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河道掘削における環境配慮アプローチ
~河道内陸域環境の評価を中心として~

国立研究開発法人 土木研究所
 水環境研究グループ長
萱 場 祐 一

キーワード:河道掘削、陸域環境、群落、環境配慮

1.はじめに
河道内陸域環境(以下、陸域環境)は洪水時に冠水して氾濫原的環境機能を有する場合が多く、生物多様性の保全上重要な役割を担っている。例えば、セグメント1(扇状地区間)には河原固有の植物が、セグメント2(自然堤防区間)には湿地性の植物が繁茂することが多いが、これらの種は国土スケールで見ると減少していることが多く、保全が求められている。
河道掘削を行うと陸域が一旦裸地化するため、上記植物を含む保全上重要な環境要素が減少する。したがって、河道掘削を行う場合には、保全上重要な個所を明確にし、ここを掘削する場合には影響緩和を行う必要がある。一方、河床低下に伴い陸域環境が乾燥化している場合には、河道掘削は地盤高を低下させるため、時間の経過に伴い氾濫原環境が再生する可能性もある。ただし、このためには、河道掘削断面の設定、施工方法の工夫を行うことが重要となる。
本稿では、河道掘削が陸域環境、特に、植物に対する影響を予測・評価し、適切な河道掘削に資することを目的として、具体的な対応方法を取り纏めた。すなわち、「2.陸域環境の評価」において群落と種の情報に基づき優先的に保全すべき群落を抽出し、これを地図化する手法を紹介する1)。次に、「3.河道掘削における環境配慮」において、地図化した保全優先度マップに河道掘削範囲を重ねることにより河道掘削の影響を評価し、影響を緩和するためのフローを紹介する。なお、植物の他の分類群に対する生息場所としての機能の評価方法、河道内の水域(瀬・淵、水際域、ワンド、たまり等)を対象とした評価方法等については現在検討中であることから、今後機会を改めて別途情報提供を行いたい。また、「2.陸域環境の評価」の詳細は文献1)に詳細が記載されているので参考にして欲しい。

2.陸域環境の評価
2.1 評価対象
氾濫原陸域環境の評価に当たっては空中写真、河川水辺の国勢調査等既存情報を最大限に活用する。具体的には「景観レベル」、「群落レベル」、「種のレベル」の3つレベルで複合的に評価することが望まれる。それぞれのレベルで取得できるデータの空間的な範囲、過去に遡れる期間が異なる他、種のレベルでは直接的に生物多様性の評価が可能なのに対して、景観レベルでは生物多様性の部分的評価に限定されるといった特徴がある。使用に際しては、それぞれの特徴を十分理解し、これらの長所を組み合わることにより評価を行うことが大切であるが、ここでは、紙面の関係から群落レベルでの評価方法を解説する。
植物群落には種組成やそれらの量的配分、空間配置に一定の規則性があることが知られている2)。このため群落の分布がわかれば、そこから種の多様性をある程度推測することが可能となる。また、植物群落の分布は洪水や人為的改変の履歴そして物理化学的環境に支配される。このため、人為的・自然的な攪乱の履歴、各群落が成立している場所の物理化学的環境をある程度推測することが可能である。
例えば、陸域内の氾濫原的環境が維持されているエリアには、扇状地区間であれば河原固有の植物から構成される群落が、自然堤防区間であれば湿地性の植物から構成される群落が成立する可能性が高くなる一方、河床低下や洪水流量の減少により氾濫原的環境が劣化すれば、より乾燥した環境に適した群落が成立する。また、群落とその構成種との関係を見ると、水面からの比高が小さく、かつ水面までの距離が近い湿地性の群落においては重要種が確認される傾向が高くなる。逆に、水面との比高が大きく、水際から遠くなると、より乾燥した立地の群落については外来種の被度が高くなる傾向が示されている1)これは、群落の分布が把握できれば、植物の種の多様性をある程度理解できる可能性を、そして、対象区間の群落の分布の時間的変化を明らかにすることができれば、過去と比較して氾濫原環境の劣化を示すことができる可能性を示している。

2.2 評価の視点
群落情報を用いて優先的に保全する群落を抽出する方法を解説する。群落の抽出を行うためには、群落を保全上の視点から価値付けする必要がある。ここでは、氾濫原環境に立地する群落を対象とし、保全すべき群落の視点として①希少性、②典型性、③特殊性を、防除すべき群落の視点として④外来性、を選び、群落の価値づけを行った。①~④の概要は以下のとおりである。
①希少性:重要種を含む可能性の高い群落として設定
②典型性:河川に典型的に出現し、面積減少率の大きな群落として設定
③特殊性:特殊な種組成を有し(他の群落とは異なる種によって構成される)、面積の小さな群落として設定
④外来性:特定外来生物を含まず、かつ、外来種の被度合計の少ない群落として設定
ここで、②では氾濫原に立地する群落に対して、その経年的な面積の変化を明確にし、縮小している群落を抽出する。具体的には、5年毎に実施されている河川環境基図作成調査(平成17年度までは植物調査)の過去の結果を基準年とし、直近までの調査結果と比較して縮小している群落を見出す。また、①、③、④は群落の種組成の情報が必要となることから、「群落組成調査結果」を活用して群落と種を紐付けして各群落の種組成を推定した上で、①重要種の生育可能性が高い群落、③特殊な種組成となっていて面積の小さい群落、④生態系被害防止外来種の生育可能性が高い群落を抽出する。最終的には、これらの結果を総合的に判断し、①~③の視点のいずれかに該当し、かつ、④の視点に該当する群落を抽出し、優先的に保全すべき群落の設定を行う。なお、地域の事情を考慮し、地域のシンボルとしての価値を示す「象徴性」(天然記念物を含む)等の視点を加えて評価することも可能なので、適宜、保全上の価値付けの視点を増やすとよいだろう。

2.3 保全優先度マップの作成
ここでは、視点①~④を2つのランクに分け保全優先度A、保全優先度Bを設定して群落の抽出と保全優先度マップを作成した(表-1)。なお、表-1に示した具体的数値は(例、典型性の減少率90%、70%等)は定まったものではなく、当該河川における個々の群落の面積減少率や面積そのものの大きさを確認した上で、保全上意味のある値として設定すべきである。例えば、ある河川におけるほとんどの河川性の種を含む在来植物群落(典型性)の面積減少率が60%未満の場合は、表-1の基準を当てはめると典型性から抽出される群落がなくなってしまう。このため、このような場合はより厳しい数値を設定して、保全を図るようにしたい。
千曲川の65-82㎞を対象に植物群落の抽出を行った結果を示す(表-2)。4つの視点の内訳を見ると、希少性で抽出された群落よりも、典型性の視点、もしくは、特殊性の視点から抽出された群落が多かった。ただし、これらのケースに該当しても、外来性の視点により保全対象群落に選定されない場合があった。

表2 千曲川における群落の保全優先度

地図化は①~④のそれぞれについて直近の状態に加えて過去の状態についても行い、①~④の視点から見た群落の分布域がどのように推移しているかを明確にするとよい。また、①~④の視点を統合化した地図(保全優先度マップ)についても同様に整理する。①~④の視点から抽出した群落が縮小している範囲は氾濫原環境が劣化していることを示し、氾濫原環境の再生すべき候補地と考えることができる。

図1 4つの視点から抽出された群落、図-2 統合した保全優先度マップ

千曲川の65-82㎞区間の一部(延長約3.5㎞)を対象として、①~④の視点から見た群落の分布、保全優先度マップを作成し、その変遷を示した(図-1、図-2、ただし、図-1は平成6年と20年のみ)。平成6年の時点では、保全優先度の高い群落が河道内に広範囲に成立していたが(図-2)、平成20年にはその面積が大幅に縮小している。特に、典型性の視点から抽出された群落が縮小している(図-1)。図には示されていないが、具体的な群落の推移を見ると、カワラヨモギ-カワラハハコ群落、ヨシ群落、オオイヌタデ-オオクサキビ群落はそれぞれ砂州、高水敷、河岸を中心に分布していたが、平成20年にはカワラヨモギ-カワラハハコ群落、ヨシ群落はすべて消失し、オオイヌタデ-オクサキビ群落も水際の陸域側に沿って局所的に分布するだけとなった。以上のように、15年程度の間に、千曲川の対象区間の氾濫源植物群落は大きく変貌しており、とくに保全すべき群落が、近年、急速に縮小していることを理解できる。

3.河道掘削における環境配慮1)
3.1 河道掘削における2つのフェーズ
河道掘削は水位低下対策として多くの直轄区間で採用されている整備メニューである.近年の河道掘削は,水域への影響を回避するために、例えば、平水位以上の陸域を対象として実施されることが多い(所謂、高水敷掘削)。河道掘削は一時的に陸域における植物を消失させ、これらに依存する生物に影響を及ぼすが,掘削後は掘削面と本川水位との比高が減少するため,掘削地盤面の冠水頻度等が増加し,自然裸地の再生、氾濫原に成立する群落や種の再生に寄与する可能性が高い。つまり、パルス的な人為的インパクトとして一時的に影響を及ぼすが、河道掘削範囲の設定、河道掘削断面の設定次第で陸域環境の多様性の保全に資する可能性が高い。ここでは、河道掘削時に河道内陸域環境における植物の多様性を保全するための具体的な検討の流れ、検討内容の概略を紹介する。
全体の流れを概説する。河道掘削は大きく「河道掘削実施時のフェーズ」「河道掘削終了後のフェーズ」(段階)に区分できる(図-3)。最初の「河道掘削実施時のフェーズ」においては、河道掘削により陸域環境の表土および植物が一時的に消失する。この段階においては、河道掘削範囲の設定を見直して保全優先度の高い群落の減少を避けることを基本とし、影響の回避を行うとともに、回避できない場合においても影響の最小化・代償措置等を行うことが必要となる。
2番目の「河道掘削終了後のフェーズ」では、河道掘削面に裸地が創出され、その後の洪水に伴う地形の変化、植生が回復していく(図-3)。前述したように河道掘削は陸域の比高を低下させ、氾濫原に成立する群落や種の再生に寄与する可能性が高いこと、保全優先度の高い群落等は氾濫原環境に依存する場合が多いことから、河道掘削は保全優先度の高い群落の増加に繋がる可能性が高い。ただし、どのような植生が回復するかは、掘削範囲の物理環境等によって異なるため、治水上の条件を満たした上で、河道掘削断面を工夫して、保全優先度の高い群落等が再生するようにしたい。
以下からは、2つのフェーズにおける具体的な留意事項を示す。

図3 河道掘削における2つのフェーズ

3.2 河道掘削実施時のフェーズにおける検討

 河道掘削実施時のフェーズにおいては、氾濫原環境の評価における結果を活用し、保全優先度マップに河道掘削範囲を重ねて、個々の群落の掘削に伴う減少率を算出する(図-4)。次に、掘削範囲に保全優先度の高い群落が含まれる場合には(図-4左側)、これをできる限り掘削範囲から除外し、群落に対する影響の回避・最小化を図る。ただし、河道掘削を行う断面積は治水上の要件から決まること、また、通常は低水路に沿った陸域掘削を行うことが多く、回避・最小化が困難なケースが多い。この場合には、1)移植等の代償措置を図る、もしくは、2)河道断面形状の設定を工夫することにより河道掘削終了段階において保全優先度の高い群落の再生を促すことが必要となる。この点については「3.3河道掘削終了のフェーズにおける検討」で概要を述べる。保全優先度の高い群落が含まれない場合には(図-4右側)、典型性の視点から抽出されなかった群落の掘削後の減少率を計算し、典型性の閾値として設定した減少率(例:90%、70%)を上回らないことが必要となる(図の「減少率が大きい」場合)。上回った場合には保全優先度の対象群落として扱い、掘削範囲等をして再度このフローチャートに沿った検討を行う。

図4河道掘削時の環境配慮フロー

3.3河道掘削終了段階における検討
河道掘削実施段階で影響の回避・低減ができなかった場合で移植等の措置が困難、不適当な場合には、河道掘削後の新たな環境下で消失した保全すべき群落が再生できるような工夫を行う。具体的には治水上の要件を満たす幾つかの河道断面において再生する群落を予測し、保全すべき群落が出来る限り再生できる断面を選択する。ただし、同一の環境条件下に幾つかの異なる群落が立地すること、環境条件として陸域面の比高、水際からの距離、表層の土壌、地下水位の高さ、土壌のシードバンクの形成状態、種子散布のタイミング等様々な項目が複雑に関わること、更には、侵食・堆積現象により環境条件そのものが継時的に変化する可能性が高いこと、から高い精度で予測することは困難である。このため、以下に述べる簡易予測結果を参考にして成立する群落を推測するとともに、河道掘削の試験施工を行い、予測の確度を向上させていくプロセスを踏むことが大切となる。
簡易予測する方法は、群落タイプが平水位からの比高と水際からの距離に強く影響を受けると単純化し、2つの説明変数に対する各群落の分布域を整理すると良いだろう。具体的には、河川水辺の国勢調査の植生図に横断測量結果を重ね合わせることにより、比高と水際からの距離を整理する。ここで、横断測量については植生調査の実施時期における河道を反映したものであることが重要である。これは、植生調査を行った同一年という意味ではない。植生調査を行った時期と測量を行った時期の間に規模の大きな出水がなかったことを意味する。平水位からの比高、水際からの距離については、横断図上に各群落の分布域と水際の位置を明示し、個々の群落の比高域および水際からの距離の分布域を主要な群落タイプのなるべく多くのパッチについて集計し、一つの群落タイプの頻度の上位25%、下位25%値等を目安として平面図上にプロットすると良いだろう(図-5)。河道掘削によって新たに出現する環境下での群落の予測は、掘削後の上記の2変数に基づき成立する可能性のある群落を推測することになるが、複数案の河道掘削断面に対して上記の推測を行い、保全優先度の高い群落が成立しやすい案を探索していく。この際、同一河川の過去の掘削箇所における植生動態が把握できている場合には上記推測結果との照合を行い、予測精度を高めていくとともに、事前に試験掘削が可能な場合には、掘削後の地形・植生の動態を実際に把握し、この結果を予測に反映するプロセスを踏むことも重要である。具体的には、河道掘削箇所を、河道のセグメント、平面形状(直線区間、湾曲区間の外岸・内岸)における位置関係から大まかに区分し、各区分において最低1カ所の試験掘削を設け、その後の地形と植生動態をモニタリングし、この結果を踏まえて簡易予測手法の精度の向上を図る。

図5 比高及び水際からの距離から見た群落等の分布域の整理例

4.おわりに
河道掘削は今後も全国的かつ大規模に行われる可能性が高く、環境への負荷もより大きくなると推測される。本稿の前段の地図化までは比較的容易に実践可能であるから、本手法を是非ご活用頂き、河道掘削範囲の調整等により影響の回避等を図って頂きたい。一方、後段の掘削後に成立する群落の予測を行い、断面設定に反映する方法は植生動態だけでなく、地形変化の予測精度も高いとは言えず、今後改良の余地がある。ただし、施工時の工夫によって繁茂する植生の制御を行うアプローチもあるので、この方法も念頭に置きて掘削を実施したい。このためには、例えば、表土の仮置きと巻き出し等の方法により植生を制御する手法の開発も必要になるだろう。この点については、樹林化の抑制の観点も含め土木研究所で鋭意検討を進めている。機会があれば別途報告したい。

【参考文献】
1)萱場祐一・片桐浩司・傳田正利・田頭直樹・中西哲(2014):河道掘削における環境配慮プロセスの提案.河川技術論文集20,157-162.
2)植生管理学.福嶋司編,朝倉書店,2006.

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