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激特北川における川づくり計画の一考察

建設省 延岡工事事務所
 調査第一課長
川 添 清 純

建設省 延岡工事事務所
 調査係長
久 保 尚 男

建設省 延岡工事事務所
 調査係
中 島 貴 史

1 はじめに
平成9年9月に九州地方を縦断した台風19号に伴う豪雨により,北川の堤防は決壊し,谷一面が濁流と化し,家屋・事業所などの倒壊や浸水,交通網の寸断等広範囲にわたる被害が発生した。この豪雨による出水の規模は昭和30年以降の観測史上最大となり,北川町熊田での最大流量は約5,000m3/sと推定されている。

この出水による災害を契機とし,再度災害防止を図るため,当地区において「激甚災害対策特別緊急事業」(以下,激特事業と呼ぶ)が採択され,緊急的に河川改修を行うこととなった。
本論では,河川改修計画の中で,「河川環境の保全と再生を考慮した川づくり」計画を立案するにあたり,河川環境の評価手法として,河川環境情報図の作成を試みており,これを基にした改修計画立案の方法について述べるものとする。なお,川づくり検討のフローは,図ー3のとおりである。

2 改修計画策定の方法
河川法の改正後全国で初めての激特事業に採択された北川は,洪水時には谷一面が濁流と化す自然条件にありながら,一方で人々の生活を支え,また,多様な生物の生息・生育場として機能してきた。北川には連続して多くの河畔林があり,これは生物のすみかであると共に,沿川の水害を和らげる水防林としても機能している。また,流水により河床には瀬や淵が形成され,鮎に代表される魚類の生息にも適した河川形態を形成している。さらに下流の友内川周辺の塩性湿地帯には,野鳥も数多く生息する自然豊かな環境を有している。
このような北川の自然の脅威や多様な環境の下で,これまでの安全な川づくりに加えて,「河川環境の保全と再生を考慮した川づくり」を目指し,学識者,市町村長および住民の代表者からなる『北川川づくり検討委員会』(委員長:杉尾哲宮崎大学教授)を設立し,様々な専門・立場の方々の意見を伺いながら改修計画の検討を行った。なお,検討委員会は一般公開のもとで進めていった。

3 河川環境の保全と再生を考慮した川づくり
(1)河川環境情報図の必要性
河川は,地形・気候や社会的特性などさまざまな要因のもとで個性を持った環境を形成している。
対象とした北川には,貴重種,絶滅の危険性の高い種や群落をはじめとして種々の生物が生息・生育しており,河川環境の保全と再生を考慮した川づくりを進めるにあたっては,河川環境を適切に把握し表現する情報図が必要となった。そのため,河川形状等の場の情報,生物情報,人と川との関わりの情報を重ね合わせ,どのような場所がどのように利用されているかを整理した『河川環境情報図』の試作を全国に先がけて行った。作成の手順は図ー4に示すとおりである。

(2)植生図・航空写真等による河川環境の特徴の整理
植生図,航空写真,河川水辺の国勢調査,縦横断図等により,河川環境の現状を把握すると共に,過去からどのように変化してきたかを,地元の市町村史や郷土史,沿川地区住民からの聞き取り調査を含め調査した。この過程のなかで,生物の生息・生育基盤となる河川環境の特徴を整理した。

(3)河畔林等の機能分類
地域沿川住民への聞取りによる北川と地域社会との関わりについて調査する中で,現況北川に存在する河畔林を,その在り方によっていくつかに分類することができた。現存する河畔林の持つ機能ごとにそれぞれ,「水防林」,「魚付き林」,「景観林」と呼ぶこととし,その機能分類を行った。また,この分類に基づいて改修計画にあたっては下記のとおり取扱うこととした。
①「水防林」の取り扱い
北川に存在する水防林はその多くが,低水路河岸や堤防沿いに立地する。これらは,洪水流の減勢や堤内地への土砂流入抑制などの効果がある反面,流れを阻害する要因になっている。
◦洪水流下に必要な断面積を確保するために,伐採が必要となる部分の水防林のみ伐採することとした。
◦改修後においても洪水位が相対的に高く堤防保護が必要とされる地区においては,高水敷掘削後に水防林として竹林等を植栽することとした。
◦霞堤開口部については,堤内地への土砂流入抑制等のため,水防林を植栽することとした。
②「魚付き林」の取り扱い
北川の河道状況は,山地地形の山付き部に制御され大きく蛇行する形状であり,山付き斜面には多様な河畔林が存在する。このような蛇行部で山付きとなる水域には淵が形成され,魚類等の生息場ともなり,河畔林は「魚付き林」としても機能している。
◦山付き斜面に存在する河畔林「魚付き林」は現況を保全することとした。
◦低水路水際部の樹木については,改修計画に伴う高水敷掘削と共に必要最小限の伐採を行うこととした。
③「景観林(景観樹)」の取り扱い
地域の景観を維持する上で重要と認識されている樹林を景観林と呼ぶこととする。北川に存在する景観林のなかで代表的なものとして,川島地区対岸の山付き斜面“ひゅうごひぐり”が挙げられる。また,単独で立地する象徴的樹木としては,東海地区の桜や上流の竹瀬地区のエノキ,ムクノキ等が挙げられる。取扱いについては,極力保全することとした。

(4)生物群集の特徴の整理
生物調査などにより得られた生物リストをもとに,河川環境における生物群集の特徴を整理した。生物群集の特徴を整理する主旨は次の通りである。
① 河川環境の全体像の把握
河川環境調査等などの網羅的な生物情報等をもとに,流程に添った生物群集の違いや北川の典型的な環境,特徴的な環境における生物群集の特徴など,河川環境の生物相の全体像と生物群集から見た地域の環境特性を把握した。
② 経時的な生物群集の変遷
「見られなくなった生物」「見られるようになった生物」及び生物群集の変遷の概要を把握するため,過去の生物群集と現況の生物群集を比較した。

(5)環境区分(案)の作成
河川環境情報図では,動植物の生息・生育環境を概略的に把握するため,陸域では植生区分を,水域では河床形態を生物の生息・生育環境の場の単位として捉えた。この単位を基本として環境区分(案)を設定し河川環境情報図を作成した。
① 現地調査
環境区分(案)の設定に当たっては,既往の資料等を利用するが,これらの資料作成以降の改変等により,現状を的確に把握していない場合があるため,環境区分の検討と併せ下記の点に着目し現地調査を行なった。
◦どのような環境でどんな生物が確認されたのか
◦河川環境の縦断的な特徴や特徴的な環境の存在
◦重要な種および群落,注目すべき生息地,鳥類の集団分布など
② 環境区分(案)の作成
陸域における植生区分と,水域での河床形態区分をもとに環境区分(案)を作成した。この場合,環境区分の凡例を多くしすぎると環境の把握がしづらくなるため,北川の特性などを考慮して生物の生息・生育環境の現況が理解しやすいように留意した。

(6)注目すべき生物種等からの河川環境の特徴の整理
注目すべき生物種等は,環境区分(案)と生物群集の特徴の整理との結果に基づいて,植物・動物について下記の選定基準をもとに抽出した。その上で,注目すべき生物種等の現地における確認状況・分布状況や生態的特徴について整理した。
① 植物
◦重要種および群落:貴重種や絶滅の危険性の高い種や群落など
(シバナ,ハマナツメ,タコノアシ,カワジシャ,コアマモ)
② 動物
◦重要種:貴重種や絶滅の危険性の高い種など
(アカメ,カワスナガニ,カワウ,チュウサギ,ミサコ,フクロウ,チュウヒ,ハヤブサ,チョウゲンボウ,カワセミ,ヤマセミ,ブッポウソウ,トモエガモ,カジカガエル,ゲンジボタル,ベニツチカメムシ,ハルゼミ,タテハモドキ)
◦注目すべき生息地:集団で分布が確認された鳥類およびその分布地
(マガモ,カルガモ,コガモ,ヒドリガモ,セツカ,カワラヒワ,オオヨシキリ,タヒバリ,ムクドリ)
◦漁業対象:漁業の対象となる種
(アユ,ヤマトシジミ,マシジミ)
◦その他注目すべき動物:上記以外で注目すべき動物および群集
(アユカケ)

(7)河川環境情報図の作成
環境区分(案)を,注目すべき生物種等による河川環境の特徴整理の結果から修正し,さらに,人と河川との関わり情報をも追加し,河川改修計画に資する「河川環境情報図」を作成した。修正に当たっては次の点に注意している。なお,作成した河川環境情報図の一例を図ー7に示す。
① 注目すべき生物種等の生態情報に基づき,できるだけ生物の生息・生育環境の条件が反映できる環境区分に修正した。
② 生物の生息・生育環境といった観点により,環境区分が隣接して存在する地域一帯などを環境区分のまとまりとして表現した。
③ 野生生物の生息・生育環境だけでなく,人と川との関わり情報(河川利用の目的・場所・内容,改修に対する地域住民に意見等)についてもあわせて整理した。

4 地域生活を支える安全な川づくり
(1)改修計画の目標と治水方式
① 改修計画の目標
改修計画の目標は.既往最大規模となった平成9年9月出水での推定ピーク流量5,000m3/sを再度災害防止のための計画対象流量とした。
② 治水方式
北川では,洪水外力規模に対して河道規模が小さく,河道沿いに山地が迫り河道拡幅が困難なことから,従来から霞堤方式(破堤の危険性の低減や,氾濫水のすみやかな排除などのために,堤防の一部を不連続とする治水方式)が採用されている。また,霞堤方式を前提とした築堤はその8割以上の進捗を見ている。したがって,北川においては,従来の築堤計画の完成と霞堤方式を組み合わせた治水計画をその基本とした。なお,霞堤方式の利点としては次の点が挙げられる。
◦堤防からの越水が発生した場合,堤内地側の湛水地でのウォータークッション効果が期待され,破堤の危険性が緩和される。
◦堤防を越水した場合でも,洪水の低減と共に,堤内地の氾濫流は短時間で排水される。
◦霞堤開口部からの堤内地へ流入する遊水効果により下流への流量,流速を低減できる。
◦霞堤開口部からの流水は,流速が小さく農作物等への被害程度は小さい。

(2)改修の方法
洪水時の越水や破堤による堤内地への洪水氾濫被害を軽減させるためには,河道内の河畔林の伐採や高水敷の掘削等により流下断面積を拡大し河川水位を低減させる必要がある。そのため以下に示す改修メニューを組み合わせた検討を行った。
① 河畔林の部分的伐採
河畔林は,治水上の支障とならない範囲でできるだけ存置させた。存置した主要な河畔林は次のとおりである。
◦地域の行事と関わりを持つもの
◦山付き斜面の魚付き林
◦景観要素として存置要望のあるもの
◦河岸,堤防の保護等水防林として機能するもの

② 河道内掘削
水域の河川環境保全を重視し,基本的に河道内掘削は陸域(高水敷)を中心に行った。掘削面の高さは,平水位+1.0mを確保すると共に,河川環境の連続性を確保するため水際部の地形・植生は現状のまま維持した。また,掘削後の高水敷上には,平常時の河川利用に寄与できるよう,洪水位に影響を与えない程度に樹木の残置・移植を行った。
高水敷の掘削高さについては,北川の流況特性より年間8日間程度の冠水する状況となった。
③ 堤防補強
河道の流下断面積の拡大には限界があり,洪水位が従来の計画高水位を上回る場所が生じる。そのため,堤防の強化を図り,越水・破堤に対処することとした。堤防強化の方法は場所毎に以下の方法を採用した。
◦特殊堤による堤防の嵩上げ
◦堤防表法面への護岸配置
◦堤防全体の護岸等による補強(耐越流化)

(3)河川環境情報図による確認
改修の方法を検討する上で,沿川地区毎に作成した河川環境情報図をもとに,保全すべき環境単位や多様な環境を確保する指標とした。
河川環境情報図を用いた場合,河川環境を保全すべき重要箇所や環境の多様性確保に着目した掘削・河畔林伐採等の改修を計画することができた。
また,掘削等により環境が変化する部分については変化後の環境を予測し管理を行う資料となる。さらに,今後管理を行っていく上で,高水敷への堆砂や樹木の再生による改修後の河道断面の変化を追跡調査等で把握し環境管理図としても利用できると考える。

5 工事実施とモニタリング調査計画
(1)工事実施における配慮
改修計画に基づく工事実施にあたっては,以下の事項に留意することとした。
◦工事の状況変化を事前に予測したり,悪影響を未然に防ぐために,施工中においても定期的な巡視や追跡調査を行う。また,関係機関との事前打合せを開き専門家への助言を求める。
◦特定種等の発見,生物の生息・生育環境の急変などのような現場状況変化に柔軟に対処する。
◦工事区域外の植生等の改変を最低限にするため,ロープ等で囲み踏みつけや立ち入りを禁止する。
◦工事用道路は,生物の生息生育場として重要な区域を避けて配置する。
◦土砂,濁水流出に対し,防止対策を行い工事影響調査を実施する。
◦表土の適切な採取・保管・転用を図る。
◦工事関係者の意識の共有化と工事への理解を図る。
(2)モニタリング調査計画
激特事業による河川改修は,河川周辺の豊富な自然環境をできるだけ損なわないよう配慮しつつ改修を進めていくが,その規模は大きくかつ短期間に行われるため,河川形態や生物に影響を及ぼす可能性がある。これら予測される影響の他に不測の影響が発生することも考えられることから,追跡調査(以下,モニタリングと呼ぶ)を十分に行い問題点の早期発見とその対応に努める必要がある。
北川においてモニタリングを実施するにあたり,改修後の変化を全川で一様に俯瞰的に調査を行うもの(全体調査項目)と,特に大規模な改変を行った場所,保全対策を実施した場所,貴重種の生育・生息場所や繁殖場所等,着目すべきポイント等,綿密な調査を必要とするもの(重点調査項目)に分けて表ー2に示すモニタリング調査計画を立案し,今年度より調査に着手したところである。

6 おわりに
北川の激特事業計画立案に際しては,北川の持つ自然豊かな河川環境を生かすため,河川環境に詳しい専門家はもとより,さまざまな立場の先生方や地元住民のみなさんから意見をうかがい,河川環境に配慮した計画立案ができたことに感謝するとともに,今後ともよりよい河川整備に努めていきたい。

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