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最近の激甚な土砂災害の概況と対応の視点
小山内信智

キーワード:土砂災害、降灰後土石流、天然ダム(大規模河道閉塞)、改正土砂災害防止法

1. はじめに

近年の日本では、激甚な自然災害がしばしば発生している。災害による被害規模に関しては、防災対策の進展と関係するため評価・表現の仕方は単純ではないが、少なくとも豪雨の出現頻度や年最大日降水量の増大傾向1) などは、激甚な自然災害の増加を示唆する。
一般的に行われている土石流対策、地すべり対策、がけ崩れ対策などの土砂災害対策事業は、一定の規模・範囲を想定して計画を策定するが、激甚な土砂災害が発生する際には、対応・対策の考え方が同じではない場合がある。
本稿では、2011 年から2012 年にかけて発生した、大規模、あるいは現象が特異な(砂防事業の対象現象としては発生頻度が小さい)土砂災害の事例を取り上げて、対応の留意点等について紹介する。

2.2011 年1 月霧島山新燃岳噴火

新燃岳は2010 年5 月から噴火警戒レベル2(火口から1㎞以内立入規制)が継続中であったが、2011 年1 月19 日に小規模な噴火が発生した。1 月26 日に多量の軽石と火山灰を噴出して、マグマ噴火が始まり(写真-1)、噴火警戒レベルは直ちに3(火口から2㎞以内立入規制)に引き上げられた。
これまでに、火山噴火に伴う降灰後土石流は、斜面の浸透能の低下で極めて小さな降雨量でも発生し得ることが知られており、通常の土砂災害警戒情報とは異なった防災情報の提供が必要であった。

1 月27 日の、宮崎県都城市および高原町に大量の降灰をもたらした爆発的噴火後、国土交通省は降灰量の分布調査を行い、概ね厚さ1㎝以上の降灰があると推定される土石流危険渓流を対象に緊急的に土石流の氾濫シミュレーションを実施し、宮崎県および都城市、高原町に対し、市町長の行う避難のための勧告や指示に関する技術的支援を行った。これは、その後5 月1 日に改正される土砂災害防止法による、大規模災害時の市町村への緊急調査支援と同様の活動であった。(5月1 日以降は、法律に基づく調査に移行している。)
提供した情報は、土石流の想定氾濫範囲(図-1)と土石流発生の時期(タイミング)の2つである。氾濫シミュレーションの入力条件として、この地域の既往最大24 時間雨量438㎜が用いられた。一方、発生のタイミング(雨量基準)としては、霧島山周辺における降灰後土石流の発生に関するデータが存在していなかったため、2000 年三宅島雄山噴火の際の実績である4㎜ /hr を初期値として採用し、その後の降雨の経験履歴と土石流非発生の確認を踏まえて、徐々に基準値を引き上げていった。
この2つの初期情報は、いずれもかなり安全側の情報であり、必ずしも同時に生起する状態ではないため、ユーザー側の市町の防災担当者や住民にとっては避難の必要範囲の特定を無条件にできるものではなかった。そのため、さらにきめ細やかな情報提供(解説)・更新を継続的に行っていく必要があった2)

3.2011 年3 月東北地方太平洋沖地震

2011 年3 月11 日のMt=9.0(最大震度7)のプレート境界型巨大地震は大規模な津波を発生させ、東北日本の太平洋沿岸の地域に壊滅的被害を与えた。土砂災害に関しては、死者19 人(余震を含む)を数えたものの、内陸直下型地震であった2008 年6 月岩手・宮城内陸地震の時と比べると、同程度の震度の地域における山腹崩壊の発生密度は意外なほど小さかったと言える。
しかしながら、震度6弱程度のエリアであった福島・栃木県境付近の白河丘陵では多くの地すべりが集中して発生した。これらの地すべりの幾つかは、火山噴出物によって覆われた埋設谷が粘土化した層を挟んでおり、地震応力が開放される台地の遷急線付近から発生したという特徴を有していた(図-2)3)
また、3 月12 日未明の長野県栄村の積雪を巻き込んだ土石流や、4 月11 日の福島県いわき市の斜面崩壊など、内陸直下型の余震による土砂災害も断続的に発生した。
なお、この地震(余震を含む)により震度5強以上を観測した地域では、地盤が脆弱になっている可能性を考慮し、土砂災害警戒情報の基準を引き下げる暫定的運用を行った。ただし、暫定的運用に関しては明確な手法が定められているわけではないので、今回の運用実績を検証して、より合理的な運用手法を検討する必要がある。
 東北地方太平洋沖地震以降、日本の内陸部の断層周辺での圧力バランスが崩れ、内陸直下型地震が発生しやすくなっているとの指摘4) もあり、斜面崩壊に関しては、よりクリティカルな状態になっていると考えるべきであろう。

4.2011 年9 月台風12 号(紀伊半島豪雨)

2011 年台風12 号は大型かつ動きが遅かったため、長時間にわたり暖湿な空気を日本列島に送り込み、特に台風の進路の右側に当たる紀伊半島には記録的大雨をもたらした。奈良県上北山村のアメダス観測所では72 時間雨量1,652.5㎜を記録し、これまでの国内記録を大幅に更新した。総雨量では、上北山村大台ケ原(国交省テレメータ)で2,436㎜(8 月30 日20:00 ~ 9 月5 日3:00)を記録した。
この豪雨によって、紀伊山地では至る所で山腹崩壊等が発生したが、空中写真入手範囲では3,077 箇所の崩壊が判読された(図-3)。そのうち、深層崩壊と判断されるものは72 箇所であった。総崩壊土砂量は約1億.と推定されたが、天然ダム(大規模河道閉塞)を形成し、改正土砂災害防止法に基づく緊急調査(天然ダム対応第1号)を行った5箇所だけで約3,500 万m3であり、実に全体の37%を占めていた。これは、深層崩壊のインパクトの大きさを示すものであるが、これを土砂災害カテゴリーで示すと図-4のようになる。5つの天然ダム箇所はそれぞれカテゴリーⅣ(国内では5年に1度程度発生し、周辺社会にとって極めて深刻な災害として受け取られる規模)に属し、紀伊山地災害全体ではカテゴリーⅤ(国内では数10 年に1回程度発生し、世界的にも注目される規模)に分類される5)

 この災害の最も大きな特徴は、「深層崩壊」の多発ということになるが、その結果としての災害形態は、①崩壊土砂が直接集落等の保全対象を呑みこむもの、②崩壊土砂が河道閉塞を起こし、天然ダムが湛水・決壊することで上下流の被害を拡大する、または決壊するまで長期間リスクを維持するもの(写真-2)、③崩壊土砂が増水した河道または湛水面に突入し、段波を発生させることで対岸や上下流の河岸段丘上の保全対象に被害を与えるもの(写真-3)、などに分類される。
 ①(および③)のような移動土塊による直接的な被害に対しては、事前のハード対策によって完全に防ぐことは困難であるため、警戒避難などのソフト対策に軸足を置かざるを得ない。そのためには、深層崩壊発生の可能性の高い場所と時期の絞り込みをする必要がある。場所については、2010 年8 月に国土交通省および( 独) 土木研究所が公表した深層崩壊推定頻度マップの高頻度エリア等に対して詳細調査を行い、2012 年9 月に1.程度の小流域単位の相対的深層崩壊発生危険度評価結果を公表した。また、深層崩壊が多発し始める条件が、(地域的な特性はあるが)概ね48 時間雨量が600㎜を超過する状況であることが分かってきた(図-5)。これらの情報をベースに、有効なソフト対策を検討する必要がある。

   

 ②については、まず初期避難が重要であり、緊急調査として、ヘリからのレーザー測距儀による天然ダム形状計測、湛水位の状況把握のための水位観測(土研式水位観測ブイの投入)、および越流侵食による土石流想定氾濫区域図の提供を行った。天然ダムが決壊するまでの時間は、閉塞河川・渓流の流量に大きく影響されるため、即時の発生場所特定が重要であり、本災害でも利用された衛星SAR 画像の一層の活用(図-6)や、振動計の波形分析によって大規模土砂移動位置の把握を行えるシステム(図-7)の整備が望まれる。
 また、天然ダム形成後の対策としては、越流時に急速な侵食・決壊をさせないようにしつつ、徐々に湛水量を減らす、または閉塞土塊を安定化させることを行う。多くの場合、越流した流水を導水するための流路をなるべく天端が低い位置になるように設置し、閉塞土塊の下部を固定・安定化させるための砂防堰堤を建設する。ただし、初期段階に設置される流路は、断面積が必ずしも十分ではない仮設構造物であることが一般的であり、流路下流端が急勾配となっている場合には、出水時に周辺の堆積土を侵食し、それが上流側に波及して行く恐れがある(写真-4)。そのため極力早い段階で、暫定的にでも閉塞土塊脚部の安定化を図れる対策を講ずることが重要である。
 ③のような現象は、貯水池への土砂崩落による事例を除けば、極めて珍しい現象であり、現状では対策が困難と考えられる。しかしながら、今回の災害においては複数個所で発生しており、今後深層崩壊を引き起こすような豪雨が増えるとすれば、その発生条件と対応の方向性を分析しておく必要がある。
5.2012 年3 月新潟県国川地区融雪地すべり

2012 年3 月7 日に新潟県上越市国川地区で発生した地すべりは、融雪に起因する、いわゆる第三紀層地すべりであった。発生斜面直下の沖積扇状地上に広がる水田面に達した後も、地すべり土塊が周囲に拡散することなく、末端部がおよそ250 m先まで前進を続けた(写真-5)。その結果、民家など11 棟が全半壊する被害が生じ、周辺集落の21 世帯83 人が2ヶ月以上の避難を余儀なくされた。なお、この地すべりは、改正土砂災害防止法による地すべりの緊急調査第1号となった。

        

 地すべりの規模は幅約150 m、長さ約500 m、崩壊土量約75 万m3であった。崩壊土砂の到達距離の大きさを表す指標の一つである等価摩擦係数(土砂移動の比高差(H)/土砂移動の水平距離(L))は0.16 であり、同規模の崩壊としては到達距離がかなり大きかったと言える。水田面はほぼ水平であり、扇状地形全体としても勾配は3 ~ 4°程度と緩く、当初はこれほど長距離を移動するとは予想されていなかった。しかし、8 日16:00 ~ 9 日2:00 くらいの間に土塊末端部は約150 m前進し、速度は毎時15 m程度に達したものと考えられる6)。この原因としては、田面の積雪のために摩擦抵抗が小さくなったことによるのではないかとも考えられたが、土塊が停止した直後にトレンチを掘ったところ、地すべり土塊は水田面の下1 m程度の沖積粘土をすべり面としていたことが分かった。また、掘削時には、周囲を囲んでいた雪塊に閉じ込められていた相当量の水が流出したことから、この地すべりが拡散することなく長距離を移動したメカニズムは、次のように推定された。すなわち、地すべり土塊に押された水田上の雪が固い壁となり、軟弱な地すべり土塊が横に広がるのを妨げ、同時に土塊からの自然排水を妨げたため、せん断強さが非常に小さい水田面下の沖積粘土をすべり面として移動を続けた(図-8)。
 近年、地球温暖化が進んでいるとされ、冬期の積雪は減少傾向であるとも言われ、当地域の今シーズンの積雪も平年値の1.1 倍程度であった。しかし、最大積雪深は平年の1.6 倍程度に達しており、融雪のタイミングによって、平年よりも多くの融雪地すべりや雪崩を発生させ得たものと考えられる。

6.2012 年7 月九州北部豪雨

2012 年7 月11 日から14 日にかけて九州北部を襲った大雨では、福岡県、熊本県、大分県の3県で、死者・32 人、全壊家屋224 棟、半壊家屋300 棟、床上浸水家屋4,459 棟、床下浸水7,990棟などの被害が発生した7)。4 日間の累加雨量は、熊本県阿蘇市乙姫で816.5㎜(7 月の平年値570.1㎜)に達した。土砂災害としては、阿蘇外輪山の内側の阿蘇市・南阿蘇村で特に多くの斜面崩壊や土石流が発生した。この地域では、1990年にもほぼ同規模の豪雨があり、被害のあった渓流などでは多くの砂防施設や治山施設が設置されていた。
古恵川は、中央火口丘である根子岳北西斜面を源頭部とする流域面積8.42km2の土石流危険渓流である。この流域では、多数の新規・拡大の表層崩壊が発生しているが、崩壊斜面上には目立った巨礫は確認されず、細粒分を多く含む土砂流出があったと考えられる(写真-6)。下流の砂防堰堤には礫・細粒土砂および流木が堆積しており、施設の効果が確認できた。流域内の複数の鋼製スリットタイプ砂防堰堤においては、それぞれ大量の流木を捕捉しており(写真-7)、その下流側にあるスパンの短いJR橋梁の被害を防ぐことが出来たと考えられる。
南阿蘇村新所地区では土石流1 件、斜面崩壊2件が発生した。急傾斜地崩壊危険箇所内で発生した2つの崩壊は、いずれも細粒分を多く含んだ土砂が流木とともに直線的に流下し、広い範囲に氾濫していた。しかし一部では、斜面下部に設置されていた重力式コンクリート擁壁工が、損傷を受けながらも崩壊土砂を捕捉していた。
前回の大災害から22 年が経過し、その間に整備された砂防施設はかなりの程度効果を発揮していたものの、外輪山のカルデラ壁面の渓流形態をなしていない長大斜面における崩壊では、通常規模の急傾斜地崩壊防止施設では対応しきれない状況を呈しているものもあった。火山地域のカルデラ内での砂防計画のあり方を再度検討する必要性を示していると考えられる。

 

7.おわりに

毎年発生する多数の土砂災害のうち、大規模な土砂災害については、市町村長が災害対策基本法第60 条に則って避難指示等の判断を行う必要が生ずる。その際に「高度な技術を要する」もの等について、国又は都道府県が緊急調査を行い、情報を提供することを明確化するため、2011 年5 月1 日に土砂災害防止法の一部改正が行われた。対象となる現象は、一定規模以上の「河道閉塞による湛水・土石流」、「火山噴火による土石流」、「地すべり」であるが、法律改正後約1 年の間に全ての現象に対応することとなった。
豪雨や大規模地震のリスクが高まっているとされる現在の日本においては、危機管理的な対応を求められる場面が増えてくるものと考えられる。平常時の備えを進めることでリスクを少しでも減らしておき、いざという時に、防災担当者は適切な判断・対応が出来るようにトレーニングを積んでおくことが肝要だと言える。
参考文献
1)藤田正治:気候変化が土砂災害の素因・誘因に及ぼす影響,砂防学会誌,Vol.65,No.1,p.14-20,2012
2)杉山光徳、井上英雄、大脇鉄也:霧島山(新燃岳)噴火とその後の対応,土木技術資料,Vol.53,No.11,p.36-39,2011
3)杉本宏之、宇都忠和、本間宏樹、武士俊也:東北地方・大平洋沖地震によって白河丘陵で発生した地すべりの発生箇所の特徴について,平成24 年度砂防学会研究発表会概要集,p.246-247,2012
4)東京大学地震研究所:2011 年東北地方太平洋沖地震前後の活断層周辺における地震活動度変化,地震予知連絡会会報,Vol.87,p.97-100,2011
5)小山内信智、石塚忠範、森田耕司、武澤永純、水野正樹、内田太郎、林真一郎、木下篤彦:深層崩壊への対応に向けた取り組み,第44 回( 社) 砂防学会シンポジウム講演集 深層崩壊による災害の実態と軽減手法のあり方,p.61-88,2012
6)木村誇、畠田和弘、丸山清輝、野呂智之、中村明:2012 年3 月新潟県上越市で発生した融雪地すべりの特徴,
  土木技術資料,Vol.54,No.7,p.36-41,2012
7)国土交通省国土技術政策総合研究所、独立行政法人土木研究所つくば中央研究所:平成24 年7月九州北部豪雨等災害派遣速報,土木技術資料,Vol.54,No.9,p.4-9,2012

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