国直轄工事の一般競争入札による落札状況についての分析
九州共立大学 工学部
教授
教授
牧 角 龍 憲
九州共立大学 大学院
修士課程
修士課程
田 中 徹 政
1 はじめに
平成17年9月以降、国の直轄工事においては総合評価方式による一般競争入札が導入され、平成18年度からは全ての工事案件に適用されてきた。これは、企業の技術力評価を加えた総合評価方式とすることで金額のみの競争入札ではないものの、公共事業費削減の趨勢の中、構造不況業種である建設産業においては激しい価格競争をしいられている。その結果、国においては自治体と異なって最低制限価格制度がないため、原価割れが想定される落札(低価格入札)も多く生じてきている。
良質な社会資本の整備を進めるために必要不可欠な適正な工事は、企業の優れた技術力の提供とそれに相応する対価の支払いがあって初めて実現する。すなわち、対価には経済社会の根本である企業の利潤が含まれるものであり、企業が報酬を得られないような原価割れに近い契約金額は適正な対価とは言い難い。
一方、公共事業における入札契約の透明性や妥当性を図る尺度として落札率が用いられ、この落札率が低ければ入札行為が適切であり、95%以上ならばあたかも疑惑があるような取り扱いや企業が法外な利潤を得ているようにみなされる場合がある。高い落札率が競争入札妨害などの違法行為による場合は論外であるが、企業が報酬を得るための正当な受注活動の結果である場合にも疑念をもたれるのは如何ともしがたい。
このような疑念が生じるのは、建設工事において、価格に占める原価コストの割合が一般の市場製品に比べて極めて高いこと、非公表の上限価格で拘束された入札制度であること、などが理解されていないためである。また、公共工事における適正な対価の概念が明確にされていないことにも起因している。対価の妥当性を検討するためには、原価や経費、利潤などが考慮できる価格尺度を用いる必要があるものの、従来の落札率は契約対象の総額に係る比率であるため、その価格尺度としては不十分である。
そこで本報告では、入札状況や落札価格の傾向を検討する新しい価格尺度として、落札指標(工事原価にほぼ相当する調査基準価格を0%、予定価格を100%とする尺度、図-1参照)を提案し、対価として望む企業の入札動向について検討する。落札指標は、企業の粗利益の計上差による価格競争をより明確に示唆するもので、原価割れに相当する価格は負(-)の値で示すことになる。
この落札指標を用いて、平成17年9月以降に国土交通省で実施された総合評価方式による一般競争入札のすべての工事における落札情報を収集し、入札状況の実態や落札傾向について分析した。その結果について報告する。
2 落札率と落札指標について
図にみられるように、落札率は95%前後を最大として100%から60%までの広い範囲に分布している。しかしながら、これにおいては予定価格に占める原価コストの割合が不明なため、適正な対価での落札か否かを把握することが難しい。
一方、入札価格の予定価格に対する比の頻度は、100%前後を最大にして両側に減少しながら広く分布している。入札価格の最頻値が非公表の予定価格に近似しているのは、積算基準の公表や積算ソフトの普及により企業の積算精度が高いためと考えられる。それにもかかわらず、失格となる予定価格以上の入札も相当数に上りほぼ正規分布に近い分布になっていることから、ほとんどの入札行為が入札者の任意に応じて適正に行われていることがうかがえる。
この入札価格予定価格比において、95%前後から80%の範囲まではほぼ同じ頻度で推移しているのに対して、80%以下は頻度が漸減しており、応札企業が原価割れに相当する価格帯と判断していることがわかる。したがって、適正な対価が得られる価格競争の範囲は80%前後が境界になるものと推察され、その境界値は、工事原価に関連づけられるものと考えられる。
国直轄工事において工事原価にほぼ相当する値として、次式で算定される調査基準価格がある。
調査基準価格=(直接工事費+共通仮設費+1/5×現場管理費)×105÷100
なお、予定価格の2/3に満たない場合は2/3とし、予定価格の8.5/10を超える場合は8.5/10とする。
図-3に示すように、この調査基準価格の予定価格に対する比率は一定ではなく、工事の種別や異なる自然条件または社会条件などによって2/3から8.5/10の範囲内にばらついている。そこで、落札状況を分析する指標として、次式で求められる値、落札指標を用いて検討した。
落札指標=(落札金額-調査基準価格)÷(予定価格-調査基準価格)×100(%)
すなわち、調査基準価格を工事原価(一般では売上げ原価)に相当すると仮定すると、落札金額(総売上げ高)と調査基準価格との差は企業の想定粗利益となる。落札指標は、その粗利益が標準的な総売上げ高(=予定価格)で得られる粗利益(100%)に対する比率を示すことになる。
落札率と落札指標との関係は、図-4に示すとおりである。同じ落札率であっても落札指標はかなり異なり、例えば、落札率80%の場合、落札指標は40%から-40%の範囲に分布している。すなわち、落札率が同じであっても、工事案件によって粗利益幅あるいは原価割れリスクを負う度合いがかなり違うことがわかる。
3 入札状況についての分析
図-5に、全9,302件の入札結果から算出した、落札および入札金額の落札指標の頻度分布を示す。図には、調査基準価格以下(0%以下)の範囲および予定価格以上(100%以上)の範囲を区分して示している。落札指標が50%~100%の範囲で入札件数が増加し、10%~50%の範囲ではほぼ横ばいであり、0%以下、すなわち調査基準価格以下になると件数が急減することがわかる。厳しい受注環境下であるため、僅かな利益しか得られない価格であっても受注を獲得するための入札が数多くあるが、原価割れのリスクは回避しようとする傾向がみられる。
図-6に、それぞれの落札指標において、どのくらいの落札割合になっているかをみるために、落札指標10%間隔の区間における落札件数と入札件数との比、落札確率とよぶ、を示している。落札指標によっての違いはあまりみられず30%前後で推移し、原価割れリスクが想定される落札指標0%以下の場合でも、落札確率はさほど上昇してないことがわかる。利益を度外視した価格帯においてさえ競争率が高いことがわかり、看過できない価格競争になっている現状が示されている。
このような状況を改善するため、今後の総合評価方式においては、低価格入札に対しての評価点の見直しや施工体制確認などの措置が講じられている。そのため、今後の入札傾向は変わると考えられるが、ここでは、これまでの一般競争入札にみられた傾向として、検討した結果について述べていく。
(1) 工事金額ランクによる違い
図-7に、工事予定価格のランク別に、また、全国と九州を比較して、落札指標の分布を示す。Cランクは6千万円以上3億円未満、Dランクは6千万円以下(ただし、1千万円以下は調査基準価格がないため除外)である。工事金額ランクにより落札傾向は異なり、金額が高いランクほど低い落札指標での競争が激しいことがわかる。とくに九州では、落札指標が-100%以下での落札も数多くなっている。
一方、CおよびDランクでは、落札指標50%~10%の範囲ではほぼ横ばいの件数になっており、0%を境に件数が急減していることがわかる。主に地場業者が応札する金額ランクの工事の場合、業者が負担しきれない原価割れリスクを回避しようとしていることがわかる。また、九州は落札指標10~50%の範囲の落札が多く、全国に比べて厳しい受注環境下にあるといえる。
図-8に、平成17年9月以降の月平均落札指標の変化を、工事金額ランク別に示す。Aランクは7億3千万円以上(WTO対象)、Bランクはそれ未満3億円以上の工事である。図下に、入札契約に係る施策の時期を示しているが、Aランクはその施策に連動して平均落札指標が変化していることが明確にわかる。これに対して、CおよびDランクでは施策による変化はあまりみられず、落札指標60%前後で推移している。
このように、工事金額ランクおよび入札に係る施策によって入札傾向が違うことがわかる。
(2) 地方による違い
地方によって入札状況に違いがあるのかどうかについて、各地方整備局それぞれの全工事を対象に調査した。
図-11に、各地方整備局および北海道開発局における落札指標の頻度分布を示す。地方によって入札および落札状況が違い、それぞれの傾向には大別して3パターンの傾向があることがわかる。
パターン1は、四国、東北および北海道地方にみられるように、入札件数の大半が落札指標100%±40%の範囲内にあり、落札指標0%以下の件数が少ないパターンである。
パターン2は、中国、北陸および中部地方にみられるように、入札件数の分布がなだらかな勾配を示してはいるが、落札指標0%以下の件数が少ないパターンである。
パターン3は、関東、近畿、九州地方にみられるように、落札指標50%~10%の範囲で入札件数が多い横ばいの状態がみられ、落札指標0%以下の件数も多いパターンである。
このように、地方によって入札傾向が異なる状況が認められ、パターン1から3になるにつれて低い落札指標における競争が増えており、これらの地方では厳しい競争環境下にあることがわかる。
(3) 工事種別による違い
国直轄工事は21種類に区別されており、その工事種別による入札状況の違いについても検討した結果を図-12に示す。件数が最も多い一般土木においては、落札指標が50%~100%の範囲で入札件数が増加し、10%~50%の範囲ではほぼ横ばいであり、0%以下、すなわち調査基準価格以下になると件数が急減することがわかる。厳しい受注環境下であるため、僅かな利益しか得られない価格であっても受注を獲得するための入札が多くなっているが、原価割れのリスクは回避しようとする傾向がみられる。また、他18工種においても同様の傾向がみられる。
一方、専業メーカーが主体となるPCおよび鋼橋上部工の場合、入札件数は落札指標20%をピークとする分布を示し、また、落札件数も落札指標50%以下の範囲に多くなっており、かなりの原価割れリスクを負ってでも受注しようとする極めて異常な競争環境にあることがわかる。とくに、鋼橋上部工においては、落札指標が-50%以下となる落札件数が多数あることがわかる。
図-13に、工事種別の月平均落札指標の動きを示す。一般土木および他18工種では落札指標がほぼ60%で推移しているのに対して、鋼橋上部工およびPCは動きが激しく、月平均が原価割れに相当する落札の場合が多く見られる。とくに、鋼橋上部工は2006年の年間を通じて平均落札指標が0%以下であり、極めて異常な受注競争状態にあったことが分かる。これらの動きは入札契約に係る施策に連動しており、低入札対策が実施された以降では落札指標は他工種と同じ程度になっている。
4 まとめ
総合評価方式による一般競争入札が行われてからの落札状況について、従来の落札率とは違う新しい指標、落札指標を用いて分析してきた。調査基準価格を0%、予定価格を100%とする指標を使うことで、工事金額ランクや工事種別などによって、入札および落札傾向が違うことがわかった。他と明らかに違う傾向が見られたのは、工事金額が3億円以上の場合ならびに鋼橋上部工およびPCの場合で、いずれも原価割れリスクが想定される価格帯での落札が多い、入札契約に係る施策に連動して入札状況が変化するなどの傾向がみられた。
また、九州地方は、落札指標10~50%の範囲の落札が多く、他の地方に比べて粗利益幅が小さい状況になっていて、厳しい受注競争環境下にあることがわかった。
以上の結果から、落札指標は、企業の応札動向も含めて、適正な対価を検討する際の価格尺度として十分に使えることがわかった。
5 おわりに
公共工事において、「落札率が低ければよい」だけの考えは、「良い工事にはそれなりの費用がかかる」という点が欠落しており、良質な社会資本整備を進めるにとって適切ではない。落札率が高い場合であっても、相応の適正な対価であれば何らの疑いもないことを、国民にしっかりと理解してもらうことが大事である。
正当な報酬としての対価であることを明示することは、労苦を厭わずに社会資本整備に従事する人々のやりがいならびに優れた技術力を提供する企業の継続につながり、将来にわたっての良質な社会資本整備をもたらすことになる。
この報告がその一助になれば幸いである。
参考文献
1)入札結果データ:国土交通省各地方整備局ホームページの入札契約情報サイト、各事業所別に公開されている結果から引用した。