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私と歌と土木のこと
萩亮
「次、萩くん」小学校の音楽の時間、ひとりずつ立って歌う歌の試験。先生がピアノで前奏を引き始めると心臓がどきどき鳴り出し、歌いだすと緊張して声が震える。歌の試験となるといつもこうだ。今でも、カラオケの番が回ってくると同じような緊張がよぎる。しかし、今は程よいアルコールが震えを止めてくれる。神経も図太くなった。

人によって、趣味の世界、ストレス解消の世界も様々だが、私の場合その一つが歌うことである。中高とスポーツ一辺倒だったが、大学でたまたま強引に誘われた男声合唱団に入部した。オタマジャクシは読めなかった。楽譜を見て曲名を回答する音楽のペーパー試験では、音符の丸い部分をつなげた折れ線グラフの形をひたすら覚えるしか術がなかった。それが、日々の訓練とは恐ろしいもので、そのうちたどたどしくも時間をかければ何とか楽譜一枚から歌えるようになったのだから驚きだ。これは、字を読めるようになった子供が初めて本を読みその内容に触れた時の感動に似ている。更に、合唱の譜読みとなると、声に出す音が次々に和音となり、自分の声がその和音に溶け込んでゆくような感覚になる。和音は千変万化し歌の旋律に様々な表情や陰影を与える。モノクロからカラーへと変化さながら。カラオケの伴奏に包まれて歌うと、少なからず上手になったように感じるのも、自分の声が伴奏楽器の和音と一体となって聞こえることが大きいのだそうだ。それと共通する感覚でもある。

もう一つ、大勢で歌う合唱の魅力は、大声を出せることにある。と、私は思っている。日常生活では絶対出さない、出すことの許されない大声をはばかることなく出せる。しかも周りの声に埋没し、自分の声と知られずに。

文明度が進むと人の声はだんだん小さくなる。昔は遠くの人に呼び掛けるときに大声を出すこともあったが、今はマイクスピーカーでその必要もない。第一、大声を出すのはあまり理性的と見られない。だが、大声大会で声を上げるとスカッとするし、山でヤッホーと叫べば遥か遠くの山あいに声が吸い込まれ、時にこだまが返ってくるのは爽快だ。人は、嬉しかったり悲しかったり気持ちが高揚すると、思わず声が出る、大声を出したい衝動に駆られることが往々にしてあるものだ。それを思いのままに表し難いのが現代社会である。その穴埋めといえば大げさに過ぎるが、合唱という枠の中で時折吐き出すのがささやかなストレス解消というわけである

もっとも、大声でなくとも、合唱と肩ひじ張らなくても、声を合わせるのは気持ちのいいものだ。ワッショイワッショイと大勢で掛け声をかけると心は弾む、宴会の最後に万歳三唱するとその声に盛り上がりを感じる。声を合わせるとお互いの声が共振し、増幅共鳴して大きく豊かに響くという振動原理が一つの大きな要因だ。最近は、昭和30年代に盛んだった歌声喫茶が復活したり、カラオケでも知っていそうな懐メロを皆で大声で歌っているという場面にしばしば出くわす。どきどきしながら自分の番を待つよりはるかにいいと私には思える。ひとり歌い終わった後に拍手もなく白けた雰囲気に陥る恐怖におののくこともない。何より、増幅された歌声に仲間意識はいやがうえにも高まるというものである。

さて、土木の世界と歌との接点は何だろう。あまりなさそうであるが、土木工事にまつわる人間模様を歌った歌はいくつかある。まず頭に浮かぶのは「よいとまけの歌」だ。「かあちゃんのためなら エンヤコラ、もひとつおまけに エンヤコラ」でおなじみの、日雇労働をして息子を育てる母を歌う、労働者の歌である。地固めをする際に、重量のある槌を滑車で上下するための綱を、泥にまみれて引く母の姿に涙し、勉強しまっすぐ生きると誓いをたてる友人を歌う。「男に混じってツナを引き/天に向かって声をあげて/力の限り唄ってた/母ちゃんの働くとこを見た」という歌詞には、人が力の限りを尽くす土木工事の神々しさも感じられるように思う。もうひとつ、黒部ダムをテーマに、おじい、おやじ、俺、息子の四代をかけて不屈の意思でダムを造ると歌う「黒部四代」。昭和40年代に「日本のうた」として47都道府県にひとつずつ作られた歌の一つだ。近年では、NHK番組プロジェクトX挑戦者達の主題歌となった「地上の星」も土木を感じさせる。番組で土木プロジェクトが多く取り上げられたこともある。「みんなどこへ行った 見送られることもなく見守られることもなく・・・地上にある星を誰も覚えていない」といった歌詞が、どこか、人知れず社会基盤づくりにまい進する土木技術者の自負心と同調するのかとも思う。ちなみに、鹿児島県土木部の退職者送別会の入場行進のテーマ曲には、退職者の強いリクエストを受けて、毎回この曲が使われている。

この原稿を書きながら、土木と歌とのつながりを探そうとネットを検索していたら、土木技術者が集まって歌っているシヴィルクワイア(Civilchoir)という男声合唱団が活動しているのを知った。土木学会総会や国際会議での文化活動を目的として、道路、鉄道、港など土木インフラに係る歌をレパートリーとして活躍されているそうである。合唱の世界は ソロではなく、一人一人は目立たぬ大勢の人間がかかわりスケールの大きいもの作り上げてゆく、土木の世界と似ている。 土木技術者が愛唱できる歌がもっともっと作られ世に出て、皆で声を合わせて歌い、できれば土木のイメージアップにも一役買うことができればどんなにいいかと思うのである。

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