歩行者事故に着目した道路交通環境の改善について
斉藤啓嗣
キーワード:歩行者事故、道路横断中、道路交通環境
1.はじめに
福岡県の交通事故死者数は10年連続で減少し、昭和21年以降で最少の水準にまで減少することができたが、平成23年の1年間で未だ157人もの尊い命が失われている。
交通事故の発生は、人・道路交通環境によって大きく左右されることは言うまでもないが、福岡県においては、昨年の交通事故死者の半数以上を高齢者が占めるに至ったことや、平成17年以降7年連続で「歩行中」の死者が「自動車乗車中」を上回り、その差が年々拡大していることなど(図1参照)、交通死亡事故の発生がより「人」に左右される傾向が強まり、今後の交通事故死者の抑止を困難なものにしていると言える。
このような中、福岡県では第9 次交通安全計画の中で“平成27年までに交通事故死者を120人以下にする”ことを抑止目標としており、その目標達成に向け、対策の困難性が高い「歩行者事故」についても、ソフト・ハード両面において効果的な施策を強力に推進していくことが必要である。
歩行者事故抑止対策をハード面から見てみると、限られた予算の中で優先度を考慮した重点的、効果的かつ効率的な対策の実施が求められるため、「人の行動特性」や「歩行者事故の実態」把握が重要となってくる。
本稿では、歩行者事故の実態及び平成23年の歩行者死亡事故の事例から、ハード面における対策の着眼点・留意点等をまとめ、今後の歩行者事故抑止対策に資するものである。
2.「歩行者事故」の発生状況
平成23年の歩行者死者は71人であり、全死者157人の45.2%を占めている(図2参照)。
一般に歩行者事故は、歩行者の多い都市部の交差点や、沿道及びその周辺にコンビニ・スーパー等の店舗、病院、バス停、住宅地等があり歩行者の通行・横断の多い箇所(単路含む)などでの発生が多く、歩行者が死亡・重傷に至る割合が非常に高い。特に近年の高齢者の「歩行中」事故の増加は、その傾向を強くしている。
(1)福岡県の「歩行者死亡事故」の状況と特徴
ア 年齢層別・歩行者死者
・平成23年の「年齢層別」歩行者死者は、高齢者が51人と最も多く、全歩行者死者の71.8%を占める(図3参照)。
・高齢者の割合は、平成18年以降約7割と高水準で推移しており、今後の高齢者人口の増加によってその傾向はさらに強まってくることが予想される(図4参照)。
イ 事故類型別・歩行者死者
・平成23年の事故類型別・歩行者死者は、「横断中」が56人と最も多く、全歩行者死者の約8割を占める(図5参照)。
・「横断中」の内訳は、「横断歩道及び横断歩道付近」と「その他横断中」が共に28人と同数であるが、過去10年の推移をみると「その他横断」が高い水準で推移している(図6・7参照)。
・「その他横断」の構成率は10年前と同水準で推移しているが、「横断歩道及び横断歩道付近」にあっては平成22年以降増加に転じ、昨年同数になっている(図7参照)。
・「横断中」構成率は継続して高水準で推移しているが、平成22年以降増加傾向となっている(図7参照)。
ウ 道路形状別・歩行者死者
・平成23年の道路形状別・歩行者死者は、「交差点」が29人(40.8%)、「交差点付近」が14人(19.7%)、「単路」が25人(35.2%)、その他(一般交通の場所及び踏切)が3人(4.2%)となっている(図8参照)。
・平成23年の道路形状別・歩行者死者は、「交差点」が29人(40.8%)、「交差点付近」が14人(19.7%)、「単路」が25人(35.2%)、その他(一般交通の場所及び踏切)が3人(4.2%)となっている(図8参照)。
エ 道路形状別・道路横断中死者
・ 平成23年の道路横断中・歩行者死者は56人。その内訳は交差点等が39人(69.6%)、単路が17人(30.4%)となっている。
・ 交差点等における歩行者の横断方向は、右からが24人(61.5%)、左からが15人(38.5%)となっている。また、単路におい
ても右からが9人(52.9%)、左からが7人(41.2%)と、右(対向車線)からの横断中の割合が高い。
ても右からが9人(52.9%)、左からが7人(41.2%)と、右(対向車線)からの横断中の割合が高い。
・ 単路では「4車線以上」が11人と半数以上を占めている。
オ 道路別・歩行者死者
・ 平成23年の道路別・歩行者死者は、市町村道が27人(38.0%)と最も多く、次いで国道の23人(32.4%)となっている(図11参照)。
・ 道路構成率でみると国道は全体の3%程度に過ぎないが(図12参照)、歩行者死者の割合は3割以上と高い。
カ 法令違反別・歩行者死者
・ 平成23年の法令違反別・歩行者死者は、「違反なし」が48人(67.6%)と最も多いが、「人対車両」事故の実態としては、歩行者の多車線道路をはじめとした横断歩道のない箇所での横断が28人と横断中死者56人の半数を占めるなど、「法令違反」に表れない事故が多くみられる。
・ 歩行者の信号無視は、前年比プラス6人(+150%)と増加している。
(2)事故統計からみた歩行者死亡事故の課題
本県における歩行者死亡事故の特徴から、歩行者事故抑止対策を図っていく上での課題を整理した。
①高齢者事故抑止対策のより一層の推進!
・ 歩行者死者数で最も多いのは「高齢者」(71.8%)
・ 高齢者が社会生活を営んでいく上で、徒歩・自転車等での移動範囲・経路(駅、バス停、商業施設、福祉施設等の生活関連施設同士を結ぶ範囲・経路)等を重点的に、「ゾーン対策」の積極的な推進が必要
②優先すべきは横断歩道のない箇所での歩行者の横断防止対策!
特に、交通量が多く交通流が速い幹線道路における横断には注意が必要!
・ 「横断中」死者56人の半数は横断歩道のない箇所で発生。また、単路では「4車線以上」の道路横断中が半数以上を占める。
・ 生活道路だけでなく、幹線道路(多車線)においても歩行者横断の多い危険箇所の実態把握に基づいた横断防止対策が必要
・ 近年「横断歩道及び横断歩道付近」の割合が増加傾向であることから、交差点・横断歩道の明確化や歩行者の視認性向上、横断歩道付近でのきめ細やかな横断防止対策が必要
③「交差点」「交差点付近」「単路」それぞれの場所に即した効果的な対策が必要!
・ 「信号機無し交差点」では、交差点の明確化及び歩行者の視認性向上、必要に応じ横断歩道の設置及び設置位置の見直しも必要。また、「信号機有り交差点」では、より一層の歩車分離対策の推進が必要
・ 一方、「単路」では、歩行者横断の多い危険箇所の実態把握に基づいた横断防止対策が必要
④「運転者から歩行者は発見されにくい」ことを前提とした各種横断防止対策が必要!
・ 歩行者の法令違反をみると「違反なし」が全体の約7割と多いが、歩行者死亡事故の実態としては、歩行者の4車線以上の道路での無理な横断や、対向車線側(右方向)からの横断が運転者の予測運転行動を鈍らせる要因となり、横断歩行者の発見おくれ等につながっていることが思料される。
・ 歩行者の視認性向上及び視認性を阻害する要因の除却、多車線道路における歩行者横断の実態に基づいた横断防止対策が必要
3.「歩行者死亡事故」の抑止に向けて
(1)対策の基本的な考え方
歩行者死亡事故の抑止対策を交通安全施設等整備の面から見てみると、限られた予算の中で重点的、効果的かつ効率的な対策の実施が求められるため、これまで以上に優先度を考慮した対策箇所の絞り込みや、個々の事故現場の状況に即した効果的な対策の絞り込みが重要となってくる。そこで、対策の基本的な考え方として、対策にあたっての着眼点及び対策メニュー、一般的な留意点等を整理した(表2参照)。
(2)交通死亡事故現場からみた「歩行者事故抑止対策」
交通事故抑止対策は、事故統計データ等に基づく多角的な分析による効果的・効率的な対策が必要であることは言うまでもないが、事故データからは得ることのできない交通の実態や道路交通環境など個々の現場の実態把握が重要となってくる。
特に歩行者事故にあっては、その発生場所が交差点・単路を含め広範囲に渡っており、事故多発箇所等の特定が難しいため、事故データからだけでは対策箇所を選定することが困難である。
このことは、歩行者事故抑止対策が事後対策としてより、事故統計データ等を踏まえ解決すべき課題を明確にした上で、現場点検や地域の声等に基づく要対策箇所の絞り込み、「選択と集中」による対策の実施など、「未然防止」の観点からの取り組みが重要であると言える。
そこで、事故データから得られた課題を踏まえ、平成23年中の歩行者死亡事故事例から発生場所に着目し、典型的な歩行者事故としてパターン化(表3参照)を行い、留意点を整理した。
①中央分離帯を有する多車線道路
○ 中央分離帯の構造は、必要に応じ歩行者の「横断防止対策」についても考慮
○ 中央分離帯の植栽は、植栽の繁茂等により前方の視認性を著しく低下させる恐れがあること、また、歩行者の通り道になっていることがあること
○ 中央分離帯開口部(信号機、横断歩道のない交差点等)は、歩行者等の横断が生じやすいこと(中央分離帯の閉塞も考慮)
②中央分離帯を有しない多車線道路
○ 沿線及びその周辺に、コンビニ・スーパー等の店舗、病院、バス停、住宅地等が立地する箇所は、歩行者等の横断が多いこと(中央線上に抑止効果が期待できる形状の横断防止施設(ポストコーン)の設置、横断歩道の新設及び、信号制御の見直し等)
③交差点及び交差点付近
○ 交差点右折車両は、対向車両や後続車両に気をとられ急いで右折する傾向が見られ、横断歩行者等の発見遅れにつながりやすいこと(対向車両の見通しの確保及びアプローチマーキング、必要に応じカラー舗装等による交通流の整序化等)
○ 左折交通が多い箇所の隅切り半径は、過度に大きくならないこと
○ 横断歩道直前のバス停は、停車したバスにより信号機及び歩行者等の視認性が低下し、歩行者等の発見遅れにつながりやすいこと
○ 交差点等、横断歩道付近の歩道植栽は、植栽の繁茂により歩行者等の視認性が低下し、歩行者等の発見遅れにつながりやすいこと
○ 二輪車停車帯がある箇所は、歩行者等の横断歩道外横断につながりやすいこと
④本線に並行して側道が併設されている道路
○ 一般に側道が併設された区間は、多車線道路で交通量が多く交通流も速いため、歩行者等を側道へ適切に誘導する必要があること(交差点でのカラー舗装等による歩行者動線の明確等)
⑤歩道及び路側帯が一部欠落している道路
○ 通学路等で歩行者等の通行量が多く、かつ自動車交通量の多い区間(特に大型車)において、歩道及び路側帯に一部欠落区間があると歩行者等が車道側にはみ出して通行せざるを得ないため交通事故の危険性が高いこと(歩道及び路側帯の連続性の確保及び歩行者等への注意喚起等)
⑥道路工事中の区間
○ 舗装工事等において、仮区画線が不鮮明であると通行位置がはっきりせず交通事故の危険性が高いこと
○ 道路線形改良等が未完成な状態で一般供用がなされている区間においては、道路を構成する全ての要素(防護柵・植栽等の路上施設、電柱、看板、雑草等を含む)について、視認性を阻害する要因を最大限除却する必要があること
⑦店舗等からの車両出入りが店舗全面から可能な箇所
○ 店舗全面からの自由な車両の出入りは、一般交通及び歩行者等との錯綜による交通事故の危険性が高いこと
○ さらに、道路側端が不明確な場合は一層その危険性が高いこと(道路舗装工事等のタイミングに合わせた車両出入り口の集約及び道路側端の明確化が望ましい)
4.対策事例
道路管理者の協力が得られ、早期に対策・検討が図られた事例
①事例1:中央分離帯を有する多車線道路
緩やかなカーブ区間内の交差点において、歩行者の無理な横断に伴う死亡事故が1年間に2件発生
【対策の内容】
歩道部植栽を撤去し、防護柵を設置など
【見込まれる効果】
交差点を含む一連の区間に連続して防護柵を設置したことにより、交差点等における歩行者の横断抑止効果が期待される。
②事例2:中央分離帯を有しない多車線道路
交差点、横断歩道付近において、歩行者の無理な横断に伴う死亡事故が、同月内に近接して2件発生(沿道には店舗出入り箇所が多く、効果的な横断防止対策が困難な状況であった。)
【対策の内容】
中央線上の通常タイプのポストコーンを、抑止効果が期待できる形状のポストコーンへ変更など
※対策は、平成24年度予算にて対応予定
【見込まれる効果】
交差点、横断歩道付近における歩行者の横断抑止効果が期待される。
5.おわりに
歩行者事故抑止対策の効果的・効率的な実施にあっては、交通事故統計データ及び歩行者の通行実態や道路交通環境の実態に基づき、交通事故の未然防止の観点からの取り組みの重要性が高まっている。
現在、交通事故の未然防止の観点から、危険箇所を発見するための二次点検プロセスを推進中であるが、特に交通安全施設等整備といったハード面においては、警察による対策に加え、道路管理者による対策が重要になってくるため、道路管理者と警察双方が共通の問題意識を持ち、情報共有と合同現場点検の実施、効果的な対策の検討など一層の連携強化を図りながら、継続的かつ効果的な推進に努めていきたい。