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消え行く技術的遺産の保存

㈱丸島アクアシステム 理事
村 上  晃

九州地建の機械課50年を平成10年に控え,戦前戦後の資料を調べる機会が増えたが,資料が得られずもどかしさを感じることが多い。しかし自分のことを振り返っても施工した方の保存はしていても旧施設の記録を恥ずかしながら残していない。
本稿では,吉野ケ里や通潤橋,中間唐戸等有名で既に保護されている文化遣産のことではなく,日常の仕事に密着した先人達の技術的遺産について自らの反省をこめて考えてみたい。
緑川の改修は,加藤清正や細川藩によっても行われたと言われ近代では大正14年から昭和17年にかけて内務省の直轄施工が行われている。
緑川の支川加勢川は,合流するまでの数キロを本川と並走しておりその上流側の接点に昭和10年に設置された加勢川水門がある。
鋼製リベット組立扉(約幅8m×高5m)で,開閉装置は門柱天端に4ケ所の滑車を設け,扉体と錘のコンクリート桁を両側にロープで吊分けてバランスさせ,小さなラック式巻上機で昇降する構造になっていた。
コンクリート桁上にはポケットがあり,取っ手付ブロックが多数載せられていて開閉抵抗に応じて加(開)除(閉)できるようになっていた。
この水門は,利水目的で高水位差操作がなくバランス方式向きであったが,平成2年に老朽化のため新技術基準適用の普通ゲートに改築された。

中学時代に友達と自転車で通って,この水門に興味を持ったと言う人が現在ある事務所の課長になっているが,そんな設備の資料を保存できなかったことに関係者として責任を感じる。
改造時の記録や写真等の技術資料まで,文書整理で廃棄されたものもあるが,撤去時に適切な保存処置を逸したのは残念である。
同じ緑川水系の硴江堰にもチェーンで扉と錘をバランスさせた人力操作方式があったが,平成3年に改築された。開閉余力が小さく,敏感な操作を要したのを米作の重要性による勤勉な管理で支えてきたのであろうが,農業や生活環境の変化と小径間多門数で治水上からも近代化は当然不可避であった。ただ,ここの記録も残っていない。
最近このカウンタ一方式と,近代機構を駆使した景観対策設備が検討されたと聞くが,記録の整理保存を適切にし機会があれば新技術を加味して工夫を積重ねる努力は私達の義務と考えている。
加勢川水門から少し下ると,刃物肥後守で名を馳せた川尻の街があり,今も陸閘をくぐり石段を降りると船着場のある風景が見られる。
更に2キロ下ると,六間堰で嵩上げされた加勢川と,緑川との船を通す中牟田閘門がある。
木製マイターゲート方式で,まず船のある側と閘門内水位を合わせ船を入れて扉を締め,出て行く側の扉内蔵小扉から少しづつ水を出し入れして閘門内を出側水位に合わせて扉を開け船を通す。
扉材は,檜や杉の入手難から米松に変わったが,昭和17年設置の今も風情ある設備は利用者も多いが,今回の六間堰改修でも貴重に生き残った。
その六間堰の右岸に,今改修で改築を待つ農業取水用の石樋がある。引上げ式2門に招き3門の木扉付きで直轄管理外で助かり貴重に残っていた。

招き扉は,扉体上部の木桁の両端を丸く削って張り出し,それを樋管呑口両脇に建てた木柱に明けた穴で支えて吊下げる方式になっている。

石樋に木扉は,昭和50年前後にかけて安全と確実化のため強制締切ゲートの付加と招き扉の鋼製化が進められ,石樋も逐次改築されて現在は殆ど見られず,招き木扉は直轄では残っていない。
木扉は,満潮時に適当に漏れて樋管内に滞留し干潮時に堤内のごみや扉前後の土砂を一緒に川に掃き出す効果を果たしていたが,鋼扉に水密のゴム化で漏水が無くなりその効果も無くなった。
その代わり塩水が遮断されて堤内水路からのポンプ給水が可能となり丁度米あまり転作転換期を助ける効果を果たすことになった。
有明沿岸の生活と歴史を語る石樋や木扉は,何処にでも多数あると思っている間に調査機会を逸してその資料さえ消えようとしている。
以前,久留米市役所の浜助役に挨拶に行ったとき,石樋や球磨川での床固め工法等の保存についての話題が出て,その後技術事務所周辺に工法公園をなどの話をしたことがあったが,平成3年に河川部の「多自然型川つくり」推進の事業が始まって自分が思っている以上に衆知の心は健康であると感じたことを覚えている。
技術遺産の保管では,管内の郷土史家等の資料を含め技術事務所等に整理蓄積され次の世代に継承されれば,過去の保管だけでなく今後創意工夫に努める人々の励みにもなるものと考える。
しかし,現物保存は高校時代の28年水害で筵を被せられた被災者,泥海と化した繁華街等を見た私としては治水優先は絶対譲れないし,管理の安全や経済性でも安易な保存論は許せない。
ただ,社会的な価値があり条件が整う物は移設を含め保存するのも有益と思うし,なによりも新技術等を加味して効率的に残りまたは復活する風情ある施設が一つでも多いことを期待し努めたい。

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