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球磨川における魚がのぼりやすい川づくり事業
~新前川堰魚道改築と効果検証~

建設省八代工事事務所
 技術副所長
上 村 恭 一

建設省八代工事事務所
 調査第一課長
矢 野 日出東

1 はじめに
日本三急流の一つである球磨川は,環境庁指標種・指定種のムカシトンボ・オオムラサキ等の貴重な生物をはじめとし,アユ・ヤマメ等の魚類が数多く生息する自然豊かな河川である。特に大型アユは有名で,全国各地から多くの太公望が当地を訪れる。一方,農業用水の取水堰を中心として河川を横断する工作物が多く,魚の遡上・降下を阻害している状況にある。
このような背景の中,球磨川は平成5年1月に「魚がのぼりやすい川づくり推進モデル事業」の認定を受け,河口より約92kmについて概ね10ケ年をかけて遡上・降下環境の改善を図ることとしている。球磨川の派川前川に位置する新前川堰の魚道改築はこの事業の第1号として平成7年9月に着手し,平成7年12月に完成したもので,魚道改築の計画・設計・施工における考え方・工夫点および,改築後の遡上調査の結果をもとに改築の効果についてとりまとめたものである。
この報告の中には、今後の魚道改築について示唆するものがあると思います。参考になれば幸いです。

2 魚道の改築
2-1 新前川堰の概要
新前川堰は,球磨川派川前川沿いに発達する八代市の市街部を防御するための分流堰および潮止堰として,昭和42年に完成しており,右岸側に魚道および舟通しが設置されている。

2-2 改築前の問題点
魚の遡上から見た既設魚道および舟通しの問題点は次の通りである。
・堰地点は干満の差が大きく干潮時には魚道の登り口が水面以上となっており,遡上が困難である。
・急勾配魚道(I=1/3)で流水の流下が跳水状態で遡上が極めて困難である。
・底生魚類遡上に適する構造となっていない。
・舟通しにおいては,勾配の関係より流速が速いため,魚類の遡上は不可能である。
2-3 改築の計画・設計
(1)改築位置
改築位置は堰下流河道状況より,現施設箇所が集魚地点として最良であり,現位置改築とした。既設魚道の改築はもちろんのこと,10mの幅を持つ舟通しについても約半分の5mを魚道機能が発揮できるように漁協関係者等と協議し改善を行った。
(2)対象魚種
「球磨川における魚がのぼりやすい川づくり推進計画検討委員会(魚類の遡上環境改善の基本方針)」では,次に示すものが対象魚種となっており,今回の魚道設計にあたっても同じとした。

(3)魚道型式の決定
型式決定にあたって次の2つを大きな要素として考慮した。1つは当堰より上流に発電ダムが2つあり,魚道を流下する流量(水位)が発電している時としていない時で日々刻々変化すること。この変化に対して安定して機能が確保される型式としなければならない。2つ目は球磨川はアユに代表される遊泳魚も多いが,底生魚も魚種・魚数共に豊かであり,双方の遡上・降下に機能するよう設計することが肝要である。
このため既設魚道の改築は,堰上流の水位変動にも流速が安定して対応でき,且つ,過去の実績で遊泳魚が主体として遡上するアイスハーバー型魚道とし,舟通し部は底生魚を主体とした魚道とすることで粗石式魚道とした。なお,アイスハーバー型魚道については下流から遡上してきた魚類に加え堰直下に集まった魚類の遡上にも配慮し,堰直下にも入り口を設けた。

2-4 現場施工時における配慮点
ここで本工事の現場で配慮した点を述べる。
① 右岸に残した約5m幅の舟通し部分の流勢を粗石式魚道とアイスハーバー型魚道双方の呼び水効果とするため,粗石設置平面法線と堰護床ブロックの配置について細かな配慮をもって施工した。
② 粗石式魚道について
イ)魚が魚道をのぼるための一番大切な条件の流速について全幅・全区間で1m/s以下とするため,
・魚道上流部は特に大きな粗石を密に施工した。

・粗石の配置密度を下流になるほど粗にし,且つ粗石径も小さいもので施工した。
・当初,流量(水位)変化に対応するため横断的に斜路式としていたが流向が下流に向かず,舟通しの方に向くためレベルとした(図ー3)。
・舟通しと境界の石は舟通しの早い流れに引っ張られないよう大きな石を密に施工した(図ー3)。その結果,粗石式魚道において設計水位(TP+3.4m)時の流速の観測結果(図ー4)によるとV=0.81~1.30m/sで,これはアユの突進速度0.8~1.1m/s(体長7~8cmの稚アユ)に近い値であり,舟通しを改良した粗石式魚道も遊泳魚・底生魚共に遡上できるものとなり,上流部における石の配置については流速抑制効果は得られたものと考えられる。

ロ)石の配置については定規で計ったような単なる千鳥配置ではなく,実際の施工にあたっては図ー5のような大粒径と小粒径の粗石を複雑に配置し,石の据え方においても石の広い面を下流側にし静穏域が出来るよう考慮した。さらに流向方向については図ー6のようなことを念頭において施工した。

ハ)流量が多くなると魚道全体の流速が速くなるため,そのときでも魚が遡上できるように壁側に流速の遅い部分が生じるような巨石の配列を行った。

ニ)使用する粗石は,魚のための魚道であることから割石ではなく丸味のある石を使用し,魚が体を寄せながら遡上出来る配慮をした。
ホ)魚道床については底生魚の遡上効果を上げるため,コンクリート面が表面にでないように玉石等を敷き詰め,自然河床に近い形を形成した。

また,粗石の後部(下流部)には魚の休憩プールを施工した。このプールの形状は,おわん型でなく皿型とした。

③ アイスハーバー型魚道については,設計通りの施工を行ったが,堰直下までのぼってきた魚の遡上にも配慮して,堰直下にも入り口を設けた分岐式の折り返しタイプとしたことで,遡上量に大きな影響を出しているのが現地における遡上魚をねらう鳥の状況で判断できた。

3 遡上調査
調査は平成8年3月~5月にかけてはアユの遡上期であるため4回/月,平成8年6月~平成9年3月にかけては1回/月の予定で行うこととし,現在も調査継続中である。
3-1 調査地点
遡上調査地点は新前川堰アイスハーバー型魚道(幅4m)および舟通しの粗石式魚道(幅5m)の双方について実施している。
3-2 調査内容
アユ遡上期の調査は午前9時~午後5時の間に魚道および舟通しの各右岸,左岸から最上流部出口を通過したアユを目視により計数した。また,新前川堰にかかる管理橋からビデオカメラで遡上状況を連続撮影すると共に,魚道および舟通しの最上流部に設置した水中カメラにより遡上状況を任意に撮影した。更に,毎正時ごとに気温,水温(魚道上流,魚道下流),水位(魚道上流,魚道下流)を観測した。
6月からの調査では,魚道上流部に前日の午後5時に網を設置し,当日の午前7時に網をあげて夜間に遡上した魚を計数した。午前7時~午後5時の時間帯は,1時間~2時間ごとに網をあげて昼間の遡上を計数した。

4 調査結果
4-1 アユ遡上期の調査結果
アユの遡上は3月7日に約60尾観察され日を追うごとに増加し,4月25日には約4万尾が観察された。位置別ではアイスハーバー型魚道からの遡上が多く,特に折り返しの方が遡上効果が良好であった。粗石式魚道に比ベアイスハーバー型魚道からの遡上が多かったのは,アイスハーバー型魚道には登り口が2箇所あることが大きな要因であると思われるが,今後の調査で構造的なものまで踏み込んで原因究明を行っていく。
また,アイスハーバー型魚道の部位別遡上は越流部を遡上する個体がほとんどで潜孔部を遡上する個体は少なかった。

(1)新前川堰アユ遡上量の推定
河口から新前川堰とほぼ同じ距離に,球磨川本川に球磨川堰が位置する。球磨川堰では球磨川漁協により3月15日よりアユの採捕が行われており,その採捕個体数と新前川堰の観察遡上数から新前川堰のアユ遡上量を相関から推定してみた。
新前川堰の調査日の遡上個体数と同日の球磨川堰の採捕個体数の相関をとってみると新前川堰の遡上個体数と球磨川堰の採捕数には下式の関係が認められた。
Y=0.1515X
  ここで,X=球磨川堰のアユ採捕個体数
      Y=新前川堰のアユ遡上個体数

なお,最近の川づくりの効果の表れであると思われるが,例年球磨川堰の採捕個体数は平均120万匹程度であったが,今年は約400万匹が採捕された。新前川堰の遡上個体数は球磨川堰の約15%であると推定されるため,約60万匹のアユが新前川堰より遡上したと思われる。従って今までほとんど遡上のなかった新前川堰魚道の遡上環境が改善されたもので十分な改築効果を確認したところである。
(2)遡上個体数と潮汐の関係
前節で推定した新前川堰遡上個体数と潮汐の関係を図ー8に示す。遡上個体数は3月ははっきりとしないものの4月6日の最初の大潮以後増加し,その後潮が小さくなるにつれて減少し,さらに4月18日の大潮時に急増し,4月6日と同様にその後潮が小さくなるにつれ減少した。また,遡上個体数のピークは日を追うごとに大きくなり,4月後半の大潮時が最も大きくなった。

(3)遡上個体数と水温の関係
冬から早春にかけて沿岸域で5~7cmに成長した稚アユは,海と川の水温がほぼ等しくなる頃に群れをなして川をさかのぼる。
調査時の遡上個体数と水温の関係を図ー9に示す。遡上個体数は3月7日~4月11日の間での水温13℃以下では少なく4月18日,25日と水温が15℃に近くなると急激に増加し,17℃以上に水温が高くなると減少した。しかし,5月は遡上のピーク時期を過ぎていることもあり,水温と遡上個体数との関係は今後の継続調査結果に待ちたい。

4-2 アユ遡上期後の調査結果
アユ遡上期後の6月以降も魚の遡上については調査中であるが7月31日の調査結果を例にとると次の通りである。

5 考 察
・アユの遡上はアイスハーバー型魚道が90%強であったが,7月31日の遊泳魚の遡上は双方の魚道半々程度である。
・底生魚は粗石式魚道からの遡上が大部分である。
・遊泳魚は満潮時に遡上が多く,底生魚は潮位が下がっていくほどに多く遡上する。アユ以外の魚類については粗石式魚道の方が遡上量が多い。
・アイスハーバー型魚道の遡上はほとんどが遊泳魚である。

6 今後について
今回の調査により改築の効果は十分であることが分かった。このような各施設の効果調査と併せ,今後は①アユのハミあとの経年調査。②釣り人モニター聞きとり調査。③産卵直後の稚アユの流下調査。等の調査を行い,魚がのぼりやすい川づくり事業の球磨川全川にわたる経年的効果量についても明らかにしていく。

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