一般社団法人

九州地方計画協会

  • 文字サイズ
  • 背景色

一般社団法人

九州地方計画協会

  •                                        
災害損失の定量的推計について
一災害損失に関わる汎用性の高い推計モデルの構築一

国土交通省 九州地方整備局
 大隅河川国道事務所 副所長
中 野 道 男

国土交通省 九州地方整備局
 大隅河川国道事務所 調査第三課長
中 島 浩 二

1 はじめに
大隅半島は九州の最南に位置しており,鹿屋市,垂水市を中心として生活・産業関連機能の整備が進みつつあるものの,人口の流出が続き,過疎高齢化の進展が著しい地域である。また,九州のなかでも鹿児島県は台風の常襲地域であり,シラス土壌も相まって土砂災害などの発生件数が全国でも突出する,災害に対して非常に脆弱な地域となっている。(図ー1)

平成5年には同地域の骨格を成す国道220号で全面通行規制8回,延べ781時間(牛根地区)もの通行止めが発生し,近隣市町村や高速道路等へのアクセスが遮断されるなど産業や日常生活に大きな影響を与えた。(図ー2)

こうした災害に伴う道路の通行途絶は物資の輸送や人の移動を阻害し,広範囲にわたっての経済的な損失が大きく,長期にわたる幹線道路の通行規制は,地域の事業者の経営を圧迫するなど地域にとっての大きな課題となっている。しかし,こうした通行規制による経済的損失については,同地域の道路整備における必要性や効果の背景にあるものの,これまで十分な検討や把握がされてこなかった。
そのため,こうした九州の特性のひとつである“災害”に着目し,九州の中でも災害の多発する大隅半島地域をモデルとして『災害損失額』を算定し,災害等による通行規制時における地域への影響度を把握するとともに,防災対策事業として進められている早崎防災をはじめとした路道事業(図ー3)に対するアカウンタビリティー(説明責任)を果たすための資料を作成することとした。

2 推計の対象と推計の流れ
(1)推計の対象
本稿では,道路整備に伴う防災上の効果を『災害損失額』として推計の対象とした。
従来の道路防災上の整備効果検討では,「道路整備が行われた場合に地域に与える波及効果」という“プラスの影響”として議論されることが多かったが,本稿では「道路整備が行われない場合に地域が被る損失」という“マイナスの影響”を『災害損失額』として示し,道路整備がこのマイナスの影響を解消・軽減することを効果とした。
また,『災害損失額』の推計対象としては,災害発生に伴う迂回による「時間・コストの発生」,「地域経済への影響」,「地域生活への影響」を推計の対象範囲とした。(図ー4)

(2)調査の流れ
地域経済への影響については,「原材料の到着や生産品の出荷が遅れるほど,企業活動への影響が大きくなる」という仮定から,事業所ヒアリング調査を通じて『迂回時間別損失割合』を作成した。
また,地域生活への影響については,「目的地への迂回時間が大きくなるほど,日常活動の機会が失われる」という仮定から,住民アンケート調査を通じて『迂回時間別行動取止め率』として作成した。
こうして作成した大隅地域の独自指標を取り込んだ「損失時間シミュレーションモデル」を構築し,災害による地域への影響度を災害損失額として各道路区間毎に推計した。
これより,1日当りの災害損失額からみた道路が担っている『重要度』や過去の災害実績をふまえた道路整備の『緊急度』など,“防災”の観点から道路区間の総合評価を行った。(図ー5)

3 地域経済への影響分析
以下に示す「損失時間シミュレーションモデル」により地域経済への影響分析を行った。
① 現況OD表(道路交通センサス)を用いた交通量配分の結果から大型車の流動状況を勘案して,産業関連の物流やサービス額を推計する。
② 事業所ヒアリングにより把握した「迂回時間別損失割合」(図ー6)や迂回時を考慮して,各リンクの途絶1日当りの物流やサービスの流動量の減少=損失(金額)を推計する。(図ー7)
③ 過去の災害履歴を加味して,1年当りの平均的な災害損失額を推計する。(図ー8)

4 地域生活への影響分析
以下に示す「損失時間シミュレーションモデル」により地域生活への影響分析を行った。
① 現況OD表(道路交通センサス)を用いた交通量配分の結果から,乗用車の流動状況を勘案して,生活行動の目的別流動量を推計する。
② 住民アンケート調査により把握した「迂回時間別行動取止め割合」(図ー9)や迂回時間を考慮して,各道路における途絶1日当りの生活行動の流動減少量=損失(金額)を推計する。
③ 過年度の災害履歴(図ー10)を加味して,年当りの平均的な災害損失額を推計する。

5 災害損失額推計結果
上記で示した損失時間シミュレーションモデルを用いた推計結果を図ー11(産業),図ー12(生活)に示す。
その結果,大隅地域における1日当りの災害損失は,地域の主要幹線道路である国道220号や国道269号における損失が特に大きいと推計される。

6 総合評価
(1)路線の重要性からみた評価
この途絶1日当りの損失額を用いて,現況の道路がどの位産業活動や日常生活を支援しているかという‘‘路線の重要性“からみた評価を行うことができる。例えば同時に数本の路線が途絶した際に,地域産業や日常生活への影響の大きさを考慮し,災害復旧の優先順位付けに利用する。
推計の結果,途絶1日当りの損失額が高い区間は国道220号に集中しており,大隅地域における国道220号の産業・生活面での重要性が確認された。(図ー13)
なかでも垂水~古江間(約13km)は6,400万円/日と最も大きな損失が想定され,“もし途絶した場合”には地域への影響を最小限に抑える観点から優先的に災害復旧を果たすべき路線区間と考えられる。

(2)整備の緊急性からみた評価
また,過去の災害発生状況を勘案して,道路の通行止めがどれだけ地域に影響を与えてきたか(将来的にも被害の可能性が高いか)という“整備の緊急性”からみた評価も行うことができる。例えば,災害が多発する地城へ防災対策の投資をする際に,これまで地域に与えてきた災害損失の大きさを考慮し,優先順位付けに利用する。
推計の結果,過年度における損失額が高い区間は,現在防災事業が進められている早崎防災(L=5.2km)は2億3千万円/年(H元~13年平均)の損失がみられることから,実質的に産業や生活に最も影響を与えてきた路線区間と考えられる。(図ー14)
また,異常気象時通行規制区間である牛根境区間も年平均損失額が高くなっている。

7 災害に強い道路整備のあり方
これまでに推計した「1日当りの災害損失額」と「年平均災害損失額」を基に,大隅地域における災害に強い道路整備のあり方について評価した。(図ー16)
その結果災害等による通行途絶が発生した場合,大隅地域において地域経済・生活活動に特に影響の大きい路線は国道220号,269号であり,防災面からみて道路整備を重点的に図るべき路線であると考えられる。

〈大隅地域における災害に強い道路整備のあり方〉
□大隅西部地区
 ・早崎防災や牛根境などの防災対策事業を重点推進
 ・本地域と鹿児島市を結ぶ桜島改良の機能強化
 ・R220とR504を結ぶ(主)垂水南之郷線の機能強化
□大隅中央部地区
 ・R220の過年度被害の大きい区間での防災対策推進
 ・本地区の主幹道路であるR220の機能強化
□大隅東部地区
 ・産業生活面で依存の大きいR269の機能強化
 ・都城志布志道路の事業推進
□大隅南部地区
 ・本地区の主幹道路であるR269の防災対策推進
 ・R269の代替道路である(主)鹿屋吾平佐多線の機能強化
 ・大隅縦貫道路の事業推進

8 おわりに
物流に関わる交通量関連データが少ないことから,本稿では道路交通センサスを用いた交通量配分の結果(貨物車)から産業別生産額原単位を設定し,災害損失額を推計した。
原単位作成に際しては,管内約300の事業所へのヒアリング・アンケート調査を基に作成しているものの,産業別の特性を示す十分なデータ精度を有しているとはいえず,今後精度向上に向けた調査が必要と考えられる。
また,当モデルの都市部への適用については,第三次産業では貨物車以外の搬送も多いと考えられることから,第三次産業が卓越する都市部ではその適用に課題を残すと考えられ,さらに推計地域に因らない汎用性の高いモデル構築を目指す必要がある。
なお,本稿作成に当ってはパシフィックコンサルタンツ株式会社の協力を得ており,ここで謝意を示す。

上の記事には似た記事があります

すべて表示

カテゴリ一覧