大矢崎地すべり災害への対応
熊本県 天草広域本部
土木部 工務第二課
主幹兼工務第二課長
土木部 工務第二課
主幹兼工務第二課長
宮 田 一 起
キーワード:地すべり、天草、緊急対応
1.はじめに
2021年8月17日に熊本県天草市大矢崎地区において、斜面に異常があるとの報告を受け、直ちに現地調査を行ったところ、斜面上部には約1.5m の滑落崖があり、幅約70m、長さ約50mにわたって地すべりが発生していることを確認した。この地すべり発生に伴う対応について報告するものである。
2.地すべり発生箇所及び降雨の概要
(1)地すべり発生箇所の概要
地すべりが発生した斜面は、天草市街地の近傍に位置し、斜面の高さは約35mで斜面上部には牧場と墓地が、斜面下部には民家・市道・事業所等が存在している。地すべりが発生した斜面を含む一連斜面は、過去にも建物に亀裂が発生する等の地すべりの予兆や、小規模の崩壊が認められたことから、昭和41年8月18日に「大矢崎」地すべり防止区域に指定されている。この指定以降、地すべりが発生した斜面に対して、斜面下部には待ち受け式の重力式擁壁を、斜面上部にはコンクリート法枠を施工している。
なお、この斜面は、「地すべり」と「急傾斜地の崩壊」の両方において土砂災害防止法に基づく土砂災害(特別)警戒区域に指定されている(写真- 1)。
(2)地すべり発生時の降雨概要
8月8日に雨が降り始めてから、地すべり災害を確認するまでの間に降った雨の量は971㎜であった。この間の最大24時間雨量は8月12日12時から13日12時までの418㎜であり、最大時間雨量は8月13日0時から1時までの60㎜であった。(雨量観測所:天草広域本部(災害発生地点から600m))
3.地すべり通報当日(8月17日)の対応
【住民避難・市道通行止めの支援】
住民から「裏山が膨れている」との通報(12:00)があったため、直ちに現地調査を行った(12:30)ところ、斜面上部には生々しい滑落崖が、斜面中腹にはらみ出しが確認された(写真- 2、3)。まさに、地すべりが進行している状態であると判断し、雨も降り続く予報であったことから、以下の対応を行った。
12:45 斜面下の民家に現状を説明のうえ至急避難するよう呼びかけ
14:07 ホットラインにより天草市長に説明
15:09 市道全面通行止め開始
17:20 大型土のう設置開始(大規模災害時支援協定に基づく)
17:20 天草市により緊急安全確保(レベル5)発表(21 世帯、41 人)
17:40 県と天草市(市長・副市長他)の情報共有会議
19:17 ブルーシート設置完了
19:46 観測機器設置完了(地すべり頭部に地盤伸縮計2 基)、観測開始
20:10 住民避難再確認(対象30 戸:うち在宅4 戸7 人未避難→再呼びかけ)
4.地すべり通報翌日以降(8月17~24日)の対応
【天草市との連携・住民説明会の実施】
8/18(水)
11:30 第1 回情報連絡会議(県・天草市・警察・消防・区長他)
17:26 大型土のう設置完了(約300 袋)(写真- 4)
21:00 専門コンサルタントによる現地概略踏査完了
8/19(木)
10:00 第2 回情報連絡会議(県・天草市・警察・消防・区長他)
18:00 ドローン(UAV)等による3 次元測量完了
19:00 第1 回住民説明会(出席者32 名)(写真- 5)
8/20(金)
11:30 観測機器の追加設置完了(地すべり端部に地盤伸縮計1 基)
15:30 警報装置※設置完了(サイレン・赤色灯、メールシステム)(写真- 4)
※地盤変動量が① 2㎜以上/時間又は② 10㎜以上/ 24時間 の時に作動(この基準は「災害復旧事業における地すべり対策の手引き」や過去の本県地すべり災害時の事例を参考に設定)
8/21(土) メール伝達確認作業完了、簡易貫入試験(仮設防護柵設置位置)完了、伐採作業実施(地すべり発生斜面に草木が繁茂し踏査の支障となっていたため)
8/22(日) 伐採作業実施
8/23(月) 学識者による現地調査、避難指示範囲の縮小(21 世帯41 人→ 8 世帯13 人)、市道通行止め緩和(全面通行止め→片側交互通行)
8/24(火) 第2 回住民説明会(出席者23 名)
5.これまでの対応
国土交通省に対し、災害関連緊急地すべり対策事業を申請(応急工事分の部分申請及び本復旧工事分の本申請の2段階申請)し、発災から2 週間にも満たない8月30日に部分採択(59(百万円))をいただいた。さらに、10月26日には本採択(291(百万円))をいただき、合計350(百万円)の採択を受けた。
これにより、応急工事及び本復旧工事(詳細は以下の7.8.に示す)を実施しているところである。これらの工事の進捗に応じ、住民に対し進捗状況を説明(住民説明会を4 回、チラシ配布を3 回)してきた。また、観測機器を増設し、地盤伸縮計4 基、パイプ歪計6 基、水位計6 基による観測を現在も行っている。
これらのデータを基に、学識者への意見聴取を、これまでに合計4 回実施し、市道交通規制及び避難解除の時期・内容見直しを県・市合同で実施した。また、避難対象者(現在2 世帯5 名)に対し県職員住宅を提供し避難者への生活支援を行っている。
6.地すべり観測データ
地盤伸縮計を地すべり頭部に2 基設置し、地すべり通報当日に地盤変動観測を開始したところであるが、観測開始からわずか4時間で約200㎜の変動を観測し、翌日も24時間で約600㎜という大きな変動を観測した(図- 1)。しかし、幸いにも降雨が収まったことから、地すべり変動も沈静化の傾向となった。
この後の変動はほとんど観測されていない(最大でも5日間の累積値で141 μ strain)ところであるが、発災後にまとまった雨が観測されていない(最大でも連続雨量102.5㎜)ことによるものであり、今後の大雨でどのような挙動を示すのか、予断を許さない状況である。
7.応急工事概要(図- 2)
地すべりは降雨に伴う地下水位の上昇により発生することから、地下水排除の目的で横ボーリング工(抑制工)をはじめ以下の応急工事を行った。
・横ボーリング工 L = 30m × 12 本
・仮設防護柵工 L = 97m、H = 5m
・既設吹付コンクリート法枠(地すべりにより破断)と擁壁(地すべりにより傾倒)を撤去。
8.本復旧工事概要(図- 3)
応急工事の抑制工に引き続き、本復旧工事では抑止工として経済性・施工性などを考慮してグラウンドアンカー工法を採用した。また、グラウンドアンカー工施工上部法面は法枠工(鉄筋挿入工併用)を施工することによって小崩壊を防止し、斜面全体の安定を図ることとしている。本復旧工事の概要は以下の通り。
・グラウンドアンカー工 N = 85 本
・鉄筋挿入工 N = 298 本
・法枠工 A = 951m2
なお、令和4年度内の完成に向けて工事を進めている。
9.心がけた点
◎周辺住民の「不安感」「心配感」の低減・払拭
・発災当日中に住民の避難を完了
・各種警報装置を迅速に設置
・発災直後から迅速かつ細やかな情報提供
◎周辺住民の「安心感」を醸成
・県市が連携して住民説明会(4回)やチラシ配布(3回)を行い、適宜的確に情報提供することにより「リスクの見える化」
・住民の不安や要望を踏まえた対策を推進(県職員住宅の提供等)
・スピード感を持って対策工を実施
10.おわりに
令和3年8月に地すべり災害が発生し、災害関連緊急地すべり対策事業の採択を受け、この事業によりこれまでに様々な対応を行ってきたところであるが、事業にご協力いただいた地域の皆様、学識者(北園熊本大学名誉教授、椋木熊本大学教授)、国土交通省砂防部、天草市、調査及び設計会社や施工業者等の関係者に深く感謝申し上げるとともに今後も引き続きご理解とご協力をいただきたい。
これから大雨の季節となるため、引き続き関係機関と連携し、一日も早い復旧を目指して事業のさらなる加速化に尽力していく。