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水環境の新たな水質問題に関する研究成果
鈴木穣

キーワード:水環境、医薬品類、生態リスク、制御手法

1. はじめに
1970 年代に大きな問題となった河川の水質汚濁は、その後の工場排水規制や下水道整備といった対策の進展により著しい改善を示し、現在においては河川水質が向上し、環境基準を満足する割合が高くなっている。
一方、近年、新たな環境汚染物質として、病気治療・予防に用いられる医薬品が注目されている。これら医薬品は、服用後に体内での代謝を経て排泄物とともに排出され、下水道や浄化槽を経由して水環境に排出されている。医薬品は、低濃度でも生理活性作用を持つことから、水生生態系への影響が懸念されている。
このため、土木研究所では、医薬品類が水生生物に与える影響を評価し、効率的なリスク削減対策を講じることを目的として、医薬品類の分析法開発、水環境中での実態解明と水生生態系への影響評価、下水道における制御手法などの研究を行ってきた(図ー1)。本稿においては、その成果の概要を紹介する。

2.水環境中の医薬品類による生態リスクと下水道における制御手法
2.1 水環境中の医薬品類の実態と挙動
(1)対象とした医薬品類
検討の対象とした医薬品類は、薬事工業生産動態統計年報において生産量が多く一般的に用いられている医薬品、および、我が国でこれまでに環境中等での検出例のある物質とした。種類としては、解熱鎮痛消炎剤、利尿剤、神経系用剤、抗生物質、不整脈用剤、高脂血症用剤等である。

(2)流域特性と医薬品類濃度の実態
生活排水の処理状況の影響を強く受ける都市域の河川を対象とし、医薬品の存在実態を把握した。図ー2 に示すように、湖沼に流入する河川流域において、排水処理施設整備状況が異なる支川5地点(A、B、C、D、E)を選び、河川水中の医薬品類を分析した。当該河川流域は、湖沼に近い下流側ほど下水道整備率が高く、上流では下水道整備が遅れており、し尿が単独浄化槽で処理される割合が高い。なお、下水処理場は本流域の外に位置しており、下水処理水は本流域外に放流されている。
河川水中の医薬品類濃度は、図ー 3 に示すように、下水道普及率が高い下流域ほど低い傾向にあった。これに対して、下水道未整備地域である上流域の医薬品類濃度は、下水道整備地域のそれと比べると、10 ~ 50 倍高い値を示した。
これは、図ー4に示すように、下水道は家庭排水を下水管渠で収集し、地域内をバイパスして、下水処理水を河川等の公共用水域に放流するのに対し、浄化槽および単独浄化槽は、処理した家庭排水を地域内の水路や小河川に排出していることによると考えられる。

2.2 医薬品類の生態影響
(1)医薬品類の生態毒性
環境中で検出された報告のある物質を中心に、解熱鎮痛薬、神経系作用薬、循環器薬、消化器薬、抗菌薬など51 物質について、写真ー1に示すような単細胞緑藻、オオミジンコ、アフリカツメガエルの胚, 繊毛虫等を用いた毒性試験を行った。
その結果、毒性の高い医薬品類は、クラリスロマイシンなどの抗生物質やトリクロサンといった抗菌剤、精神神経用剤(抗うつ剤等)が多いことが明らかになった。また、藻類生長阻害試験において51 物質中36 物質に毒性が検出され、最も高い毒性検出率となった。

(2)水環境における医薬品類の生態リスク

河川水中医薬品濃度の生態リスク評価を行うため、図ー2における地点A、E を選定し、これら地点における河川水中医薬品濃度(Measured Environmental Concentration( MEC))と、生物を用いた毒性試験から得られた予測無影響濃度(Predicted No-Effect Concentration( PNEC))を比較した。
表ー1に示すように、下水道整備が進み、排水が系外に移送されている地点A においては、MEC/PNEC 比が低い、つまり、河川水中濃度が予測無影響濃度よりも小さくなっているのに対し、下水道が整備されておらず排水が地域内に排出されている地点E においては、殺菌剤であるトリクロサンや抗生物質のクラリスロマイシンなどのMEC/PNEC 比が1を超え、河川水中濃度が予測無影響濃度よりも高いという結果が得られた。
以上のことから、地点A の河川水については、生態リスクがないと考えられるのに対し、地点Eの河川水については、詳細な生態リスク評価のため、さらなる調査を行う必要があると判断された。

2.3 下水道における医薬品類制御手法
(1)下水処理プロセスにおける医薬品類の挙動
下水処理場での医薬品類の除去を向上させるため、活性汚泥処理実験プラント(写真ー2)を用いて、医薬品類の下水処理プロセスにおける挙動を調査した。
その結果、下水処理プロセスにおける医薬品類は、図ー 5 に示すように、物質によって以下のような挙動を取ることがわかった。
①カフェインのように、エアレーションタンク内で大きく減少するもの
②クロタミトン(痒み止め)のように、ほとんど除去されず処理水中に残存するもの
③トリクロサン(殺菌剤)のように、活性汚泥に吸着除去されるが、物質自体は生物処理プ
ロセス内を循環するもの

(2)医薬品類の高度除去手法と生態リスク低減
下水処理水中に残存する医薬品類の除去率向上手法を検討するために、図ー6 に示すように、微生物担体が添加された反応槽を用いて、下水処理水の高度処理を実施した。なお、本法は、担体表面に自然発生的に付着した生物膜により、医薬品類の分解促進を狙ったものである。

処理結果を図ー7 に示すが、下水処理水の溶存態試料から検出された65 物質のうち28 物質は、「担体処理+急速砂ろ過」により50%以上の除去率で除去されていた。活性汚泥処理では除去率の低かったクラリスロマイシンやケトプロフェンもこの生物膜処理で除去されたことから、処理条件を整えることにより、多くの医薬品類は生物学的に高度除去が可能であることが明らかとなった。
医薬品類の高度除去による生態リスクの低減を、予測無影響濃度に対する処理水濃度比の総和(Σ(MEC/PNEC))で評価すると、図ー8 のように表わされる。微生物担体による医薬品類高度除去によって、生態リスクが大きく低下する結果が得られた。

  

生物学的に除去できない医薬品類については、化学的酸化による分解で除去する方法が考えられる。オゾンは強力な酸化作用で化学物質を分解することが知られているが、下水処理の消毒剤として一般的に使用される塩素(次亜塩素酸)について、医薬品類分解への適用性を検討した。その結果、生態リスクの大きいクラリスロマイシンやトリクロサンなどが、通常の塩素消毒よりも2倍程度の添加濃度で分解されることが明らかとなった。

3.おわりに
生態影響が懸念されている水環境中の医薬品類について、土木研究所がこれまで実施してきた研究の成果概要を紹介した。
今後とも、水環境の安全のため、医薬品類以外の化学物質や病原微生物も含めて、水質リスク軽減のための研究を実施して行く予定である。

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