降灰後土石流に対する警戒・避難のための土木研究所の取り組み
国立研究開発法人土木研究所
土砂管理研究グループ
火山・土石流チーム 上席研究員
土砂管理研究グループ
火山・土石流チーム 上席研究員
石 田 孝 司
キーワード:噴火、降灰後土石流、土石流氾濫計算モデル
1.はじめに
噴火により火山灰等の火砕物が堆積した斜面では、図- 1 に示すように表面流の増加によって、噴火前には土石流を発生させなかったような小さな降雨によっても土石流が発生しやすくなる場合がある1)。そのため、噴火に伴う降灰後には速やかに山地流域の火砕物堆積状況を調査し、土石流発生の危険性とその氾濫範囲を速やかに評価し、住民の避難に繋げることが重要となる。
2011年の土砂災害防止法の改正により、火砕物等が山地部における河川の勾配10 度以上である部分の最も下流の地点より上流域のおおむね5割以上の面積を占める区域の土地において、1㎝以上の厚さで堆積していると推計される場合に、国土交通省は緊急調査を行い、被害が生じる恐れのある区域等を市町村長等に通知する2)こととなっており、住民の事前の避難に生かされている。
現在緊急調査で用いられている土石流氾濫計算手法3)は、土砂災害防止法に基づく対応のうち特に初動期を意識し、迅速に解析結果を得ることに主眼を置いて開発したものであり、噴火後の初動期に入手可能な情報で計算が可能である。一方で、噴火後の対応が初動期から次のステップへ進んだ時には、より正確な氾濫解析結果が求められると考えられる。氾濫範囲の正確性を向上させるにあたり、火山噴火に伴う火砕物の堆積後の降雨浸透、表面流出、土石流の発生に至る過程や、土石流の流下、堆積機構など、降灰後の土石流に関して不明なことを明らかにするための取り組みを着実に進めることが必要である。
本稿では、降灰後土石流に対する警戒・避難のための土木研究所のこれまでとこれからの取り組みを紹介する。なお、本稿は既発表原稿4)を基に作成したものである。
2.近年の取り組み
2.1 観測データに基づく土石流氾濫計算モデルの開発
これまでに提案されている土石流の支配方程式を活用し、降雨・流出から土石流の発生、流下、氾濫に至るまで一体的に解析できるモデルの開発に取り組んだ。開発した氾濫計算モデル(DFSS:DebrisFlow Simulator for Sabo)は、土石流の発生・非発生については降雨条件が重要な役割を果たしていることを考慮して、降雨流出過程、土石流の発生・流下過程、および土石流の氾濫過程を扱っている。解析モデルの模式図を図- 2 に示す。
この解析モデルは、降雨により流域斜面に飽和側方浸透流と表面流が発生し、これらが河道に流出するところを「降雨流出モデル」、渓床堆積物の不安定化により土石流が発生・流下し、流量と地形(河道断面)の関係から溢流量を算出するところを「土石流流出モデル」、溢流地点で溢流し氾濫範囲を表現するところを「土石流氾濫モデル」として構成しており、氾濫開始点と氾濫範囲とを一体化して計算可能としたところが大きな特徴である。解析モデルの解説とソースコードを公表したので5)、多くの技術者や研究者に活用いただきたい。
2.2 土砂生産域の空間分布と土砂移動の特徴
土石流氾濫解析では、計算上の土砂供給条件が計算結果に影響するため、計算対象流域の土砂生産状況に応じた土砂供給の境界条件を設定する必要がある。活火山地域の流域では、噴火後の時間経過に伴い、流域内の侵食過程が変化し、土砂生産域も変化する6)。そのため、桜島有村川を対象として、航空レーザ測量データを用いた複数期間の差分解析により流域内の侵食範囲と侵食過程の把握を行った(図- 3)。図ー3 に示す①の流域は斜面の傾斜が35°以上の範囲が約85%を占める。この流域での土砂の流出はガリー侵食よりも斜面の崩壊が卓越した。一方、②③④の流域は傾斜が35°未満の斜面が約60% を占めている。これらの流域では土砂の流出は斜面の崩壊よりもガリー侵食が卓越していた7)。また、火口からの距離や火山体に対する小渓流の相対的位置が概ね同じでも、主な土砂生産域の空間分布や主な土砂生産現象とその土砂生産量は期間や小流域により異なることを把握した8)。
2.3 火山灰の性状が表面流出に及ぼす影響把握
火山灰(粒径2㎜以下の火砕物)の堆積が斜面の降雨流出量に与える影響の解明は、降灰後土石流の発生・流下過程を考える上で重要である。火山灰の浸透能をコントロールすると考えらえる飽和透水係数は、火山灰中の細粒分含有率(以下、「細粒分含有率」という。)の増加に対して減少傾向を示すことが様々な火山での火山灰を用いて確認されている9)。また、冠水型浸透計を用いた現地計測による火山灰の浸透能は、堆積厚に応じて異なるとの報告もある10)。一方、細粒分含有率は噴火直後であっても火砕物を採取できればある程度推定することが可能であり、堆積厚の推定・計測手法についても開発が進められてきている。細粒分含有率および層厚が浸透能に及ぼす影響が定量的に評価できるようになれば、噴火直後の表面流出の発生量の予測精度が向上すると考えられる。そこで、土木研究所では細粒分含有率および層厚の異なる火山灰試料からの表面流出量を比較し、細粒分含有率および層厚との関係を把握するための室内実験を行った(図- 4)。その結果の一部を図- 5 に示す。
今回の実験条件では、火山灰の堆積厚が厚くなると、細粒分含有率が高い試料(DL30)では表面流の流出率が高くなるといった傾向が見られた。今後の実験では、火山灰がさらに堆積した条件や、降雨・乾燥過程を経た場合に表面流出にどのような影響が生じるかについて明らかにしていく予定である。
3.これからの取り組み
令和2年4月に内閣府より公表された資料12)によると、富士山の大規模噴火を想定したとき、西南西風卓越ケースでは噴火1日後に降灰厚さ3㎝以上となる範囲は茨城県南部にまで広がるとされている。この範囲内に存在する土石流警戒区域の数を試算すると、約2,500 箇所が存在することがわかった(図- 6)。このように極めて多数の渓流を対象とし、緊急調査の一環として土石流氾濫範囲を短期間に、かつ的確に予測する技術が必要となる場合がある。しかし、現在の仕組みでは地形データの収集・作成やパラメータ設定、計算などに時間を要し、現状では多数の渓流を短時間で計算できるシステムとはなっておらず、現地の状況を踏まえた迅速な対応は困難であると考えられる。この課題を解決するためには、解析モデルの改良や多数渓流を短時間で解析可能な手法などが必要と考えている(図- 7)。降灰後土石流対策の高度化のために私たちが考えている取り組みを以下に紹介する。
3.1 土石流発生・流下・氾濫モデルの改良
2.1 に紹介した土石流発生・流下・氾濫モデルは、桜島等一部の地域のデータで検証を行ったものである。そのため、今後、他の火山地における土石流の再現計算を行い、モデルの検証を通じてモデルの改良を進める。また、2.2 で記載した火山地域での土砂生産域の空間分布や土砂移動の特徴を土砂供給の境界条件として、また火砕物の性状や降雨履歴による表面流出量を入力条件として、土石流発生・流下・氾濫モデルに反映できるよう検討を進める。
3.2 広域降灰後の多数渓流を対象とした迅速な土石流氾濫範囲推定手法の検討
土木研究所が進める広域降灰への対応方策を図- 8 に示す。多数の渓流を対象として迅速に氾濫範囲を推定するためには、噴火直後の対応として、火砕物堆積範囲や降雨条件を変化させた氾濫計算を噴火前に準備し、氾濫計算結果のうち噴火後の条件に近い結果を利用することが考えられる。その後、現地の状況を踏まえて、氾濫計算を行うことが考えられる。その際、各渓流の下流に位置する保全対象の情報から優先的に計算すべき渓流を抽出するアルゴリズムや、2.1 で紹介したモデルを高速で計算可能とする技術の開発に取り組んでいく。また、噴火が長期にわたる場合には火砕物の堆積厚分布や気象状況も変化するため、火砕物の堆積厚や降雨予測等、時点更新される情報を基に準リアルタイムに土石流氾濫範囲を推定することができる技術の開発にも取り組む予定である。
4.おわりに
降灰による広域降灰後の土石流に対する土木研究所のこれまでとこれからの取り組みを紹介した。対象とする現象には不明な点が多く、その対策手法にも課題があるが、被害の最小化のために取り組んでいきたい。
(参考文献)
1)田村圭司・山越隆雄・松岡暁・安養寺信夫:火山噴火後に土石流が発生した事例、土木技術資料52-3、p.34-39、2010
2)(一社)全国治水砂防協会:土砂災害防止法令の解説 – 土砂災害警戒区域等における土砂災害防止対策の推進に関する法律-、p.212-233、2016
3) 内田太郎・山越隆雄・清水武志・吉野弘祐・木佐洋志・石塚忠範:河道閉塞(天然ダム)及び火山の噴火を原因とする土石流による被害範囲を速やかに推定する手法、土木技術資料Vol.53、No.7、2011
4)石田孝司・今森直紀・清水武志:降灰後土石流に対する警戒・避難のための調査・研究と今後の課題、令和4年度砂防学会研究発表会概要集、p.3-4、2022
5)山崎祐介・清水武志・石井靖雄・石田孝司:降雨流出解析と連動した土石流の流出・氾濫解析法、土木研究所資料第4419 号、2022
6)安養寺信夫:活火山における侵食地形解析による土砂流出予測に関する研究、北海道大学演習林報告1(1)、p.11-71、2004
7)佐野泰志・石井靖雄・清水武志:2015年~2016年の航空レーザ測量データによる桜島有村川上流域における土砂生産域の地形及び侵食過程の特徴、令和元年度砂防学会研究発表会概要集、p327-328、2021
8)佐野泰志・清水武志・石田孝司・今森直紀:2013年10月から2016年10月における桜島有村川上流域の主な土砂生産域の空間分布と土砂生産現象の特徴、令和4年度砂防学会研究発表会概要集、p.361-362、2022
9)田方智・竹澤永純・山越隆雄・栗原淳一:主要な火山における火山灰の透水性の実態とその決定要因の考察、土木技術資料、Vol.49、No.8、p.58-63、2007
10)清水収:1996年北海道駒ケ岳噴火後の侵食と土砂移動、火山防災学研究会報告書、p.126-131、1998
11)平岡真合乃・今森直紀・清水武志・石田孝司:室内実験に基づく火山灰の細粒分含有率および堆積厚の違いが表面流出に及ぼす影響の検討、令和4年度砂防学会研究発表会概要集、p.325-326、2022
12)中央防災会議 防災対策実行会議 大規模噴火時の広域降灰対策ワーキンググループ:大規模噴火時の広域降灰対策について – 首都圏における降灰の影響と対策- ~富士山噴火をモデルケースに~(報告)、2020