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井手口川ダムの止水対策について
~ダム軸変更,表面遮水工の採用による合理化~
坂本弘明

キーワード:グラウチング,基礎処理,水理地質構造

1.はじめに

佐賀県の県営井手口川ダムでは、ダムサイト・貯水池における地質上の課題から、ダム基礎の岩盤強度設定と堤体設計および止水処理に合理的な対応技術が要求された。これらの課題への対応として、地質調査,設計および施工において様々な工夫を図り、合理的な設計,コスト縮減を実現した。また、水理構造物設計においても新たな形式を採用した。
本稿では、井手口川ダムで実施した様々な工夫のうち、止水処理の設計および施工結果について報告するものである。

2.井手口川ダムの概要

井手口川ダムは、松浦川水系井手口川(流域面積6.03km2)の佐賀県伊万里市大川町東田代地先に位置する重力式コンクリートダムであり、①洪水調節,②流水の正常な機能の維持,③伊万里市上水道への供給を目的とする多目的ダムである(図1,表1参照)。

井手口川ダムは、本体コンクリート打設を平成20年12月に開始し、平成22年6月に打設を終了した。試験湛水は平成23年5月に開始し、平成24年4月末に完了した(写真1)。

3.ダムサイトの地質概要

井手口川ダムが位置する伊万里市を含む佐賀県北西部一帯は、古第三紀の堆積岩類が広く分布し玄武岩などの火山岩類がそれらを被覆している。
ダムサイトの地質は、図2に示すように、新生代古第三紀漸新世に堆積した杵島層群(砂岩,頁岩,砂岩頁岩互層)と、これに貫入した新第三紀中新世の肥前粗粒玄武岩からなり、右岸の中腹から山頂にかけて、低固結の火山泥流堆積物が分布する。また、砂岩頁岩互層には、粗粒玄武岩の貫入時に形成したと推定される低角度シームが分布する。

4.水理地質構造を踏まえたダム軸設定と止水処理の合理化(表面遮水工の併用)
4.1水理地質構造の概要

井手口川ダムの止水処理において、ダム湛水後の浸透経路を明らかにするために水理地質構造の検討を行った結果、以下の高透水部が浸透経路になり得ることを把握した(図 4)。
①風化の影響による堆積岩の高透水部:佐里砂岩層は風化区分β・γ・δ,杵島層互層は風化区分γ・δが該当する。
②除荷の影響による堆積岩の高透水部:河床下5m以浅に限定,風化区分では新鮮部αに該当する。
③河床部から右岸部に貫入する冷却節理が発達した粗粒玄武岩(Hdo):風化区分では新鮮部αに該当。河床深部,直下流および右岸他流域まで広範に分布する。
④右岸アバット端部(約15m区間)に限定される火山泥流堆積物(mf)内の開口亀裂分布範囲:調査時には透水係数k=10-5 ~10-6cm/s オーダーを確認していたが、施工時に、高透水部が分布することが確認された(分布範囲は造成アバットメント背面に限定:図 4 の黄色着色部)。

4.2止水処理計画の基本方針(ダム軸変更と貯水池表面遮水工の併用)

止水処理は、前述の浸透経路(①~④)をカーテングラウチングで遮断する計画を基本としたが「③粗粒玄武岩(Hdo)」に対しては、その透水特性※および分布特性から、カーテングラウチングにより浸透経路を完全に遮断することは極めて困難であると判断した。
※Hdoの透水特性:冷却節理による割れ目が50Lu以上の高透水を示す。それ以外は難透水を示すが、冷却節理の分布位置を特定できない。
そこで「③Hdo」に対する浸入口を回避するために、止水処理計画の基本方針を以下のとおりとした(図5)。
・ダム軸を当初計画ダム軸(D軸)の上流20mのE軸にシフトすることで「③Hdo」が直接分布する範囲(図5の紫色)を本体コンクリートで塞ぐ。
・「②除荷の影響による堆積岩高透水部」と「③Hdo」が接する範囲(図5の薄紫色)を表面遮水工による遮水対象とする。
・①,②,④の浸透経路に対してカーテングラウチングで対応する。

ダム軸の変更では、上流にシフトすることによる止水処理上のメリットと、計画貯水容量確保のために貯水池掘削が必要となるデメリットとのトレードオフ関係を勘案して上流のE軸が有利であることを確認した(図6)。さらに、設定ダム軸:E 軸で常時満水位の再設定(20㎝低下)と貯水池掘削(約9万m3)により最適化を図った(表 2)。

4.3カーテングラウチングによる止水処理

カーテングラウチングは、パイロット孔による透水性確認結果,先行ブロックにおける試験施工結果や施工中の注入結果およびを継続的に解析し、施工仕様の見直しを随時施工に反映させるルーチンワークにより実施した。
その結果、当初計画からの変更箇所は下記の①~⑦(①~④は変更増⑤~⑦は変更減)となり、④火山泥流堆積物(mf)中の開口亀裂分布範囲を除くと概ね当初想定どおりの止水処理範囲となった(図7)。また、当初計画では単列施工での遮水性改良が困難であることも想定していたが(複列施工)、単列施工により所定の遮水性に改良することが出来た。
改良目標値は、常時満水位以上を5Lu程度,常時満水位以下を2Lu程度とした。

一方、カーテングラウチングの最終段階で確認された④mf内の開口亀裂分布範囲に対しては、mfが軟質であるにも関わらず硬質岩に分布するような開口亀裂が分布することから、右岸造成アバットメント背面に開口性亀裂が残存した場合、mfの基質部が流出するパイピングが懸念された。
そこで、開口亀裂の分布,性状,連続性を調査するとともにグラウト材の到達範囲を確認する目的で、ボアホールテレビカメラによる孔壁確認(写真2)→透水試験→注入のサイクルで調査孔の施工を行い、その解析結果に基づき改良幅4.5mを確保する3列施工(列間隔1.5m)により対応した。

4.4表面遮水工による止水処理

粗粒玄武岩(Hdo)の浸入口を塞ぐ貯水地表面遮水工は、水密性の高いコンクリートフェーシングを採用した。コンクリートフェーシングは、緩傾斜部,端部の水平部で最小純厚0.5mとし、勾配1:0.5の擁壁部は打ち継ぎ面処理の施工幅を考慮して純厚1.0mとした。なお、水密コンクリートのひび割れ対策として6m間隔に施工ジョイントを設けるとともに、クラック発生防止の用心鉄筋を表面に配筋した。さらに、万一のクラック発生に対しては、コンクリートフェーシング~現地形復旧線までを火山泥流堆積物(コア材相当)や段丘堆積物などのダム本体基礎掘削ズリで覆土し、間詰め機能に期待する対応を図った。また、Hdo への浸入範囲を確実に被覆するため、基礎掘削前にボーリングによるHdoまでの着岩調査を実施するとともに、基礎掘削後にはHdoへの浸入経路になり得る堆積岩の除荷影響範囲や風化岩の分布を岩盤スケッチにより確認した(写真3、図8)。

5.試験湛水結果

試験湛水中は、若干の漏水が発生したものの、グラウチング工や表面遮水工による基礎処理,横継目による止水機能に問題ないこと、ダム,基礎地盤および貯水池周辺地山の安全性を確認し、無事、試験湛水を終了することができた(写真4)。

6.おわりに

井手口川ダムは、昭和54年の予備調査開始後、約30年の歳月を経て完成するに至った。ダムサイト・貯水池における地質上の課題を複数抱えたダムであったが、ダム技術の関連機関から技術的助言をいただきながら、関係者の技術力を結集することで様々な合理的な設計やコスト縮減を行い、事業費を縮減することができた。
本ダムの建設事業に際して、ご理解、ご協力をいただいた地権者や地元の方々、ならびに国土交通省 国土技術政策総合研究所,独立行政法人 土木研究所,財団法人 ダム技術センターをはじめ、関係各位に心よりお礼を申し上げます。
以 上

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