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球磨川水系川辺川における「朴木(ほうのき)地区床固工」の施工について
~全国初の鋼管枠工による床固工本体の施工事例~
杉町英明
斉藤収功

キーワード:深層崩壊、鋼管枠、床固工、現地発生材、巨礫活用

1.はじめに

一般に、深層崩壊が発生した下流堆積域では、次期出水で移動・拡大が懸念される多量の流木・土砂が残留していることが多く、災害発生ポテンシャルが集中し二次災害発生防止のための砂防事業の緊急性が高い区間でもある。また、深層崩壊は急峻な大起伏山地内で突発的に発生するため、新たな砂防計画の策定や事業計画の転換・修正が必要となる。一方、これらの地点で砂防工事に実際に着手するためには、アクセスとなる工事用道路がないことや急峻な地形条件により資機材運搬方法に制約が多く、施工性・経済性の観点からコンクリートを主体にする砂防構造物の採用が困難となるケースが多い。
本稿では、大規模深層崩壊を引き金として大量の不安定土砂と流木が残留する溪床内の水系砂防事業として、従来の砂防施設に代わり鋼管枠を構造体とし、現地発生巨礫を中詰め材とする“鋼管枠工(新工法)”を採用し、課題となる施工性・経済性を解決した事例を紹介する。

2.対象地概要と砂防事業の課題

2005年台風14号通過時に、一級河川球磨川水系川辺川流域福根沢(熊本県八代市泉町朴木地区)の流域内では、約30万m3の深層崩壊が発生した(図-1)。このときの生産土砂は、生起確率1/100年の計画流出量の93%に相当する土砂量と推定され、土砂発生がひとつの崩壊斜面と局所的であり、当初の想定流出量(流域全体)と大きく異なる分布形態となった。すなわち、緊急性が高く砂防施設効果が早期に発現される区間は、流域内の限定された区間に絞り込まれるものであり、当面整備目標として溪床内に異常堆積(図-2)している崩壊土砂(約52千m3)の固定化、再流出土砂の早期捕捉、及び崩壊土砂を1洪水で川辺川本川まで流出させないことが砂防事業の喫緊の課題となった。このため、溪床固定・異常侵食防止(短期)、溪床勾配安定化と異常堆積している崩壊土砂の再移動時の一時捕捉・堆積(長期)を目的とした床固工(T1、T2)を施工することとなった(図-3)。

一方、対象地のアクセスは、標高980m付近まで林道(県林業公社所有)が構築されているのみである。また、流域内全体が各種法的規制(保安林、国定公園、県立自然公園)にかかる公園内にある。このため、砂防施設構築のためには、既設林道から施設予定地までの比高差(約300m)・斜面勾配(30~40°)の厳しい地形条件の克服と、自然環境に配慮した砂防事業の展開(林況保存、地形改変のミニマム化、溪床の連続性確保等)が求められた。
すなわち、今回の現場は、重機や材料をどのようにして現地まで搬入するかという仮設工法の選定と、選定した仮設工法で搬入可能な重機や材料によって施工が可能な構造物を選定することが最重要課題となった。加えて、選定する構造物は山地部の厳しい気象条件に左右されることなく施工品質が確保されなければならなかった。

3.工法選定までの流れ
(1) 仮設工法の選定

初めに、資機材を搬入するための仮設工法の検討を行った。前述した制約条件から工事用道路の新設は極めて困難であった。これに代わる工法として、山地部ではケーブルクレーンやモノレールの使用事例が多いが、今回の急斜面を下りる工法として、より経済的なモノレール(軌道敷設延長460m)を採用した。しかし、ここで2つの新たな制約条件が発生した。
  1. モノレールの最大積載重量は3トン/45°であることから、運搬する資機材は全てこれ未満
    でなければならない(重量に関する制約)。
  2. モノレールの運搬時間は片道20分であることから、打設時間に伴う施工性と品質確保、プラント設置による経済性等から総合的に判断するとコンクリートの採用は困難。使用材料は、鋼材活用が前提条件(材料に関する制約)。

(2) 新たな工法検討の必要性

次に、上述の制約条件を基に床固工の工法検討に当たっての課題を抽出した。
  1. 3トン未満に分解組み立て可能なバックホウやカニクレーンなど小型重機の組み合わせによる作業の範囲内で施工可能な工法であること(使用重機の作業能力)。
  2. 今回は現場外からの資材搬入の総質量をいかに抑制するかが重要である。現場が幸いにも崩壊土砂堆積域内であり、現地発生材が豊富に存在していることから、この現場特性を活かした工法であること(現地発生材の有効活用)。
  3. 床固工に採用する鋼製構造として、従来の構造であればL型スリット構造があるが、この構造は有効高3mを超えるえん堤などの施設への適用を前提としている。また、鋼製土石流制御工についても、有効高さが標準2mで限定されているとともに、土石流越流時の安全性が担保されていない。
  4. すなわち、従来の鋼製構造に代わる新たな工法であること(従来構造の採用困難)。

4. 鋼管枠工の開発コンセプトと設計(細部条件整理)
(1)開発コンセプト

最終的に、対象地であるT1及びT2施設における鋼製構造として、施工性・経済性に優れる鋼管枠工(新工法)を設計・採用した。鋼管枠工の構造と施工イメージを、図-4に示す。本構造は、組立などの施工性が高く、現地に散在する巨礫と組み合わせて安定性の向上を図れることから、小規模構造物においては適用性が高い。

開発コンセプトからは、次のような施設効果を期待できる。
  1. 材料強度が大きく靭性に富む鋼管を採用したことにより、局所的な損傷に対する抵抗性が確保され土石流区間での採用が可能。
  2. 鋼管枠背面は有効高さまで巨礫により保護・埋め戻し、床固工としての安定性を満足する構造とする。ただし、鋼管枠表面は、土石・流水の通過による摩耗と多少の変形を許容した柔構造とする。隣接する鋼管枠間に重なるように巨礫を配置し噛み合わせ効果を高めるとともに、各構造を連結させて単体での移動・流出を抑制している(設計計算上は連結効果を考慮しない)。
  3. 鋼管枠工は粗石からより大きな巨礫まで現地発生材として径の適用範囲が広い。構造的・機能的特徴から、根入れを確保する必要性が低い。中詰め材は空隙が多く流水の透過性が高く、将来的には植生生長が期待でき景観対策として優位である。
  4. 運搬資材量が少なく施工が容易となるため、急峻な山間部での工事に適する。巨礫まで活用できるため、材料採取が容易である。また、径の小さい礫等の土砂は、巨礫の間詰めや背面の盛土にも活用できる。鋼材の使用量が比較的少ないことと、中詰材を現地調達できることから経済的にも有利となる。

(2)構造の詳細(機能強化と品質確保)

鋼管枠工細部については、以下の設計方針により構造を決定した。
  1. 本構造は、床固工程度の有効高とし背面を埋戻すため土石流の直撃を想定しない(図-5)。したがって、床固工としての安定計算を満足することを前提とし、安全性能の評価は鋼製不透過型砂防堰堤の設計に準拠した。
  2. 計画位置は活発な土石流が懸念される区間であるため、部材を大きく・強くしたという位置づけとした。
  3. 落水及び落下礫による下流部洗掘対策には、鋼製布団かご工を設置した(図-6)。鋼管枠工設置底面を水平に仕上げるためには、施工品質にこだわらない調整材(均しコンクリート)を使用した。
  4. 落下礫により部材にへこみが生じることが懸念されることから、下流面は直壁として礫が衝突しにくい構造とした。
  5. 内部材(巨礫)の流出が懸念されるため、下流面に鋼管を追加配置することで鋼管の間隔を狭くして材料流出を防いだ(図-7)。
  6. 鋼管枠工の奥行きについては、安定解析により決定した。安定計算において、背面土砂と水圧を考慮した。
  7. 構造物の安定性向上を図る目的で、ワイヤーにより単体枠工どうしの連結を行った。

(3)施工条件からの構造規模

鋼管枠工は、床固工への適用を前提としていることから、床固工の有効高である3m以下となるような形状とし、以下の手順により単体の施設高さH=1.4mを決定した。
  1. 原則的に2段積み施工を念頭にしている構造のため、単体の高さは1.5m以下を想定した。
  2. 現地発生土砂(粗石・転石・巨礫等)の有効活用推進を想定していることから、最大礫径程度の形状を標準とする。そのため、鋼管枠工の高さは最大礫径(D95)を参考に、H=1.4mに設定した。
  3. 現場内に搬入できる施工機械(バックホウ)は、現場条件から土木用モノレールにて分解搬入するため、バケット容量0.45m3クラス(吊荷重2.9t,吊高さ3.5m程度)が最大である。施工機械の吊高さ制限からも有効高3m以下(実質的にはH=1.4mの2段積のため有効高=2.8m)として規模決定を行った。

(4)中詰め材の品質確保と安定性の付加

鋼管枠工内に配置する巨礫は鋼管枠工内から容易に流出しないように、出来る限り径の大きなものが必要となる。しかし、礫径が大きいほどバックホウによる運搬・設置にかかる施工性が著しく低下し、礫質量増大によるバックホウ運搬能力の制約が発生する。また、設置箇所近傍に常に最適な巨礫があるわけではない。さらに、巨礫を鋼管枠内に配置することで、枠工内の空隙率が大きくなり小さい礫を中詰材として採用せざるを得ない場合も想定された。
  1. 中詰め材の単位体積重量については、各種指針・便覧に記載されている18kN/m3を確保するために、室内模型実験及び現地での計量により、所定基準の実証と品質管理を行った。
  2. 構造的安定性を向上させるために、巨礫の荷重が底面部の鋼管に直接加わるような巨礫配置とした。また、鋼管枠内の中詰め材が流出しないように、礫径を考慮した配置とした(図-8)。
  3. 3つの鋼管枠工が一体となって外力に作用するよう、ワイヤー連結や上・下段の鋼管枠工の礫を突出させることによりかみ合わせ強化を図った。最終的に、下流側縦部に鋼管を1本追加したことにより、径の小さい礫(径40㎝以下)を中詰め材として使用することを可能とした。

5. 鋼管枠工(朴木床固工)施工

床固工設置フロー及び施工段階図を、図-9に示した。2011年2月には、T2床固工施工(鋼管枠54基、掘削~設置~埋戻し)を約1ヶ月で終了することができ、今年度は下流のT1床固工施工に着手している。

6. おわりに(今後の課題)

鋼管枠工構造は、分割された1パーツあたりの重量を250~500kgに設定しており、場合によっては小型ヘリコプターによる資材搬入も可能としている。今後の厳しい山間部や災害時の砂防事業展開を念頭に、その効果・妥当性(改良すべき点)の把握を行っていく必要がある。
また、中詰め材として使用する巨礫の事前賦存量把握や選別を含む採取方法については、作業効率に大きな影響を及ぼすことから、対象地毎の礫径調査精度向上、ストックヤードを含む現場内での効率的配置システム構築が重要となる。これらについては、今後の検討課題としたい。

【参考文献】
  1. 1)(財)砂防・地すべり技術センター(2010):鋼製砂防構造物設計便覧,pp.1-254.
  2. 2)国土交通省 国土技術政策総合研究所(2007):砂防基本計画策定指針(土石流・流木対策編)及び同解説,pp.1-139.
  3. 3)渡正昭ほか(2009):鋼製土石流制御工の開発,砂防学会誌,Vol.61,No.5,pp.42-45.

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