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九州の中山間地におけるこれからの社会資本整備のあり方
牧角龍憲

キーワード:中山間地、生産性向上、道路ネットワーク、林内路網、若年者雇用

1.はじめに
2014年7月、国土のグランドデザイン2050 1)の人口減少の動向で示された、2050年までに無居住化する地点が居住地域の2割に達するという推計は、全国の市町村に大きな衝撃を走らせた。このような事態に至るのを避けるべく、地域活性化がわが国の重要かつ喫緊な課題として取り組まれるようになり、「地方創生」施策が推進されつつある。
九州においても例外ではなく、図-1にみられるように該当する地点は数多く、その大半は中山間地の過疎指定地域にあることがわかる。過疎地域は高齢化率が高く、子育て世代が数世帯でも定住しない限りは人口減少に歯止めがかからず、無居住化は現実味を帯びてくる。換言すれば、中山間地において若者が定住できる環境を整えることが不可欠であり、それを支える経済活動を活性化していくことが求められている。

図-2は、計画中の地域高規格道路も含めた九州の高規格幹線道路ネットワークを図-1に重ねて描いている。太線は高速自動車道を、細線は地域高規格道路を、網掛けは高速自動車道のIC(インターチェンジ)30分圏域を示している。
これら高規格幹線道路の整備後は、無居住化が危惧される中山間地の大半がIC30分圏域に包含されることになり、さらに図中に示す多くの重要港湾と中山間地との時間距離が間近になることもわかる。すなわち、この整備効果を活かせるような取組みを行うことができれば、国内のみならず海外もターゲットにした産業が中山間地においても十分可能になるといえる。
この観点から、九州の中山間地において最近の動きが順調でかつ将来の主産業になりえる林業に着目して、その経済活動を活発化するために必要な社会資本整備とは何かについて述べてみる。

2.中山間地の地域資源・森林
九州の森林面積は267万haで陸地に占める割合は63%(世界でも有数)であり、中山間地の眼前には地域資源として膨大量の森林資源が存在する。一方、中山間地は目立った産業が立地し得ないような条件不利地域であるが、森林資源を活用する林業・木材産業だけは立地し得る産業である。
OECDに属する先進国のほとんどにおいて木材産業は地域の重要な産業として位置づけられ、輸出産業にもなっている。例えば、人口836万人で経済規模が九州に近く、急傾斜地が多いオーストリアと比較してみると、森林面積は389万haで九州の1.5倍程度であるが、丸太は約4倍、切り込み材(Sawnwood)は3倍の生産量になっており、しかも2000億円の外貨を稼いでいる3)
もし、オーストリアと同様に、九州においても林業・木材産業が活発になり、それが輸出産業にまで発展すれば地域経済社会に貢献する力はきわめて大きいことになる。何が必要なのか。

3.木材生産性の日本と外国との比較
木材は、世界中ほぼ同様な価格で流通しており、生産する森林もほぼ似たような環境である。しかも先進諸国の賃金水準は日本より高いのが多い。それにもかかわらず、林業・木材産業が成立しているのは、日本に比べて生産コストが大幅に低いからである。生産性が格段に優れている。
欧州では多機能で生産性の高い高性能林業機械を用い、それを使いこなせる技術力の高いオペレータを組み合せた作業システムが当たり前になっており、これにより現在の日本の作業システムに比べて約5倍の生産量を可能にしている。
コストの日欧比較として梶山4)は、日本で年間生産可能量が3,000m3の現場で15,000m3が生産可能になり、総経費は日本が3,540万円に対して欧州は4,200万円と高くなるが、木材1m3当たりの生産コストは、日本が11,800 円、欧州が2,933 円になることを報告している。木材1m3の価格が1万円前後で推移している国際市場において、日本の林業に必要なのは生産性向上である。

4.生産性向上に大きく寄与する路網整備
生産性を向上させた経済活動を可能にする基盤は林内路網(作業道+林道)である。林業機械が生産現場の近くまで移動でき、集材・搬出工程を円滑に行って生産性を高めるためには、林内に機械が走行可能な作業道が密に整備されていることが不可欠であり、絶対条件ともいえる。これは、他の製造業と異なり、素材の生産コストが機械経との比較費と人件費だけであり、生産現場への移動時間と集材・搬出時間などの時間をいかに低減するかが生産性向上に直結するからである。
この路網の整備状況をオーストリアと比較して図-4に示す。日本と同様に比較的急な傾斜地であっても密に路網が整備されていて、その路網密度は90m/ha であるのに対して、日本の路網密度の全国平均は17.6m/ha(平成22年度末)と大きく遅れていることがわかる。中山間地の主たる産業になりえる林業の生産性向上を実現するためには、路網整備を早急かつ強力に進める必要がある。

5.林建協働による路網整備の推進
林内路網を整備するには、低コストで壊れない作業道を作設する必要がある。田邊由喜男氏考案の「四万十式作業道」は、切り株や支障木なども活用して資材をすべて現地で調達し、バックホウ1台とオペレータ1名で1日50m ~ 100mを開設し、1mあたり2,000円の低コストで豪雨でも壊れずに機械走行可能な作業道を作設する方式6)であり、全国で急速に普及してきている。
山林の地質や傾斜は一様ではなく、現地の状況に応じて排水も考慮しながら走行路面を開設するには相応の技術習熟が必要であるが、重機操作に慣れている地場建設業者にとって活躍できる場面になる。すでに、森林組合と建設業者がタッグを組む林建協働による路網整備7)が各地で行われ、オペレータ研修により若者の就業も増えており、中山間地での公共事業が減少する中、地場建設業者にとっても極めて有効な手段になりつつある。

6.九州における最近の動き
九州の林業には最近元気な動きがみられる。例えば、志布志港からの丸太輸出量は最近5年間で20倍に急増して輸出金額も10億円を超え、その増加傾向は堅調である(図-5)。同港に続いて細島、八代、佐伯、大分港などからも丸太の輸出は好調で、2013年の九州の全国シェアは8割を超えている8)。また、伊万里港からの林産品輸移出量は徐々に増加しながら毎月1万トンを超え、同港出貨量の約50%を占めている9)(図-6)。

九州の林内路網整備は国内で最も進んでおり、平成26年度末で宮崎県が37.7m/ha(全国1位)、熊本県33.8 m/ha(2位)、佐賀県33.3m/ha(3位)になっている10)。林内路網が整備されれば、生産性を格段に向上させる高性能林業機械をフル活用できることになる。この高性能林業機械についても九州は全国で最も多い1,243台(2013年)を保有しており、さらに増加傾向にある。
路網整備と高性能林業機械の合わせ技に加えて、高規格幹線道路ネットワークの整備が進んだことにより、九州の林業に元気な動きがもたらされたといえる。しかしながら、森林の蓄積量と比較すれば前述の丸太輸出量などはわずかな量であって未だ途上段階にあるといえ、地域資源を活かした中山間地の経済活動をより確実なものにするためにはさらなる環境整備が必要である。

7.都会に住みたいか田舎に住みたいか
著者は大学の授業で二者択一問題における意志表示の演習として、都会か田舎のいずれに住みたいかを選択させてその決定理由を自分の言葉で述べさせる演習を行っている。20歳前後の若者は便利で刺激が多い都会に憧れている、という予想は裏切られ、約7割が田舎(地元)派である。
キーワードは、「空気がきれい」「静か」「優しさ」など感性を重視したものが多く、年々その傾向は強まってきている。決して彼らが独立心をもたずに老化しているのではなく、スマホ世代であるが故に様々な仮想体験の中から自分の立ち位置を決めているようである。そして、「自分が必要とされている」と感じる経験を得ることに関心が高い。
その延長線上に就職があり、給料の多寡や会社の成長性などよりも自分の感性を大事にできること、休暇の日数よりも日常的に自分の時間がもてることなどが潜在的な選択基準になっている。
若者は田舎が嫌なのではない。過疎地が多い中山間地であっても、経済活動が円滑に進んでいて、自分を必要としている経験が身近にできる可能性が高い職であれば、感性を大事にする若者世代の就業は十分に期待できるといえる。

8.これからの中山間地と社会資本整備
図-6にみられるように、林産品は季節による大きな変動がなく毎月一定量以上を出貨しており、丸太の出貨においてもほぼ同様である。冠雪がない利点も加わって、九州の林業・木材産業は年間で平準的な生産活動を行える産業になっている。すなわち、年間を通じて定時勤務が可能であり、中山間地における若者世代の就業先さらには子育て世代の定住化につながるものになる。
一方、経済活動を円滑に進めるための企業利益ならびに子育て世代が定住可能な就業者所得は、素材および製材品の生産コストと輸送コストをいかに削減できるかにかかっている。それらの削減には、林内路網に加えてトラック輸送の時間距離を短縮する高規格幹線道路がリンクした道路ネットワークの形成が大きな効果をもたらす。
前述の志布志港および伊万里港につながる高規格幹線道路は未整備(ミッシングリンク)である。未整備にもかかわらず出貨が増加していることを踏まえれば、整備後はさらなる出貨量増とともに輸送コスト削減による効果がおおいに期待できる。また、林内路網は中山間地における生産活動の円滑化のみならず、災害時の重機移動、救援や物資運搬などの通行機能も期待できることから、広義の社会資本と考えるべきである。
そして、これらの社会資本整備を推進することにより中山間地における地域創生が実現できる。

9.おわりに
200億円の投資で路網1万㎞が開設でき、10年で100万haの森林に高密度路網が完成すれば、収益性ある木材が毎年1,000 万m3以上生産されることになり、高規格幹線道路とリンクした道路ネットワークにより木材関連産業を含めると中山間地が一大産業集積地に生まれ変わることになる。そして、若者雇用さらには子育て世代の定住も期待できる。
九州全土の5割以上を占める中山間地域における社会資本整備の一つについて述べてきた。読者諸兄の参考になれば幸いである。

参考文献
1)国土交通省:国土のグランドデザイン2050.2014
2)九州地域戦略会議:九州における循環型高速道路ネットワークの整備効果.2005,3
3)FAOSTAT http://faostat3.fao.org/compare/E
4)梶山恵司:欧州との比較による日本の林業機械と作業システムの課題. 富士通総研研究レポートNo.316,2008,4
5)内閣府官民競争入札等監理委員会:第10回公物管理分科会資料6.2010,1
6)壁村勇二ほか:新方式作業道の開設および耐久試験. 九大演習89,63-74,2008
7)下呂林建共同企業体:岐阜県の林建協働の紹介
8)長崎税関:特集・丸太の輸出について.2014,9
9)佐賀県伊万里土木事務所:平成26年伊万里港統計年報.
10)宮崎県環境森林部:平成26年度林内路網統計.
11)林野庁:森林・林業統計要覧2015Ⅲ A 林業経営.

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