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流水型ダムの特徴を踏まえた阿蘇立野ダムの試験湛水について

国土交通省 九州地方整備局
河川部 河川計画課
計画第二係長
遠 山 哲 生

キーワード:流水型ダム、試験湛水、自動計測

1.はじめに
阿蘇立野ダムは、熊本県の中央を流れる白川沿川の洪水被害の防止・軽減を目的とした洪水調節専用(流水型)ダムである。白川における戦後最大規模である昭和28年6月26日洪水と同規模の洪水を安全に流すことを目的とし、基準地点の代継橋における基本高水のピーク流量3,400m3/sを黒川の遊水地群による効果と併せて3,000m3/sとする計画である。
白川は、政令指定都市でもある県都熊本市の中心市街部を貫流する一級河川で、流域の約8割を全国平均の約2倍の雨が降る阿蘇カルデラが占めている。近年では、平成24年7月に発生した九州北部豪雨において白川が氾濫し、家屋の浸水など甚大な被害が発生しており、河川整備と合わせて、洪水調節による白川の治水安全度向上は急務となっていた(図-1、2)(写真-1、2)。
阿蘇立野ダムは、この阿蘇カルデラの唯一の切れ目である立野火口瀬に建設され、令和6年1月より試験湛水に伴う貯留を実施、ダム堤体・基礎岩盤、貯水地周辺地山の安全性を確認したうえで、令和6年4月より管理へ移行している。

図1 白川流域概要図

写真1 熊本市街部を流れる白川

図2 白川の降雨特性

写真2 平成24年7月洪水の状況(熊本市)

2.阿蘇立野ダムの特徴
阿蘇立野ダムは堤高87m、堤頂長197mの曲線重力式コンクリートダムである。洪水調節専用の流水型ダムであることから、河床髙付近にゲートを有しない5m× 5mの常用洪水吐きを設置している。平常時は水が貯まっておらず、通常の河川の流れが維持され、洪水時のみに一時的に水を貯留することから、一般的な貯留型のダムに比べて供用時の環境への負荷は小さいと考えられている(図-3、表-1、写真-3)。
一方で、ダム建設地周辺は多くの観光客が訪れる観光地阿蘇の玄関口に位置し、阿蘇ユネスコジオパークにおけるジオサイトの一つでもある。周辺には、「阿蘇くじゅう国立公園」や国の天然記念物にも指定されている「阿蘇北向谷原始林」が位置するなど豊かな自然環境が存在していることから、環境や景観への配慮も非常に重要であった。

図3 立野ダム概要図

表1 立野ダム諸元表

写真3 阿蘇立野ダム完成時の河川流下状況

図4 阿蘇北向谷原始林の位置

3.阿蘇立野ダムの試験湛水計画
ダムは大規模な土木構造物であり、その安全性が社会に及ぼす影響は極めて大きい。よって入念な地質調査、設計、施工を行うことは当然であるが、通常の管理に移行する前には、試験湛水を実施して安全性を確認する必要がある。
試験湛水にあたっては、表-2 に示すように、阿蘇立野ダム特有の特徴があったため、表-3 に示す2 つの基本方針をもとに試験湛水計画を立案した。

表2 試験湛水にあたっての特徴

表3 阿蘇立野ダムにおける試験湛水の基本方針

試験湛水計画の立案にあたっては、構造面、環境面の技術的な確認・評価を行うため、有識者で構成される『立野ダム試験湛水検討委員会(以下、委員会とする。)』を設立し、計4回にわたって公開の場で審議いただいた。
委員会では、試験湛水期間をできる限り短くするため、貯水位下降速度は、ダム下流河川の安全を確保しつつ実施できる最大の放流量(水位低下放流ゲート全開:SWL で約64m3/s)に対応する下降速度とした。また、そのことで生じる計測・監視面での課題やリスク、下流河川の安全確保などの対応を検討整理した(表-4)。
また、自然環境(阿蘇北向谷原始林)への影響低減、正確かつ詳細な環境変化の把握のため必要な環境モニタリング調査計画の立案及び異常渇水等で冠水期間が想定よりも長期化した場合の対応などを検討整理した(表-5)。
令和5年12月に実施した第3回委員会において、貯水位低下速度への対応、丁寧な環境モニタリング計画を含めた試験湛水計画を立案したうえで、すべての本体関連工事を終え、令和6年1月より常用洪水吐の鋼製ゲート閉塞作業を開始した。

表4 確実な安全性確認に対する課題への対応

表5 自然環境(阿蘇北向谷原始林)への対応

4.阿蘇立野ダムの試験湛水の状況
令和6年1月15日9時より試験湛水に伴う貯留を開始し、2月3日20時40 分にはSWL.276m に到達、2月5日10時から貯水位低下を開始し、2月8日12時に元の河川水位となり貯水位下降が完了した。
阿蘇北向谷原始林の冠水日数は、最大で約23日間であった。令和5年度の白川は渇水傾向にあり、事前予測と比較し約3日間長い冠水となったが、異常渇水の場合の試験湛水中断基準(25日間以上)を上回ることはなかった。また、一般的な試験湛水(1m/日以下で下降)よりも水位下降速度を速めたことで、冠水期間は、約70日間から約23日間へ約47日間短縮されたと推定している。

表6 阿蘇北向谷原始林の冠水日数比較

計測・監視関係は、堤体・基礎地盤・貯水池周辺地山全ての計測機器を自動計測とし、1回/時間の計測を行うことにより、1m/日以下で下降する一般的な試験湛水と同等の計測頻度を確保した。また、計測されたデータを自動的にシステムにアップロードし、クラウドシステムでリアルタイムにデータを監視できる体制を構築し運用した。

図5 計測・監視の状況

また、流水型ダムは網場設備が計画されていないため、試験湛水時は仮設網場を設置し流木や塵芥の捕捉処理を行ったり、降雨による濁水流入により冠水した樹木についたシルト分などを洗い落とし植性への影響を抑えられないか試行するなど丁寧に試験湛水を進捗した(写真-4)。

写真4 樹木への散水、流木・塵芥の処理状況

令和6年2月4日の満水時には、地元自治体主催のマルシェ、観光局・南阿蘇鉄道主催のインフラツアーなどが開催された。また、かわまち協議会を通じて堤体ライトアップ試験を行い南阿蘇鉄道の車窓から楽しんでもらうなど推計で約1 万人以上の方に来訪いただき、マスコミ等にも広く報道していただけた。試験湛水をただの行政手続きとするのではなく、ダムの完成と治水効果発現の認知を広める意義ある取り組みとなった(写真-5)。

写真5 満水時の状況

5.おわりに
昭和58年の建設事業着手以降、40年以上経過し完成した阿蘇立野ダムであるが、白川の流域特性からも治水計画上必要不可欠なダムであるとともに阿蘇の玄関口にふさわしい景観検討や全国初の一級河川に完成する流水型ダムとして河川とダムとのデザイン、観光資源として寄与するダムを目指したインフラツアーやワイン貯蔵など、様々な面で丁寧に事業を進捗してきた(写真-6)。
また、平成28年熊本地震による被災で本体着工が2年間遅れたにも関わらず地震前の目標であった令和5年度出水期からの治水効果発現を可能とし、環境面から課題の多かった試験湛水についても最後まで丁寧に事業完了を迎えることができた。
今後、供用していく中においても丁寧な維持管理、情報発信、地域連携に心がけ、地元に愛される魅力あるダムとしていきたい。

写真6 インフラツアー、ワイン貯蔵状況

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