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地質・地盤リスクマネジメントに向けた取り組み

国立研究開発法人土木研究所
地質・地盤研究グループ
地質チーム 上席研究員
阿 南 修 司

キーワード:地質・地盤リスク、リスクアセスメント、リスクマネジメント

1.はじめに
平成28 年11 月に起きた福岡市地下鉄の陥没事故は社会に非常に大きなインパクトを与えるものであったとともに、このような地質・地盤に関わる事故やトラブルを減らして安全かつ効率的に事業を進めるにはどうすれば良いかという問題を、発注者・受注者という立場を超え、地質・土質調査、設計、施工さらには管理のそれぞれの段階に関わる者すべてに投げかけるものであった。
土木研究所では福岡市地下鉄の陥没事故に対し、発生当初からの技術指導に加え、福岡市からの要請で「福岡市地下鉄七隈線延伸工事現場における道路陥没に関する検討委員会」を設置し、平成29年3 月に事故原因や工事再開に当たっての留意事項等についてとりまとめている1)。また、国土交通省は社会資本整備審議会・交通政策審議会から、答申「地下空間の利活用に関する安全技術の確立について」2)を平成29 年9 月に受けている。
これらを契機として、土木研究所では関係チーム等による組織横断の「地質・地盤リスクマネジメント研究会」を組織し、地質・地盤リスクマネジメントの考え方やあり方の検討を進め、平成30年度からは「地質・地盤リスクマネジメントの基本体系の構築に関する研究」に着手し、国土交通省、産学と連携して地質・地盤リスクマネジメントへの取り組みを始めている。本稿は、この取り組みにあたって地質・地盤リスクマネジメントの概念と基本的な考え方についてまとめたものである。

2.地質・地盤リスクマネジメントへの取り組み
福岡市地下鉄陥没事故の報告書1)では、事故の教訓として地下空間での工事における留意事項をまとめている。これを要約すると「地質や地盤の情報が限られた調査や試験による推定を含むものであり、地質や地盤の分布や物性値の想定に不確定要素を持つということから、設計や施工で前提としている条件と実際の地質や地盤に乖離が生じて事故やトラブルの原因となること、このようなリスクを可能な限り把握し低減することに発注者、設計者、施工者等の関係者が協力して取り組む必要がある」といったものになる。また、「地下空間の利活用に関する安全技術の確立について」2)は「地下工事における地盤リスクアセスメントの技術的手法を確立させる必要があること」、「計画・設計・施工・維持管理の各段階において、地盤リスクアセスメントを実施できるよう、関係する技術体系の確立、手続きの明確化、専門家の育成等を行う必要があること」等を求めるものとなっている。
土木研究所で進めている「地質・地盤リスクマネジメントの基本体系の構築に関する研究」では、上記の留意点や答申で述べられているリスクへの取り組みやリスクアセスメントの考え方をベースとして、ISO31000(JIS Q 31000 リスクマネジメント- 原則及び指針)を参考に、地質・地盤に関わる事故やトラブルを最小化して安全かつ効率的に事業を進めるための仕組みとして「地質・地盤リスクマネジメント」を位置づけている。

3.地質・地盤リスクマネジメントの概念
ここまでリスクやリスクアセスメント、リスクマネジメントという用語を説明なしに用いてきているが、土木事業における「リスク」という用語は様々に用いられており、受け取る側によって解釈が異なってしまう恐れがある。このため、本稿で用いる「地質・地盤リスクマネジメント」に関わる用語についての概念を整理する。

3.1 地質・地盤リスク
ISO31000 でリスクは「目的に対する不確かさの影響」と定義される。この中の「不確かさ」は「事象、その結果またはその起こりやすさに関する、情報、理解または知識が、たとえ部分的にでも欠落している状態」、「影響」は「期待されていることから、好ましい方向または好ましくない方向に乖離すること」をいうとされている。
これを地質・地盤に当てはめてみると「地質・地盤リスク」は「事業や工事の目的に対する地質・地盤の不確かさの影響」となり、さらに細かく読み替えてみると
目  的:当該事業や工事を経済的、合理的かつ安全に進めること
不確かさ:地質・地盤の状態に関する『情報』や理解』が一部欠落している状態
影  響:当初の想定が(好ましい方向にも好ましくない方向にも)乖離し、その結果として工費や工期に変更が生じたり、最悪の場合事故が生じたりする
ということができる。

3.2 リスクマネジメント
ISO31000(JIS Q 31000 リスクマネジメント-原則及び指針)では、リスクマネジメントを「リスクについて、組織を指揮統制するための調整された活動」と定義しており、組織としてリスクを特定、分析、評価し、これに対して何らかの対応を行うための活動と位置づけられている。これを土木事業に当てはめると「当該事業や工事を経済的、合理的かつ安全に進めるという目的に対して、“ 地質・地盤リスク” の影響下で事故やトラブルを最小化するための活動」といったものになる。
ISO31000 ではリスクへの対応としては解消や低減だけではなくリスクを保有することまで含めた対応を挙げている。これは情報が不足して設計条件に確定的な判断が行えない場合、施工段階や場合によっては管理段階で情報が得られた段階で、リスクへの対応を改めて行うという対応も選択肢となるということである。もちろん、事業の初期段階で地質・地盤の情報が十分得られる場合には、早期にリスクへの対応が決められることもあるし、調査が進むことで地質・地盤の情報が追加されることでリスクの対応を変更するということもある。
このようなことから「地質・地盤リスクマネジメント」は、事業の各段階を通じて、関係する調査担当者から設計・施工・管理の各段階の受発注者が、必要な情報を収集・共有し、修正しながら継承し、これに基づく地質・地盤リスクへの対応方針について意思決定を行っていくための活動というものになると考える。

3.3 リスクアセスメント
ISO31000 ではリスクアセスメントはリスクマネジメントの1 つの工程としてリスクを特定、分析、評価するプロセス全体をいうものとされている。このため、「地質・地盤リスクマネジメント」でもリスクアセスメントは、これに内包されるものとして扱う。

4.地質・地盤リスクの本質
前述のとおり地質・地盤リスクのうち「地質・地盤の不確かさ」は地質・地盤の状態に対する情報と理解が部分的に欠落している状態と読み替えられる。
地質・地盤は本来不均一で不規則なものであり、限られた調査では地質・地盤の性状を把握することが難しいことから、調査による推定と設計条件や施工条件との乖離が生じる場合があり、このようなものは地質・地盤の状態の不確実性に起因する「自然的な要因」と言うべきものである。一方、このような自然的な要因について事前の調査を怠ったり、事業の次の段階へ自然的な要因の情報が正しく伝えられなかったりすることなど、主に自然的な要因の取り扱いの過程で発生するものは人為的な要因ということができる。
したがって、「地質・地盤の不確かさ」は自然的な要因と人為的な要因の組み合わせによって生じるものと考えることができ、この不確かさによる影響すなわち「地質・地盤リスク」をどのように取り扱うかが「地質・地盤リスクマネジメント」のポイントとなる。

4.1 自然的な要因
不確実性は、地層の堆積時やその後に受けた変形、断層など地質や地盤の成り立ちによって生じる分布の複雑さや、風化や変質あるいは堆積時の環境の違いに等による同一地層内の物性値の違いなどに起因するものである。地質・土質調査の結果には推定が含まれるものであることから、地質・地盤に関する設計や施工には不確実性が存在することを前提とした取り扱いが不可欠となる。
図- 1 はボーリングの本数の違いによる地質分布の解釈の違いを示したものである4)。この例はボーリングの密度による地質分布の推定精度を確認するため、あえて地質の成り立ちや地形判読を考慮しない条件で断面図を作成したもので、ボーリングの追加により砂質土の分布や、粘性土の分布に大きな解釈の違いが生じ、既往のボーリング箇所周辺にもその影響が及んでいる。この地域は、河川の蛇行により旧河道や自然堤防、氾濫原が複雑に入り組んでおり、既往の地質調査の情報や地形判読などによって地層の成り立ちについて考慮した上で、その分布の推定が必要なケースである。
地層の成り立ちが推定できる場合であっても、地下の状態は直接確認することが出来ないものであり、限られたボーリングなどの点の情報をつなぎ合わせることで想定した地質や物性値の分布は、調査・設計段階で想定したものと施工段階で出現する状態には差が生じることは避けられず、時には想定に大きな誤りも生じることもある。この点は、不確実性を規制する大きな要素となる。
博多駅前陥没事故の報告書1)では「ボーリング等の地質に関するデータは地下空間の限定的な情報であり、たとえ多くの調査を実施しても地下空間を詳らかに把握することには限界があることから、施工の安全性を事前に完璧に確保することには自ずと限界がある。(中略)地下空間に関する調査については効果的・効率的に行うとともに、その目的に照らして必要かつ十分なものでなければならない。」としている。
ここで問題となるのが、調査を必要かつ十分に行うという点にある。不確実性を減ずるには調査密度が高ければ高いほど良いのは当たり前だが、コストや工程の制約も考えると、どこまで調査を行うべきかを明確に示すことは容易ではない。これまで述べてきた地質・地盤の不確実性という面で考えると、事前に既往の知見や地質調査結果からその箇所の地質・地盤の複雑さや不均一さをある程度把握し、それに応じた調査密度で「地質・地盤の不確かさ」を評価するという概念が必要となる。

4.2 人為的な要因
人的な要因は、そもそも地質・地盤の情報が欠落した状態や、地質・地盤の不確実性を前提とした取り扱いが行われないことなど、自然的な要因の取り扱いの過程で発生する要因ということができる。
地質・地盤の情報が欠落した状態は、構造物等の立地条件として好ましくない地質現象や地質・地盤の要素について、調査計画が十分に検討されずに見落とすというようなケースで生じる。自然的な要因の取り扱いの過程で生じるようなものとしては、地質調査の情報として地質・地盤の不確実性が事業の各段階において正しく伝えらず、地質・地盤の不確実性を前提とした取り扱いが適切に行われない様なケースが考えられる。図- 2はトンネル工事において、事前の地質調査と施工実績において生じる地山評価の違いの要因を概念的に示したもの5)で、事業の各段階における自然的要因と人為的要因による影響の発現ケースを表したものと言うことができる。
構造物の設計においては、支持力のような形で地質・地盤条件を定量化することが求められるが、これは分布や物性値の不確実性をどのように取り扱うかという点をあいまいにすると、想定との乖離という不確かさが増大するという結果を招くこととなるため、推定の考え方や調査の量と質と言った「地質・地盤の不確かさ」の考え方を伝達し、共有することが重要となる。このような不確実さを減ずるには、地質調査の結果に不確実性についての記載を行うことや、3 者会議(発注者、前段階の実施者及び後段階の実施者による合同会議)のような情報共有の場を設けるなど、コミュニケーションと協議も重要である。

5.地質・地盤リスクマネジメントの体系化にむけて
5.1 リスクマネジメントに向けた動き
これまで実務的には事故やトラブルを最小化する取り組みは様々に行われてきていると思われるが、これまで行われてきたものの多くは工法の選定や設計方針の確定のための地質・地盤の評価にポイントをおいたものであり、事業初期の段階で調査を入念に行ない、事業の計画等に反映するというフロントローディングを重視したものである。しかしながら、実際の事業においては、事業の進捗に伴い、調査や設計の段階では標準値の採用や仮定するしかなかった地質・地盤の条件が、施工段階で確認できるようになるなど、事業の進捗に伴って不確実性が低減していくことが多いということを考えると、当初の想定と確認された条件が異なった場合の考え方や、事業の段階が進む毎の継続的なリスクの評価と対応の決定という視点が乏しいものであった。このため、事業初期段階において十分な現地の情報が無いにもかかわらずいたずらに高度な試験や解析を実施するなど、人為的な不確実さによる好ましくない結果を生じる原因となることもあったことは否めない。
これに対し、全国地質調査業協会連合会6)の提案する地質リスク調査検討業務は、事業の各段階で地質リスクアセスメントと合同会議(リスクコミュニケーション)を行って、必要に応じた地質調査の追加を含めアセスメントの結果を次の段階への引き継ぐというながれを示しており、事業の段階が進む毎の継続的なリスクの評価と対応という視点に近づいた考え方となっている。
「地下空間の利活用に関する安全技術の確立について」2)の中では、計画・設計・施工・維持管理の各段階における地盤リスクアセスメントを実施できるよう関係する技術体系の確立、手続きの明確化、専門家の育成等を行う必要があること、計画から設計、設計から施工といった次の段階に進む際には、前段階で得られた技術的知見や情報等を確実に伝達する必要があること、維持管理段階へ移行する際にも当該施設の管理者が留意すべき事項を引き継ぐことも必要であるという点を挙げている。この中では「地盤リスクアセスメント」と言う用語が用いられているが、「手続きの明確化」と「前段階で得られた技術的知見や情報等を確実に伝達する」という点は、「地質・地盤リスクマネジメント」で求められる組織や意思決定のための仕組みを構成する重要な要素である。

5.2 地質・地盤リスクマネジメントが目指すもの
地質・地盤の不確かさは、通常調査の進展によって不確実さを減じるものであり、事業の各段階でその時点の最新の地質・地盤の情報に基づいて評価し、リスク対応の意思決定を行うというプロセスを繰り返していくことで、事業のながれのなかで一貫したリスクへの対応をはかることができる。そのためには、事業者や受注者等の関係者全員で地質・地盤リスクを共通に理解すること、リスク対応のための意思決定を明確な役割分担のもと合理的に行うこと、地質・地盤の不確実さの情報とリスク対応の関係を事業の各段階で引き継いでいく、という点が重要である。
これらの点に組織として対応を行うため、地質・地盤リスクマネジメントは関係する調査担当者から設計・施工・管理の各段階の受発注者それぞれの立場を包含して体系化していく必要がある。そのためには、以下の様な項目について整備していく必要があると考え、本省、地整、関連学会や業界団体等とも連携しながら具体化に取り組んでいるところである。
 ①リスクマネジメントの基本指針
 ②事業者・事業毎の手順マニュアル
 ③構造物毎の調査・設計・施工基準類
 ④地質調査者,設計者,施工者等実務者の手引き
また、「地質・地盤リスクマネジメント」の導入にはある程度のコストや作業の増加につながるものであるため、これまでリスクマネジメントとは意識されずに行われている手続きや判断など組み込みが可能なものを最大限活用し、さらに事業の規模や内容によって簡略化を図るといった実効性を考慮したものとする必要があると考えている。

【参考文献】
1)福岡地下鉄七隈線延伸工事現場における道路陥没に関する検討委員会:福岡地下鉄七隈線延伸工事現場における道路陥没に関する検討委員会報告書、国立研究開発法人土木研究所、2017.3.
2)社会資本整備審議会・交通政策審議会:「地下空間の利活用に関する安全技術の確立について」平成29 年9 月、http://www.mlit.go.jp/common/001200765.pdf
3)リスクマネジメント規格活用検討会:ISO31000:2009 リスクマネジメント解説と適用ガイド、日本規格協会、148p.、2010.2
4)阿南修司:地盤情報の精度が液状化判定に与える影響について、日本応用地質学会、平成25 年度研究発表会講演論文集、pp.169-170,2013.10.
5)土木学会:より良い山岳トンネルの事前調査・事前設計に向けて,2007.5
6)全国地質調査業協会連合会:地質リスク調査検討業務発注ガイド、44p.、2016.10

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