火山と人との共存
NHK 解説委員
伊 藤 和 明
1988年7月19日から23日まで,鹿児島県の主催により,「鹿児島国際火山会議」が鹿児島市で開かれた。会議は「火山と人との共存」をテーマにして,世界各国から科学者,行政担当者,地域住民,マスコミ関係者など多数が参加し,熱のこもった討議がかわされた。海外からの参加者だけでも,30ケ国200人あまりを数え,鹿児島市民も合わせて連日1500人以上が会議に参加し,大成功のうちに閉幕した。
今回の会議の特徴としては,①鹿児島県という一地方自治体が主催して,国際会議を開いたこと。②会議の内容が,火山学そのものだけを対象とした国際火山学会とは異なり,火山と人間社会とのかかわりを視点に据えた世界でも初めての会議であったこと。③一般住民が多数参加し,ふだんではふれあうこともない科学者と住民との対話があったこと,などが挙げられよう。
以上の諸点から,このユニークな会議は,海外の参加者からきわめて高い評価を得たのである。
会議は初日の共通シンポジウムのあと,次の3つの分科会にわかれて行われた。
第1分科会「火山を知る」……噴火のしくみや噴火予知など火山の科学。
第2分科会「火山と生きる」……火山活動に伴う災害と防災対策。
第3分科会「火山を活かす」……火山地域の観光や地熱などエネルギーの利用。
このように,火山に対して純粋に火山学的な面からアプローチするだけでなく,火山災害対策と安全な居住空間づくり,地熱や温泉,さらには観光資源としての火山の利用など,地域振興への展望も含めた広範囲にわたる討議と問題提起が行われたのである。
いうまでもなく,日本は世界有数の火山国であり,とりわけ鹿児島県には,桜島をはじめとする7つの活火山があって,つねに火山と人とのかかわりが問われている。
なかでも桜島は,度重なる大噴火によって大きな災害を引き起こしてきた。とくに1914年(大正3年)の大噴火では,流出した大量の溶岩により,7つの集落が埋没し,3000戸あまりが家を失った。このときの溶岩の総量は,約30億トンと見積もられている。溶岩流の一部は桜島と大隅半島との間の海を埋め,両者を陸続きにしてしまった。鹿児島市でも,激しい地震のために39戸が全壊した。噴火と地震による死者は35人を数えた。
桜島は,1955年ごろから噴火の様式が変化し,たえず南岳の山頂火口から噴煙を上げて,ときおり中小規模の爆発を繰り返すようになった。すでに爆発回数は5000回を越えており,そのため鹿児島市をはじめとする周辺地域は,慢性的な降灰被害に悩まされている。
このように,噴煙を上げ続ける活火山と密接なかかわりをもつ鹿児島の地で,国際火山会議が開かれた意義はきわめて大きかったといえよう。
会議最終日の閉会式には,「鹿児島宣言」が採択された。宣言には,火山研究における国際協力の推進,火山地域の人々の安全の確保や火山に関する正しい知識の普及,火山の資源・エネルギーの利用と地域の活性化,火山に関する国際的な情報研究センター確立の推進などの内容がもり込まれた。
◇ ◇ ◇ ◇
日本はもちろん世界中の火山国の多くが,火山の造り上げた美しい風景を観光の対象としたり,温泉や地熱の開発を進めたりしている。
ハワイのキラウエア火山,イタリアのベスビオ火山やエトナ火山などには,年間多数の観光客が訪れる。ニュージーランドのルアペフ火山は,山頂直下の斜面がスキー場として開発されている。
またイタリアやニュージーランドには大規模な地熱発電所があって,エネルギー供給の拠点となっているし,やはり地熱開発の進んでいるアイスランドでは,首都のレイキャビークでの家庭の暖房用に温水を引いている。
このように,火山は多くの恵みをもたらしてくれるのだが,ひとたび大噴火をすれば人間の社会に大きな災害をもたらす。自然はいつもわれわれに微笑みばかりを向けているのではなく,ひとたび寝返りを打てば,その恐ろしい牙をむき出しにするということを過去の火山災害ははっきりと物語っているのである。
最近10年あまりを振り返ってみても,日本をはじめ世界各地で,火山の噴火により実に多様な災害が発生していることがわかる。
・1977年有珠山噴火……
降灰被害,温泉街住民の集団避難,翌年の泥流発生,地殻変動による建物の崩猿など。
降灰被害,温泉街住民の集団避難,翌年の泥流発生,地殻変動による建物の崩猿など。
・1980年セントヘレンズ山噴火(アメリカ)……
山頂部の大崩壊と岩屑流による地表の破壊,谷の埋没,爆風による森林被害,泥流の発生など。死者65人。
山頂部の大崩壊と岩屑流による地表の破壊,谷の埋没,爆風による森林被害,泥流の発生など。死者65人。
・1983年三宅島噴火……
流出した溶岩により,一集落が焼失埋没。
流出した溶岩により,一集落が焼失埋没。
・1985年ネバドデルルイス山噴火(コロンビア)……
発生した火砕流により氷河が融解,大規模泥流が麓の町村を襲い,25,000人の死者。
発生した火砕流により氷河が融解,大規模泥流が麓の町村を襲い,25,000人の死者。
・1986年ニオス湖ガス溢出(カメルーン)……
山頂の火口湖から二酸化炭素を主とするガスが溢れ出し,山麓へ流下。谷沿いの村々で1,700人の死者。
山頂の火口湖から二酸化炭素を主とするガスが溢れ出し,山麓へ流下。谷沿いの村々で1,700人の死者。
・1986年伊豆大島噴火……
カルデラ床から外輪山山腹へかけて割れ目噴火が発生。全島民10,000人あまりが島外へ避難。1ヶ月間島の活動が停止したための経済的損失は21億円あまり。
カルデラ床から外輪山山腹へかけて割れ目噴火が発生。全島民10,000人あまりが島外へ避難。1ヶ月間島の活動が停止したための経済的損失は21億円あまり。
このように,降下噴出物,溶岩流,火砕流,山体崩壊,岩屑流,泥流,そして火山ガス災害と,火山噴火のさいに想定されるあらゆる種類の災害が,ここ10年あまりの間に出つくした感がある。
とりわけ1986年11月の伊豆大島噴火のさい,全島民が島外へ避難し,1ヶ月間もの集団避難生活を送ったのは,日本でも初めての経験であった。この出来事は,科学の判断と行政の判断,災害時の危機管理や住民対応を考える上で,多くの問題点を提起したものといえよう。
大島町は,収入の約7割を観光に依存している。御神火の島,椿とアンコの島として,年間50万人もの観光客を招き寄せてきた。つまり火山あっての大島であり,火山が島民の生活を支えているといってもいい。その火山が予想もしない大噴火を引き起こしたために,島民の生活の基礎そのものが揺り動かされてしまったのである。
だが島の人々は,これからも火山に頼って生きていかねばならない。生活の糧としての火山と,生活を脅かすものとしての火山という2つの顔のいわば顔色をつねにうかがいながら,島で暮らしていかねばならない。火山島という地理的閉鎖系のなかで,火山と人とがいかに共存を果たしていくのかが問われているのである。
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突発的な火山災害のなかで,とくに恐ろしいのは火砕流と山体崩壊ではなかろうか。
火砕流というのは,火山の噴火にともない,軽石や溶岩片をまじえた高温のガスが,火山の斜面を猛スピードで流下する現象である。温度は800℃から1,000℃,流下速度は秒速40mにも達する。だから,火砕流の流路にあたった地域は瞬時に焼失してしまうし,高速であるために,気がついてからでは逃げおおせることはまず不可能である。
火砕流災害の代表的な例として知られるのは,1902年,西インド諸島マルチニーク島のプレ火山の噴火である。この噴火では,発生した火砕流が麓のサンピエールの町を焼き払い,28,000人の死者を出した。死者の数からいえば,今世紀最大の火山災害であった。
日本でも,1783年(天明3年)浅間山の大噴火のさい,山頂火口から流出した火砕流が,そのなかに含んでいた無数の溶岩片の力によって地表を削り,岩屑流となって麓の鎌原村を襲い,村を埋没して500人近い死者を出した例がある。
噴火とともに火山体が大崩壊を起こす現象も,過去に多くの災害例が知られている。
最近では,1980年5月,北アメリカのセントへレンズ山が大噴火したさい,山頂部分が火山性地震の衝撃で大崩壊を引き起こした。この火山は,均整のとれた美しい山容のために「アメリカの富士山」とも呼ばれていたのだが,崩壊後は山頂が400mも低くなり,その跡に馬蹄形の大火口を生じた。崩壊した山の部分は,大規模な岩屑流となって山腹を流下し,地表のすべてを破壊しながら30km下流まで災害をおし広げていった。
このセントヘレンズ山と同様の例は,日本でも知られている。
ちょうど100年前の1888年,磐梯山の大噴火にともない,小磐梯の山頂部が崩壊して岩屑流が麓の村々を襲い,461人の死者を出した。いまは裏磐梯の観光地となっている桧原湖や小野川湖,五色沼など磐梯山の北麓に点在する湖は,このときの岩屑流が河川を堰き止めて生じたものである。
山体崩壊により発生した大量の岩屑が,海中になだれ落ちて,大津波を発生させた例もいくつか知られている。
1640年の北海道駒ケ岳の噴火では,山頂部が崩壊して噴火湾(内浦湾)に津波を起こし,700人あまりの死者を出した。
1741年には,北海道松前沖の日本海に浮かぶ渡島大島が大噴火し,山体の崩壊による大津波が対岸の松前半島から東北地方の日本海沿岸を襲って,1,500人近い死者と800戸の流失家屋を生じた。
さらに驚くべき史実は,1792年の「島原大変」である。これは,九州雲仙岳の半年あまりにわたる地震火山活動の末に,雲仙火山群の東端にある前山(現在の眉山)が大崩壊を起こしたもので,山体の半分が有明海に落ちこんだために大津波が発生,島原はもちろん対岸の肥後や天草諸島にも大災害をもたらした。犠牲者は15,000人にも達したという。肥後だけでも約5,000人が流死したといわれ,そのため「島原大変肥後迷惑」という言い伝えが残されている。
以上のほかに,噴火による雪どけ泥流も大きな災害をもたらすことがある。
この種の泥流災害が最近にわかに注目を集めているのは,1985年11月に,南米コロンビアのネバドデルルイス山が噴火したさい,25,000人もの死者を出す痛ましい災害となったからである。
アンデス山脈の北端に位置するこの火山は,標高が5,339mあり,4,800mから上には氷河が発達している。このときの噴火では,まず山頂の火口から小規模の火砕流が発生して氷河上に広がった。そのため,大量の氷が解けて泥流の発生源となった。泥流は山腹を下り,いくつかの谷にわかれて流下した。谷の傾斜がきわめて急峻なために,泥流は速度を増し,流路にあたる谷壁を削って大量の土石を取りこみ,麓の扇状地へ溢れ出て町を襲ったのである。
日本でも,1926年の5月,北海道十勝岳の噴火で火口周辺の残雪が融け,西斜面に大規模な泥流が発生,麓の上富良野村を襲い,144人の死者を出した例が知られている。このときの泥流の流下速度は,25kmを25分,つまり時速60kmであった。
十勝岳のこの災害以後,日本列島では火山の噴火による雪どけ泥流は発生していない。しかし,中部以北とりわけ東北や北海道の火山が,積雪期や残雪期に噴火した場合には,将来必ず同様の泥流災害が発生する危険性のあることは銘記しておくべきであろう。
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日本の風土の美しさは,火山に負うところが大きい。28ある国立公園のうち16が活火山を含んでいることをみても,日本の風景に果たしている火山の役割をうかがい知ることができる。
とくに最近は,火山噴火による大規模な災害がないためもあってか,火山周辺の土地利用が急速に進んできた。ただでさえ,火山の山麓には多くの人が住みついている上に,別荘開発や観光開発の手が火山の斜面を這い上がってきた。火山がもたらした多様で優美な景観のために,観光資本が次々と投入され,火山周辺の開発が恐るべき速さで進んできたのである。いまや,日本列島の活火山の多くは,その危険性が語り継がれないまま,美しい風景や温泉だけを売りものにした観光地と化してしまった。
阿蘇山や草津白根山のように,観光客が直接活動火口をのぞくことのできる火山もある。有珠山のように,新しい噴火口から3kmと離れていない所に一大温泉街の開けている例もある。浅間山の北麓では,1783年の大噴火で流出した火砕流が,その通り路に残していった巨大な溶岩塊を,別荘の礎石にしたり,ゴルフ場の障害物に利用したりしている。火山の観光は,まさに噴火の危険と隣あわせの存在なのである。
これまでにも,地元の観光優先の姿勢が安全を犠牲にしたと批判された事故が,いくつか発生している。
1979年9月6日に発生した阿蘇山の爆発による災害は,その典型的な例であろう。午後1時すぎに起きた阿蘇中岳の第一火口の爆発により,大量の噴石が観光客を直撃し,死者3人,重軽傷者16人を出す惨事となった。事故のあった場所は,仙水峡からのロープウェイの終点「火口東」駅あたりで,犠牲者はみなこのロープウェイに乗ってきた観光客であった。
この年の6月以来,中岳の活動が活発化したため,火口から半径1km以内の立ち入り禁止措置がとられていた。問題の「火口東」駅は,火口から約850mの距離にあるため,当然規制の対象になっているはずであった。ところがなぜかロープウェイは運転され,観光客を運んでいたのである。
その謎は,1枚の地図に秘められていた。地元の阿蘇防災会議協議会が作成した地図を見ると,なんと「火口東」の駅は,1km規制円の外に出ていたのである。つまり,実際には火口から850mの位置にあるにもかかわらず,地図の上では1km以遠にあることにして,ロープウェイを運行させ,観光客を招き寄せていたため惨事を発生させてしまったのである。
外来者の安全を確保するための立ち入り規制措置がありながら,その裏でこのようなトリックが行われていたのでは,なんのための防災対策なのかを問いたくなる。噴火の危険よりも,観光誘致を優先させた地元の姿勢が,まさに「人災」を招いたのである。
一般に,観光地などを抱えた地元の市町村は,火山の危険性や緊急時の対応などについて広報することを嫌う傾向がある。広報することによって地元のイメージが低下することを恐れるからである。日本の火山周辺の防災対策が遅々として進まないのは,そのようなところに原因があると思えてならない。
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1985年,コロンビアのネバドデルルイス火山の泥流災害を取材して驚いたことは,この火山が大噴火したときを想定した災害予測図が,国の手で作成されており,各地方自治体や関係諸機関に配付されていたことであった。この噴火災害予測図は,コロンビアのINGEOMINAS(国立地質鉱山研究所)が作成したもので,過去の噴出物の性質や年代から,これまでの火山活動の特徴を洗い出し,将来の大噴火によって,降下噴出物,溶岩流,火砕流,泥流などによる災害の発生しやすい地域を明示したものであった。
大災害は11月13日に発生したのだが,この災害予測図は,そのひと月あまり前の10月7日に公表されていた。そして災害の当日,泥流は,ほぼこの予測図で予想されたとおりのコースを流下した。まさに,災害は予測されていたのである。
しかし残念なことに,せっかく配付された災害予測図を,地元の自治体は現実の防災に生かすことができなかった。防災行政の担当者に,予測図の意味するところを読み取る能力がなかったという指摘もある。せっかく精度の高い災害予測図が作られていても,土地の特性に付随する災害パターンの認識や緊急時の情報伝達網の整備など,ソフト面の対策が欠落していては,災害を避けることができないことを,ネバドデルルイス火山の事例は物語っているものといえよう。
このような火山災害予測図に関して,火山国日本の場合はどうであろうか。筆者の知るかぎり,日本の活火山山麓の市町村で,火山の大噴火を想定した防災計画書を作成し,また地元住民に対して,緊急避難体制をはじめ,ふだんからの防災啓蒙に努めているのは,北海道の2つの火山麓だけである。
1つは十勝岳山麓の上富良野町と美瑛町。ここでは,ネバドデルルイス火山の泥流災害を教訓とした上で,あらためて1926年の十勝岳噴火による泥流災害を見直し,将来の大噴火によって雪どけ泥流が発生した場合の緊急避難図を各戸に配付した。これには,泥流危険地帯が明示してあり,いざというときの緊急避難場所を住民に周知させている。また上富良野町では,毎年住民を対象とした避難訓練を実施して成果を挙げている。
もう1つの例は,北海道駒ケ岳山麓の森町をはじめとする周辺5町が作成した防災計画で,噴火にともなう危険地域の段階的設定や避難路の周知徹底を行い,各戸には駒ケ岳の突然の噴火に備える啓蒙用のポスターを配付している。
北海道駒ケ岳は過去にしばしば大規模な噴火をしており,周辺に大きな被害をもたらしている。しかしこの火山は,1929年の大噴火以後は顕著な活動もなく,その間に南麓の大沼をはじめとする観光,リゾート開発が急速に進んできた地域である。このような観光地を有し,また60年近くも火山が活動していないにもかかわらず,噴火を想定した防災計画を策定,公表している点は,高く評価できよう。
日本には,北方領土を除いて67の活火山があり,大部分の火山で周辺の開発が進んでいるのだが,残念なことに以上の2火山のほかには,災害予測図のたぐいはほとんど作られていないのが現状である。災害予測図を作りそれを公表すると,社会的経済的に大きな影響の出ることを地元が懸念するからである。
本来ならば,個々の火山について,降下噴出物,溶岩流,火砕流,山体崩壊,泥流,火山ガスなど,多岐にわたる火山災害を想定した防災計画を立案するとともに,住民意識の高揚が強く望まれるところなのだが,現状はきわめて不満足な状態である。
1980年に大噴火したアメリカのセントヘレンズ山の場合,過去の噴出物の地質学的な調査をもとに,噴火災害予測図が作られていた。それにもとづいて,1980年の活動のときには,住民の避難や火山周辺への立ち入り規制などを含めた対応策がとられていた。そのために,あれほどの規模の山体崩壊と大噴火がありながら,人的被害は著しく軽減できたと評価されている。
インドネシアも世界有数の火山国であるが,国内のすべての活火山についての災害予測図が,国の手で一冊の本にまとめられている。
災害予測図の作成は,やはり国土の問題として国が真剣に取り組むべきであろう。コロンビアやインドネシアのような発展途上国でも,国民の生命財産を守るために,立派な災害予測図が作成公表されていることに学ぶべきではないだろうか。現実に日本でも,いま国土庁が中心となって,一部の火山をモデルに選び,予測図作成のための検討が行われているところである。
この災害予測図の問題は,7月の鹿児島国際火山会議でも,各国の実情が報告され,大きな関心と論議を呼んだことを付記しておきたい。
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火山をめぐる観光地では,不特定多数の観光客対策も重要である。一般に観光客は,訪れた土地の周辺環境を把握していないことが多く,危険が身のまわりに潜在していてもそれを察知することができないのが常である。それだけに,地元の姿勢がつねに問われるのだが,前述の阿蘇山の例に見られるように,安全よりも観光の振興を優先させる自治体が多いのは残念である。火山の美しい風光を売りものにして観光客を招き寄せるのであれば,招き寄せる側にその安全を守る責務があることはいうまでもない。
山腹にスキー場が開発されているニュージーランドのルアペフ火山では,火山が噴火したさい,スキー客がどのような行動をとるべきかについての指針が,ポスターにまとめられて,ホテルの壁などに掲示されている。色彩豊かなポスターで,ルアペフ火山の写真の上に,予想される泥流の流路が赤で示されており,火山泥流の性質に関する解説とともに,数項目にわたる防災上の注意が箇条書きにされている。一目で誰にもわかりやすいポスターである。このように,観光客に対する安全確保のための周知徹底を図っている火山が,日本ではほとんど見当たらないというのは,まことに淋しいかぎりである。
地震の場合もそうなのだが,予知と防災とは,いわば車の両輪である。いくら噴火予知研究や予知の技術が進展しても,大噴火に備える防災対策が不充分であるならば,せっかくの科学の成果もからまわりに終わってしまうであろう。
火山国日本で,いかに火山と人とが共存を果たしていくのか,各国から大きな評価を受けた国際会議が開かれただけに,新たな視点に立った取り組みが期待されるのである。