が把握できた。すなわち,堤防上に植生が存在するところにはすべてモグラ孔が存在する。ただし,菜の花等深根性植物が生息する所には,その分深いモグラ孔が存在する。モグラ孔が存在すれば,堤防の洪水に対する危険度が増大する。また,深いモグラ孔が1つでもあれば洪水に対して,深い孔が多数存在する場合と全く同じ影響を及ぼす。
以上の事から,堤防上の菜の花は好ましくないことが証明されたわけであるが,今後も詳細な調査により,菜の花やモグラに関する研究を行う必要がある。
なお,当面の対策としては菜の花の伐採を実施する。がしかし,将来的には,菜の花やモグラ等と共存できる堤防の施工が必要であり,今年度から一部モデル的に実施する予定である。
また,建設省の事業については,マスコミ等を通じて上手にPRすれば住民の賛同も得られることが実証された。菜の花・モグラと堤防の安全性との関係については,今後も詳細な調査が必要である。このため,当事務所では引き続き現地実験などを行い,その解明に努めたいと考えている。

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