5Gを活用した除石無人化施工現場実証
~次世代無人化技術への挑戦~
~次世代無人化技術への挑戦~
国土交通省 九州地方整備局
河川部河川工事課 課長補佐
河川部河川工事課 課長補佐
麻 生 英 介
キーワード:無人化施工、ローカル5G、無線LAN、スループット
1.はじめに
無人化施工技術は、当初、遠隔操作信号と現場映像をアナログ伝送する方式で実施してきたが、近年は無線LAN 等のネットワーク技術を駆使したデジタル伝送方式(以後:無線LAN方式)にまで発展を遂げてきている。一方、携帯電話等の移動通信システムは、現在、第4世代(LTE-A)が運用され、第5世代(以後:5G)も実験と一部運用が開始されたところである。この5G には、ローカル5G という制度があり自営のネットワークを構築可能となっている。今回ローカル5G を活用した無人化施工の適用性や可能性について、雲仙普賢岳の試験フィールドを使用して現場実証を令和3年度に実施した。
結果としては、まだまだ発展途上の技術であり、試験としては期待された結果が得られなかったが、今後の無人化施工の発展、技術向上に期待を込め、試験結果の一部ではあるが紹介をする。
2.無線LAN方式(現在の無人化施工技術)
映像視認による実施方式であり、操作オペレータが、車載カメラ、移動カメラおよび固定カメラ等の映像を視認しながら遠隔操作するものである。雲仙では「第4世代」と言われている。使用する無線は、Ethernet という通信規格に対応したデジタルの無線LAN を使用し、送受信は、1:N 通信(基地局1 に対して子機がN)となる。この実施方式の手配期間は、使用する通信機器の数量等にもよるが、機器類の到着後、取り付け調整で10日程度が必要とされる。遠隔操作室から遠隔操作式建設機械までの通信距離に制限はないが、遠隔操作室から通信中継車を経由した事例(雲仙普賢岳)では、1㎞程度の実績がある。平成23年に雲仙普賢岳で実施された超長距離遠隔操作実験では、光ファイバーケーブルを併用し、直線距離で30㎞の遠隔操作を実施している。また、この実施方式ではハンドオーバー(通信中に電波の強い基地局に切り替えを行う技術)の機能を有している無線もある。この機能を使用すると通信中継車を適宜配置することにより、カバーエリアが広がり、カバーエリア内では、遠隔操作式建設機械は制限なく移動(作業)が可能である。
3.現場実証内容、設備
(1)目的
今回の現場実証は、通信速度・距離・安定性の確認、映像解像度・画像伝送能力の確認を基本思想に、既存技術である無線LAN方式とローカル5Gとの比較を実施した。以下に現場実証項目を記す。
(2)無人化施工設備の配置計画
現場実証は、雲仙普賢岳水無川1号砂防えん堤内の堆砂地内で実施した。ローカル5G および無線LANの基地局は、ミリ波であるため現場実証ヤードとの直接視通が必要となる。そのため水無川2号えん堤右岸袖部に設置することとした。5G 信号は、大野木場砂防みらい館にあるコアサーバー等の機器まで光ファイバーケーブルにて伝送した。
(3)主要機械
現場実証にて使用する機械は、標準的な機械能力による計測を行なうため、これまで雲仙普賢岳で使用されてきた大型の遠隔操作式建設機械ではなく、全国的に使用率の高い中型の遠隔操作式建設機械を使用する計画とした。下記に主要機械一覧表を記す。
(4)ローカル5G設備における注意点
ローカル5G を利用するためには、電波法や電気通信事業法が定める事項を満たすことが必要である。今回は本現場実証のためにローカル5G の無線局免許を取得しており、この無線局の移動範囲は、水無川1号えん堤より上流の砂防施設管内に限定されている。このローカル5G は、この施設外では使用できない。また、本無線免許を取得するために、約半年を有している点も注意点である。
4.現場実証
全ての実証試験方法、詳細結果を本投稿にて紹介することはできないが、5G における処理能力の基本を確認した実証試験を紹介する。
(1)スループット計測試験
1)計測方法
スループットとは、コンピュータやネットワーク機器が単位時間あたりに処理できるデータ量のことを示す。本実証では、無線LAN およびローカル5G の単位時間当たりの処理能力(Mbps)を把握するためにスループット計測試験を計画した。本試験は、スループットを計測できる無料のソフトウェアとパソコン2 台を使用して行うこととした。下記に概要図を示す。試験方法であるが、重機のキャビン内側と操作室側に計測ソフトをインストールしたパソコンを設置する。それぞれのパソコンを無線LAN またはローカル5GにEthernet 接続する。接続が完了したら、計測ソフトサーバーからあるコマンドを送信し、無線LAN およびローカル5G のEthernet 回線速度(単位時間処理能力)を計測することとした。
2)試験概要と結果
スループット計測は、各測定点において静止時、旋回時のそれぞれで行った。静止時については、遠隔操作式バックホウの方向をローカル5Gまたは無線LAN 基地局に対し、0°、90°、180°、270°の4 方向で静止させ、それぞれ10 秒間計測した平均値を記録した。旋回時については、遠隔操作式バックホウを1 周約15 秒で旋回させ、50 秒間連続で計測した中の最大値、 最小値とその時のおおよその角度を記録した。また、計測日については、無線LAN方式は2日、ローカル5G方式は3日とそれぞれ異なる試験日において計測を行った。
【無線LAN方式】(静止時)
静止時では、基地局からの距離、基地局に対する角度、測定日に関わらずスループット計測値は17.9 ~ 21.2Mbps であり、安定した値が計測された。
【ローカル5G方式】(静止時)
静止時では、基地局からの距離に応じてスループット計測値が減少する傾向がみられ、400m地点では通信途絶により測定ができない事象が発生した。なお、スループット値の最大値や最小値とそのときの角度には相関は確認されなかった(表- 3 は平均値)。
【無線LAN方式】(旋回時)
旋回時では基地局からの距離、測定日に関わらずスループット計測値は12.4 ~ 22.5Mbps であった。
【ローカル5G方式】(旋回時)
旋回時では基地局からの距離に応じてスループット計測値が減少する傾向がみられ、400m地点では通信途絶により測定ができない事象が発生した。なお、スループット値の最大値や最小値とそのときの角度に相関は確認されなかった(表-4 は平均値)。
3)スループット計測試験考察
無線LAN方式におけるスループット値は、静止時の平均値18.7Mbps に比べると旋回時は12.4Mb 最大で3 割程度の落ち込みがあることが分かった。この旋回時の最小値12.4Mbps を伝送可能総容量と考えると、基地局から400m 以内の範囲で、伝送量は12.4Mbps 未満にすることで安定した通信が可能であると考えられる。
一方、ローカル5G方式では距離に応じて減衰し、400m地点では通信途絶が発生した。また静止時の1 計測(10 秒間)中においてもバラツキ(図-3)が発生し、測定日、同一角度、同一距離、旋回時計測中においても計測値にバラツキが見られた。
ローカル5G方式におけるスループットも無線LAN方式と同様に旋回時の落ち込みを考慮する必要がある。本試験結果より、各計測地点での旋回時最小値は、100m地点で8.1Mbps、200m地点で7.7Mbps、300m地点で2.6Mbps、400m地点で2.6Mbps であった。
このことから、今回のローカル5G方式の機器は使用する距離に応じてデータ伝送量を旋回時のスループット最小値未満にすることで安定した通信が可能であると考えられる。なお、高性能エンコーダ・デコーダは解像度に関わらず約10Mbps程度のデータ伝送量が必要であるため、エンコーダのチューニング(最大容量制限機能等)が必要となると考える。
ローカル5G方式はバラツキが見られるものの、100m地点における時系列データ中の多くは、無線LAN方式のデータ伝送量を上回っている。このためリアルタイムではなく、ある程度バッチ通信が可能なデータ伝送などでは現段階でも使用できる可能性は高い。また今後、このバラツキが安定すれば、リアルタイム性が要求される無人化施工での導入に大きな期待が持てると考える。
(2)遅延時間計測試験(無負荷、有負荷)
1)計測方法
遅延時間計測試験(無負荷)は、無線LAN またはローカル5G が、無負荷の状態(映像伝送等をしていない状態)で、どの程度の伝送時間(遅延時間)を有しているのかを把握するために実施することとした。試験は、「PING」というコマンドプロンプトを使用した。PING 値はデータ送信をした際にサーバーから返ってくるレスポンスの速さ(レイテンシ)を数値化したものであり、往復の遅延時間の計測となる。また有負荷は、遠隔操作式バックホウの車載カメラに投影した映像と遠隔操作室側のパソコン画面の差によって遅延時間を求め、解像度による違い、映像変換機による違いを計測した。
2)試験概要と結果
無負荷試験はバックホウの向きを無線基地局に対し 0°、90°、180°、270°の4 方向で計測し、それぞれ4 データ× 3 回の計測を行った。また有負荷試験は0°方向のみとし、従来解像度・HD解像度において、汎用エンコーダ・高性能エンコーダの3 回の計測を行った。以下が試験結果である。
【無線LAN方式】(無負荷)
無線LAN方式における遅延時間は、重機の向きや基地局からの距離によらず4 ~ 10msec 程度でありバラツキも少なく安定していた。
【ローカル5G方式】(無負荷)
ローカル5G方式における遅延時間(無負荷)は25 ~ 285msecであり無線LAN方式に比べ10倍以上大きい(表- 5 は平均値)。
【無線LAN方式】(有負荷)
従来映像・汎用エンコーダを用いた有負荷時の遅延時間は269 ~ 478ms であり、高解像度ほど遅延時間が大きくなる傾向が見られた。また、HD 映像・高性能エンコーダを用いた有負荷時の遅延時間は263 ~ 321ms であり、遅延時間と解像度の相関は見られない。
【ローカル5G方式】(有負荷)
従来映像・汎用エンコーダを用いた有負荷時の遅延時間は329 ~ 592ms であり、高解像度ほど遅延時間が大きくなる傾向が見られた。従来映像・高性能エンコーダを用いた有負荷時の遅延時間は495 ~ 755ms であり、高解像度ほど遅延時間が大きくなる傾向が見られた。また、HD 映像・高性能エンコーダを用いた有負荷時の遅延時間は、409 ~ 890ms であり、遅延時間と解像度の相関は見られない(表- 6 は平均値)。
3)遅延時間計測試験考察
無線LAN方式の遅延時間(無負荷)は、最大でも 10msec(片側5msec)と短く、かつ安定している。
このことから、ほぼ遅延時間がないと思われる。
ローカル5G方式の無負荷時の遅延時間は最大で285msec(片側142.5msec)と長く、かつ変動が大きい。このバラツキは1 計測中、測定日、同一角度、同一距離など、どの条件においても確認された。距離別同一日同一角度、測定日別同一距離同一角度等のバラツキの例を図- 4、5、6 に示す。
5.試験結果まとめ
5G と無線LAN がもつ基本的な能力試験比較結果(スループット計測試験、遅延時間計測試験)を紹介した。試験中、5G が持つポテンシャルの高さを一部垣間見ることは出来たが、スループット計測試験では変動が大きく、遅延時間計測では無線LAN よりも遅延時間が長い。実際の建設重機を動かす試験においても映像の途絶などにより、5G については冒頭記述したように試験結果が思わしくなく、当初期待された結果が得られていない。むしろ既存技術である無線LAN の方が安定している結果である。
試験後、企業のご尽力により5G においてファームアップを実施し、新ファームではスループットの改善が見られたが、5G に期待するレベルには残念ながら達していない状況である。
6.終わりに
今回の現場実証を経験し、既存技術である無線LAN方式はかなりのレベルの高さにて完成された技術だと実感させられた。ここまで無人化技術を高めた技術者、先輩達に改めて敬意を表したい。しかしながら、この確立された無人化技術に立ち止まることなく、今後発展させるためには以下のような開発、確認がまず初めに必要であると考える。
(1)5G通信の改善
Release 仕様に伴う技術拡張(安定性、遅延時間の短縮、通信距離の改善)。メーカーとの共同開発。
(2)端末の送受信アンテナ
建設機械では取り付けられる場所が制限されるため、ダイバーシティ方式(複数アンテナによる受信方式)による送受信の安定化。
(3)エンコーダ・デコーダ
今回は、汎用エンコーダ、高性能エンコーダをそれぞれ1 機種のみ使用。これ以外の機種の確認。
当然のことながら、既存技術の無線LAN のもつポテンシャルを大きく上回ることが重要である。
最後に今回の現場実証を行うにあたり、助言を頂いた「5G を活用した除石無人化施工技術検討会」の委員の皆様、現場にてご尽力して頂いた企業の皆様に、感謝の意を表します。