五家荘大橋の設計と施工
熊本県土木部道路建設課長
桑 田 嘉 男
はじめに
五家荘大橋は熊本市を起点として人吉市へ至る一般国道445号の道路改築事業の一環として,熊本県八代郡泉村樅木地内に整備される橋梁である。
当橋の存する泉村は,九州山地の中央部に位置し,東は宮崎県と県境を画する山岳地域である。九州中央山地国定公園,五木・五家荘県立公園の指定を受ける自然豊かなところで,古くから平家落人伝説の里として知られており,ひっそりと散在する五つの集落を総称して「五家荘」と呼んでいる。一帯は一級河川球磨川の支川川辺川の源流域をなしており,渓谷には滝や吊橋が多く,この地域の特徴となっている。このような自然条件下では「はし」は地域住民の生活にとって非常に密接な関係にあり,現在,泉村では「つり橋のある里づくり」を進めている。樅木の親子の吊橋(あやとり橋:土木学会田中賞受賞,しゃくなげ橋)や梅の木轟公園吊橋(プレストレストコンクリート技術協会賞受賞)をはじめ,5本の吊橋が架けられている。
本報告で紹介する「五家荘大橋」もこれらのことを考慮して周辺環境と調和するような設計としている。架設にあたっては,本橋の特徴の1つである合成アーチ巻立て工法(Concrete Lapping Method with pre-erected Composite Arch:CLCA工法)を採用しており,本文ではこの工法を用いた五家荘大橋の設計・施工についてその概要を述べる。
1 事業概要
事業名 一般国道445号 道路改築(橋梁整備)事業
施工箇所 熊本県八代郡泉村樅木
工 期 1992年3月~1994年11月
設計諸元
道路規格 3種4級
設計速度 40km/h
橋 格 1等橋(TL-20)
橋 長 108.000m
道路幅員 7.0m(0.75+2@2.75+0.75)
2 計画
2-1 地形・地質
架橋位置は,標高約550mの川辺川の支川樅木川のV字谷上にあたる。道路計画高と河床との高低差は約30mあり,両橋台とも比較的急峻な斜面上での施工となる。
地質は,表層部に2m前後の崖錐層が堆積し,下部に支持地盤として十分な地耐力を有するCM~CLクラスの中生代~古生代の砂岩および粘板岩が分布している。
2-2 橋梁形式の選定
橋梁形式については,地域社会の背景や自然条件,経済性,構造特性等を考慮して選定を行った。すなわち,景観に優れ地形に適合していること,維持費が少なく経済的であること,完成系構造が合理的であることなどから,鉄筋コンクリート固定アーチ橋を採用した。
2-3 架設工法の選定
架設工法については,全支保工法,セントル工法,メラン工法,ピロン・メラン併用工法,トラス工法,合成アーチ巻立て工法が考えられる。本橋では,①架橋位置が2河川の合流付近であること,②現道の交通止めが不可能な路線であること,③現道に近接する本工事ではケーブルクレーンの設置が困難であることが制約条件となった。
総合的に比較検討した結果,経済性,施工性に優れる合成アーチ巻立て工法を採用した。
3 合成アーチ巻立て工法
合成アーチ巻立て工法は,合成柱の構造理論をコンクリートアーチ橋の構築方法に応用した施工方法であり,その施工の概念と特徴については次のとおりである。
【施工概念】
① 薄肉鋼管を両アバット上で上方に組み立てる。
② 組み立てられた鋼管をロアリング工法により閉合させる。
③ 閉合した鋼管内にコンクリートを充填し合成構造とする。
④ スプリンキング部に支保工を設置してコンクリートを打設した後,合成アーチを支保工材としてその外部を移動作業車でコンクリートを順次巻立てていく。
なお,施工概念図を図ー3に示す。
【特徴】
① 鋼管をアーチアバット上で鉛直に組立てウインチにより閉合させるため広い作業スペースを必要とせず,かつ先行して架設する部材が軽量の鋼管であるため仮設備が小さくて済む。
② 先行して架設する鋼管をアーチ部材として利用するため鋼材料を大幅に減少できる。また,完成系のアーチリブはSRC構造となるため靭性に優れた構造となる。
③ 軽量の鋼管を閉合させた後,その中にコンクリートを充填し剛性を高め,その合成構造をメラン材として利用するため架設時の安定性,安全性に優れる。
④ アーチリブ巻立て移動作業車を前後両方で支持できるためカンチレバー工法に比べて移動作業車の軽量化が可能となり,ブロック長を大きくできるため工期の短縮が図れる。
4 設 計
4-1 設計条件
設計荷重,使用材料および許容応力度を表ー1,2に示す。
4-2 合成アーチ巻立て工法の設計概要
上部工の全体設計フローチャートとアーチリブ架設系の設計フローチャートを図ー4,5に示す。
4-3 鋼管アーチの設計
鋼管アーチの設計は,2ヒンジアーチを構造モデルとしてフレーム解析により行った。
考慮する荷重は
① 鋼管および充填コンクリート重量
② 足場および作業荷重
③ 地震荷重
④ 風荷重
⑤ 温度変化による影響
である。
なお,応力度の照査の際には,充填コンクリートの側圧も考慮している。また,面内・面外座屈に対する検討も行った。
4-4 アーチリブ架設時の設計
アーチリブ架設時の設計は,図ー6に示す構造モデルによりフレーム解析を行った。解析では,アーチリブの施工を13STEPに分け断面力を算出している。この際,鋼管コンクリート部材は鋼管を鉄筋に換算したRC部材として設計した。たわみや断面力算出のためのフレーム解析では,ヤング係数比n=ES/EC=6.77,応力度の算出ではn=15としている。表ー3に施工STEPの概念を示す。また,図ー7,8にクラウン部(NODE12)とスプリンキング(NODE1)の各STEPにおける軸力と曲げモーメントの変化を示す。
4-5 完成時におけるアーチリブの設計
完成時のアーチリブの設計は,図ー9に示す構造モデルを用いてフレーム解析により断面力を算出した。計算過程においては,クリープによる不静定力も考慮している。荷重の組合わせについては,表ー4に示す。また,設計荷重時の軸力と曲げモーメントについて計算結果を図ー10,11に示す。
5 施工
1992年3月より工事に着手し,1994年11月に竣功を迎える。この間の主要工種のフローチャートを表ー5に示す(図ー3:施工概念図参照)。
5-1 鋼管アーチの組立
鋼管には,SS400を使用しウェブプレート厚はt=9mm,フランジ厚t=14mmとした。鋼管アーチの一般図を図ー12に示す。
鋼管アーチの組立は,地組みした鋼管アーチブロックを25t吊油圧式トラッククレーンにてアーチアバット上に鉛直に建込んで組立てる(写真ー1)。写真ー2は,建込み前のアーチスプリンキング部でアーチアバット内に入る上部工用の鉄筋とその間にピン支承部を確認できる。
5-2 鋼管アーチの架設(ロアリング)
両アーチアバット上に組立てられた鋼管アーチは,ロアリング装置(写真ー3)により徐々に回転させて閉合する(写真ー4)。1回の送出し量は500mm,平均所要時間は5分で,閉合は1日で終了した。ロアリング装置には500tの油圧ジャッキが組込まれており,両橋台に2台ずつ計4台セットした。送り出しには,PCストランド(φ17.8mm)を1台当り4本使用し,ジャッキピストンの伸縮によりロアリングを行う。また,PCストランドと平行してゲビンデスターブ(φ36mm)を異常時の補助材として配置する。閉合時の施工精度は,水平方向で24mm(橋軸直角方向)および3mm(橋軸方向),鉛直方向で28mmであった。
5-3 鋼管アーチコンクリートの充填
鋼管アーチが閉合されたあと,鋼管内に1時間当り6.6m3総計51.4m3のコンクリートを充填する。鋼管アーチにはあらかじめコンクリート投入孔および管理孔を設置しておき,締固めは管理孔より外部震動機を差込んで行った。コンクリートの打設は,立ち上がり量を同一とさせるため,両サイドにポンプ車を配置し同時に打設した。
5-4 巻立てコンクリートの施工
アーチリブの巻立てコンクリートは移動作業車を用いて行うが,移動作業車の組立スペースの確保とアーチスプリンギング部の巻立て固定の目的で第一巻立てブロックは支保工により施工した。移動作業車によるコンクリートの打設は1ブロック当り延長4.5mで,両サイド交互に施工した(写真ー5)。なお,1ブロックのコンクリート打設量は23.3m3,平均作業サイクルは約13日であった。
5-5 アーチリブのたわみ
アーチリブのたわみは,弾性たわみとクリープたわみの和として算出されるが,図ー13に各施工STEPにおけるアーチリブのたわみ量の実測値を示す。参考のために計算値も示す。計画工程より実工程が若干遅れたため,クリープ係数の値を算出する際の持続荷重が載荷される時のコンクリートの材令t0に現実と差異を生じる。したがって,計算値はクリープたわみについてうまく実施工を表現していないものの,各施工STEPのたわみのモードについては比較できるものと考えられる。
おわりに
本報告では,五家荘大橋の設計と施工についてその概要を述べた。本橋の地形条件のような箇所においては,小さな仮設備で施工できる合成アーチ巻立て工法は非常に有用であると思われる。わが国において,当工法の採用実績は4例目となるが,本報告が今後の設計・施工の参考になれば幸いである。
なお,五家荘大橋は12月始めに供用を開始する予定であり,平家伝説のロマン漂う泉の里にその壮麗な姿を見せている。
最後に,本稿の作成にあたりご協力をいただいた関係各位に謝意を表したい。
参考文献
1)高山,竹田:五家荘大橋の設計と施工,橋梁(1993.11)
2)大浦,加藤,田辺,島田:コンクリートアーチ橋仮設用アーチ支保工ヘの鋼管コンクリート構造の適用に関する実験的研究 コンクリート工学,VOL.22,No.2(1984.12)