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温泉変質を受ける構造物の設計と施工
—大分自動車道別府橋―

日本道路公団福岡建設局
大分工事事務所所長
伊 藤 野 彦

日本道路公団福岡建設局
大分工事事務所構造工事長
一 瀬 久 光

1 まえがき
大分自動車道は,九州自動車道鳥栖ジャンクションから分岐し,甘木市,日田市,別府市を経由して大分市へ至る,延長約127kmの高速自動車道である。建設中の長崎自動車道とともに,鳥栖ジャンクションにて,南北の幹線である九州自道車道と十字型に直結し,一体となって九州全体の開発に寄与すべき期待を担っている。現在,鳥栖~朝倉間18.9kmが供用中であり,残る約108kmが工事中である。
別府橋は,この大分自動車道の終点近く,温泉で有名な別府市に建設中のもので,橋長411m,アーチスパン235mのコンクリートアーチ橋である。温泉地帯に建設する橋梁であるため,計画段階から温泉腐食対策など様々な検討を加え,施工を進めてきた。
本橋は,下部工の施工を完了して,現在,上部工のアーチリングを施工中である別府橋について温泉対策および設計と施工の概要を紹介するものである。

2 架橋地点の概況
本橋の架設地点は,別府市の北西に位置し,いわゆる「地獄」と呼ばれる明ばん温泉に隣接しており,幅600mの大きなU字谷を高さ50mで横過するものである。
谷の低部には浅層に地下水があり,これがすぐ下流で硫黄を含んだ噴気と熱交換,物質交換を行い温泉として噴出している。架橋地点の下流には別府市の観光名所である地獄群や温泉旅館が散在している。

3 温泉対策
(1)温泉への影響
このような温泉地帯に建設する橋梁であるので各種調査により,橋梁建設による温泉への影響を推定した。本線通過区間内の温泉の位置,温度,湧出量など温泉現況調査を行うとともに,橋梁建設予定地点が狭い谷部に位置することから,地下水調査を行い,地下水への影響を検討した。
その結果,当地区の地下水位置は浅く,特定のごく狭い範囲の水脈を流下するのではなく,谷全体を流下していることがわかった。このため,谷低部を橋脚を設置した場合,橋脚基礎工事に伴い浅層の地下水の低下,地下水脈の変化が生じ,下流の泉源への影響が心配された。さらに,当該地点で基礎の掘削工事を行うと,噴気ガスあるいは自然湧出温泉が出る可能性が極めて強いこともわかった。
(2)温泉腐食について
ⅰ)温泉によるコンクリートの腐食(劣化)
橋梁建設による温泉への影響が問題となる一方,噴気ガス(主に硫化水素ガス)・強酸性水・強酸性土壌などの腐食要因により,コンクリートが腐食(劣化)するという大きな問題がある。
コンクリートが腐食(劣化)する原理を次式に示す。

上記化学反応式に示すように,コンクリートはまず水により水和反応を生じ,次いでこの生成物が温泉中の硫酸と反応して,石こうとシリカゲルとなる。石こうは,コンクリートを中性化し侵食を行う。また,シリカゲルは極めて脆弱であるため,セメント水和物がバインダーの機能を失ってモルタルが剥落し,劣化が行われる。
ⅱ)温泉による基礎地盤の変質
温泉による地盤の変質は,谷部を中心にかなり広範囲にわたっている。基岩となっているのは,新生代第4紀洪積世の火山噴出物で,角セン石と輝石を多く含有する安山岩と凝灰角礫岩である。この両基岩が温度により複雑な変質を受けており特に,起点側のアーチアバットAA1の位置では基岩の境界および,亀裂に沿って変質が進行している。
これは,熱水変質と呼ばれ,地表近くにおいて常温・常圧下で岩石と水が接触し,岩中の化学物質が溶脱したり取込んだりして岩石が変質していく化学的な風化作用と異なり,地下もしくは地表近くにおいて高温状態で反応が行われ,熱水変質帯が形成されるもので,必ずしも岩の変質の度合いが深さによって決まってこない。熱水変質帯を模式的に表したものを図ー3に示す。

(3)温泉腐食に対する対策
温泉地帯では,土および水などに含まれる酸や硫酸イオンなどの化学作用により,コンクリートおよび内部の鉄筋が腐食する恐れがあるので,その影響を調査試験し,耐久的かつ経済的なコンクリート構造物の設計・施工のための基礎資料を得る目的で,昭和51年から現地において腐食試験を実施した。その試験結果ならびに現地試験を補足するために実施した室内腐食試験結果を分析・検討のうえ,学識経験者等から成る「コンクリート構造物の温泉腐食対策調査研究委員会(委員長:岡田清京大教授)」にて「温泉地帯におけるコンクリート構造物の設計・施工指針(案)」を策定した。温泉腐食対策は,この指針に基づき次のとおり行うこととした。

ⅰ)温泉腐食対策の基本方針
コンクリート構造物の温泉腐食対策は,腐食環境区分および構造部位に応じて行うものとした。
まず,路線上に沿った腐食環境調査により,酸性度(pH)および硫酸イオン(SO4--)濃度ならびに地下水,噴気ガスなどの状況を調査し,腐食環境を面的にA,B,CおよびDランクに区分した(表ー1)。
腐食環境は,構造部位(地中部,境界部および空中部)によっても差異があるため,それぞれに応じた腐食対策を講じるものとした。
現地腐食試験結果によるとコンクリートの腐食程度は,境界部が最も大きく,土中部は比較的小さく,空中部はさらに小さくなっている。境界部の腐食が他の部位に比較して著しく大きくなっているのは,酸および硫酸イオンが凝集しやすく,また,乾湿の繰り返しなどによる物理的作用も受けるためと考えられる。

ⅱ)コンクリートの品質
温泉腐食が想定される場合(A,BおよびCランク)のコンクリートは,酸および硫酸イオン(SO4--)などの侵入を防ぐため,腐食環境区分および構造部位にかかわらず,密実で耐久性に優れたものが要求される。このようなコンクリートの品質は,材料の品質および配合などにより支配されるため,セメント,骨材など材料の品質および水セメント比に十分留意することとした。
イ)セメント
強酸性環境下では,セメントの種類の違いによる温泉腐食抵抗の差は現地での腐食試験結果あるいは文献などによっても顕著ではないため,セメントについては原則として通常仕様とした。
ロ)骨材
温泉腐食が想定される場合は,一般コンクリートと比較して骨材自体の耐久性が優れたものを用いるものとし,酸に可溶性である石灰石系骨材あるいは長石を多く含む岩石の骨材は用いないものとした。
ハ)水セメント比
一般的に水セメント比と温泉腐食の相関性は顕著ではないとされているが,現地試験の結果,貧配合のコンクリートは他の配合より腐食が若干大きく,また,密実性に欠けるため,硫化水素ガス等が浸透し内部の鉄筋を発錆させる恐れがあるので,水セメント比を50%以下と規定した。
ⅲ)設計および施工
腐食環境区分および構造部位に応じて行う設計上の対策として,鉄筋の最小かぶりを規定した。
構造部位は,図ー4に示すように空中部,境界部および土中部に区分し,境界部は現地腐食試験および文献の腐食例より,地表面上50cmから地表面下100cmまでの範囲を標準とした。
鉄筋の最小かぶりは,構造物全体にわたって鉄筋の防食のために設けるもので,長期間コンクリートの中性化が鉄筋まで到達しないこと,あるいは,コンクリートの密実性に欠陥が生じた場合でも,コンクリート内部に浸透する硫化水素等による鉄筋の腐食を防ぐこと等を期待して,表ー2のように腐食環境区分および構造部位に応じて定めた。
コンクリートの打設・養生にあたっては,コンクリートの不良部分から酸やイオンが混入し,コンクリートや鋼材が腐食するのを防止するよう十分に配慮することとした。

ⅳ)防食工法
コンクリートの腐食が著しく,コンクリートの品質面からの対策,ならびに設計および施工面からの対策だけでは対応できない構造部位に対しては,「防食工法」を行うものとした。
防食工法は,原則としてコンクリートによる増厚工法および防食材工法によるものとし,図ー4に示すように腐食環境区分および構造部位に応じて選定した。

イ)コンクリートによる増厚工法
厳しい腐食環境下にある境界部等においては,コンクリートの腐食が表面から次第に進行するので,腐食が有効断面まで到達しないことを期待して,構造部材として必要な有効コンクリート断面の外側に,さらに防食コンクリートの一体打設を行った。
防食コンクリート厚の目安は,現地腐食試験結果に基づいた実験式ー(1)によった。
σ=k・(7-pH)・t (1)
ここで
  σ;腐食深さ (mm)
  k;境界部  1.4
    土中部  0.4
  t;暴露期間(年)
ロ)防食材工法
防食材工法とは,各種防食材を用いてコンクリート表面にライニングを行い,コンクリート表面を腐食から防護する方法をいい,工法の選定にあたっては各種防食材の耐熱性,耐酸性,施工性,経済性等を検討のうえ,現地腐食試験の実績を基に,エポキシ樹脂ライニング1cmを行うものとした。

4 設計
(1)橋梁概要
  道路名  大分自動車道
  規 格  1種3級A
  橋 長  411m
  有効幅員 2@9.0m
  平面線形 R =4,000m
  縦断勾配 4.94%
  形 式  鉄筋コンクリート固定アーチ橋
  支 間  235m(東洋一)
  ライズ  fL=34.0m,fR=37.0m
(2) 設計方針
本橋の設計は,以下の基本方針の基に行った。
①アーチの構造系は,AA1アーチアバットの基礎地盤が温泉変質作用を受け軟質化しているので,補剛桁の寄与率を高めたローゼ形式アーチを採用し軽量化を図り,アーチアバットの反力を極力軽減できるようにした。
②アーチが非対称なので,左右のスプリンギング部の断面力のバランスを考慮して,アーチ軸線形状を決定した。
③アーチリングは,面外地震に抵抗できるよう,横方向剛性の高い3室箱桁の上下線一体断面を採用した。また,クラウン部において補剛桁と一体化することで,耐震性を高めた。
④補剛桁は,断面性能に優れる箱形断面を採用し,腐食環境を考慮して,架設用斜吊PC鋼棒を転用したパーシャルPC部材とし,ひびわれを制御した。
⑤設計震度は修正震度法によるものとし,固有周期については固有値解析を実施した。
(3)設計条件
①荷重

②使用材料

5 施工
(1)アーチバット
本橋のアーチアバットは,各々15,000m3のマスコンクリートとなるため,セメントの水和熱に起因する温度ひびわれの可能性があり,以下の点に留意してコンクリート打設を行った。
① 鉛直打継目をなくすため,平面分割打設を避け,層状打設とした。
② 温度上昇を小さくする目的で,打設リフト高を1m以下とし,生コンプラントの供給能力も考慮してAA1は50cm,AA2は75~100cmに設定した。
③ コンクリートの打込み温度は,マスコンクリートの温度応力解析を実施して,土木学会のひびわれ指数1.5を確保できる温度25℃以下と設定した。
打込み温度を確保する方法としては,練混水に氷を混入する「プレクーリング工法」を採用し,比熱計算により混入率を求めて施工した結果,練り上り温度の計算値と実測値の差は約1℃程度でよく一致していた。
(2)アーチリングの施工
スプリンギング部を支保工により施工した後,特殊大型ワーゲンを組立て,約80mの長さのアーチリング張出し架設を行う。張出し架設は,施工時の応力を低減する目的で,鉛直材。上弦材に大型H鋼材を用い,斜材にPC鋼棒を,下弦材としてアーチリングコンクリートを構成部材とするトラス構造で施工するトラスカンチレバー工法を採用している。
本工事は昭和62年10月末時点で,アーチリング13ブロックの施工を行っている段階であるが,今後,アーチリングを各18ブロックまで張出し架設した後,メラン材(約70m,520t)を地上で地組,一括架設して閉合する予定である。

6 あとがき
温泉地帯に建設する橋梁ということで,約10年前から各種の調査・検討を行ってきた別府橋も,下部工工事が完了し,現在,上部工の張出し施工が順調に進んでいる。
今後も宇佐川橋などの実施例を参考に施工を進め,64年春には日本一のコンクリートアーチ橋を完成すべく努力してゆきたい。

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