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有明海沿岸道路矢部川大橋の設計・施工について
九州地方整備局 山北賢二
1.はじめに

有明海沿岸道路は三池港、佐賀空港等の広域交通拠点、大牟田市、柳川市、大川市、佐賀市、鹿島市等、有明海沿岸地域の都市群を結ぶ延長約55km の地域高規格道路であり、無料の自動車専用道路である(図1)。
当事務所では、(図2)に示す福岡県大牟田市~大川市までの延長約24km のうち、矢部川大橋を除く区間を平成20年3月29日、矢部川大橋の区間(高田IC~大和南IC)を平成21年3月14日に供用した。一般部併設区間においては、図2の横断図に示すように、一般部を先行整備し活用することにより、自動車専用道路部と併せて一体的なネットワーク形成を図った。
これら有明海沿岸地域の都市群を結ぶことで地域産業の活性化と発展に寄与でき、また国道208号等の混雑緩和と交通安全の確保も可能となる。
矢部川大橋開通後の有明海沿岸道路の利用交通量は約1万台~1万7千台/日、矢部川大橋区間は約1万2千台/日となっている。


(図1) 有明海沿岸道路の概要


(図2) 供用区間の概要

2.橋梁概要

矢部川大橋は有明海沿岸道路の中で柳川市とみやま市の市境を流れる一級河川矢部川を渡河する3径間連続PC 斜張橋である。


(写真1) 矢部川大橋(完成写真)

当該地域は海苔漁等の産業が盛んであり、架橋地点一帯は海苔漁の漁船の基地となっており、海苔漁の時期には多数の漁船が停泊・航行している。このため河川内に橋脚を建てず、曲線橋に対応できる橋梁形式として斜張橋を採用した。
平面に曲線線形を有する斜張橋で中央支間長がPC斜張橋として国内最大規模と、前例がないものとなるため、設計に際しては九州大学の彦坂煕教授を委員長とする橋梁検討委員会を設置し、構造の合理化、コスト縮減を検討した。
設 計 条 件
道路規格
平面曲線
構造形式
活 荷 重
橋  長
支 間 長
有効幅員

桁 形 式

主 塔 高
主塔形式
斜材形式

主塔基礎
橋台基礎
架設工法

: 第1種第3級 設計速度80km/h
: R=1150 ~ A=500
: 3径間連続PC斜張橋
: B 活荷重
: 517.000m
: 126.000m+261.000m+126.000m
: 8.500m × 2(中央径間)

8.655m × 2(側径間)

: 逆台形3室PC箱桁

(π型中ウエブ構造)

: 全高87.5m(地上から約85m)
: 逆Y型中空RC構造(傾斜塔)
: ファン型一面吊

(現場施工ノングラウトタイプ)

: ニューマチックケーソン基礎
: 場所打ち杭基礎
: 主桁 張出し架設工法、

主塔 移動足場工法


(図3) 矢部川架橋橋梁一般図

2-1.下部工の設計概要
1)地質
P1主塔基礎における土質柱状図を図4に示す。当該地区では地表面からGL-10m付近までN値0程度の有明粘性土(aAc)が砂質土層を介在して堆積しており、その下には洪積層が続いている。
洪積層はGL-40m付近にN値10~20程度の粘性土層(D3c)を挟むが、GL-50m付近に位置する洪積砂礫層(D3g)以深はN値50以上と堅固な地盤である。


(図4) P1 橋脚の土質柱状図

2)主塔基礎
主塔基礎構造は経済性、構造性、施工性および周辺環境の観点からニューマチックケーソン基礎を選定した。橋梁基礎としては国内最大深度となる掘削深度49.5mのニューマチックケーソン基礎となっており、GL-50m付近の良質な洪積砂礫層を工学的基盤面としている(図4)。
基礎寸法の決定にあたっては、免震支承の使用によるレベル2地震時の応答値の軽減とともに、橋脚張出部をPC構造としケーソンの刃口据付面を盤下げすることで橋脚基部を絞込み、寸法を縮小している(図5)。


(図5) ニューマチックケーソン基礎

3)橋台基礎
橋台はGL-20m付近の洪積層上部の砂質土層を支持層とした杭基礎としている。矢部川大橋は曲線線形を有する斜張橋であり、橋軸直角方向にも常時、荷重が作用し、地震時に作用する水平力はかなり大きくなる。このため軟弱地盤上の橋台基礎対策として通常用いられる土圧軽減工法(橋台背面盛土を軽量盛土で盛り立て、橋台に作用する土圧を軽減)では橋軸方向には有効であるが、橋軸直角方向にはあまり有効でない。
そこで、矢部川大橋橋台では橋軸直角方向にも有効である複合地盤基礎を採用した。本基礎は地盤改良による改良地盤中に杭を打設し、杭頭付近の地盤の水平抵抗を増加させることで杭基礎の安定を図るものであり、杭のみの基礎と比べて、杭本数を減らすことができるため、コスト的にも有利となる(図6)。


(図6) 複合地盤基礎の概要

2-2.上部工の設計概要
1)主塔
本橋は曲線斜張橋であり、塔から主桁を引張る 斜材は塔から離れるほど主塔中心線からずれてい くため、斜材の張力により主塔部では常に橋軸直 角方向へ桁を押しつける荷重が働くこととなる。 本橋では傾斜主塔を採用することによりこの主塔へかかる水平力を小さくしている(図7)。


(図7) 傾斜主塔

大規模地震時の水平荷重に対して橋脚上に免震支承を設置することでエネルギー吸収を図る構造としているが、曲線橋の影響による主塔部での水平方向の荷重が常に免震支承にかかると長期的な安定性が保証できないことから、主桁の曲線外側にストッパー構造を設置し対応することとした。ストッパーは地震時にはある程度大きな水平力が作用すると抵抗が消失するようなトリガータイプの構造となっている。このような構造は国内実績がないことから土木研究所において長期載荷試験を実施し性能検証を行っている。1)
また、地震や風加重により主桁が曲線内側に移動し、元の位置に戻る際にストッパーと主桁が衝突する懸念があるため、衝撃を緩和する目的で曲線内側にはダンパーを設置した(図8)
塔側の斜材定着部は、主塔形状が逆Y 型で斜材がファン型の1面吊であることから、定着部に鋼殻を用いたセパレート型の定着形式を採用し、斜材定着間距離を小さくなるようにしている(図9、写真2)。


(図8) ダンパー、ストッパー


(写真2) 主塔鋼殻(工場検査時)


(図9) 斜材定着部鋼殻構造

2)主桁
PC 斜張橋では主桁重量が橋梁全体のコストに大きな影響を与える。π型中ウエブを有する逆台形3室箱桁を採用することで斜材定着部での重量増となる斜材定着横桁を省略し、高強度コンクリートを採用して部材寸法を縮小、軽量化により建設コストの縮減を図っている。片持ち架設工法における現場打ちコンクリートの強度は通常40N/mm2であるが、矢部川大橋では現場施工の精度向上により、コンクリート強度50N/mm2を実現することで、部材寸法の縮小を可能とした。
主方向の主桁内PC 鋼材には、内ケーブルと外ケーブルを併用している(図10)。
斜材定着横桁を設けない構造であるため斜材張力が主桁に直接作用する(図11)。斜材定着部床版には曲げモーメントが働くため斜材定着部の床版には床版横締鋼材をクロス配置、中ウエブ間に床版補強鋼棒を配置している、また中ウエブには引張力が生じるため、鉛直方向に鋼棒を配置している。


(図10) 主方向PC 鋼材配置


(図11) 斜材定着部主桁断面に働く断面力

3)斜材
防錆処理が容易で耐久性があること、陸上輸送が容易であること、架設および緊張・定着が容易で確実であることといった条件で比較検討を行い、現場施工型ノングラウトタイプの斜材を採用した(図12)。


(図12) 斜材ケーブル断面

ストランドはポリエチレン被覆亜鉛めっきPC鋼より線で、亜鉛めっき、グリース、ポリエチレン被覆の3重防錆。1本のケーブルは55~85本のストランドから構成されている。
斜張橋のケーブルは、軽量かつ低剛性で構造減衰率も低いため風による振動が問題となる場合が多い。本橋では桁側ケーブルカバーに内装する形の高減衰ゴムダンパーを設置し減衰付加により制振することとした(写真3)。


(写真3) 高減衰ゴムダンパー(振動実験時)

3.施工状況
3-1.下部工施工
大深度掘削の安全性向上のため遠隔操作室での集中管理システムによる無人施工で掘削をし、高気圧( 最大0.5Mpa ≒5気圧) 環境となる作業室内での作業を機械のメンテナンス等に限定している。作業室内は高気圧環境となるが、機械の点検・解体や支持地盤確認などで人が入る必要があるため、深海潜水の技術を応用して呼吸ガスにヘリウム・窒素・酸素の三種混合ガスを使用し、減圧症( 潜水病) の原因となる窒素量を少なくした。無人施工により作業時間の制限がなくなり工期短縮、コスト縮減にもつながった(写真4,5,6)。
また、掘削時の最大気圧が5 気圧となるため周辺の井戸へ酸欠空気の漏気防止対策を行っている。沖積層の軟弱地盤では圧入アンカーでの姿勢制御が困難なことから傾斜が生じやすく刃口からの漏気が生じやすいためTRD 土留め壁による漏気遮断を行っている。また、ケーソンの根入れが深くなる洪積層掘削時には圧入アンカーによる先行圧入を行い、刃先を常に掘削地盤中に貫入することで漏気を未然に防いでいる。


(写真4)ニューマチックケーソン施工状況

(写真5)遠隔制御室

(写真6)無人掘削機

1)複合地盤基礎
地盤改良には深層混合処理を行い(写真7)、施工後にチェックボーリング及び各層での針貫入試験による強度確認を行った。さらに、改良地盤内の場所打ち杭の水平バネ値を検証するために試験杭に対する水平載荷試験を実施している。2)


(写真7) 複合地盤基礎

3-2.上部工施工
橋脚、主塔、主桁の上部工は矢部川をはさんでみやま市側のP1、柳川市側P2 の2つの工区に分かれて施工をしている。
1)マスコンクリート対策
図に示す断面寸法が大きい部位毎に温度応力解析を実施し、ひびわれ指数1.0程度となるようマスコンクリート対策を行っている(図13)。
橋脚工:使用セメントを高炉セメントから低熱セメントへ変更
主塔部(基部、結合部):ポストクーリングの実施と補強鉄筋の追加
主桁(柱頭部、端部横桁):使用セメントを早強セメントから普通セメントへ変更、ポストクーリングの実施と補強鉄筋の追加
ポストクーリングには内部温度を外部に配温し内外温度差を小さくする方式も取り入れている(図14)。内部を冷却しつつ外部を保温することで解析時の最大温度差42℃の箇所を最大温度差22℃まで下げている。


(図13) マスコン対策箇所


(図14) 配温クーリングパイプ配置

2)大型移動作業車(8mワーゲン)
主桁の施工方法は実績が多く、斜材を有効利用した張出し架設工法を採用している。当初4mワーゲンでの施工を計画していたが、漁業関係者との協議により河川上作業期間を短縮することとなった。このため桁の架設ブロック長を国内最大規模の8.0mとし長大ブロック施工での架設が可能な大型ワーゲンを使用している(図15)。


(図15) 8m ワーゲン概要図

張り出し架設に用いる大型ワーゲンは総重量300ton、最大容量1700tm になる。
ワーゲンの移動サイクルは約20日としているが、作業効率を徐々に上げサイクルを縮め進めることができた。
施工時の落下物、排水を河川に落とさないようワーゲン下面は完全板張、防水シートと排水ポンプの設置を行っている。

3)自動計測管理システム


(写真8) 自動計測管理システム

片持ち張出し架設を行うPC斜張橋の上げ越し管理は、主桁の剛性や斜材張力の誤差等を随時、補正することが重要となる。特に本橋は平面曲線を持っていること、超大型ワーゲンを用いることから、完成時において所定の品質(主桁、主塔の出来形、応力)を確保するためには、施工中の形状( 主桁、主塔) と張力( 斜材張力) を常時、把握し、設計値との差異を分析し、次工程に向けて適切な対応を判断する自動計測管理システムを用いた情報化施工を取り入れた。
自動計測管理システムでは主桁各部に設置したターゲット座標を主塔部に設置した自動追尾型トータルステーションで計測し、主塔傾斜、斜材張力、温度等を収集している(写真8)。
自動計測管理システムとの連携を行う上で計測管理と比較検証し差異を分析するための各架設ステップでの設計値の算出が必要不可欠であり、3次元立体骨組み解析や3次元FEM 解析により縦断及び横断方向のキャンバー量等を事前に把握している。

4)主桁コンクリート打設
重量軽減のために採用されたπ型中ウェブを有する逆台形断面は、斜材定着部横桁の省略により施工性を向上しているが、低い桁高や斜めウェブは型枠設置、鉄筋組立、コンクリート打設時の作業性が低く、流動性が低い高強度コンクリートと薄型断面はコンクリート打設にも高度な技術と品質管理を要求している(写真9)
主桁コンクリートは8m張出分の底板、外ウェブ、中ウェブ、床版の約120m3を1日で打設している。主塔に働く架設時曲げ応力を低減するために中央径間、側径間合わせて約240m3を同時打設にて進めている(写真10)。


(写真9) 主桁コンクリート打設、外セル内作業


(写真10) 矢部川大橋 張出架設状況 7ブロック進捗(平成20年4月)

5)斜材架設
斜材ケーブルは第1ストランドを挿入したPE保護管を主塔、桁間に張り渡した後、保護管内に通したワイヤーを用いて塔側ウインチでストランドを一本づつ引き上げ、緊張することで架設を行っている(写真11)。


(写真11) 斜材ストランド架設

架設および緊張の一連の施工をストランド一本単位ででき、ストランドリールも軽量であるため取り扱いが容易であり、特殊な設備、機器を用いることなく施工が可能となっている(写真12)。


(写真12) ストランドリール交換

4.おわりに

矢部川大橋は上部工施工中の平成20年4月に予想を上回る主塔基礎の沈下量が確認されたが,検討委員会で検討された対策工法である「プレロード工法」、「周面摩擦強化工法」、「外ケーブル高強度化」が実施され、橋梁の耐用年数を100年とした長期的な沈下に対して安全性を確保した。
工事完成時には矢部川大橋上で大綱引きとウオークのイベントを開催し多くの方に完成を祝っていただき、供用を迎えることができた。
有明海沿岸道路の全線供用に向けて関係各位のご協力のもと鋭意進めていきたい。

【下部工施工企業】
P1基礎工:飛鳥建設(株)(H16.3~H17.9)
P2基礎工:西松・大豊特定建設工事共同企業体(H16.3~ H17.9)
A1橋台:成央建設(株)(H16.6~H18.3)
A2橋台:(株)河建(H17.11~H18.8)

【上部工施工企業】
第1工区:三井住友・ピーエス三菱特定建設工事共同企業体(H17.5~H21.3.10)
第2工区:清水・川田特定建設工事共同企業体(H17.5~H21.3.10)

【参考文献】
1) 横峯正二、運上茂樹、遠藤和男、貴志友基:曲線斜張橋に用いるスプリングダンパーに関する性能検証実験、土木技術資料Vol.47 No.2、2005.2
2) 横峯正二、山口正明、駒延勝広:複合地盤基礎を用いた橋台基礎の設計手法の検討(その2)(仮称)矢部川橋A1橋台における杭の水平載荷試験:土木学会61回年次学術講演会、2006.9

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