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地方創生と公共事業イノベーション
谷口博文

キーワード:地方創生、PPP、イノベーション

1 はじめに
政府は2014年秋以来、地域の自律的な施策展開によって東京一極集中を是正し、人口減少に歯止めをかけることを目指して、地方創生関連の施策を強力に推進している。この政策メニューは多岐にわたるが、基本的にソフト事業中心となっていて、社会資本整備についてはまちづくりや空き家対策に関する計画策定事業はあっても、いわゆる公共事業関係費は計上されていない。
「公共事業」と聞いただけで国費の無駄遣いと反応する人もいるが、今や既存インフラの維持更新すら難しくなっている状況の中で、インフラストラクチャー整備というハード事業をどう評価すればいいのか、時代の変遷を振り返りつつ、原点に立ち返って問い直してみたい。

2 公共事業の原点
公共事業の本質はまさにその公共性にある。河川、道路、公園、公共建築物等、特定の個人のためではなく、みんなの利益(common interest)となる公共的な施設や構造物だからこそ、税金を使って整備することに何の疑問もない。そこでは公平公正性の確保がもっとも重要であり、公(おおやけ)の事業は営利目的の民間人・民間企業ではなく、中立で偏らない公務員・役所によって進められてきた。特に土地収用のような強制力を伴う公共事業は、民間人のイニシャティブでできるものではない。民間企業の役割はあくまで官の下請けにすぎなかった。
このような構図は、日本の社会が長い間馴染んできた「おかみ」の統治(government)と相まって、公共事業の世界にひとつの秩序を形成していたと言っていいかもしれない。
15年ほど前、このような「たて」社会の日本に、「官(パブリック)と民(プライベート)のパートナーシップ(Public-Private Partnership)」という英米流の「よこ」の思想が割り込んできたとき、多くの関係者は強い違和感を感じたに違いない。公共の世界で民間がイニシャティブを取るPFI( Private Finance Initiative)法が、閣法ではなく議員立法によって制定されたのも、官と民、公と私を峻別する日本の法体系、戦前から続く行政官庁の体質、社会がもつ秩序観に対する挑戦だったからではないか。この感覚は今日も大きくは変わっていない。PFI事業の普及は、関係者の意識のありように依存するところが大きい。

3 公共事業を求める声
三皇五帝、禹の時代から、治山治水は国家に求められるもっとも重要な役割のひとつであった。公共事業の役目としては、まず人の居住地域の安全を確保すること、さらに現代では経済活動の基礎となる交通基盤整備や、生活の利便性を高める都市基盤整備によって、「ひと」を集め、「しごと」を興す「まち」をつくることにある。つまり産業振興を通じパフォーマンスの高い地域経営を実現することにあり、まさに地方創生は社会資本整備の目的そのものである。
戦後、廃墟から立ち上がった日本は、豊かなストックを持つ欧米に追いつこうと必死の努力をした。その恩恵が遍く均霑するよう、道路、河川、空港、港湾、公園、上下水道、住宅などの整備を求める声は全国に充溢し、新規需要は無限にあった。事業別、所管別に振り分けられた予算は現場のニーズに応じて立てられた実施計画により、弾力的に執行することができる。補正予算で追加されればその分事業は進捗したし、カネが足りなければ事業を翌年に回せばよかった。
ちなみに社会保障関係の予算はそうはいかない。給付金は支払い時期が定められていて翌年に回せないし、必要以上に予算がついても余るだけである。
公共事業の予算規模が右肩上がりの時代は20世紀で終わった。1998年をピークに国の公共事業関係費は減少に向かう。

4 公共事業をめぐる環境の変化
道路や下水道の整備が一巡し、逆に利用されない公共施設が目立つようになると、公共事業に対する風当たりは強くなった。特に産業を興すための投資というよりも、公共事業そのものがもたらす雇用機会に期待した景気対策となると、公共施設を作ること自体が目的となり、作った施設がどう利用されるかは二の次となる。
もう一つの要因は言うまでもなく厳しい財政事情である。新規事業採択には費用便益分析等を用いて厳しく経済合理性を求められるようになるが、これに加えて人口減少という新たな局面を迎えると、今度は新規事業どころか、今ある既存のストックですら多すぎるのではないかという問題が提起される。国土交通省自身、現在の状況のままでは、将来既存ストックの維持更新を賄う財源に不足が生じるだろうという推計を示した。全国の地方自治体が現在策定中の公共施設等総合管理計画はまさにその推計結果に対してどう対応するのかが問われている。
投資効率の良い事業はすでに実施済みである。もはや新規事業に投資効果が期待できないとすると、これからの公共事業の主たる守備範囲は、限られた財源で既存ストックの維持更新を図り、効率の悪い公共施設を廃止統合することに集約されていくことになる。

5 将来シナリオ
このような将来像にはいかにも夢がないが、これからの人口減少社会を見すえたとき、現実的なシナリオとして受け入れざるを得ないのではないかと考えてしまう。
しかし本当にそうだろうか。よく考えてみると無意識のうちにおいている前提に気がつく。つまり将来は過去の延長線上にしかないという思い込みである。
昔鉱山で羽振りの良かった町とか、港の賑わいで繁栄した町とか、華やかだった時代を持つ地域は多い。産業構造が変わり、人が減って衰退が始まると、未来像はその延長線上でしか考えられなくなる。せいぜい過去の遺産を元手に観光に活路を見出す程度である。
今後どのような未来が待っているかを予想するのはいかに想像力をたくましくしても難しい。しかし地域の新しい将来デザインを描かなければ、現状維持が最善のシナリオとなってしまう。現状維持はすなわち衰退シナリオである。
「2011年にアメリカの小学校に入学した子どもたちの65%は、大学を卒業するときに、現在は存在しない職業に就くだろう(キャシー・デビッドソン教授)」と言われる時代である。
想像もできない革新的変化、すなわちイノベーションが新しい社会を生み出す。戦後失うもののない世界から脱出しようとしていた時代、新しい社会を創るイノベーティブな経済活動はインフラ整備のおかげで飛躍的に高まった。
今や充実したストックと成功体験を持つ成熟社会日本は、獲得したものを守ることに汲々として、既得権としがらみから脱出できないでいる。今本当に必要なのはイノベーション=創造的破壊であり、それを実現する司令塔=地域の経営能力である。経営資源であるヒト・モノ・カネをどう配分するか、その戦略が描けてこそ、過去の延長線上ではない新たな発展シナリオが見えてくるのである。

6 ブレイクスルー
ではどうやって衰退シナリオを発展シナリオにするのか。イノベーションと言うのはたやすいが実際どうやって引き起こすのか。
第一の条件は自立の精神である。地方創生の成功事例とされる取組はいずれも国のかけ声が始まる前から自発的に行われていた活動の成果であり、地域起動の原点は「自立」である。中央政府の財政支援に依存し、その指示に従って言われた通りやっていれば補助金がもらえる世界は、楽だが滅びの道だ。「自立」は強い緊張を強いられるが、自分たちの地域をどうするのか、他人事ではなく自分ごととしてコミットし、ハードな競争環境のもとで初めてイノベーションが生まれる。
第二は戦略的思考である。数多のプランを集めてホチキス止めしても、総合戦略とはならない。行政区域にとらわれず、地域全体のパフォーマンスの最大化を考える司令塔があってはじめて戦略思考が可能となる。つまり各地域の強みを生かし、役割分担しながらWin-Winの関係を作り、選択的集中投資ができてこそ、真の総合戦略といえよう。

7 インフラ整備による発展シナリオ
地域における総合戦略の中で、自治体の枠を超えた広域の総合交通ネットワークの構築や都市基盤整備は、地域の発展シナリオを描く上で最も重要な要素である。例えばオリンピック開催までに空港を整備し、そこにつながる鉄道、道路を同時に開通させ、地域全体の人流・物流拡大による経済効果を最大にする、というシナリオを描いたとしよう。インバウンド観光の経済効果にとどまらず、新規事業や企業進出など様々な波及効果をもたらすことが想定され、まさにストック効果による地域の総合戦略として検討価値のあるシナリオと考えられる。
ところが現在策定されている地方版総合戦略ではインフラ整備は完全に埒外となっている。なぜならインフラ整備に関して地方は自分で意思決定できないからである。国は東京においてオリンピックに向けた大きな投資を行うが、東京以外の地方において地域が自ら戦略的インフラ投資を行おうとしても、県市町村という自治体単位では難しいし、財源の大半を事業別、所管別に国に握られているため、地域が財政資金を自立的、総合的、戦略的にインフラ投資に振り向ける体制になっていないのだ。

8 公共事業のイノベーション
それではどうすればよいか。
第一に、公共事業にかかる資金の流れを抜本的に変えることにより、地域が自らの責任と権限において主体的に戦略投資のできる体制に変えるべきである。すでに特別会計の廃止や社会資本整備総合交付金の創設等の制度改革が行われてきたところだが、従来のカネの流れをなぞるかたちで制度を変えても、意思決定の構造を変えることは難しい。
第二に、地域経営のパフォーマンスを最大化することを明確に意識した公共投資を行うことである。「投資」であるからにはリターンを求めるのは当然のことだ。しかし役人は稼いではいけない世界で仕事をしているので、「稼ぐインフラ」を作ることは得意ではない。そこに民間のイノベーティブな知恵を結集すれば、公共事業の分野に新たな展開をもたらすことになるだろう。戦前の「公共性」のドグマに縛られたままでは公共事業の分野にイノベーションは起こらない。
国は広域経済圏に対応する官民連携プラットフォームに権限と財源を移譲して、地域の責任において公共投資を含む成長戦略を実行することのできる体制を作ってはどうか。従来の延長線上では考えられない政策だが、新時代を切り開くにはそのぐらい思い切った対応が必要なのではないか。
もちろんそのためには地方側に司令塔機能を果たすことのできるガバナンスの効いた組織と人材が必要である。国に要求するだけでなく、地域自らの改革が重要であることは言うまでもない。
イノベーションは新しい時代を創るかわりに旧来の秩序を破壊する。しかし時代の転換期にあっては、好むと好まざるとにかかわらず、自己変革が求められる。このハードルを乗り越え、未来志向のインフラストラクチャー構築を可能にすることによって、将来世代への責務を果たすことができるのではないか。

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