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公共工事における事業用地保有の現状と課題

建設省九州地方建設局用地部
 用地第一課長
井 上 伸 夫

1 はじめに
先日発表された経済対策「景気回復を確実にするために」(平成7年9月20日経済対策閣僚会議決定)においては,公共用地の取得が,過去最大規模の経済対策における一つの柱として大きく取り上げられました。また,本年7月には,行政監察結果に基づき,公共用地の取得について,損失補償基準の見直し等を初めとして,様々な勧告がなされました。このように,近年,公共用地取得業務がこれまでになく世の中の注目を集め,新聞紙上を賑わせています。
改めて言うまでもなく,公共事業の進捗と公共事業用地の取得状況は互いに密接に関連するものであり,着実な公共事業の推進には公共事業用地の円滑な取得が不可欠です。
特に,現在,平成7年度予算の上半期前倒し執行,平成7年度第2次補正予算等,内需拡大策として巨額の公共投資が重点的に行われており,これを実効性あるものとするためには継続的な用地取得による用地ストックの確保が強く求められています。
一方で,用地取得業務の最前線においては,地権者の価値観,要望等の多様化が見られるほか,公共事業量の増大に伴い用地需要が高まる等,公共事業の用地取得業務を取り巻く環境は益々厳しいものとなってきています。
本稿は,現在,九州地方建設局が行っている用地取得業務について,その現状を紹介するとともに,抱えている課題および対応策について,簡単な考察を加えるものです。

2 用地保有の現状と見通し
(1)九州地建における現状
① 用地ストック率
用地ストック率とは,

で求められる指数であり,当該年度当初において,今後何年分の公共事業用地ストックを有しているかを表すものとして一般的に用いられるものです。
平成6年度の用地ストック率(平成6年度頭新規着工可能用地面積/平成6年度新規着工面積)は,1.41であり,前年度に比べ約36%低下しており,この数値は最近4カ年度で最も低い数値となっています(表ー1)。

しかも,公園用地等1~2年以内の工事着工予定のない取得用地を除く実質の用地ストック率は1.0となっており,事業別のストック率は,河川事業0.98,道路事業1.22と,特に河川事業における低ストック率が懸念されるところです。
② 予算の推移
一方,用地取得関係予算のうち用地費及び補償費は,当初予算ベースで近年500~600億円程度で推移している一方,総事業費に占める用地費及び補償費の割合は,20%代前半で安定しています(表一2)。

③ 新規所得面積
さらに,各年度における新規用地取得面積は平成6年度には294haと昭和62年度以来最高の実績を挙げています(表ー3)。

(2)今後の見通し
平成6年度における用地ストック率の低下は,
① 着工可能用地面積がほぼ横這いであったのに対して,
② 新規工事着工量が雲仙砂防工事や激甚災害による河川工事の大量発注により増大したことがその要因と考えられます。
平成7年度においては,
① 平成7年度上半期における用地取得の前倒し執行が,目標を大きく上回り達成されたこと。
② 平成7年度第2次補正予算において,用地費及び取得費についても相当額(用地国債設定額と併せて約150億円)が計上されたこと
等から,平成6年度に引き続き堅調な用地取得が見込まれることと予想されます。

3 用地取得に関する課題と対策
しかしながら,
① 長期的には,高規格幹線道路の整備事業,ダム事業,大規模引堤事業を始め,公共事業用地需要が継続すること
② 短期的には,平成7年度における経済対策のため,工事の発注量が大幅に増加することが見込まれること
③ 九州地建の用地ストック率は直轄事業平均と比較して,低レベルであること
等を鑑みると,公共事業を安定的に推進するために十分な用地ストックの確保のためには,一層の努力が必要であると考えられます。
(1)課 題
用地取得業務を円滑に推進する上での課題は,概ね以下のとおりであると考えられます。
① 地権者の権利意識の向上等
地権者の権利意識の向上,公共事業に関する様々な情報が容易に入手できるようになったこと等により,用地交渉が困難化・長期化する傾向にあります。例えば,任意協議による用地取得が何らかの問題により困難となっている箇所は,近年,全体の協議箇所の1/3を超えています。用地取得の隘路原因としては,「補償金不満」,「代替地要求」,「境界紛争」等が上位となっていますが,特に,近年においては地価下落に伴い,実際の補償額と地権者の期待する補償額との乖離が大きくなっており,用地交渉は一層困難なものとなっています。
② 補償事例の複雑化
経済の高度化に伴い,事務処理の複雑化および業務量の増加を招いている事例が見受けられます。例えば,マンションは都市における居住形態として一般的なものとなってきましたが,建物と敷地を一体的に処分しなければならないという制約があることや,多数の権利者が関係することとなる等,用地取得に際しては様々な問題を生じているところです。
③ 事業計画とのギャップ
用地取得の計画は,事業全体の進行状況に合せて定められるべきものですが,一方で,用地取得は地権者との地道で継続的な交渉により達成されるものであり,事業計画の決定や変更に柔軟に対応できない部分があります。このため,事業全体のスケジュールに臨機応変に対応した用地取得は難しいものとなっています。
④ 業務量の増加
用地業務は,土地調査,土地評価,契約,税務,登記手続から用地交渉まで多岐にわたり,幅広い専門知識が必要とされます。このため,用地業務に携わる職員の育成が重要な問題となっています。
また,近年は,事業認定・収用裁決,国債設定,民間コンサルタントヘの業務委託等の件数が飛躍的に増大しており,用地費及び補償費の予算額の増加(昭和60年度412.5億円→平成7年度588.7億円)と相侯って,用地業務全体の業務量の増加を招いています。
(2)対 策
以上の課題に対応するためには,例えば以下の施策が考えられます。これらのうちには,本年7月の行政監察において勧告されたものも含まれています。
① 土地収用法の活用
用地取得が難航し,長期化している箇所のうち,任意協議による解決が困難であると認められるものについては,土地収用法に定められた手続により,問題の早期かつ合理的な解決を図る必要があります。この考え方に基づき,「事業認定等に関する適期申請のルール化について」,平成元年度に建設省建設経済局長,河川局長および道路局長より,通達がなされており,それ以後,土地収用法の実績が増加しているところです(表ー4)。

② 代替地対策の充実
代替地要求が用地取得の大きなネックの一つとなっている現状を鑑みると,代替地対策は非常に重要なものです。このため,引き続き,地元地方公共団体等との緊密な連携および協力を図り,地権者の意向を踏まえたきめ細かい代替地の斡旋,提供等に努めるとともに,宅地建物取引業協会と提携した代替地の情報提供および媒介制度を活用する必要があります。
また,税制の特例としては1,500万円特別控除の制度が,また,政策融資としては日本開発銀行の移転・代替地提供促進融資制度が設けられていますが,これらの制度の積極的活用および制度の一層の充実が求められます。
③ 事業サイドとの密接な連携の確保
公共事業のペースに適切に対応した用地取得を実現するためには,事業の立上げ段階から,用地サイドと事業サイドが,事業計画,予算の配分の決定過程や地元への説明において,緊密な連絡調整を行うことが効果的であると考えます。
また,事業損失に適切に対応するためにも,用地サイドと事業サイドの密接な関わりが必要となります。
④ 先行取得の推進
用地の先行取得は,国債によるもの,自主先行(特定公共用地等先行取得資金融資制度により行うものを含む。)により行うものを問わず,地価上昇時にメリットを生じるものですが,地価安定時においても,後年度に取得することが著しく不利又は困難であると認められる場合においては,将来における予算執行の硬直化を招かないこと,地価下落による逆鞘を発生しないこと等に留意しつつ,積極的に活用を図り,計画的かつ余裕のある用地取得を行ってゆく必要があります。
⑤ 組織・体制の整備
質・量ともに増大する業務量に対応するためには,組織面において用地取得体制の整備を図る必要があります。このため,業務を処理するため必要とされる人員を確保するとともに,担当者の資質の向上のための教育を充実することが必要です。また,職員の処遇の改善等用地業務を魅力的なものとする努力も重要です。
⑥ 業務委託の推進
用地測量,物件調査,登記手続等高度に専門技術的であり,かつ,行政判断を必要としない業務については,当該分野についてノウハウの蓄積を有する民間の補償コンサルタントに委託することにより,用地業務全体の合理化および円滑化を図ることができます。
したがって,有能な補償コンサルタントの育成と併せて業務委託を推進してゆくことが重要です。

4 おわり
用地取得業務は,地価の長期下落傾向,わが国の景気回復の遅れ等最近の経済状況により,とりまく環境は大きく変化しましたが,反面,用地取得業務に係る問題点はこの20~30年基本的には変化していないともいうことができ,その意味で本稿で取り上げた現状と課題も新しいものではありません。
したがって,今後とも円滑な用地取得を達成するためには,本稿で取り上げた対策を初めとして,日頃の地道な対策を積み重ねていくより他になく,用地取得業務に携わる方々の一層の努力と,関係者の方々の一層の理解・協力をお願いするところです。

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